133.開催!常夏のハイパー海祭り!
【第50階層 常夏都市アクアラ】
──海の家【C.moon】
「……いよいよ始まりますね、クローバーさん」
タルパーが宝石箱を閉じる。
厨房担当の俺はオーナーであるタルパーと特に長くいる事が多かった。なんだかんだで緊張しているのがわかる。
本番までは隠していたジェリー族をウェイトレスとして一気に解放した海の家【C.moon】。
ジェリー族との友交の証"海の瞳"はインテリアとしてウッドデッキ天井などに散りばめて海底の星空を演出。
周囲の広場は【ダーククラウド】のゴローご隠居による竹によって整備され、オマケに枯山水まで作ってもらった。ドットアート職人と名高い【TOINDO】初代社長の砂芸は超一流だ。店までのあちこちの砂場にロゴやら案内やらを片手間に書き上げちまうんだから脱帽だよ。
今日からは広場にテーブルを解放。アクアラの海を一望できる飲食店としてガンガン回す予定だ。
厨房は流石に俺一人じゃ回し切れねぇが……幸いにも手は山ほどいる。ついでに遊びに来たバルバチョフも確保した。あいつは万能だからなぁ。
「後は初動だな。【井戸端報道】にはがっつり宣伝してもらったが……スタートダッシュが肝心だ。頼むぜ女性陣」
総合指揮はジョージ。店の経営経験とかまるでないメンバーだったが、どうにもジョージは一家言持ちの様だ。……ただの警察官だろうに、奥さんの家が老舗呉服店だからかね。
「よーし、思いっきり楽しむぞ!」
「おおー……」
「わーい……」
「やったるでー……」
おっとりのんびりのジェリー族も健気にウェイトレスの勉強に励んでくれた。タルパー存続の危機である事は伝わっている。
点取りゲーム。そう、ゲームだ。これは。
なら"最強のゲーマー"として勝利をお届けしなくちゃならねぇよな?
「必ず抑えなくてはならないのは基本売り上げ勝負の4点。それで合ってるかいクローバー君」
ジェリー達に抱えられて浮遊していたジョージが落下してきた。アンタもアンタで中々楽しんでるよな……。
「間違い無い。競技7点はカモフラージュだ。確実に売り上げで勝てるならそっちは捨てられるからな」
「どうしてだい? あまり自惚れるつもりは無いけど、俺やアイコ君、それに競技ならばクローバー君やゴースト君もいる。競技で勝ちを狙うのもアリだろう」
「そりゃ勝てるなら勝ちたいけどな。このルールは"両者無得点"を狙いやすい。相手に点が入らないなら、売り上げ4点を取った方が勝つんだよ。売り上げだけは外部の妨害が入らないからな」
両陣営で一つの競技に参加出来るのは1人まで、同じ人の複数競技出場の禁止。明らかに競技側で安定して勝てないようなルールにしているぜ。
しかも第三者が勝てば両者無得点。【飢餓の爪傭兵団】でも【夜明けの月】でも【ダーククラウド】でもない強者を雇えば無得点を狙いやすくなる。
「俺たちに3点取られたとしても4競技で引き分けなら売り上げ4点で勝ち逃げできる。その4競技で一つでも勝てりゃ儲けもんだな。だから連中はそこまで競技を重視してないだろうよ」
「そ、それでは勝てないのでは……?」
「ルールの確認は俺とメアリーがガッツリしたからな。これで勝てる算段あっての事だぜ」
ルールを提唱するのがあっちな時点で、何らかの抜け穴があるのは間違い無いだろうからな。
「このルールでも勝てると。理由を聞いてもいいかい?」
「まず最初に、【飢餓の爪傭兵団】はそこまで第三者を雇えない。
何故なら連中は【Blueearth】最大規模の傭兵連合だからだ。右も左も傭兵だらけ、フリーの傭兵は大体商売敵だ。その上で闇ギルドはデュークが睨んでるから雇えねぇ。そもそも大した奴が来ねぇよ。一般参加でダークホースが自主的に参加してくれない限りはな」
