138.にげられない/まっている
──"廃棄口"謎の家
「──あーけーろ──』
「──出てこい/出るな──』
家を揺るがすバケモノ。入っては……これないみたいだが。
完全に出口を塞がれたな。
「助けなければよかった。貴様今からでも外に出て犠牲になってくれないか?」
「お前本当そういう所だぞ。一周回って安心したわ」
さて、どうしたもんか。
この家は安全地帯ってスフィアは言っていたが……こうして目の前まで来られてる以上は過信できないな。
「……この家の耐久性は?」
「わからん。ここは空から何も降ってこないし、あのバケモノが近寄らないから"安地"だったのだ。この家自体がどれだけ頑丈かまではわからん」
ううん。そりゃそうか。
……この家自体は、実はある程度検討が付いている。
メアリーが【Blueearth】に潜入した時の話を聞いた事がある。多分ここはメアリーが使っていた仮拠点だ。
つまりはそこいらのデータを流用している訳で、耐久性に期待はできないな。
「……おい、お前ら! 言葉は通じるか?」
ならば対話だ。まだ安全なうちに少しでも情報を集めたい。
「──出てこい/逃げろ──』
「──寄越せ/いらない──』
「……駄目だ。言葉は発してるが、意思疎通は出来そうに無いな」
「じゃあ終わりか。諦めるか」
「そうだなぁ……【スイッチ】。おっ、一応武器は出せるな」
試しに【朧朔夜】を出してみる。ちゃんと出てきたという事は、まだゲームの範疇か。交戦できるか?
「ここは"廃棄口"。下に落ちれば電子の世界に分解され消滅するが──逆に言えば、まだここでは【Blueearth】のデータは破損しない。だがそれは【Blueearth】から来た場合の話だ。
つまるところ、あのバケモノは【Blueearth】ナイズされておらん。お前がゲームステータスを持っていても奴はゲームの住民ではないからな。戦いにはならんぞ」
それもそうだ。俺の力はあくまでゲーム世界だから通用するが……ここは【Blueearth】と外の中間。あのバケモノにはデータが設定されてないのか……。
「……いや、おかしいな。あいつがこの空間の管理者……つまり天知調に作られたなら、データくらいはありそうなもんだ。完全に無いのか?」
「完全にない。それは我が保証しよう。我もまた【Blueearth】での基本データを失った自我のみのデータである。故にわかる」
……【Blueearth】から落ちてくるデータを間違いなく処分するため、そもそも同じ土俵に立たない。そんな感じだろうか。
いや、処分に動く事自体が不自然だ。ほっとけば落ちるだけだろ。それにゲームデータが無いなら天知調側からの指示も難しい。まさか記憶に無いからって完全に放置すればいいとは思ってないだろうし……。
「あいつ、本当に管理者か?」
「どういう事だ?」
「いや……今考えるべき事じゃないな。どうしたもんか……。ここ以外に安地はあるのか?」
「落下物のルートは固定だ。探せばあるだろうが……そこにこういう足場があるのかはわからんぞ。足場になるものが奇跡的に落下せず固定されていて、しかも安地であるなんてのはここぐらいだと思うぞ」
「じゃあ籠城か。気が乗らないなぁ」
「八方塞がりだな」
「出口自体開けられないしな。塞がれてるから」
「終わりだ。誰にも看取られず終わるのかライズは」
「そうだなぁ。最後に見るのがレイドボスの燃えカスかぁ」
「なんだと貴様」
これはもうお手上げだ。
ドアにもヒビが入ってきたし、いよいよ間に合わない。
せめてバーナード達が無駄な捜索をせずに済むといいんだがなぁ……。
「そこを退きなさい」
──黒の光が、バケモノを扉ごと吹き飛ばす。
いつの間にかその影が、重力に逆らって──俺達から見た正面に立って──家に入ってくる。
見覚えのある黒髪。そしてバトルスーツ。
「……ゴースト、か?」
「お待たせしました、ライズ。帰りましょう」
