144.祭囃子に提灯踊る
【第51階層オーシャン:常夏のビーチ】
"常夏のハイパー海祭り"5日目──
「今日は強化合宿だ。競技も夕方からだし、しっかり鍛えるぞ」
クローバーだけ【C.moon】に置いて、【夜明けの月】は攻略階層にやってきた。前の夜は本当に誰もいなかったが、昼間ともなると体を動かしにきた連中がちらほらいるな。
……今日の目的はレベリングでは無く、情報交換。本当は"マッチングサーカス"でやるつもりだったんだが、流れちゃったからな。
「それぞれ先生を付ける。ちゃんと学ぶように」
声を掛けたメンバーが後ろからぞろぞろとやってくる。
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ゴースト──【飢餓の爪傭兵団】最前線斥候部隊隊長 ファルシュ
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「初日から気になっとったんよ。よろしゅう!」
「answer:宜しくお願いします」
「ほなまずは戦術の擦り合わせからやね。ウチのやり方とアンタのやり方はちゃうからな」
……これはファルシュ側からの要請で、ブラウザにも一応許可は貰った。一応敵対関係ではあるが本人がいいならいいだろう。
ファルシュは【リベンジャー】界隈最強であり、ついでにやたら面倒見が良い。ゴーストを預けても大丈夫だろう。
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メアリー──【象牙の塔】"三賢者"ブックカバー
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「久しいなメアリー嬢。今回は本格的に最大級魔法の実戦的運用術を伝授するのである。今の嬢ならば使えるであろう魔法を取り揃えておいたぞ」
「親切なおじ様ね。定期的に助けてくれてありがとうねブックカバーさん。本当にお世話になります」
「いやいやははは。ライズの阿呆さえ居なければ吾輩は紳士である。褒めよ褒めよ」
もはや恒例のブックカバー。同じ【エリアルーラー】のダイヤに頼んでみようと思ったが、クローバーですら連絡手段が無いらしいので断念した。代打だからな代打。
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アイコ──【月面飛行】構成員 デビルシビル
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「ふはははは! 朕の個人指導は厳しいぞ! と言えど今回はサンドバッグとしての声掛けであるが。不敬であるぞ」
「はい。全力で倒しますから、耐えて下さいね」
「ふはははは! 恐い!」
こちらはヒーラー繋がり……ではなく、回復による無限耐久のデビルシビルを突破するという企画。
対人では格闘、対巨大や対複数では支援といった切り替えを覚えたアイコは、対人の方を追求し始める事にした。なかなか対単体対人の機会は無いからな。
アイコの格闘技術にダメージ判定が乗った場合どこまでいけるのか。デビルシビルを倒しきるというのは、トップランカー込みで誰でも倒せる火力を持つという事にもなる。
なんにせよサンドバッグ確定なんだが、いいのか?
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ドロシー──傭兵 クアドラ
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「久しぶりだねドロシー。げんきげんき?」
「は、はい。クアドラさんもお元気そうでなによりです」
「何してあそぶ?」
「いえ、あの、修行を……」
目的がドロシー強化と伝えると喜んで飛んできたUFO。扱いの難しい【サテライトガンナー】において、最強のクアドラの話を聞けるのは余りにも美味しい。やや難しい言葉もドロシーなら一発で理解できるしな。
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ジョージ──【ダーククラウド】"鬼教官"キャミィ
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「軽い準備運動の後に実戦訓練だ。"ぷてら弐号"を操り私から逃げてもらう」
「あくまで"逃げ"なのかな?」
「ああ。今回想定しているのは妨害を掻い潜った移動・逃亡だ。応戦は許可しないが迎撃までは可とする。だが移動速度が僅かにでも規定値から落ちたらペナルティだ」
「ヒリつくね。じゃあ準備運動を始めよう」
こちらは移動手段としての本分の強化。気性の荒い"ぷてら弐号"を乗りこなす事には成功したが、事空中戦において最強格のキャミィの教育でその精度を上げる。
軍人スタイルで波長が合うのかもしれんな、こいつら。
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リンリン──【かまくら】ミカン
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「……ではなく。遊びに行くですリンリン」
「い、いいんでしょうか……?」
「タンク最強のリンリンがこれ以上誰から何を学べるというのか。久しぶりだから遊び倒したいのです。スイカ割りしましょうです」
「わ、わたしを埋めたり叩いたり……ですか? ふひっ」
「しないしないです。いきなりギア上げるなです」
うん。ミカンは昨晩約束したので連れてきただけだ。
