146.浜辺の視線を独り占め
【第50階層オーシャン:常夏のビーチ】
──海の家【C.moon】
「勝ったぜ」
速度特化のウルフは細かいルールが守れず途中敗退。
生真面目大将軍のグレンは普通に速度不足。
他にも並いる強豪達が相手ではあったが、悠々自適大胆不敵のクローバーの敵ではない。
舐めプ煽りマイクパフォーマンス。マスカットと合わせて盛り上げ倒した後に射的にて全ての商品を奪い尽くして"七連踏破!お祭り屋台レース"は幕を閉じた。
「くそが。っぱケンカじゃねーとな」
「ははは。俺は楽しかったよ。こういうミニゲーム全然してこなかったからな!」
【飢餓の爪傭兵団】総頭目ウルフ、【真紅道】団長グレン。元【至高帝国】のクローバーも相まって凄まじい面子が同じテーブルについている。注目の視線が痛い。
……なんで俺がここにいるんだ。
いやゴーストからなんとか逃げ出して【C.moon】に戻ったら巻き込まれたんだが。
「取って喰いやしねぇよライズ。俺らと並ぶテメェがそんなにビビんじゃねぇや」
「並ぶって……忘れてるかもしれないが俺はセカンドランカー以下だぞ。今やもっと沢山の──」
「いや並ぶね。レベル上限解放手段を見つければ君はあっという間に英雄だ。俺達との間に定められた敵対関係も解消されて、全て好転する」
「そもテメェはウチの戦闘狂いのサティスを下してるだろ。レベルからは読み取れねぇ部分で強ぇんだ。セカンド下位くらい楽勝で蹴散らせるだろ」
「武器の過剰強化とか正にだな! あの頃は幾らでも先に進めて幾らでも新たな武器が手に入るから、態々成功率の低い強化に手を伸ばしはしなかったが……攻略が頭打ちとなった今、ライズ式が正しかった事が証明された訳だ」
「それについては異議ありだ。あくまで俺個人のやり口ってだけ。実際組織として動いているお前らは同じ事できねぇだろ。全員分の装備を過剰強化する職人も素材も金も無いだろ?」
「世の奥様方だって金やモノを気にしなくていいなら幾らでも良い飯作れるだろうが、それ毎晩やってりゃ破産すらぁな。最良と最善は別って事だ。【至高帝国】は少数精鋭だからこそトップまで追い付けたってだけの話だぜ」
クローバー。その例えは【Blueearth】だとやや伝わらないぞ。
……とにかく。【Blueearth】を攻略するには求められる能力が様々あるって事だ。
現状としてセカンド以降の攻略人数には4つのスタンスがある。
20人以上からなる団体大所帯で物量勝負を仕掛ける大型ギルドスタイル、10人程度で一つの纏まった組織として連携しながら進むチームスタイル、5人以下或いはソロで資源資産の消費を抑えあらゆるリソースを贅沢に使う少数先鋭スタイル。
そして大型ギルドでさえ進めない壁を突破する必要が求められた時に発足されたギルド連合スタイルってところか。
ギルド連合スタイルといえばトップランカー、そして最近はセカンドランカートップ【月面飛行】が起案した【セカンド連合】。
他にも規模的なものでは【鶴亀連合】【朝露連合】マツバ率いるクリックの"拠点防衛戦"連合、或いは【首無し】もそれに当たるか。そもそも【飢餓の爪傭兵団】がほぼそれに当たる組織だったが……。重要なのは代表こそいるが、どの連合も頭が複数人いる事が多いって事で。
「人数が揃えば統制も楽じゃない。トップランカーは前と後ろにモチベーションがあるから一致団結できてるだろうが……資源資金には限りがあるだろ。今やれる最善を尽くしてるよ、あんたらは」
「統制ねぇ。なかなか面倒なもんだぜソレ。俺はもうその辺干渉しねーから良いんだけどよぉ」
「ははは囀りよる。君は一人で横暴に振る舞ってヘイト買いながら部下に仕事を任せやすく振る舞ってるだろう。【聖騎士】もびっくりなタンク役だ」