偽物ではない。毎日顔を合わせている仲間だ。それは間違いない。それでも違和感が拭えない。
「どうやってここに……いや、スフィアーロッドの攻撃もこうやって躱していたのか? ゴースト、お前は一体──」
「……話は後で。逃げましょう。復帰までそれほど時間はありません」
ゴーストが俺の手を取り、優しく引っ張る。ついでにスフィアを見て長い脚で蹴る。間一髪空振りに終わるが。
「危ないぞ小娘!」
「何故ここにいるの。さっさと電子の海へ消えなさい」
「まぁまぁゴースト。バケモノの餌にくらいはなるだろ。俺が持っていくよ」
「ぬわ! 掴むな放せ! 貴様がどこかに行けば我は安全なんだよ!」
旅は道連れ。もう少し付き合ってもらうぞ。
──◇──
さて、どうやって逃げるかと思ったが……。
「絶対に手を離さないで下さいね、ライズ」
「わかった。でもそんなに強く握らなくても大丈夫だぞ」
単純な話だ。家からそのまま、真っ直ぐ上に歩いている。
ゴーストだけは正しい重力を受けているみたいだ。あの家が何も落下してこない安地だというなら、このまま真っ直ぐ進むだけで大丈夫、と。
「歩きながらでいい。ゴースト。色々と説明してくれるか?」
「はい。まずはこれからの行動です。現在57階層に繋がる亀裂が残っていますので、そこから出ます。その際にはこの空間の記憶を失う必要があります」
記憶を失う、ね。
記憶そのものが縁となってバグ勢に悪用される可能性もあると言うのはわかる。わかるが……。
「やっぱりゴーストがここに来れた事がわからん。教えてくれ」
「……私は、元は"廃棄口"に落ちていました。そこをマスターに拾われて改造されましたが、マスターは内部データのブラックボックスまでは解析していません。
恐らくは"廃棄口"にいたデータが強く残っている様で……いざという時だけ"廃棄口"に転移できるようです。
この事は外の私は知りません。今の私も、実の所なぜ私だけ"廃棄口"に入れるのかわからないのです」
「怪しいぞライズ。きっと偽物だ」
「黙れスフィア。偽物の訳あるか。俺達のゴーストだぞ」
そこは一切疑ってない。ただ色々と大人びてるのは記憶が戻っているからか。
「……ライズ。気が抜けるからやめてください。嬉しい」
「めちゃくちゃ感情表現豊かになったなゴースト。向こうでもソレでいいぞ」
「それはできない……まだ。もう少し待って欲しいです」
「待つ待つ。いくらでも待つ」
「イチャイチャしおってからに」
普段引っ込み思案なゴーストがわざわざ手を取ってくれたんだ。いくらでもイチャつきたい所ではある。
あるが──
「──逃がさない/逃げろ──』
「追いついてきたか。どうすっかね」
俺たちは重力を無視して壁面を歩いているが、奴に至っては浮遊している。
「追いつかれるぞ。どうするライズ」
「……そうだな。ゴースト」
「はい、何ですか──」
「これあげる」
俺の手の代わりに、ゴーストの手に【朧朔夜】を握らせる。
ゴーストと離れた俺は──重力に従って、バケモノへ落下する。
「ライズ!!」
「一回戻れ! お前ならもう一度来れる筈だ! ちゃんと送り届けろよスフィア!」
「──来い/来ないで──』
どうなるかはわからない。わかんないけど──ゴーストには相手させられないよな。
「でも、私は記憶を失ってしまう!」
「俺が落ちた事自体は気付いた! お前ならできる! 待ってるぞ!」
……マジで待ってるからな!
──◇──
【第50階層 常夏都市アクアラ】
──東端崖下
「──search:現状の、把握……」
「あっ! みみみみ見つけましたゴーストちゃん!」
「search:リンリンの音声を認──ぶえっ」
"無敵要塞"からのフライングボディプレス。
"敵対行動ペナルティ"が発生しなくて良かったです。
「よがっだでずぅー!!! いなぐなっぢゃっだがらぁー!!!!」
「……rescue:救助を要請します」
把握を。現状の把握を。する前に。死んでしまいます。
──◇──
log.
