141.悲劇の残滓
──"廃棄口"
「案外その辺にいるのね! 帰るわよライズ!」
「search:ライズと仮想敵が融合しています。想定内ですがプラン変更です」
メアリーとゴーストが、俺の手を掴む。
──同時に俺の肩に重圧がかかる。
「──にがさない/にげられない──』
「──ここからは出られない/離れられない──』
見えない何かが後ろから引っ張ってるみたいな感覚。おかげでメアリー達に引っ張られてるのと合わせて引き裂かれそうだ!
「いたたたた!……無理矢理外に出すのは無理じゃないかメアリー!」
「いーや無理にでもやるわ。ちゃんと主導権握ってるんでしょうねライズ!」
「主導権かどうかはわからんが! 俺が離れると消えちまうみたいだこいつらは!」
「なら良し! あと5mこっち来なさい!」
「──許しはしない/がんばれ──』
「……仕方ないわね。ちょっと早いけどやりなさい!」
メアリーの懐から飛び出したのは──スフィア。
「くらえライズ!」
「ぐえっ」
ちっさい竜の頭突き。相応に痛い。
──肩の重さが消えた。反動で前に倒れかけるが、メアリーを潰す訳にもいかない。ゴーストの手を取ってなんとか持ち直す。
振り返ると──彼らがあのバケモノ状態になっていた。まだ俺と繋がってはいるが、はみ出てきてる。
「──これは/危ない──』
「ゴーストの解析の結果、あんた達は【Blueearth】由来じゃないって事がわかったわ。だとするならソイツはあんた達の天敵よ。
【NewWorld】セキュリティシステムのウィルスバスター"スフィアーロッド"……の、断片未満の残り滓だけど。【NewWorld】から見てウィルスでしかないあんた達に混ざったら、どうなるかしら?」
「──ぐああああああ!──』
「痛い痛い痛い! 俺も痛い!」
まだ俺が接続されてるって!
……【Blueearth】の存在ではない彼らは、ゲーム的戦闘が通じない。
だがスフィアーロッドはセキュリティシステムだ。ゲーム的処理は影響しない。自我だけのあいつでも、"失ったデータ"の型枠が残っているなら周囲のデータをかき集めてセキュリティシステムを再現する事が可能……なのか?
「ほら、さっさとこっち来る!」
「──まって/にげるな──』
バケモノと俺を繋げる部分が細く長く、紐にまでなったが……まだ引っ張られはする。
それでも。
メアリーの言った、5mまでは、なんとか──
「今よアイコ!」
遠くの亀裂から蒼の布が飛んでくる。
──蒼の"仙力"。アイコが飛び道具枠の技を自分なりに改造して生み出した、捕縛と移動に特化した技──
蒼の布が俺を縛り上げ──そのまま亀裂まで引き寄せられる!
メアリーとゴーストも俺に捕まっている。
「このまま外に引き摺り出すつもりか!」
「そういう訳。いいから行くわよ!」
アイコの腕力の賜物か。バケモノとの綱引きでもパワー勝負で勝てる者無し。
遂にはバケモノすら浮かせて──全員纏めて亀裂へと押し込められた。
──◇──
【第51階層オーシャン:常夏のビーチ】
飛び出した先は──51階層の砂浜。
協議の結果、ここが一番良いと判断した。アクアラ内はまだまだ人がいっぱいだけど、祭りに夢中すぎて攻略階層の方は過疎化してるからね。
「……だが、奴らは【Blueearth】の存在じゃない! 交戦はできないぞ!」
「yes:織り込み済みです」
「──はなれろ!──』
弾き出されるスフィア。意外と長持ちしたわね。用済みよ。
「ようこそ【Blueearth】へ。ここに入った以上はアンタにもステータスが適応されるわ。実際それを受け入れたからスフィアから離れられたんでしょう?
"外来ウィルス"のままだとスフィアに除去されてしまうから、スフィアに仕込んだステータスの基礎データを受け入れるしかなかった!」
──その基礎データは、スフィアから渡す事ができる唯一のもの。その辺の雑魚のデータなら楽なんだけれどね。
「アンタは【Blueearth】では──レイドボスになってもらうわ! やり方は先輩に教わりなさい!」
「……こうも早く後輩ができるとはな。入れ替わりの激しい職場だ……!」
バケモノの背後に待機していたのは──レイドボス"カースドアース"にしてバグの力を持つバーナード。
攻略階層はいつでもリタイアする事で拠点階層には戻れる。その代わり元の場所から再開とかは出来ないけど。
スフィアから植え込まれたレイドボスのステータスデータを、現レイドボスであるバーナードが設定固定する。色々と起きる不都合はバグの力で無理矢理押し通す──!
