130.仲間外れは誰?
【第50階層 常夏都市アクアラ】
数日後。
ホテル【海千山千】
──【夜明けの月】の部屋
ホテル西面──南の浜辺から、山の上の海の家【C.moon】まで一望できる部屋。視力偵察が可能なドロシーとジョージがいる都合、セーフティエリアであるホテルの部屋の位置取りは重要だ。金に物を言わせて確保したが、既に"常夏のハイパー海祭り"に向けて増えた客でいっぱいだ。
「……じゃあ一旦整理するぞ。最初……事の発端は海底にてタルパーが新しい転移ゲートを発見した所からだ。
なんとそのゲートは【第80階層 天上雲海エンジュ】に繋がっていた。当時は"イエティ王奪還戦"でゴタついてたからこれを知っているのは【首無し】だけだ。
……転移ゲートの発生確立とアクアラの冒険者数が比例する事は俺が昔突き止めた。だからデュークはアクアラで"常夏のハイパー海祭り"を開催する事で冒険者数を爆増させて無理矢理再現性を上げようとしている」
「過去の探索実績とマッピング能力からライズに白羽の矢が立った訳ね。そしてそれがお姉ちゃんの依頼にも繋がると」
「そうだ。天知調からの依頼は、恐らく今回開かれてしまうであろう"【Blueearth】外へ繋がるゲート"に誰も入らないようにして欲しい、ってもんだ。今回の祭りの最中に確実に開いてしまう計算らしい。だが一度開けば解析して封印できるらしいから、本当にこの一回だけ防いでくれればいいってさ」
いつ開くかはわからないが、この辺りは俺がなんとかする。マッピング担当の都合、勝手にゲートに入らせないよう指示くらいできると思うし。
「そして転移ゲートの位置を知るタルパー曰く、その場所はジェリー族の隠れ家だと。だからジェリー族の移住に協力する事になったんだよね」
「タルパーさんが色々と滞納していたせいでアクアラ冒険者用の土地を管理する【わくわくビーチセイバーズ】が痺れを切らして、ジェリー族を掛けて売り上げ勝負をする事になったと。これについてはジョージさんのおかげで勝っても負けてもジェリー族の皆さんはアクアラに引っ越せる事になりましたから、正直手を貸す必要は無かったんですが……」
「【飢餓の爪傭兵団】のブラウザが仕組んだ罠だった、と。なんやかんやで俺を景品にした争奪戦になったが……これ幸いと、アクアラの土地権を持つ【わくわくビーチセイバーズ】を賭けさせる事に成功した。これで勝てればジェリー族は安心してアクアラで過ごせるようになる訳だな」
「……か、勝たないといけなくなりましたけれどぉ……」
「お得といえばライズの不在に違和感が無くなったわね。一応闇ギルドに手を貸す都合、表向きに不在の理由があった方がいいわ。特にライズの動向は注目されてるみたいだし」
ああそうか。俺がずっと海底に引き篭もってたら違和感あるわな。
「……で、向こうとの決闘のルールについてだが」
「結果的にはポイント制になったわ。夏祭りが1週間だから7つのイベント。これに優勝したら1ポイント。
売り上げ勝負に勝ったら4ポイント。合計得点で競うわ」
「最悪売り上げは投げ捨てても良いか?」
「このイベントはあくまで一般参加よ。向こうもこっちも勝てない場合がある。それに加えてお互いのチーム代表として参加できるのは1競技1組まで、1人1競技まで。アイコとジョージの使い回しは無理ね」
「さらっと俺を酷使しようとしたね。まぁ肉体競技なら俺とアイコ君とクローバー君なら勝てるだろうけれど」
「俺もかぁ?」
「競技次第ではね。それで、競技は?」
「これが最終決定版よ」
──────
"常夏のハイパー海祭りプログラム"
1日目:音速ビーチフラッグ
2日目:アクアラ一周海上レース
3日目:断崖絶壁ボルダリング
4日目:ノーブレーキ下山バイクレース
5日目:七連踏破!お祭り屋台レース
6日目:Ms.アクアラコンテスト
7日目:喧嘩花火サバイバル
──────
……なんか物騒な競技が多いなぁ。
「当然っちゃ当然だけど、タルパーさんが勝てるような競技は無いわ。もしも売り上げで負けているのなら、最低6点は必要になる」
「5点取っても残り取られてたら向こう6点だもんな。だが中立に勝たれたらズレるだろ」
「ちなみに【飢餓の爪傭兵団】と【夜明けの月】【ダーククラウド】は全員それぞれのチームの代表以外での参加は禁止になるわ。つまりは売り上げを取らない場合は6点自力優勝か、5点取って相手が0点である必要がある。
……素直に売り上げで勝負しないとね」