私を捜索していたマスター達と合流。リンリンが泣きながら私を拘束しているので行動が制限されています。
「……ゴースト。説明、できる?」
「……no:記憶領域に欠損があります。私が何処で何をしていたのか不明です」
「そう。とにかく……無事で良かったわ。【夜明けの月】と【ダーククラウド】は緊急会議を開くわ。タルパー、悪いけど店はアンタ達とバイトで回してくれる?」
「ええ。任せて下さい。【C.moon】組には引き継ぎ次第ホテルへ戻るよう連絡しておきました。
私には何が起きたのか全くわかりませんが……大方ライズさんがまた何かやらかしたのですね? 任せましたよ」
──行動目標を設定。
ホテル【海千山千】にて今後の行動方針を決定。
……私の記憶領域の解析を同時進行で処理。
データは破損ではなくロック。開錠パターンを処理速度10000倍で試行。
感情制御システムを一時的に遮断。戦闘システムを一時的に遮断。色彩認識能力を一時的に遮断。
目的地に辿り着くまで、可能な限り全てのリソースをロック開錠に向ける。
思考も一時的に遮断す/
──◇──
ホテル【海千山千】
──【夜明けの月】のフロア
【夜明けの月】はライズ以外全員集合。ゴーストは何か処理していて反応が無いけど……ゴーストが無駄な事するわけない。暫くはほっとくわ。
「今日はエリバさんだけなのね、【ダーククラウド】は」
「はい。本日は【バッドマックス】との決闘がありますから。ですがハヤテも全てが終わり次第こちらに向かうとの事です」
「わかったわ。……ここで改めて全員と情報を共有するわ!
第57階層でエンジュ行きゲートを調べていたライズが、例の【Blueearth】追放ゲートに吸い込まれた! 今はバーナードが捜索してくれてるわ」
やっぱりやらかしたわね。でも今回は本当にシャレにならない。
「行き先は奈落。"廃棄口"はあたしも行った事あるけど、あそこはヤバいわ。一刻も早く救助してもらう為にお姉ちゃんに頼るつもりよ」
「マスター。そんで、俺達ぁ何すりゃいいんだ。天知調に任せりゃそれでもうできる事はなさそうだが」
「……ライズならやりかねないけど、今回の行き先は奈落真っ逆さまの"廃棄口"よ。流石にそんなヘマはしないはず。
バーナード曰く"何者かの手に引き込まれた"そうよ。もし"廃棄口"からこっちに危害を加えられる存在がいるなら、あたし達も危ない。
"廃棄口"からはあたしだってアドレに入れたのよ。問題が解決するまでは最低でも二人以上で行動する事。いいわね?」
あたしも一度ログハウスのパソコンにアクセスしたいけど、あれはライズが持って行ったから……【アルカトラズ】経由でお姉ちゃんと接触しないと。お姉ちゃんも見ていただろうから行動はしてると思うけど……。
「真理恵ちゃん」
いつの間にか。
お姉ちゃんが後ろにいた。
「お姉ちゃん! お願い、"廃棄口"に──」
「"廃棄口"に繋がる亀裂は閉じました。これで問題は解決です」
「──え?」
俯いたまま。顔を見せないまま。
お姉ちゃんは、淡々と告げる。
「"廃棄口"の様子は、私にはこれ以上観則できません。前回クリックで一度覗いた時、バグ勢に目を付けられましたので」
「……じゃああたしを"廃棄口"に送ってよ! 一応【Blueearth】に来た時に使ってたもん。あたしなら──」
「許しません。ここにいる誰も、"廃棄口"へ行く事は許しません」
「なんでよ! ライズはどうするのよ!」
「ライズさんは必ず救い出すわ。でもそれは今すぐには出来ないの。わかって……真理恵ちゃん」
「わからない! いいからあたしを、あたしだけでいいから!」
「……駄目よ、真理恵ちゃん。貴女だけは駄目。でもこうなると真理恵ちゃんは聞かないから……私が逃げるわね」
「ちょっと待ってよ! お姉ちゃん!」
──そもそもホログラムだった。
伸ばした手は空を掴む。元からこっちに来てなかったのね。
お姉ちゃんの姿が薄れて、消える。
「……何でよ。お姉ちゃん」
考えろ。
絶望より失望より悲しみより怒りより大切な事を。
ライズを取り戻す方法を──!
