137.いらっしゃいませ/さようなら
【第50階層 常夏都市アクアラ】
──東端崖下
"常夏のハイパー海祭り"3日目──
「今日は"断崖絶壁ボルダリング"だけど……そっちはいいわ。勝てるから」
「凄い自信ですね……」
タルパーと一緒に砂浜から崖を見上げる。
断崖絶壁。崖下は砂浜ではあるけど、ビーチエリアよりは活気がないわね。
「一番厳しいから一番勝てる人を選んでんのよ。それより気になるのはライズね」
ゴーストとリンリンが出場選手を送って戻ってきた。今日の観戦はこの4人。
「search:連絡によると、ライズは今日57階層で探索します。エンジュ行きのゲートのある階層です」
「ああ、遂にですか。私が潜ってしまったあのゲート……」
全ての始まりはタルパーが見つけてしまった事。そもそもそれ自体は低確率を素引きしたのよね。
……問題はお姉ちゃんからの依頼。エンジュ行きのゲートそのものの利用は許しているけれど【Blueearth】の外に繋がるゲートからはみんなを守って欲しい、って話だけど。
単純に考えれば、エンジュ行きのゲートの近くにあるから言ってるんだと思うのよね。
「そういえばタルパーさん。なんでわざわざ"コスモスゲート"がいる時にそんな所に行ったわけ?」
「行ったというよりはそこにいたのです。あそこにあるジェリー族の住処に通っていたので。
"コスモスゲート"が通る日は外に出ないというのがジェリー族の習わしで、私は唯一ジェリー族ではないので外に出ているジェリー族がいないかパトロールをしていました。
そうしたら……少し記憶が曖昧ですが、金のゲートを潜ったのです」
「記憶が曖昧? 今の流れで?」
「はい。"コスモスゲート"が吠えたのか何なのか。場所はハッキリ覚えていますが、そういえば何故私はゲートを潜ってしまったのでしょう。ゲートそのものはそこら中にありましたし、初めて見たからといって無闇に入るとは……我ながら不用心でした」
……なーんかきな臭くなってきたわね。
大丈夫かしら、ライズ。
──◇──
【第57階層オーシャン:渓谷のフォールダウン】
──────
深く。深く。深く。
深海の闇へと続く崖。
こちらへおいでと手招く潮が。
無慈悲に全てを闇へと引き込む。
──────
この階層では一度下に降りるともう登れないギミックになっている。
唯一、一番下にある58階層ての転移ゲート脇には一番上まで飛ばしてくれる潮流があるが。
[ライズ]:
『落ちたら復帰まで時間がかかりすぎる。無理に戻ろうとせず、そのまま下の担当と合流する事』
「りょーかいでス。我々の持ち場は安全ですけどネー」
現在俺たちは崖の隙間に入っている。
タルパーが教えてくれた、ジェリー族の隠れ家へ繋がる道。かつての俺が見つけた時は入り口で追い返されたが、どうやら友好関係を結んでいれば入れたみたいだな。
……今は誰も居ないけど。
広間に出ると、明かりになる海藻だけ残されているが、何も無い。家らしき空洞がそこらの壁にあるが、人も物も全部引っ越したみたいだ。
「……なかなか神秘的な廃墟だ……。ここに定着していた住民を丸ごと地上に移したとは、なかなか規模のデカい事をする……」
「余程タルパーの事を信頼してんだなージェリー族。ここまでとは思わなかったぞ俺も」
「タルパーさんからの情報によれば、噂の転移ゲートはこの奥です。今回は場所が分かりきっていますから……ライズさん、お願いします」
「手前まで運ぶギョ」
「いや、ここでいい。一度メンチラの所に戻ってくれ」
"マグロ星人"を返して、1人奥地へ進む。