7日目が凄い気になるけどいいや。嫌な予感しかしないし。
つまりは向こうに点を取らせないように立ち回りつつ真面目に店を盛り上げよう……ってくらいの話か。
「まぁこの競技なら5点は堅いわね。各々のルールを良く確認してしっかり抜け穴を突いていくわよ」
「思考が噛ませ犬悪役のそれなんだよなぁ」
勝ちを狙ってくれるのは結構な事だが。
……一応、俺が賭けられてる事を忘れないでくれよな。
「……さて、それはそれとして、だ。
お前ら何か重要な事を忘れてないか?」
ここ数日、俺は海底調査の準備、こいつらは【C.moon】に付きっきりだったが……ここらで現実に戻さないとな。
「俺達の本分は商売じゃないだろう? ちゃんとレベル上げも忘れるなよ。数日のうちに協力者を抱えておいたから、ちゃんと休憩中にレベル上げしなさい。門限も遅くするからどっぷり頑張れ」
「先生! 休憩の意味知らないんですか!」
「知らね。寝る間も惜しんで気合いで頑張れ」
「価値観昭和か!」
「そんなヌルいもんじゃないぞ。優勝する、レベル上げする、ついでに遊ぶ。ちゃんと全部やれ」
「ぐぬぬ。やるけどさぁ」
俺も心苦しいが、ここまでの旅で想定外にセカンドランカーが動き始めた。ちょっと急ぎ足で進めたいのは事実だ。
……特に【バッドマックス】を焚き付けたのがマズかった。あいつがセカンドランカーの起爆剤になって全体的に攻略速度が上がってやがる。
「question:ライズはいつ出発するのですか」
「ん? 明日は俺も競技とかの根回しをするつもりだから……明後日だな」
ゴーストが少し控えめに挙手。珍しいな。
「suggestion:……ライズと別れる前に、少しだけ遊びたいです。暫く会えない様子なので」
……。
………………。
………………………………くそぅ。
「……わかったよ。明日の午前中だけは遊ぶぞ」
「よっしゃぁ! よくやったわゴースト!」
「yes:やりました」
やられた。
そんなの言われたら折れるしかないだろ。
──◇──
──明日に向けて解散した後。
ホテル【海千山千】屋上展望台
「あー……甘いなぁ俺も」
夜景を眺めながら休憩中。明後日に出発してしまったら1週間は戻ってこれない。万一のミスも無いように計画を反芻しているが……この準備期間が一番怖くもあり楽しくもあり……だな。
「question:ライズ。眠らないのですか」
「……お前もな、ゴースト。何か心配事か?」
ゴーストは……割とちゃんと睡眠する。めちゃくちゃ早起きという訳では無く、早起き大臣のアイコ曰く寝顔が可愛いらしい。見たい。
……それはそれとして、先程の件も含めて……随分と変わった行動が目立つ。何か抱えているのかもしれない。
「question:今回のタスク、不参加にはできませんか」
「うーん……正直できる。ある程度の当たりを付けて【首無し】とかを遠隔で指示するだけでもいいとは思う。
だが俺が行きたい。見たい。調べたい」
「……私は……嫌、です」
……珍しい。本当に珍しいな。
普段から自分の意見を出さないからか、意見や感情の出し方がわからないのか。とりあえず隣に座らせる。
「落ち着いてくれ。話せる所からでいい。……クリックでお前とウルフが消滅した件と何か関係があるのか?」
「……answer:わかりません。あの一件で私の記憶領域に不自然な欠落があります。私によるものか外部によるものかは不明です。ですがわかる事はあります」
スフィアーロッドの謎の攻撃を受けて消滅したはずのゴーストとウルフが、いつの間にか戻ってきてイエティ王を奪還した。その件についてはゴーストも天知調もよくわからないという結論に至ったが……。
「【Blueearth】の外とは、"廃棄口"と呼ばれています。【Blueearth】の防衛プログラムの一種で、【Blueearth】から外側に向けてデータを追放消去するためのものです。
もし落ちれば、ゲーム化という安定を失った電子の海へ投げ出され──不可逆崩壊によってバラバラになり、自我も記憶も失います」
メアリーや天知調からも何となく聞かされてはいたが、とんでもないところだな。足を踏み入れたら最後、お外まで真っ逆さまか。……デストラップじゃ済まされないな。そりゃ止めてほしいって言うわ。
「だが、だからこそ行くんだろ。そんな所に落ちる奴を防ぐために」
「yes:その通りです。しかし──ライズだけはダメだと、私にはわかります」
……俺だけ?
