149.珊瑚礁は負けない
【第53階層オーシャン:絢爛のホライズン】
──────
海から浮かぶシャボン玉は、陽光を受けて輝く。
しかして水面下は過酷な世界。
最後の景色を目で楽しみ。
最後の空気を肺で楽しむ。
陽光はもう汝を照らさない。
──────
──水平線を爆走する巨大亀"うらしま参号"。
【マーメイドハープ】のメンチラが"マグロ星人"に跨って並走する。
海上用に改造した屋台車で朝日を浴びる。
「まぁルガンダみたいに10階層丸々地下行きって程じゃないが……こっからは60階層に着くまで水中だ。太陽にお別れしなー」
「水中ってどうなるの呼吸とか」
「呼吸は出来ないが、別に窒息感は無い。会話も普通にできる。落下ダメージ0の無重力立体ステージだな」
「そこに見える空気玉と同じものが海中に出現します。それで息継ぎしないと死にますから気をつけて」
リューゲの感覚と俺達の感覚は異なる。【Blueearth】では現実のような溺死は無く、ただ特殊な時間制限が付いているだけだ。
現実の記憶を取り戻してみれば随分と違和感を感じるが、俺はこっちに慣れすぎたからな。メアリー達は対応できるかどうか。
「53階層はとにかく広い。指定のスポットで海中に引き込まれない限りは次は行けないし、スポット探しも本来難しいものです。……ライズさんが作った地図が無かった時代の話ですが」
「今となっては目的地までのマラソン大会だ。だから朝一出発なんだがな。あと1時間くらい休憩だ。追いつけるなら海で遊んでもいいぞ」
「こっちの方が速いのでメンチラが落とし人は回収しますヨ! メアリー様様、一緒にマグロ乗りませんカー?」
「いいの? 行く行くぅ」
……なんか仲良くなったな。良い事だ。
何があったのか知らないが、メアリーは友達作りに積極的になったような気がする。最初はブックカバー相手に緑色になって気絶したくらいなのになぁ。
人は変わるもんだ。……良くも悪くも。
いかん。最近嫌な話ばっかりでナイーブになってるな。
人が変わるといえば……で、あいつを思い出すとは。
「と、隣いいですかライズさん」
「ん。どうぞ」
珍しくリンリンが声をかけてくれた。座敷だから席もなにも無いが、リンリンは二人分の飲み物を持っていた。最初から話すつもりか。
「……あの、わたし、聞いちゃって。バロウズの話……」
「何のことだ?」
「えっと、その、【需傭協会】がまた動いてるって噂を……ミカンちゃんから。ライズさん、何か知ってますか?」
そのものズバリだな。
……誤魔化す程の事でも無い。リンリンは……まぁ関係者と言えば関係者か。
「俺も聞いた。俺なんかは当事者だから気を付けろとも言われた」
「そ、そうですよね。【需傭協会】のあの事件、【三日月】の代表的事件ですし」
「リンリンはどう思う? 首謀者が投獄されている今、本当に再興できると思うか?」
「……無理、です。ホーリーさんの真似事は、誰にも」
【需傭協会】教祖──"心改"ホーリー。
元【真紅道】で、今は投獄された極悪人。
リンリンはホーリーがまだ【真紅道】に在籍していた頃を知っているらしい。俺は本当に最後にしか会ってないから正直よくわからないんだよな。
「わ、わたしの知るホーリーさんは優しくて、バーナードさんと並んでグレン団長の両腕と称されていました。
わたしは……実はまだホーリーさんがあんな事をしたと信じられませんが……でも確かに我々は見たんです。"影の帝王"がホーリーさんに従った姿を……」
……全容がわからん。【真紅道】のホーリーしか知らないリンリンと、【需傭協会】のホーリーしか知らない俺。そして本人は投獄済。
「とにかく、気を付けないとな。味方と喧嘩なんてゴメンだ」
「……あ、あの、最善はきっと、静かに通り抜ける事だとはわかっているんです。でも」
「【夜明けの月】は正義の味方じゃないぞ」
「……はい。これは我儘です。あの騒動の後、【真紅道】に引き取られたミカンちゃんは苦しんでいました。そんな人を増やしたくないんです」
正義の味方【真紅道】からの拾い物だ。多少の正義感はあって然るべきか。
……正義だろうと大義だろうと、我儘ならそれでいいが。
「……今、知り合いがバロウズを調べてる所だ。もしも本当に黒だったら、潰す。それでいいか?」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
遅かれ早かれとも言う。どうせ巻き込まれるんだろ。多分。
──◇──
【第54階層オーシャン: 七色のバリアリーフ】
──────