……バーナードがペアで良かった。事前に一通り状況説明をしたから、こうやって危険そうな場所からみんなを離してくれた。
ちなみに他の人には、"新しいゲートを調べ尽くす事を条件に協力しているので近寄らない事"とお触れが回っている。なんか評判が悪くなりそうだ。
……見つけた。金のゲートだ。
このゲートを潜れば、エンジュに行く。
──そして俺は一度だけでいいから、このゲートを潜らないといけない。個人的な事ではあるが。
俺がゲートに入ったらバーナードが各位に連絡を回してくれるだろう。"調子乗って足滑らした"事にしてくれるよう頼んである。
では、いざ──
──響く轟音。
"コスモスゲート"が珍しく咆えたかと、一瞬ゲートから目を離すと──
ゲートとはとても形容できない裂け目が現れた。
──◇──
み
つ
け
た
──◇──
【第50階層 常夏都市アクアラ】
──東端崖下
『"断崖絶壁ボルダリング"優勝は──【夜明けの月】ジョージ!』
『妨害アリの崖登りレースでしたが、最早進路を作っていた【真紅道】のフレア選手、妨害しか考えなかった【飢餓の爪傭兵団】キング.J.J選手、最初から徹底的にジョージ選手を狙っていた【象牙の塔】アザリ選手。全ての妨害をものともせず、いとも容易く飛び越えていきました』
「くぬぬ……キングまで出したというのに。今回も私の負けですか。まぁいいでしょう。次は……メアリー?」
ブラウザが悔しがってるけど。
ジョージが色んなギルドの猛者を返り討ちにしてるけど。
今、それどころじゃないのよ。
──────
[バーナード]:
『ライズ消失。俺はこれより捜索に入る。
この連絡は極秘である。必ず見つけ出す』
──────
……バーナードからの、聞きたくなかった報告。
嫌な予感が当たってんじゃないわよ。ばか。
とはいえ今は何もできないわね。信じて待つしか無いわ。幸いこのメッセージはあたしにしか来てないし──
「め、メアリーちゃぁん! ゴーストちゃんが、いなくなっちゃいましたぁ!」
──どうして!
──◇──
【???】
……やられたな。
もっと警戒すべきだった。タルパーも言ってただろーがよー。天知調もハヤテも警告してくれただろーがよー。
あの瞬間、亀裂から──手?か何かが伸びてきて──引き込まれた。ゲートじゃないのかよ。今回一度限りで封鎖できるって考えたら真っ当なゲートじゃないのも納得か。いやそうじゃないだろだってゲートの出口が設定されてないだけって聞いたぞ。だったら普通のゲートの形してないとおかしいだろ。
「騒いでる場合じゃないだろう馬鹿! 逃げるぞ!」
どこか聞き覚えのある亡霊に誘われて……今、俺は逃げている。
横向きの世界。全てが奈落へと落ちてゆく物騒な世界。恐らくは"廃棄口"と呼ばれる世界──【Blueearth】から不要なデータを外に放り投げるゴミ箱。
問題は、一切の接点を断ち切るために天知調が"廃棄口"の記憶を封印している事だ。その辺はバーナード経由でメアリーを頼るしか無いな。
「急げ急げ! 安地まであと少しだ!」
亡霊と俺が何から逃げているのか。
……いや、俺にもわかんないんだよな。
流れる木々やら壁やらを飛び移りつつ、ちらりと後ろを見ると──
手、或いはただ5本の触手が捻れているだけか?
目、或いはただ深淵から光が漏れているだけか?
何なのかもよくわからない、人体のようなものの集合体の……ようなもの?
腕っぽいのが絡まり合って……ホラーゲームの敵っぽいが。
「──逃げるな/逃げて──』
「──よこせ/いらない──』
訳がわからない。俺をここに引き込んだ正体ではあるが……当然あんなの見た覚えが無い!