ゴーストは──メアリーが外部から侵入する際、手短にあったデータを流用して作られたらしい。
──それって廃棄口なんじゃないか?
つまりゴーストは廃棄口にいた存在で、色々と【Blueearth】の内部データを把握しているのはその辺で収集したデータなんじゃないか……と思う。
今のこれも、そのデータに基づいた危機警告なのだろうか。
本人にも具体的な理由はわかっていないみたいだが。
「だがな、尚更お前達を向かわせる訳には行かないよ。天知調にも相談する。絶対気を付けるから、待っててくれ」
「………………yes:……わかり、ました」
ゴーストはそれだけ言い残して、すっと立ち上がる。
……本人が一番怖いんだろうな。わからないけど俺が危ないって頭に浮かんだ事は。
「おやすみなさいライズ。貴方に幸運のあらん事を」
「おやすみゴースト。明日はたっぷり遊ぼうな」
「……yes:」
……ゴーストが帰った事を確認したところで。
「ごめん。もう出てきていいぞ」
「別に今来た所だけれど?」
植え込みからハヤテが生えてきた。
それは無理あるだろ。
「……今の話、どう思う」
「うーん……ボクはそこまで聞かされてないな。とりあえずボクはゲート調査を禁じられたよ。調さんに」
……今回の依頼、少し不自然だ。
本来の狙いだけなら別に俺じゃなくてもできる。デュークに話さえ通せられればいいだけの話。
デュークではなくバロンだが……【井戸端報道】はアドレ王家の直営許可を持っている。つまりは【アルカトラズ】からバロンに指令を下す事が出来て、そこから特定のゲートの調査を禁止させる事ができたはずだ。
危険であるとわかっていて俺を……冒険者を捨て駒に出来るほど、天知調は酷い人じゃない。
「狙いは別にあるのか?」
「わからない。でも……ライズに危険が及ぶのなら、ボクは調さんに抗議するよ」
「やめとけ。多分大丈夫だろうから心配すんな」
【ダーククラウド】じゃなくてハヤテだけゲート調査を禁じられたって事か。
何にせよ、天知調も想定外続きで疲れてるだろう。天才の意図はわからないが、たまには思い通りに動いてやりたいとも思う。
……楽観視しすぎか?
「そっちより海祭りの方を見てくれよな。俺が賭けられてるんだから」
「そうだね。競技側には手伝えると思う。でもそんなに人数は裂けないかな。今セカンド階層で【バッドマックス】と喧嘩しててね……」
「構わねぇよ。たった一つだけ、俺に手を貸してくれればいい」
「たった一つでいいの? 喜んで」
言ったな?