ここ暫くは【飢餓の爪傭兵団】が異様にこの祭りの宣伝をして回っていた。特に競技が目玉かのように。
「一般参加の強敵は俺たちにも厳しいが……少なくとも【飢餓の爪傭兵団】の息が掛かった連中による妨害工作は起きない。フェアな勝負なら俺たちは負けねぇ。性能的にな」
「なるほど。その悪巧みは最初から上手くいかないと踏んでいたんだね」
「まだあるぜ。例えば土地と店員数の暴力だ。ここは郊外と言えばそこまでだが、付近に同業他社がいねぇ穴場だ。しかも景色がいい。
ジョージは飲食店経営なら回転率と言っていたが、ここいら一帯をこうして全部テーブルにしちまって総座席数を稼げばそこまで回転効率を考えなくても良いだろ? ドラドの【イートミート】を参考にしたんだぜ」
ドラドの原住民飲食業界を独占していたホットケーキの【イートミート】は広場全てに座席を設置し、飛び入り参加すら良しとするほどにハードルの低いウェイトレス採用で店員を補っていた。
こっちはそれを参考にした。アクアラを一望できるこの立地で、この後どこに行くか考えながらのんびり飯が食えるような店。これは売れるぜ。
店員の数もジェリー族が補える。しかも連中は浮遊してるから座席数を限界ギリギリまで増やせたし、"ジェリー族が見られる"ってのをセールスポイントにしてる都合上はどしどし飛び回っていても違和感無い。
「ジョージが言っていたが……飲食店は客の胃袋の奪い合い。売り上げがそのまま相手へのダメージに繋がるんだろ?
都心部の狭い店や小さな出店じゃ実現不可能な数・質・量でぶっちぎる!」
「……いやはや説得力が違うね。俺は浅慮だから、結局はクローバー君やメアリー君頼りになってしまったか」
いやいや知能とフィジカルの両立に加えて経営理論。マジで頼れる大人だぜアンタは。
……お。花火が上がった。
「いよいよだな。始まるぜ」
ウィンドウにも中継が繋がる。
──さあ楽しい1週間の始まりだ!
──◇──
──アクアラ転移ゲートに到達するとまず見えるのは一面のビーチ。
「アクアラへようこそ! "常夏のハイパー海祭り"受付は右手西側でーす!」
「ああどうも」
歓迎のレイを受け取り、案内に従って西の大通りへ。突き当たりに簡易テントが建てられている。あれが受付か。
「シャム様。遂にやって来ましたねアクアラ。前に通過したのが遥か昔のようですコックコック」
「うむ……その語尾はダメだと思うのだ」
このイカれた語尾をしたコック帽は我が副官"厨房の破壊神"ディザスター。自分のキャラを求めて彷徨う求道者。二つ名の通り……厨房担当である。
そう、我らは──音に聞こえしセカンドランカー。攻略ランキング14位。【喫茶シャム猫】である。
なんと有名リゾート地アクアラにて大規模な祭りがあると聞き!さすれば出店せねば喫茶店の名折れであると馳せ参じた次第!
そう、我こそが【喫茶シャム猫】マスター。"巧遅拙速"のシャムである。
受付の大通り──左、アクアラ南側には目玉たるビーチ。右、北方向にはレジャーに最適や緩やかな山。ううむどこに店を構えるか。
いやいや、兎角受付だ。この祭り、参加者を集計する目的で受付の記帳が必要の聞く。ただ受付するだけで各種割引などお得なプランがいっぱいなのだ。
「ようこそ! こちらに記帳をお願いします!」
「うむうむ。しかしてお嬢さん。出店の受付は、どちらに?」
何せ我々は【喫茶シャム猫】。最高の立地で最高の店を開く、ただそれだけの為に攻略を続けているのだ!
さあ、手始めにアクアラを我らがコーヒー色に染め上げてくれようぞ──!