「……んじゃあ行くかリンリン」
「は、はい。わたし達にしか出来ませんからね」
クローバーとリンリンが最初に立ち上がる。
言わずとも、気持ちは同じみたいね。
「どうするのですか? 僕は……【ダーククラウド】は天知調直属の傘下です。協力は出来そうにありませんが」
「大丈夫だ。2人が定員だ。……60階層から逆走する。"スメラギ"は2人までならそれなりの速度で運べる。
たしか"コスモスゲート"の回遊ルートでは明日が38階層だろ? 今から出れば間に合う」
「57階層のライズさんが入ったゲートは天知調さんに閉ざされていても、未確認の58階層にならあるかもしれません……"廃棄口"への入り口が。
今の【夜明けの月】だと、わたしとクローバーさんだけが60階層から逆走できます。任せて下さいマスター」
……あたしはまだ整理が追いつかないけれど。もうそこまで考えていたのね。
あたしが、みんなのギルドマスターであるあたしがしっかりしないと──
「result:記憶の解析が完了しました」
立ち尽くしていたゴーストが、インベントリを解放する。
──見覚えのある太刀を取り出して。
「マスター。みんな。私はライズを救います。
──quest:協力を要請します」
~【満月】回遊記:ドラド編1「未開の荒野」~
《記録:【満月】記録員パンナコッタ》
ベル社長、ドラドの赤き大地に立つ。
──レストラン【イートミート】
特殊獣人ガルフ族に合わせた豪快な肉料理が人気。勿論冒険者も利用可能。我々【満月】+タルタルナンバンも早速足を運ぶ事にした。
「……このドラドでは原住民向けの飲食店が商業を取り仕切ってるのね」
「総指揮は【マッドハット】ホットケーキさん。あそこの厨房で働いていらっしゃるおっとりした方です」
「ゆるふわガールだね。人気が高いよ……ベル。つねらないで」
店いっぱいに肉食獣。百聞は一見にしかず。根源的な恐怖を感じるわ。
「普通は冒険者向けの商売の方が稼げるんスよね? めちゃくちゃ広いっスけど、ただの飲食店がなんで最強なんスか?」
「良い疑問ですねレン君! 解説はこのタルタルナンバンにお任せです! 胡椒取ってください」
「ナンバンちゃん大食い〜。サラダもあるよ」
「ありがとうございます。にんじんおいしい。
……ではレン君。このドラドの不思議な仕組みについて説明しましょう……」
「冒険者向けのイベントが無いのです。ドラドには。
昔は"何も無い"で有名なドラドでしたからね。原住民向けの商売の方が売れるのですよ」
「あの、パンナコッタさん。私の出番……」
やかましい。
「直前のクリックが商業天国だった理由でもあります。稼ぎたい商人は《拠点防衛戦》のあるクリックや、年中お祭り天国のアクアラへ行くので……そもそも商業が盛んではないのです」
「この美味しいご飯を提供するホットケーキには勝てないわね。元より【朝露連合】は飲食店事業は強くないし、そこは競合しないと思うけど。
でも付け入る隙はあるわ。例によって【夜明けの月】が色々やらかした後みたいだし」
今回は前回……クリックのようなお膳立ては無く、また一から商機を見つける必要がある。
とはいえ何も毎回毎回派手に動く必要はないので、ここはそのまま素通りしてもいいと思うけど。
「とりあえず情報収集ね。私はサティスと一緒に飢餓傘下の【植物苑】に行くわ。他の面子は適当にお願いね」
「りょーかいっス! ……じゃあ俺はアゲハさんと組むっス。アゲハさんの情報収集力、勉強したいっス!」
「えー? テンアゲなんですけどー。レン君見る目あるわねー!」
……あ。
いや、ちょっと待ってと声を掛ける間も無く、残されたのは──
「……パンナコッタ先輩、頑張りましょう!」
「単独行動するわ。勝手にやってろ」
「ひどい!」
──タルタルナンバンと組むハメになってしまった。