ミカンが言う通り、リンリンは独学で"無敵要塞"となった。教えるならともかく、何を教わる事があるか。レベル差を物ともしないぶっちぎり最強タンクだ。
……最近は鳴りを顰めているが、ミカンと一緒だとかつてのドMが蘇っている。いや静かにしてるだけで今も割と戦闘中に恍惚としてるけどさ。
……さてと。
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ライズ──【スケアクロウ】兼【井戸端報道】第一編集部編集部長 シェケル
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「招待頂き光栄ですライズさん。局長が世話になっています」
夏の浜辺に相応しく無い、黒の鎧に黒の剣、黒の盾。
……兜から生えた角にはスイカが刺さっている。夏仕様だ。
「実況解説で忙しいのに悪いな。ぼちぼち欲しくてな……【ダークロード】との戦闘経験」
シェケルはハヤテと同じ【ダークロード】。
ハヤテとは死ぬほど組み手してきたから大体わかるが……空白の一年を埋めるために慣らしておきたい。
色々あったが──ハヤテとは70階層で必ずぶち当たる。その時に向けて準備しないといけない。
「【三日月】が発見した【ダークロード】……こうして貴方に向けるとは因果なものです」
「気にするな。そっちからしたら普通の手合わせだ──【スイッチ】」
【ダークロード】はかなり特殊な動きをするナイト系のジョブだ。王道らしく盾と剣で来ているが……
「【ゴシックバイス】七連!」
「──【宙より深き蒼】」
飛びくる青の怨霊。MPを吸収する魔法生物だ。
対魔法防御【ジャストレジスト】で全て弾き返す。一度接触した霊は消滅する。しかも今回はジェリー達から"海の瞳"をもらったから強化済みだ。
"吸収"によって長期戦を得意とする【ダークロード】。しかも怨霊などの飛び道具まで使う、とにかく戦いにくいジョブだ。
「【スイッチ】──【封魔匣の鍵】」
「銃か……接近戦に持ち込む!」
盾を構えたまま突進してくるシェケル。だが狙い通りではある。引きつけてから──
「【スイッチ】──【グランドマッシャー】」
両手槌へと切り替える。地属性の超ノックバック特化ハンマーだ!
「これは……っ!」
盾で受けるシェケルだが、そのまま弾き飛ばされる。
近くにいなければ"吸収"は通らない。
「まだまだ行くぞぉ!」
「……喜んで!」
格上相手でも、【ダークロード】には勝てなくちゃいけないんでな──!
──◇──
──夕方。
「……10戦やって1勝か。全然ダメだな」
「いやいや、レベル差があるのに負けてしまうなんて情けない。無論手を抜いてなんか無いですよ」
散々付き合わせてしまったシェケルに礼を言う。ここからお仕事なのに申し訳ない。
周りを見ると丁度全員終わったみたいだ。時間的にも丁度いいな。
「お前らー。今日はおしまいだ。着替えてこい」
──アクアラは水着というドレスコードがあるが、今日は更に特別だ。そこまで凝ったものは無いが……全員分は確保してある。
インベントリからアイテムを選択。水着から──甚平へと着替える。
日が陰ってきて、遠くに見える山が明るくなり始めた。
──◇──
【第50階層 常夏都市アクアラ】
南のビーチへ繋がる大通りから、真っ直ぐ山頂まで。
昨日アイコが駆け抜けた道に、屋台が並ぶ。
提灯の灯が山頂まで並んで、普段から明るいアクアラが一層明るく見える。
「急に和風ね」
「【Blueearth】の作成国が日本だからな。参加者もほぼ日本人だし、全員なんとなく違和感を持たないんだろうな。
【NewWorld】になったら色々とこの辺は変わりそうだが」
ここからは自由時間。あたしはとりあえずゴーストとライズといる。昔懐かしのメンバーね。
「随分と遠くまで来たものね。せっかく楽しいお祭りなのにアクアラまで到達した冒険者しか参加出来ないのは残念だけれど」
「そうだな。だがアドレでも最近お祭りがあったらしいぞ。あっちはあっちで楽しくやってるみたいだ」
「search:"開拓祭"ですね。これを機に【祝福の花束】はレストラン経営を始めだそうです」
「なぬっ。知らなかったぞそれ」
「機会があれば行きましょ。こっちはいつでもアドレに戻れるんだし」
"あんたらがあれこれ引っ掻き回した後は大変だ"って、前にベルが電話で言ってたわ。
そして荒れた環境に根を突き立てる侵略商業組織【朝露連合】。あたし達も悪の組織として負けないようにしないとね。
「おーい……真理恵ちゃーん」
遠くからとてとてと早歩きして来るのは世界一の犯罪者、あたしのお姉ちゃん──天知調。
ちゃんと浴衣で来てるわね。その辺ズボラだから……。
「本当に大丈夫なのお姉ちゃん」
「大丈夫よ真理恵ちゃん。丁度いい生贄もいたから」
……何か不穏な事が聞こえたんだけど。
「じゃ、俺たちは別行動だ。あまり遅くまで遊ぶなよ」
「question:いいのですか? 立場からして護衛は必要かと」
「大丈夫大丈夫。俺たちは居ない方がいい」
空気を読んだか、ライズがゴーストと一緒に離れる。
……今日くらいは許してやるわよ。
二人きりになったけど、お姉ちゃんはソワソワしてる。
こうやって外で遊んだ事、無いもんね。
「ほら、行くわよお姉ちゃん」
「わわっ、待って待って」
お姉ちゃんの手を取って、祭りの喧騒に思いっきり飛び込む。
思わぬ形で、願いが一つ叶っちゃった!
──◇──
──祭山道 中腹
誰が言った訳でもなく。
その者達はここに揃った。
『とんでもない事になりました。信じられない事が起きました! まさか彼らが揃うとは! 順に出場選手を召喚します!