「……申し訳ございません。出店受付は終了しました。
売り上げ等の管理集計がありますので……今は新しい出店は禁止させて頂いてます」
──◇──
"常夏のハイパー海祭り"の受付は、ゲートを出て右側の大通り突き当たり。これはジョージからの提案だった。
実際左手──アクアラ東側は崖だし、受付の後に南ビーチへ直通できる大通りでやるのが良いのは間違い無い。普通に可決されて良かった。
──ここなら【C.moon】も見えるからね。
「アクアラへようこそ! 北門の先の海の家【C.moon】はいかがですか?」
「らっしゃっせー……」
「どぞー……」
ジェリー族を引き連れ、女性陣で客引き。このメンバーだとアイコの負担が大きすぎるので【ダーククラウド】からキャミィさんが手伝いに来てくれた。
軍服っぽいデザイン水着にいつもの軍帽で、普段のイメージが崩れてなくてとても可愛かった。コミュニケーション壊滅組を引っ張ってくれて本当に助かるわ。今はリンリンとゴーストを連れて別働隊として客引きに行ってもらってる。
あたしはドロシーとアイコと一緒に受付横で客引きをしてるんだけれど……なんか騒いでたちょび髭のおじさんの一団にアイコが声を掛けた。
「んむ……海の家。山の上にか?」
「あそこです。まずはアクアラの景色を眺めながら一服してはいかがですか? 【C.moon】ではアクアラ原住民ジェリー族によるおもてなしをさせて頂いていますよ」
「おいでー……」
「たのしーよー……」
「ほう。確かにいい雰囲気の店が見えるな……。よし者共!まずは腹拵えであるぞ!」
……上手い事いったわね。しかし筋骨隆々で暑苦しい面々だったけど、どこの武力派ギルドなのかしら。
「悪意などは特に感じませんでした。間違い無くシロです。
……本当に売り上げ勝負には妨害とか無いのかもしれません。信じられない事に……」
「ありがと。あんまり無茶しちゃダメよドロシー」
これで結構な数を誘導できたけど、ドロシーが自主的に"理解"して【飢餓の爪傭兵団】側のスパイチェックをしてくれてる。数が数だから全部やる必要は無いんだけれど、張り切ってくれているわ。
「……売り上げ勝負の管轄は【わくわくビーチセイバーズ】だからかしら。あいつらタルパーと真っ向勝負したがってたし……ブラウザが折れたのかもね」
「一応はタルパーさんと【わくわくビーチセイバーズ】の決闘ですから、主導権はあちらにあるのかもしれませんね。
……となると競技側で仕掛けてくるかと。【わくわくビーチセイバーズ】では7競技補えるかどうかわかりませんからね」
「誰が出てきても勝てるように動くけれどね。売り上げはジョージ達に任せるとして……こっちは競技で勝ちを狙うわよ」
「わかりました。頑張りましょう!」
「二人ともー。もっと前に出ましょうね。可愛いんですからー」
うあー。アイコとジェリー達に引っ張られるー。
──◇──
──南のビーチ
「始まりましたね。これでジェリー族は【飢餓の爪傭兵団】の管轄、ひいては高級強化素材"海の瞳"も独占。莫大な資産はあの生意気な【マッドハット】を叩き潰す事も可能でしょう」
「そうですねブラウザ様!」
「ご要望は真っ向勝負。それはわかりました。出店経営全て貴方達が用意していたものです。そこに横槍は入れません」
「ありがとうございますブラウザ様!」
「……それで、祭りが始まったというのに何故我々はここにいるのでしょうか」
「【わくわくビーチセイバーズ】はアクアラ自警団でもありますから! パトロールも仕事ですブラウザ様!」
「結構な事です。では最後に──何故私は貴方達に担がれているのでしょうか」
「【わくわくビーチセイバーズ】名物"筋肉神輿"です!