虹色珊瑚が海を照らす。
水中の楽園は転じて魔物の隠れ家。
ゆめゆめ見惚れることなかれ。
──────
初の完全水中ステージ。
まだ日の届く浅い位置に、美しい珊瑚礁。オーシャン階層でも有数のレジャースポットだ。
ここまで来るのに2日かかるから、タルパーはここへのガイドとかで食い繋いでいた。観光業をすると交通費がアクアラから支払われるから通算4日は飯に困らない、とか言ってたな。
「すごーい! 珊瑚礁よ珊瑚礁!」
「綺麗なもんだろう。だが気を付けろよ。天然物ばかりじゃないからな」
──こちらの存在を認識した珊瑚礁が、動く。
──【スキャン情報】──
《コーラルパーツボクサー》
LV93
弱点:地/打
耐性:火/氷/斬
無効:
吸収:
text:
成長能力を爆上げした改造珊瑚。古代文明の機械工場から現れた。かつて絶滅の危機にあった珊瑚は自衛の手段を得て返り咲いた。
普段は自己増殖に専念するが、外敵を察知すると複数のパーツに分離し、魔力で人型に再形成する。
大きな衝撃を与えると分離し、戦闘を諦めて珊瑚に戻る。
────────────
「……トンチキ生物シリーズぅ!」
「酸素ゲージに注意しろよ。"うらしま参号"周辺は空気あるから戻っておいでー。……メンチラ、頼む」
「はいはーイ! 整列!【海彦の竪琴】!」
メンチラのハープの音に誘われて集まる魔物。魚。マグロ紳士。
──水辺に限り、最大10体という破格の数の魔物を使役できるジョブ【マーメイドハープ】。アクアラに根を張るメンチラは、少なくともアクアラでは最強格だ。
魚という移動手段を手に入れて、珊瑚の群に突撃する【夜明けの月】。絵面が凄い。
「無重力戦闘だな。マニュアル操作が少し鈍るが、リアルならもっと酷いはずだ」
「おやジョージさん。無重力戦闘の経験でも?」
「錐揉み回転する戦闘機の中で……ああいやほら、番組の企画でね?宇宙ステーションで訓練したりもしたなぁ」
「やっぱり普通の警官ではないのでは……?」
何故か拳で勝負してくる"コーラルパーツボクサー"に対し、我らが打撃最強コンビ──アイコとドロシーが先陣を切る。
「赫の"仙力"──【赫崩】!」
「【紫呪竜の髭鞭】!」
触れると同時に爆破。【仙人】の小火力攻撃。アイコの速度で無理矢理火力を倍増させ、珊瑚礁を爆破解体する。
ジョージは珍しく鞭をマトモに使う。弱点を突ける打撃攻撃だからな……首、飛んでない? 打撃?
「……珊瑚礁の破壊かぁ。嫌だなぁ」
「昔は絶滅危惧種だったのよね?現実の方で。お姉ちゃんの"珊瑚礁増えるくん"で一気に押し戻したらしいけど」
……天知調の発明シリーズ、名前に反してその一つ一つが世界を変えている。そして生まれるジェネレーションギャップ。おのれ天知調。
──◇──
──夜。
──【夜明けの月】のログハウス
「晩御飯ー。ばんごはンー。今日はカレーでスー」
「先に食器を並べさせて頂きました。どうぞ」
「なんでこんなに慣れてるのよこのゲスト達」
「1週間満喫したんだなぁログハウス」
……そういえば忘れていたが……【首無し】に丸々1週間明け渡していたんだよな、ここ。
まぁ見られて困るものは私室以外無いと思うが……うん。何か仕組まれて無いか調べておくとするかね。
「カツカレーでス! ほっかほかのカツカレー!」
「そんなに嬉しいの?」
「暗くて冷たいオーシャン階層、明るい場所で温かご飯は史上の幸福でス」
ゲーム世界だが、ちゃんとご飯が美味しく食べられるのは良いよな。ここがゲームだとわかっていれば色々と無茶な食べ方もできるし。
……俺はまだ記憶が戻ってない頃に毒キノコの効能調査で片っ端から毒キノコ食べまくった事があったけどな。記憶のある今やるかと言われたら……まぁやるか。結局変わらないな。
「時に、ライズ様様から伺いましたけド……仲間が10人欲しいと言うのはこのデスマーチの為だったのですネ。あと2人、アテはあるのでス?」
「一応ある事にはあるが……向こうの出方次第だな。何にせよセカンド階層に入る前には必ず確保するつもりだ」
特にツバキ。色々とあったが、絶対にハヤテとは決着を付けて迎えに行く。これは俺の我儘だ。
これまでの旅……特にクリックでの"イエティ王奪還戦"で主催に協力したのが響いている。多くの出会いがあった。
ミカンにカズハにバルバチョフあたりはフリーで超強力。記憶問題はまだ残るが、選択肢は多い。
「急いだ方がいいかもしれませんね。【セカンド連合】が傭兵に声を掛け始めました。