「うるせ。大人数を纏めるならやり方ってもんがあんだろ。かつてはアドレの"影の帝王"のような恐怖政治か……或いは【需傭協会】の"心改"のような洗脳か」
「ウルフ」
グレンがジョッキを机に置く。
別に叩き下ろした訳でも無いのに、その静かな目が──法廷の槌のように、"この話はここまでだ"と告げる。
「……ま、俺達ぁ上手くやってらぁな。そもそも元々均衡保ってたのにクローバーが突然抜けたから面倒になったんだ。あのタイミングで最高戦力抜けたらみんな対等とは思ってくれなくなっちまっただろうがよ」
「俺だって抜けたくて抜けた訳じゃねぇよ。スペードに言われて仕方なくだな」
その辺の話もあったな。【Blueearth】最強の男の突然の引退。秘匿され続けた"最強"が突然現れて好き勝手した後に【夜明けの月】への加入宣言。アレは本当によくわからない。
「結局はハートの耐久性とダイヤの絶対回避がある以上は勝敗付けられないから戦力の均衡は変わらず、やがて前線も停止して手を取り合う事になった訳だけどな! スペードも相変わらず何も言わないし」
「……敢えて言うなら、"抜けるなら今だった"ってとこか? このままじゃ先に進めねぇ、つまりはクローバーが居なくても均衡を保つ事ができるって確信があったとかかぁ?」
「その辺は直接聞くぜ。スペードにな」
クローバーがこう言うから俺もどうこう聞いたりはしない。結局はそのスペードに聞くしか無いしな。
「何にせよ……俺達は待ってるぜ。さっさとレベル上限突破方法見つけて登ってこい」
「せめて君達が来るまでは耐えておくからさ。早くしてくれよ?」
「お前らが待つべきは俺じゃなくて【月面飛行】じゃないのか? 【セカンド連合】なんて立ち上げられたら……」
「「あいつらが人を纏められるかよ」」
「……あーね?」
酷い言われようだ。少しだけ気持ちもわかるけどさ。
──◇──
"ジェリー争奪戦"得点数
タルパー&【夜明けの月】:1ポイント
【わくわくビーチセイバーズ】:4ポイント
──◇──
【第50階層 常夏都市アクアラ】
──南西ビーチ
"常夏のハイパー海祭り"6日目──
「えー、順調に勝ち進んでいます我々【夜明けの月】ですが、売り上げ勝負では相変わらず拮抗状態。最終日までわからない状態だ」
「売り上げ勝負の点数は4。ボクたちは間違い無く勝利するために後2つの競技を勝ち取る必要がある訳だね」
「ライズとハヤテ、アンタらどこ向いてるのよ。こっちよステージは」
今日のメンバーは俺とハヤテ、メアリーとゴースト、リンリンとドロシー。ハヤテは忙しいながらも今日だけは逃さなかった。
……うん。全部想定通りだぞ。初日負けてしまったのは残念だが、お陰で士気が高まった。ここまで連戦連勝とは鼻が高い。
「ライズ。キミ、深海に逃げるつもりだったね? 彼女の相手をボクに任せようとしたよね?」
「天知調からの依頼だったんだから仕方ないだろ。それにこうして逃げずに来ただろうがお前こそ逃げるなよ」
「逃げないとも。キミを逃がさないためにね。一蓮托生だよ」
現在お互いに牽制中だ。
何故なら今日の種目には俺とハヤテが手を回しておいた最終兵器が来てしまうから。
「やあやあ【夜明けの月】の皆様。今日は確実に勝てる算段をお持ちしましたよ」
何度敗れても懲りないブラウザ、そして【わくわくビーチセイバーズ】の面々。なんかもう筋肉侍らせるの慣れてきてるな女王。
「何せ今日の種目は──"Ms.アクアラコンテスト"。この競技勝負では複数出場が不可。そちらに残された女性はそこなちんちくりんと明らかに参加を断るであろうリンリン。唯一有り得るのはドロシーさんくらいでしょう」
「【飢餓の爪傭兵団】も結構な男所帯と聞く。自信のある奴はいるのか?」
「勿論! この私です! ファルシュちゃんには無い大人の魅力が詰まってますので!」
怒り狂うちんちくりんを抑えながらも思う。
こいつ、こんなに自己肯定感高かったか?