俺たちの勝利の女神を担がにゃ損損です!」
「わーっしょい!わーっしょい!」
「わーっしょい!わーっしょい!」
「……もうやだ……」
〜【バレルロード】観察記録〜
《記録:【バレルロード】バーナード》
……ドラドでのあれこれがあり。俺……バーナードは正式に【バレルロード】に加入する事となった。
脱退した【真紅道】に直接伺い、蓮……グレンには改めて事情と顛末を説明した。
……スカーレットの後押しもあって……【真紅道】全員から軽く殴られただけで終わった。
……優しい連中だ。最後に土産を渡して……足早に【バレルロード】へ帰還した。
……スカーレットはアクアラ到達と同時にアドレ兵拠へ向かい……ジョブを【ガンスリンガー】に戻した。
完全に俺を潰すためだけのジョブチェンジ……本来はスキルポイントなどで不都合が起きるが……【アルカトラズ】の書状一枚で諸々の免除が受けられた……。
……天知調もまた、俺がこうなる事を望んだのか。好意には甘えるべきだ……。
そういう訳で、スカーレットは実は【夜明けの月】と合流するまでは碌に遊べていなかったんだ……。
だから、まぁ……メアリーと会えて良かったよ。
プリステラは……あの後【アルカトラズ】に捕まっていた。本人は至って真面目に水着を選んでいただけなのだが……何を着てもレーティングに引っかかる奴の挙動が、バグと勘違いされたらしい……。
結局は黒のビキニに落ち着いた……。一緒に買った候補の水着が……十数着ある筈なのに紙袋一つに収まり切っていたのは……純粋に質量が少なすぎるのでは……?
ほぼ紐しか入ってなかった……。
……記憶関係の問題は……。
……俺は全て思い出しているとして……スカーレットは……俺に関する事を、思い出しただけだ。
そのままグレンの事も思い出してはいるが……それ以外はハッキリとは思い出せない様だ。
ただ……【夜明けの月】や【ダーククラウド】と接触している都合……"自分にはわからないけれど、現実世界ってのがあるらしい"くらいの感覚の様だ……。
……他の【バレルロード】には……一応内緒にしている。俺たちでは他者の記憶を呼び戻す事は出来ないから……言っても証明できないしな……。
……【バレルロード】は……スカーレットの一存で俺のような化け物を引き入れる事には、一切異論が出なかった。
……実際、仲良くやらせてもらっている。
コノカは……臆病ではなく、慎重だ。思慮深い。……体格が大きい者同士という事もあり、クリックの巨大サイズの服屋【TITAN】に誘ってくれた。
これまで【バレルロード】の纏め役のようなポジションだったからだろうか……あまり自分の魅力に疎いところがある……。ナンパされる事も少なくないが……よく単独行動をしてしまう。最近は心配になってよく共に行動するが……その日の夜、スカーレットに蹴られてしまった。
プリステラは……かなりスカーレットを慕ってくれている。ムードメーカーにしてトラブルメーカーだが……一番俺の事を警戒していた。当然の反応ではあるが……。
ある程度したら許されたのか、過剰にスキンシップをしてくるようになった。今の俺の左半身樹木部には感覚が無いのが……残念、と思うのは浮気だろうか。
スカーレットのフィジカルを鍛えたのは彼女らしい……。実際、【バレルロード】でタンクを勤めているだけの事はあり……想像の何倍もよく動く。
あと一度だけ二の腕を触ってしまった事があるが……うっすらと、だが確かに鍛えられた筋肉の感触があった。現実では何かしらのスポーツをしていたのだろう。
フェイは……何も考えていない、とは言い切れない。
そもそも奴はかなり賢い……。かつてはアドレで暴れた爆弾魔だ。スカーレットが抑えるまでは誰にも捕まらなかったくらいには狡猾だ……。
一言で言えば……読めない。
不自然に明るく、不自然に仲良く、不自然に受け入れる。底が知らないが……スカーレットの事を裏切る事だけは無さそうだ。
……毎朝俺とスカーレットの匂いを嗅いでくるのは……どういう習性なのだろうか。
なんかペットみたいだが……獰猛な獣である事は、忘れてはならない。