セカンド階層レベルの傭兵は基本的にはギルド相手の契約となりますが……想定以上のギルドが【セカンド連合】に与しています。連合に属さなければ商売にならないとの事で」
「そっちの問題もあったか。【月面飛行】はともかく【象牙の塔】がいるからな……。そもセカンドランクのソロプレイヤーは殆どが元ギルド所属。フリーの飛び込み寺である【スケアクロウ】も吸収してんのか?」
「そうですね。実際ギルド毎のジャンルにおいてはトップランカー顔負けです。商業最強の【マッドハット】を抱え、逸れものを受け入れる【スケアクロウ】を確保。加入条件の薄さもあって【Blueearth】最大戦力となる事は間違い無さそうですね」
リューゲは元セカンドランカーだが、時期的に【セカンド連合】発足のタイミングには立ち会っていない。とはいえ情報収集としてこっそり80階層に行ったりはするらしい。
「数が揃ったところでセカンド最前線まで押し上げてやっとだろう。暫くは連合メンバーのレベル上げ階層上げに時間は取られるだろうが……」
「それはつまり、あたし達がセカンド階層に到達した時には凄い戦力が待ち構えてるって事よね?」
「そういう事。対策無しで行けば大変な事になると思いますよ」
セカンドランカーにもトップランカーにも【首無し】は混ざっているが──アクアラでファルシュが普通に敵対したように、別に【首無し】は味方じゃない。というかデュークが敵になる事すらありえる。
「一応対策は考えてある。【草の根】が何か見つけてくれれば一気に動く。そこを突きたいところだな」
何か。
何かが何かは言えないが。
「次に陸に浮上した頃には、また状況も変わっているかもしれません。お楽しみに、というやつです」
「あんまり楽しめないなぁ」
【需傭協会】に【セカンド連合】。面倒な事ばかり起きるなぁ。
〜魔物図鑑:バリアシェルターボ&エアシェル〜
《ジョージの魔物観察記録》
"うらしま参号"参入につき、その生態についてやはり気になってしまったので、ここに記す。
とはいえど"うらしま参号"──"バリアシェルターボ"そのものはそれほど変わったものではない。"まりも壱号"こと"フォレストテンタクル"は"フォレストタンブル"が寄生樹木を鎧とした事で巨大化、"ぷてら弐号"こと"メルトドラゴン"は体温確保のための巨大化……と、これまでのレアエネミーには巨大化に伴う理由があったわけだが。
"バリアシェルターボ"については何の仕掛けも無く、単純に"エアシェルターボ"の中でデカいだけ。ただの個体差だ。
だがそれが何故レアエネミーと呼ばれるまで強くなるか。即ち本命は共生関係にある"エアシェル"の方だ。
オーシャン階層各地に生息する"エアシェル"。空気を発生させる事で外敵から身を守る習性があり、魔法の力で空気を固定させる他、浮力も発生させている。水中ステージではあちこちに空気のある足場が浮いているが、"エアシェル"によるものだ。
彼らは別にどこに張り付いていても構わないが、"エアシェルターボ"にとっては移動手段と防衛手段となるため必須の存在だ。狙いはやはり種の活動域を増やす事だろう。要するにタクシー扱いか。
"エアシェル"は数体の長寿貝が甲羅の中心を陣取り、その周りを囲むように労働階級の中堅貝が空気を噴出。ここまでの貝の総数が一定以上なら、生まれたばかりの若い貝は容赦無く振り落とされるシステムになっている。"エアシェル"側からすればより遠くに種を伸ばす事が目的なので、降りるのは若い奴の方が良い。
そして超巨大な"バリアシェルターボ"ともなればそのコロニーも巨大化する。"うらしま参号"の背には合計7つの"エアシェル"の派閥があるようで、7方向まで空気の噴出をコントロールできるようになっている。
背に乗る"エアシェル"が多ければ生存確率が比例して増加する。"シェルターボ"族にとっては巨大化する事に得しか無いという事だね。
打撃に弱いのは"エアシェル"が剥がれてしまうからだが、先程の通り"バリアシェルターボ"まで来るとそのコロニーは超巨大であり、ある程度剥がされてもあっという間に新世代の"エアシェル"が産まれ元通りになる。更に甲羅側からの攻撃は"エアシェル"が挟まるので本体へのダメージが通らない。二重に甲羅を背負っている訳だ。なかなか面白い共生関係だ。
なお、背中の"エアシェル"は甲羅上の付着物老廃物が主食なため食の細い"エアシェルターボ"は甲羅を齧り取られてしまうらしい。そう考えれば、"メルトドラゴン"よろしく巨大化しなくては生き残れないパターンとも取れるね。
……共生とは言うが、真の支配者は"エアシェル"側なんだね。世知辛い。