……筋肉達に褒められて育ったか。うん。良い事だよな。
「さあ壇上に上がりなさいドロシー! 私と貴女の直接対決──」
「僕男なので、参加資格ありませんよ?」
「──は?」
いつもの。
……そして、悪寒。
「随分な出迎えよねぇ。喧嘩別れした二人が雁首揃えて来たと思えば、あたしにここまで出歩かせるなんてさ」
艶やかな黒髪。ラグジュアリーな金のネックレスに深黒のビキニ。ホワイトレースのカーディガンではその美貌を隠しきれない。
美の顕現。このビーチにいる全ての者が目を奪われる──絶対的"魅惑"の象徴。
「ねぇ。アンタ達。言う事……あるわよね?」
──【三日月】が誇る最優の美。ツバキがここに舞い降りた。
「……ま、まさか【黒髑髏】の……ツバキ! そんなの反則です!」
あ、言ったなブラウザ。痛いところを。
そう。ツバキは【ダーククラウド】でも【夜明けの月】でも無いので少なくともこちら側として参加する事は出来ない。俺は他の競技を全勝しつつ中立枠としてツバキを参加させて双方0点にするつもりで呼んだんだよな。
ツバキは俺達を睨む瞳をブラウザへと向ける。勿論その敵意は俺達に向いたままだが……。
「……あら。ブラウザじゃないの」
「わ、私の事を知っているんですか」
「ええ。店に来る【飢餓の爪傭兵団】の方々が良く言っていたわ。なかなか信頼できる仲間だと」
いつの間にかツバキがブラウザの前……というかもう0距離というか。半歩退くブラウザを殆ど抱きしめにかかってる。
「実際に見ると……いい女じゃないの。あたしと競うのは……嫌?」
「……い、嫌じゃ、ないですぅ……」
「なら決定ね。貴女の闘争心、美しいわ。ここは貴女を燃え上がらせるためにも【夜明けの月】側に付くけれど。問題あるかしら?」
「ありませぇん……」
もう決着付いてない?
「……ツバキは本気で闘うつもりだ。良かった良かった。もうボク達いらないよね? ちょっと51階層で身体動かそうよライズ」
「いい提案だ。偶には手合わせしないとな」
「アンタ達。あたしに、言う事、あるわよね?
ちゃんとあたしを見なさい。終わったら聞いてあげるわ」
「「はい」」
……逃げられないかぁ。
──◇──
『えー、厳正なる審査の結果、有効投票数の98%を獲得しましたツバキ様が"Ms.アクアラコンテスト"の優勝です! 残り2%は惜しくも投票まで意識が保たなかった負傷兵です。満場一致円満優勝おめでとうございます!』
「あら、優劣など勿体ないわ。ここに立つ者も貴女も等しく美しい。でもこの闘いに参加した美しい彼女達の代表としてならば受け取りましょう」
「「「うおおおおおおツバキ様ああああ!!!!」」」
……ライズの連れてきたツバキさんが色々と強引に優勝したわ。そりゃそうなるわよ。
ライズの前のギルド【三日月】最後の一人、ツバキさん。この目で見るのは初めてね。
すっっっごい美人さんだわ。勝てねぇ。大人の魅力が凄まじすぎる。ていうかライズ、両手に花だったのね。今更だけれど。
……こんな美人に挟まれて、あの女性耐性の低さな訳?