「よし、それじゃあ行くか」
「え、今から? どこへ?」
「勝利の女神に一声掛けに行くって話だ。お前がいないと無理だからな」
「え……あぁ……うわぁ、嫌だなぁ」
「駄目だ行くぞ」
「ライズだって腰引けてるよ。やめようよ」
「やだ。今この勢いじゃないと俺も行けない。行くぞ行くぞ」
必勝の策。諸刃の剣。
これだけはやらないといけないからな……。諸々ハヤテに任せる事になるが、まぁ頼むわ。
震える脚で立ち上がり、ハヤテの肩を掴んで千鳥足。
……魔王へ謁見だ。
~外伝:徒然城下町日記12~
《はじめまして。私はラビです》
【第0階層 アドレ城下町】
ラビです。
アドレ城下町で、パン屋【玉兎庵】の店員をしています。
冒険者ですけれど、冒険はした事がありません。
たたかうのが、怖いので。
周りのみなさんは、戦えました。
それが普通のように、刃物を手に取りました。
私はまだ、包丁を見るだけでもすこし怖いです。
お風呂に入る度に、鏡で全身を確かめます。
傷なんてありません。
ずっとそうなのに、何故か毎日確認してしまいます。
夢を見ます。
稀に、夢を見ます。
青い人が、枕元に立ちます。
──ごめんなさい。
──私が貴女に触れてしまった。
──貴女は過去に縛られてしまった。
──せめて、逃げられるように。
──貴女の悪夢は、私が──
ラビです。
私は■■■■です。
違います。私はラビです。
みんながアドレから出ていく中で、私だけは刃物を持てません。
でも、私には店長がいます。
もふもふのジョウガさんは、街中で迷子になっていました。
冒険せずにライズお兄さんとアドレを捜索しまくっていた私は、ジョウガさんを"異種族大使館"まで案内しました。
ジョウガさんは"異種族大使館"で働かないかと誘ってくれましたが、私は断りました。私は冒険者ですから。
……嘘です。本当は、少し異種族さんが怖かったんです。
鋭い牙が、長い爪が、容易く私を引き裂けてしまうと。
本当は、心の隅では、怖がっていたんです。
ライズお兄ちゃんがハヤテお姉さんとツバキお姉さんと一緒に旅立って暫く、私は1人でした。
街中でジョウガさんが声を掛けてくれました。
曰く、パン屋を開いたと。
曰く、客も来ないような店だが店員が一人くらい欲しいと。
曰く……爪を折ったと。怖がらせて悪かった、と。
私は泣きました。
私がみんなを怖がったのは、私が悪いのに。
ジョウガさんにそこまでさせてしまったなんて。
私は【玉兎庵】の店員になりました。
刃物も異種族も怖いけれど、怯える事は無くなりました。
店長の爪のお手入れは、全身のブラッシングへと進化していきました。
キラリちゃんと友達になりました。
すっごい可愛い私の親友なんです。
その頃のアドレはちょっと怖かったので……あんまりキラリちゃんの友達さんとは関わらず、【玉兎庵】に住み込みで働くようにしました。
キラリちゃんの周りにいる人は、刃物を持った冒険者さんよりも少し怖いと思ってしまったから。
……キラリちゃんの、お友達なのに。
ライズお兄ちゃん達と、久しぶりに会いました。
友達を虐めている人を懲らしめに来たそうです。
探している人は、キラリちゃんとよく一緒にいたおじさんでした。
道を教えました。ライズお兄ちゃんと別れてからも、アドレの探索は続けていたから。ライズお兄ちゃんが担当していないアドレ西側は私のテリトリーなのです。
ライズお兄ちゃんが撫でてくれました。お兄ちゃんはいつも私の前では武器を出さないんですが、そのせいで怪我をしてしまいました。
ハヤテお姉さんが私の目を塞ぎました。ツバキお姉さんが聞いた事の無い声で叫ぶと、静かになりました。私の一番怖いものが、刃物から怒ったツバキお姉さんになりました。
その日から、キラリちゃんのお仕事が減りました。
【アルカトラズ】が結成されました。
キラリちゃんの周りの人がいっぱいいなくなりました。
キラリちゃんが歌って踊っていたホールはからっぽになりました。
でも、ひとりぼっちで舞台で踊るキラリちゃんは……凄い楽しそうでした。
あの顔をもう一度見たいと、思ったんです。
本当は、大通りの皆さんに心の奥で怯えている自分が嫌いです。
本当は、新しい事に挑戦し続けるブランカさんを尊敬しています。
本当は、【祝福の花束】の皆さんみたいに誰かのために武器を振るえるようになりたいです。
本当は、カグヤ様の難題に挑戦してみたいです。
でも、私は無力なラビだから。
……だと思っていたから。
大通りに沢山の出店。
小さな花火が空に弾けて。
いつも以上の活気が、アドレを包んでいる。
「ラビ! 次は【植福の花束】行こうよ! ケバブ二刀流だって!わけわかんない!」
「まってキラリちゃん。走ったら危ないよ」
「だーいじょうぶ! もう誰も文句言わないもん!」
ニコニコ笑顔のキラリちゃんに引かれて、【開拓祭】を行ったり来たり。
【玉兎庵】は店長とブランカさんに任せているけど、ブランカさん大丈夫かな。
……でもごめんなさい。本当は全然心配できてない。
楽しすぎて、そっちを気にかける暇がないの。
私はアドレから出ないけれど。
変わらず私の体に傷は無くて。
ずっとずっと変わらない毎日で。
ずっとずっと同じ事に怯えるかもしれないけれど。
キラリちゃんが笑顔で。
私も笑顔で。
──今が楽しいから、もうなんでもいいや!
 