「仕上げよゴースト!」
「yes:──action:item"ネームタグ"使用。
貴方の名前は──"LostDate.ラブリ"です!」
ゴーストの手に握られたネームタグが消滅する。
ステータス定義もした。名前も付けた。確定した一個体として認識された以上、アンタじゃないライズと繋がっていられない。遂に接続が切れる。
膨れ上がる身体。増える触手の腕。
"スフィアーロッド"と"カースドアース"の性質が混ざったのか……氷の華が身体中から咲き乱れている。
遂にはあたし達にも見えるように名前が表示される。
── 【悲劇の残滓 LostDate.ラブリ】LV200
「これでアンタは立派なレイドボス。
産まれたてのところ悪いけど、討伐させてもらうわよ!」
──◇──
──【天知調の隠れ家】
「──第51階層の接続解除。隔離完了しました」
「ええ、それで良いです。私達はすべき事をしましょう」
真理恵ちゃんがまた凄い事をしてしまいました。
あの人達の記憶の残滓に……役割を与えてしまうなんて。
「くふふ。無理を通して良かった。お母様が嬉しそうで何よりです」
「……ありがとうネグル。でも罰は罰です。そこで正座してなさいね」
「くふふ。言われずとも大人しくしますとも。もう足が動かないので」
勇気を振り絞って反抗したのです。ちゃんと返り討ちにしなくては悪道が廃るというものです。
「……それにしても。あのゴーストちゃんについてどう思いますかお母様」
「──ゴースト。メアリー殿と共に【Blueearth】に現れた確認対象。……今にして思えば何を警戒していたのやら」
私達は彼女を知っている。
今だけですが。
彼女は敵ではありません。
「ゴーストちゃんも、こんな私に手を貸してくれる【夜明けの月】の一員で──守るべき子の一人です。
状況は好転しました。こうなればもう全員救ってみせましょう。
【アルカトラズ】頑張りますよー!」
──◇──
【第51階層オーシャン:常夏のビーチ】
「判定入ったな!? 行くぜドロシー!」
「はい! ──76%【サテライトキャノン】!」
天より光が降り注ぐ。どんな耐性があっても通用する、無属性・物理魔法混合・防御無視の絶対攻撃。
今この場にいるのは誰もが知らないレイドボスだ。様子見にはうってつけだな。
こうなる所まで計算していたのか、相当練度の高いやつが撃ち込まれる。
「──いたい/たやすい──』
"LostDate.ラブリ"はその身で受け切ると、頭上に白い華を咲かせた。
瞬間──正面に立つは"最強"。
アビリティ"クイックドロー"
──ヒット数2倍。
アビリティ"陽炎のガンマン"
──ヒット数2倍。
片手銃二刀流
──ヒット数2倍。
武器【地獄の番犬】二丁装備
──ヒット数3倍。
スキル【乱撃錯乱】
──ヒット数3倍。
スキル【速射準備】
──通常攻撃速度2倍(実質ヒット数2倍)
ラピッドシューターの基本攻撃速度
──秒間7発。
「とりあえず喰らいなぁ!」
光の壁が"LostDate.ラブリ"を包み込む。
レイドボスといえどタダでは済まない、秒間1008発の銃弾の滝。クリティカルの嵐。
だが──頭の華が枯れると、"LostDate.ラブリ"は腕を天高く掲げる。
「──うっとおしい──』
「【イージスフォース】!」
手を止めたクローバーを壁で囲み、振り下ろされた腕をリンリンが受け止める。
「……だ、ダメージ軽微! この減り具合は……49階層に出たスフィアーロッドくらいです!」
「49階層……本拠地から離れて召喚されたレイドボスはかなり弱体化していた。彼もまた本拠地を持たないレイドボスだからか、それとも基盤がフリーズ階層本拠地のスフィアーロッドだからか……」
ジョージはこういう時には珍しく後衛に控えている。
……しかし弱体化レイドボスという事ならこっちにはクローバーがいるが……
「ダメだ。どうやら喰らったダメージの属性を参照して無効化しやがる。【サテライトキャノン】の無属性吸ってったせいで俺の通常攻撃が通らねぇな」
撤退してきたクローバー。雑な火力と雑な防御力で色々と把握できたな。
「【スキャン】は失敗したわ。そりゃそうよね、今産まれたんだから」
「……で、どうするんだ? あれ倒すのか? 個人的には悪い奴らじゃないからなんとかしてやりたいんだが」
「ゲートの光が消えましたし、天知調さんはこの階層を隔離したみたいですね。49階層と同じなら、倒れたミドガルズオルム達は光となって消えましたけど」
「その後の調査では、各レイドボスはちゃんと元の階層で観則されているらしいですし。どこにいても同じ所に帰るんでしょうか。だとするとフリーズ階層ですかね?」
