129.ご褒美が無いとやってられない
【第50階層 常夏都市アクアラ】
──タルパーの依頼を引き受け、下山中。
「アクアラは北部が山、西から南東にかけてビーチ、東は崖だ。中央がホテルで……転移ゲートは中央南寄り。俺たちの店自体は北門からそう遠くないが、転移ゲートからだとホテルが邪魔で見えないんだよな」
「来てすぐに着地狩り勧誘は難しいって事。よほどしっかり宣伝しないと厳しいわね」
「もう数点必要な要素があるな。そして問題は直ぐに解決するとも。先程デューク君に相談したからね」
「いやはや若いのにしっかりしたお方でして。あっしは企画側なんで中立でやすが、合理的なんで合意しまして」
早速ジョージが色々してんな。頼りになるなぁ本当。
「それで、本当に会いに行くんですか?」
「そりゃあな。宣戦布告しないとあっちも本腰入れてくれないだろ」
現在俺たちは──【飢餓の爪傭兵団】傘下の元へ向かっていた。あっちの話も聞かない事にはな。
「そこの道行く美男美女!」
「道案内なら俺達!」
「【わくわくビーチセイバーズ】にお任せェ!」
……褐色マッチョ達が現れた。
ナンパの割には爽やかすぎる。あと男も纏められたのが怖すぎる。
「アクアラの【飢餓の爪傭兵団】傘下を探してるんだが、どこかわかるか?」
「それならここだねサム!」
サーフボードを見せつけてくる筋肉。
……よく見たら柄が地図だ。よく出来てるな」
「……ここじゃねーか」
「HAHAHA! そう! 今のアクアラの【飢餓の爪傭兵団】傘下は他ならぬ俺達!」
「【わくわくビーチセイバーズ】さ!」
「ちなみにギルドハウスは転移ゲート北ホテルロビーに設営してるよ!」
……そうだったっけ?
「いやいやお前ら元闇ギルド【指輪転がし】だろ。俺の顔忘れたか?」
「げェー! こいつ覚えてやがる! その節はご迷惑をおかけしました!」
「主犯は丸ごと捕まったしもうメンチラもいないから勘弁してつかぁさい!」
「こんなんだけど真っ当に働かせて頂いております!」
……あの後どうなったかあんまり興味無かったが、取り残された下っ端共で固まって【飢餓の爪傭兵団】傘下になったのか。
ともかく、意外と早く目的が達成されたな。
「オラ透明化してないで出てこいタルパー」
「ひえっ」
ジェリーを引き離してこっそり透明化していたタルパーを引き摺り出す。
……例えこいつらが元人身売買組織の悪人でも、例えタルパーがジェリー族に優しい男でも、タルパー自身の人間性が素晴らしいって事にはならないんだよなぁ。
「あー! タルパーこの野郎! お前ちゃんとお金払わないからえらい事になっちゃったじゃねぇか! 本当にジェリー達守れんだろうな!」
「次逃げたら本隊が動いちまうぞ! 手遅れになる前に一回ジェリーをこっちに引き渡しな!」
「もう立て替えられないからな! 俺たちも金欠なんだ!」
「なんかこのままタルパーを引き渡した方がいい気がしてきた」
「あたしも。全体的にタルパーさんが悪くない?」
「お慈悲を! どうかお慈悲をー!」
こいつちゃんと悪い奴なんだよな。
──◇──
ひとまずはそれぞれを落ち着かせて、南のビーチまで歩きながら会話する。
「……タルパーにはかつての騒動で迷惑かけてるからよ。ある程度の事にゃ目を瞑る事にしてんだ。
ジェリー達を養うにも金が足りないだろうに、表業界は【飢餓の爪傭兵団】のインフラが整備されちまった。本家から見たら原住民……ジェリー族を独占してるタルパーは商売敵だ。民間クエストの発生源の一つだからな。だから借金という程で融資しつつタルパーが独立して企業してくれるのを待ってたんだ」
「だって"海の宝"持ってるんだからよ、ちゃんと店構えると思ったんだよ。まさか全部食費に消えてるとは思わねーじゃん。商人としてアクアラ中枢に逃げ込めば逆転逃亡で【飢餓の爪傭兵団】は手ぇ出せなかったのによー」
「目論見外れて遂に本部からお叱り受けちまったからよ、ここでジェリーをこっちで引き取るぜ。"海の宝"売っぱらって買い戻しに来い。【マッドハット】のゴギョウさんにゃ話通してあっからよ」
めちゃくちゃ気の良い奴らだった。
結局は【飢餓の爪傭兵団】本隊からの指示で、今はもうタルパーが勝てないと踏んでその後の事を考えていると。
タルパーもタルパーで、意地になった結果だから申し訳無さそうにしている。
「心遣い痛み入りますが……今回は勝ちます。どうか勝負して頂きたく」
「……ほう。いい度胸だぜタルパー。言っておくが容赦はしないぜ! 本部からそうしろと言われてるからな!」
「ただの売り上げ勝負じゃあそっちに勝ち目があるかもしれないからな。更に加えて7番勝負だ!」
「一般参加可能な企画を7つ立ち上げるから、それの勝利数で売り上げに倍率をかけるぞ!」
……つまり逆転のチャンスをくれる、と。
優しいなぁこいつら。
「7番勝負ですか。内容は?」
「ビーチフラッグ!」
「ミス・アクアラコンテスト!」
「水上レース!」
「大食い対決!」
「魔物討伐!」
「あと何しよっかね!」
「語呂がいいから7番勝負にしたいんだがな!」
「ノープランかお前ら」
「まあいいぜ! 考えとくから絶対参加しろよな! アクアラの興行なんだからよ!」
颯爽とビーチに駆け出すマッチョ達。
なんだったんだあいつら。
「……本当にただ面倒事に巻き込まれただけだな、これ」
「すいませんライズさん。できる限りこちらでカバーしますから……」
「ライズ!!!!」
突然駆け込んだのは──ハヤテ。
あまりに鬼気迫る勢いだったから応戦しかけた。ジョージが止めてくれたけども。
「うわどうしたハヤテ。前回といい今回といい暇なのかお前は」
「暇な訳あるかー! 【月面飛行】が連合立ち上げようとしてるせいでボク達は一転孤立! 本格的に道を塞がれる前に先に進まないといけないんだよ!