「メアリー、だったかしら?」
「あっハイ」
いつの間にか目の前まで来ていた。ライズとハヤテを小脇に抱えて。
「ライズを引っ張ってくれたと聞いたわ。感謝が遅れてごめんなさいね? あまり70階層を抜けられないものだから」
「えっと、いいえ。こちらこそ挨拶も無くごめんなさい?」
「ふふ。緊張しなくていいのよ。あたしの物って訳でもないから。手を焼くと思うけれど宜しくね?」
「お前に手を焼いてたのは俺だっての!」
「キミ達の面倒を見ていたのはボクだ!」
「黙りな」
「「はい」」
すごい。
何というかライズとハヤテと同じ感じ。本当に仲がいいのね。
「じゃあ今晩だけはこの2人借りるわよ。明日の朝には返すから安心して?」
「あっハイどうぞご自由に」
「助けてくれマスターぁぁぁぁ」
「緊急連絡を調さんに出してくれぇぇぇ」
「あらあたし以外の女に頼るんだねあんた達」
「「ごめんなさい」」
……そして3人はそのまま夜闇へと消えるのであった。
〜アクアラ裏話〜
《圧倒的知識の夏休み》
【象牙の塔】。
マジシャン系の冒険者のみで構成された、最大最強の"一点特化型ギルド"。単体での攻略能力の低い魔法職においては知名度・有用性の布教、戦闘能力の高さを【Blueearth】に知らしめているある種生きる伝説となっているギルドである。
そのギルドの成立は黎明期後半。ある事件によって野に放たれた多数のマジシャン系傭兵を纏めて受け入れた事が発端であり、セカンドの番人79階層のフロアボス"羅生門"の開門頻度が月に一度となる前にセカンドへ突入した先遣隊の一つでもある。
その功績は挙げれば切りがない。比較的低い階層である第30階層に本拠点と書店を構え、マジシャン系の未来ある新人達へとあらゆる情報知識を無料開示している事などは有名な話だ。
──◇──
「……とはいえ働きすぎですイツァムナ」
優しい優しいわが愛児、最強のマジシャンであるレインが細い目を細めて叱ってきた。
眉間に皺が寄っています。相当おこですね。人の為に怒る事ができる良い子ですレインは。
「しかし【月面飛行】との同盟の話もあります。彼等に追いついた今、できるだけ衝突は避けたいのです」
「そんなものは私にお任せを。どうせ大して話は進みませんよ」
「それではレインが休めない。イツァムナはレインにも休んでほしいです」
「大丈夫です。今は【月面飛行】というオモチャがいますから。アザリとブックカバーが久しく行ってない海に焦がれています。どうか愚息の息抜きでも」
「……そう。ではお土産をいっぱい買ってきます。あまりオイタしてはいけませんよレイン。私の愛児」
レインは良い子ですが、目を離すと少しヤンチャしてしまうのです。少し心配ですが……ちゃんと遊んできましょう。それが願いだと言うのなら。
──◇──
【第50階層 常夏都市アクアラ】
「うみです!」
「そのようで。我が枢機イツァムナ」
「いいんかねぇ俺っち、こんな事しててよぃ」
毎日頑張ってるブックカバーとアザリを連れてアクアラへ。あの二枚舌のバロンがまた何か企んでるそうですが……そんな事より我が運命、ライズがいると聞きました。
折角の余暇です。でででデートなどに誘ってみるも一興でしょう。
──◇──
──海の家【C.moon】
「ライズなら海底に行ったわよ。祭りが終わるまで帰って来ないってさ」
──◇──
イツァムナの夏は終わりました。
「イツァムナ。そんなに気を落とさないで……ってのぁむりかねぃ」
「うむ。悲しいかな、あの阿呆は祭りより探索である」
悲しい。イツァムナの心はこの海より蒼いのです。
「……最早なりふり構っていられません。イツァムナはダイビングで遊びます。なんとなく60階層から逆走して」
「止めはしません。ですがご自愛下さい我らがイツァムナ」
「いっちゃん速い海遊魔物レンタルしてきますぜぃ」
「二人とも、ありがとうございます」
待っていて下さいライズ。我が運命!
──◇──
【第58階層オーシャン:積雪のホワイトアウト】
「イツァムナさんにゃこっそり教えますがね? 旦那はアクアラに戻りまして。無事は確認されましたがねぇ」
──◇──
イツァムナの夏は終わりました。
無常。イツァムナの心はこの深海のように真っ黒です。
「いえいえ、めげません! 明日は浴衣で勝負です!」
──◇──
【第50階層 常夏都市アクアラ】
いねぇです。
立ち並ぶ提灯に屋台。混雑。喧騒。
【C.moon】にもいない。屋台にもいない。
いるとしたら……人気のない所、です。
いえいえまさか我が運命が、何を思ってそんなところに。
……いた。
やや薄暗くて見にくいですがどこぞの美女と!我が運命が!一緒に人気の少ないところでぇ!
「許せませんよ我が運命。お覚悟──」
「誰か助けてー!」
……。
…………。
「はい! 助けの手を差し伸べるイツァムナです!」
──◇──
──草葉の陰。
「おお、なんと悲しい……。我が枢機よ、それでは勝てませんぞ」
「いじらしいねぃ。それはそれとしてイツァムナの浴衣も可愛いねぃ」
「先程【アルカトラズ】を見かけたな」
「勘弁を叔父貴ぃ!」