「見えたぞライズ。あの家が安地だ。連中はあの中に入れない」
「わからない。わからないが……流石にここで叩き落とされたら死ぬのはわかる! 生きて帰ってちゃんとメアリーに怒られなきゃなんねーんだよ俺はぁ!」
「──待って/どこかへ行け──』
「過去一訳わからん! 気になるが、魔物かどうかすらわからん! こっち来るな!」
びたり。
……意外と聞き分けがいいのか、突然止まる。
「な……なんだ?」
「何でも良い! 早く来いライズ!」
化け物は止まったまま、ボソリと一言。
「──ライズ──』
──◇──
【謎の家】
家の中に入ると、重力の方向が元に戻った。いや本来どっちが正しいのかはわからないけど。
「さて。何から話してもらおうかね亡霊」
「ふん。貴様もこの姿を見ればわかるであろう……ふんっ!」
黒い影のような亡霊が姿を変える。
──凍りつく肉体。大いなる翼を翻し、強靭な尾を見せつけるように振るう。
かつてその姿を、それはもう嫌なほど見た。
「我は──【呪氷の叛竜 スフィアーロッド】。久しいなライズ」
……手乗りサイズ。
「ちっさ」
「やかましい。姿なぞなんでも良いのだ」
手乗りスフィアーロッド。しかも……俺の事を知っている、あの時のやつだ。
「本物か? 天知調はお前を救おうとしたが、自我は消滅したと言っていたぞ」
「そう判断せざるを得なかったのだろう。我は貴様にトドメを刺された。同じレイドボスの力を持つその妖刀によって我の自我の方が傷付けられた。
その後我はこの"廃棄口"に逃げたのだ。いや、落ちたと言うべきか。スフィアーロッドとしての肉体は崩壊し、システムとしてのデータは再構築されている。余ったデータである我の存在は元より"廃棄口"送りなのだ。
天知調に拾われるのも癪なので、先に飛び込んだのだ」
……相変わらずプライドの塊だなコイツ。
「ってかスフィアーロッドとも言えないよなお前。本物のスフィアーロッドはフリーズ階層でのんびりしてるよ」
「うむ。とはいえ名乗る名前も持たぬ故……スフィアと呼ぶがよい」
偉そうに。
……うん。まぁ自由で何よりだ。フリーズの時は、好き勝手暴れてたけど……なんか余裕が無かったからなぁ。
「だが"廃棄口"に投げ出されてなんで無事なんだ? おまえにしても俺にしても。ここに居座れてる事自体が問題なんじゃないのか?」
「ここまで来た道でわかるだろう。ここは今は無法地帯だ。データを乗り継げば現状維持ならできるし、こんな安地すらある。【Blueearth】と接続を切らなければならないから誰も管理していないのであろうよ。そして接続を切っているからこそ、この現状を把握していないのであろうな」
……そんなヘマ、あの天知調がするかね?
色々抜けてるところこそあれ、基本的な設計でのミスは殆ど見た事ない。バグでもないのに構造上破綻しているなんて考えにくいけどな。ましてや、普段は記憶に残らない場所の事だ。
「……それはもういいか。とりあえずはあと二つ。どうやって帰るか、そしてあのバケモノは何なのか、だ」
「帰るのは簡単だ。データが落ちてくる以上は上に行けばいいだろう。方法は色々考えなければならんが……それより奴よな」
あのバケモノ。意思の疎通が出来るのかもわからないが……とりあえず襲ってはきた。もう近くにはいないみたいだ。
「どうやら奴は長くこの"廃棄口"にいるようでな。とりあえず我は狙われたが……貴様はもっと獰猛に狙われているな。
恐るべき事に奴は"廃棄口"の重力の影響を受けないようで、普段はもっと下の外寸前の所を根城にしている」
「特例処置……まさか奴こそが"廃棄口"の管理者なんじゃないか?」
「……ふむ。ありえない話ではないな。何らかの誤作動でああなってしまったから"廃棄口"はこうなってしまったのか」
何かしらの統治者はいたはずだ。"廃棄口"はゴミ箱であり、侵入者撃退装置なんだ。そこでガバい事してたらメアリー以外でも侵入出来るだろ。
「結局は奴が何者であれ、貴様が戻る時の障害にしかならんがな。最下層にいる奴がわざわざ天井までいって貴様を引き摺り落としたのだ。相当関心がある様だぞ」
「……で、奴は何でこっちに来ないんだよ」
「わからん。ここに近寄りたく無いみたいだな」