目標を定めあぐねていると、脳裏に言葉が響く。
──『倒して頂いて大丈夫です! リスポーン先はこちらで設定しました!』
「──天知調/調さん──』
"LostDate.ラブリ"の動きが止まる。そりゃあそうだよな。お前らは大好きだもんな天知調のこと。
……ともかく。気兼ねなくぶっ倒せそうで何よりだ。
「【スイッチ】── 【月詠神樂】【宙より深き蒼】」
七色の片手剣を、深い海の盾を、いつも通り呼び出す。
「……待てライズ……餞別だ……」
スフィアを抱えて戻ってきたバーナードが、当たり前のように【月詠神樂】の刀身を掴む。
──ステータス上は変化が無いが、何かが変わった。
「……俺も今やレイドボス……理論上可能な筈だと思ってな……。
お前の剣に込めてみた……俺の存在の一部を。
……なっているかもな……レイドボス特効」
「間違いなくなっているぞ。今の我は欠片ほどしか無かったレイドボスとしての性質すらアレに押し付けてしまったからもう効かないが……凄い嫌な感じがするからな、ソレ。こっち向けるな」
そっか。今は味方にレイドボスが二人もいるんだったな。
なんかしら消耗するのか、バーナードは座ってしまったが……お手軽レイドボス特効は優秀すぎる。
「よーし。じゃあ"ライズ奪還戦"改め"LostDate.ラブリ討伐戦"始めるわよ!」
【夜明けの月】全員集まって大物に挑むのは……なんだかんだそんなに無い事だな。俺は後ろから見てるばっかりで──今日は仲間に入れてもらえそうで何よりだ。
「お前らも楽しめラブリ! ここは今、お祭りなんだ!」
「──それは/それは──』
"LostDate.ラブリ"は目を細める。
楽しいのか何なのか。ノリがいい連中って事はわかったが。
「──遊んでやろう/翔の弟!──』
「そりゃどうもお構いなく!」
──アクアラの喧騒の裏で、戦いが始まる。
~【満月】回遊記:ドラド編4「新生ドラド【朝露連合】」~
《記録:【満月】記録員パンナコッタ》
──これは【パーティハウス】との会談以後の記録である。
ドラドでの【朝露連合】の活動について、【マッドハット】本部及び現地担当者ホットケーキさんからの了承を得た。
クリック同様、下請けから店舗としての独立には協力的だった。基本的に現地担当者に任せているとも取れるし、【朝露連合】など敵では無いと甘く見られているのかもしれない……。
とにかくベル社長の目論見通り、そもそも冒険者向け商売が枯れている現状すんなりと話が通った。
【朝露連合:ドラド支店】の店員はクリックから上がってきたものの攻略を断念した燻り勢に加え、先日の一件で戦闘に恐れを抱く様になった【パーティハウス】の一部メンバーも引き受けて開業した。販売業務に加えて、【パーティハウス】からの天下り先+【イートミート】臨時バイトとしても働き、3社で手を取り合っていこう……といった方針になった。
マスカット座長はアクアラでの司会業務が終わり次第【パーティハウス】が再始動できるよう、ギルドメンバーに各地セーフティエリアの確保を指示している。
【パーティハウス】リニューアルの宣伝はタルタルナンバンが引き受けた。現在週刊新聞で1ページ分のコーナーを抱えるナンバンは、既に個人で好きな報道ができる特権を持っている。それがどれだけ凄い事か本人はわかっていないみたいだけど。
【植物苑】は諸々の商戦に参加していないが、仮想敵だったレイドボスが消えた事で一つの目標を失っており、近いうちに【飢餓の爪傭兵団】傘下の地位を【パーティハウス】に譲ろうという話もあるらしい。マシュマロ氏曰く「姫と2人で攻略の旅も悪くないでひゅねぇ」とのこと。とはいえ今すぐのつもりは無く、戦力として勧誘したが断られてしまった。
原住民の代表"赤土の巫女"シギラ=ファングさんは、色んな族習を改訂しているそうだ。
とりわけ冒険者とのコンタクトを図っており、「とにかく色んな事を変えてみたい」とのこと。
アグレッシブで人懐っこい方だったが、本来は岩戸から出る事すら許されなかったところをルールそのものを変革したと言う。なかなか大胆なお方。
誰かと話すような独り言が多かったが……常に楽しそうだった。
……記録はこれにて終了。
バロン局長からの召集がかかり、【満月】は予定を早めてアクアラを目指す事となる。
「パンナっち、何書いてるん?」
「日報です。
……そういえばアゲハさん。今回裏業界の情報を収集されていましたが、レン君を連れて大丈夫だったんですか?」
「おんおん。聞き込み中レンっち蒔いたから大丈夫。ガルフ族のど真ん中で孤立させたのはちょっち悪かったカモだけどね!」
「……可哀想すぎる」