1人目は【夜明けの月】より、【Blueearth】最強の男! クローバー!』
歓声が上がる。コンディションは上々だ。
だが俺の参加が厄介な奴を引き寄せちまった。
『続いて【飢餓の爪傭兵団】より……総頭目! ウルフの親分だー!』
「ブラウザからよ。おめーと殺り会えるって聞いたからよぉ。まだ満足してねぇぜ俺ぁ。ちゃんとケリ付けようや」
まさかまさかの総頭目。そうなると奴が出てくる。
『更に!【真紅道】よりみんなの団長、グレンだー!』
「急にウルフに連れられたんだが……部下の遊びにちょっかい出すのは良くないなウルフ」
まさかのトップランカー揃い踏みだ。しかも最強。スペードは……そりゃ顔出さないわな。出したとてみんなには誰かはわからないがな。
『す、凄いです! こんな所で! この競技でまさかの【Blueearth】頂上決戦! 駆けつけた観客のために浴衣がバカ売れです!』
とても盛り上がっているが……ことゲームにおいては負けるわけにはいなねぇんでね。
最前線当時と変わらぬ緊張感。この競技は7種目を何処から行くかが鍵となる──
『それでは始まります──"七連踏破!お祭り屋台レース"開催です!』
よぉし、まずは金魚すくいから行くか!
〜アクアラ裏話〜
《舞台裏、屋台の攻防》
──夏祭り5日目以降始まる山祭り。
そこでの出店は例外的に事前の参加登録不要。だが売り上げの半分はアクアラへと寄贈する。丸々1週間冒険者がアクアラを借りるので、その埋め合わせとしての寄付である。
よってタルパーと【わくわくビーチセイバーズ】の売り上げバトルには計上されない。の、だが。
「祭りの会場と【C.moon】はかなり近くにあります。これまでは用事が無ければ行かないような場所でしたが、今日からは変わってきましょう」
最早見慣れた筋肉共と共に、私──ブラウザは完璧な計画を立案する。
「ですが向こうは飲食店。出店で腹が膨れたならば客足は減りましょう。よって我々も出店を出します」
「アイマム! 何出しましょうかブラウザさん!」
「目的の都合、腹の膨れる主食が良いですね。製造効率と……貴女達の慣れもあります。アレにしましょう」
ふふん。今回こそは貰いましたよ【C.moon】。
──◇──
──海の家【C.moon】
「今日から飲食ブースを3割縮小して、自由席を作ります」
「祭りの客用か? 思い切るなタルパー」
バックヤードにてクローバーさんとバルバチョフさんと会議。他のメンバーは夕方までほぼいないので、我々で考えねばなりません。
「この立地は今日からかなり優勢になりますが……我々は飲食店。満腹客が来るとは思えません。
それならば一般客の休憩所として解放して、持ち込み可のフリースペースにした方がいい。
メニューも軽めのものやドリンクを厚くカバーして、一品二品つまんで貰えれば上々です」
「妥当であるな。して出店はするのでおじゃるか?」
「混雑が予想されますので、従来の客引きが出来なさそうです。ここは出店を出して、【C.moon】の宣伝誘導を行いましょう。売り上げに響かないのは残念ですが……ここからは軽食中心で稼ぎます」
「じゃあ何出す? 【C.moon】の商品は幅が広すぎてコレってやつがないからなぁ」
……ふむ。軽食や甘味は店の方で出せますし、持ち込み可である事を加味すると多少嵩張るものでも大丈夫そうですね……。
「決めました。アレで行きましょう」
──◇──
──格安ホテル【雑魚寝会館】
「我々こそが! まだ見ぬ新天地を求め彷徨うセカンドランカー【喫茶シャム猫】である!」
「いよっ!」
気付けば5日も遊んでおった。きっと何かしらの呪いに違いない。
しかして我々もそろそろ動かねば。と新たな飯屋を探し彷徨う最中手に入れた情報!
「屋台は飛び入りOKである! 我々はこれで行くぞ!」
「……シャム様!しかし夏の屋台でコーヒーは風情が斬新ですぜ」
「わからいでかポセイドヌ。あとお前打ち間違えた名前そろそろ戻したまえ」
「シャム様に付けてもらったんで。誇りですぜ」
「んん〜〜じゃあいいか! ……さりとてポセイドヌの意見、しかと受け止めた! やめよう珈琲!」
……あくまで喫茶店である。珈琲に拘る事も無い。
普段は妥協無き店経営を目指しておるが、今回は三夜限りの出店である。妥協も何もどんとこい。
「そうであるな。ディザスター、今何が食べたい?」
「わっちわちはシャム様の珈琲が飲みたいでヤンススカイ」
「その一人称と語尾はクセが強すぎる。そして計画破綻である。なれば珈琲と一緒に何を食べたい?」
「……そうですねー。では──」
──◇──
出店受付終了。
【C.moon】──焼きそば屋
【わくわくビーチセイバーズ】──焼きそば屋
【喫茶シャム猫】──焼きそば屋
「「「……あれぇ?」」」