……俺の目標は、とりあえずは帰還だ。最悪あのバケモノは放置でいい。【Blueearth】に帰りさえすればいいからな。
"廃棄口"にどんなバケモノがいたとしても二度と来る事は無いだろうし。
「となると、待機だな。天知調を待つとするかぁ」
「悠長だな。だがそうせざるを得ないだろう。ここなら安全だ。のんびりしていけ」
「……お前さ、何で俺を助けたんだ? 普通に敵だったろ。最後ぶった斬ったし」
「むしろそのおかげで"廃棄口"に逃げ込めたのだ。あと……奴はマジで貴様を喰い殺すつもりであった。そう見えた。
流石にそれを見過ごせるほどは恨んでおらん」
律儀な奴だ。
だがスフィアーロッド……改めスフィアはここで暮らす事に不満は無さそうだな。
ここでも一波乱あったら面倒だったから助かる。
──◇──
に
が
さ
な
い
──◇──
──家の軋む音。
「……安地じゃなかったのか?」
「その筈だ。その筈……だった」
窓に張り付く鈍色の光。
──あのバケモノが家に張り付いていた。
「今度はパニックホラーかよ……」
〜ペットの夏休み3〜
《【夜明けの月】ジョージの日記》
【至高帝国】ダイヤと【飢餓の爪傭兵団】アルプスと共に外に出て、魔物達と遊ぶ事になった。
水遊びから玉遊びまで、何から何まで……。
「し ぬ し」
「レアエネミーの世話がこれほど大変だったとは……ムムム」
おや。いつの間にやら二人は倒れてしまった。
俺は"まりも壱号"や"ぷてら弐号"との散歩に慣れているが、確かに普通は難しいか。
「休憩にしようか。彼らも満足したみたいだし」
「ぐへー。デカいペットも楽じゃないのね。勉強になったし」
「ムムム……その場で使役する私はこういった事に慣れていませんな。というかジョージさんが規格外すぎる。何故空中で"ぷてら弐号"とフリスビーで遊べるのですかな」
「この施設は足場が多いからね。飛行種は一緒に飛んで遊んであげると喜ぶよ」
「それ人力でできるのジョージだけだし……」
ふむ。心外。現実ならともかく【Blueearth】ならば出来る人もいそうなものだが。
「凄い今更だけど、なんでそんなに小さいのにそんな強いわけ?」
「あー……成長期なんだ」
「納得しませんよそれは」
多少の認識阻害はかかっているのだろう。"身体成長"が存在しない【Blueearth】において、子供が戦うという事への抵抗感は薄れていると思う。現実だったら俺の姿のような童女がこんな事してたら色々と面倒な事になるだろう。
それでもツッコミが入るのは……天知調さんがまだまだという事か。やれやれ。
「おおい黄金の君。俺サマが迎えに来たぞ!」
「アルプスのおっさーん。帰るでー」
遠くから聞こえる声に2人が立ち上がる。
この数奇な出会いも終わりのようだ。
「……時間だし。久しぶりに遊べて楽しかったし。アルプスとはまた同じ所に戻るだけだけどね」
「私は例の7番勝負に出場する予定ですので。最前線に帰還するならばその後になりますな。お先にどうぞ」
「わかったし。ジョージも早くおいで。あーし達は高みで待ってるしー」
出会いも別れもあっさりしたものだ。ここで出会ったという事はあまり吹聴する事もない。
しかしいい子達ばかりだったな。本質的に悪人がいないのだろう、最前線は。
……ドス黒い悪でもいてくれた方が助かるんだがね、俺としては。ゲームと割り切るのも難しいものだね。
──◇──
「ねぇハート。あんた空飛べる?」
「いや無理であろう。今日の頭は鶏だが、背に羽が生えてるように見えるか?」
「なぁんだジョージ以下かぁ」
「誰よその男!」
「ふふん。秘密だし」
──◇──
「ファルシュちゃん。空飛べますか?」
「おおー飛べる飛べる。あの山のテッペンまで飛べるでー」
「では最前線に置いてきた竜と遊んで貰いましょうかな。どうにも飛行種は飛びながら遊ぶ仲間を欲しがるそうです」
「嘘やん。また変な情報仕入れとんですか。どこ情報です?」
「信頼できる子供から、ですな」
「騙されとりますよそれ」
「……ファルシュちゃんは変な所で真面目ですねぇ。やれやれ」
「ほーーーーん!そないならやったりますわぁ!ファルシュちゃんは宇宙一面白いやろがい!」