ってそんな事より、【飢餓の爪傭兵団】の誘いに乗ってないだろうね、【夜明けの月】として!」
「誘い? ……まぁ一応【飢餓の爪傭兵団】傘下とタルパーの個人的な喧嘩にゃ今し方参加する事になったが」
「罠だよ馬鹿ライズ! 今すぐタルパー君見捨てて先に──」
「ダメですよ。もう契約は成されました」
ふわりと空から降りてくるのは──大きな本に腰掛けた眼鏡の女性。
──【飢餓の爪傭兵団】情報班総司令"三重返し"ブラウザ。
「この無茶な要求はお前の仕業かぁ。面倒臭いなぁブラちゃん」
「そうだぞ面倒臭ぇぞブラちゃん」
「ブラちゃん言わないで下さい。訴えますよ」
ふんわり着地するブラウザ。今日もつり目と態度が不愉快そうだが、これでいて平常運転だ。
「……契約ってどういう事? ギルドマスターであるあたしは何も聞かされてないんだけど」
「説明する間も無く【夜明けの月】が首を突っ込んできて、あまつさえここの……傘下ギルドに直接参加を表明したわ」
「いえ参加表明まではまだしてないわよ」
「……したわ」
「ちなみにここの傘下ギルドって何て名前だったっけブラちゃん」
「ちゃんとハッキリ言わないとわからねぇなぁブラちゃん!」
「クッ……【わくわく……ビーチセイバーズ】……です」
「声が小せぇなぁブラちゃん!」
「男共!いじめるな!」
マスターに言われちゃ仕方ない。揶揄うのはここらでやめておくか。
「……で、無い揚げ足取ってまで何が欲しいんだよ【飢餓の爪傭兵団】は」
「身も蓋もない……。ええっとですね。今回の一件、勝手に乗り込んできた【夜明けの月】だけは何のリスクも無い訳です。なので報酬はこちらで設定します。
──即ちライズ。貴方を貰います」
「おや情熱的な告白だなブラちゃん」
「やかましい。貴方の顔は好みではありません顔を洗って出直して来なさい。
私が欲しいのは貴方の探索能力と現在抱えている資料、そして財力。貴方は性格と外見は微妙以下C判定モブよりやや下といった所ですが、利用価値はあります。
だからさっさと引き抜く算段だったのですが……20階層の一件で【飢餓の爪傭兵団】と対立してしまいましたので。どう拾おうか悩んでいたのです」
めちゃくちゃボコボコにされた。つらい。
「って事はブラウザさんの独断って事かしら」
「いえ、ちゃんと【飢餓の爪傭兵団】として申請しました。その申請を取り仕切るのが実質私なのですが」
独断専行だがルール違反では無いって事か。こんなのをそういう役職にすんなよ【飢餓の爪傭兵団】。
「いや【飢餓の爪傭兵団】が承諾したからってあたしが承諾しないわよ」
「ぐぬぅ。お子様が正論を……」
「こればかりはお前が杜撰すぎるだろ」
ブラウザは……適切なタイミングで裏切って、安全圏に入り込む事がべらぼうに上手いだけの女だ。正直頭はそこまで賢くない。……周りがバケモノばっかりだったからなぁ。
「……でも、いいわよ。幾つかの条件を呑むなら受けて立つわ、そのお遊び」
「なんですって……!」
ここでまさかの乗り気発言。マスターの小賢しさが光る時か。
景品である俺としては気が気じゃないんだが?
「条件その1。あくまで【わくわくビーチセイバーズ】とタルパーの戦いで、非公式戦。どちらの陣営にも協力するのはアリだけど、この建前にしないと【飢餓の爪傭兵団】と【夜明けの月】の戦争になっちゃうでしょ。非公式なのは【井戸端報道】が取り扱い始めたら根掘り葉掘り調べられて結局戦争になっちゃいそうだし」
「……そうですね。それはそう。同意します」
「条件その2。具体的なルールはちゃんと双方顔を合わせた会議で決める事。基本的な所は【わくわくビーチセイバーズに決めてもらった上でこっちにも意義を唱える権利をもらうわ」
「妥当ですね。承諾します」
「条件その3。ちゃんとアンタも負けた時の代償を用意してもらうわ。この試合はアンタが提案して、こっちが呑んであげて成立する。せめて対等でないとね」
「流石に人事までは動かせませんよ。第一ライズに並ぶほとレベルの低い者は【飢餓の爪傭兵団】にはいませんが」
「そっちの息のかかった新入りとかこっちから願い下げよ。あたし達が欲しいのは……【わくわくビーチセイバーズ】よ!」
……筋肉フェチだったか。ごめんなそんなに筋肉無くて。
「ライズ。あとで〆るから。
……つまりはね、タルパーをアクアラの【飢餓の爪傭兵団】傘下の統治者として【わくわくビーチセイバーズ】に入れなさいって言ってるのよ。
勿論タルパーは【夜明けの月】とは完全無関係。スパイ行為じゃないわ。一人割り込ませるくらいどうって事ないわよね?」
「んん……んんんんー……まぁ、構いませんが。むしろそれでいいんですか?」
「あぁ、あと"海の瞳"事業はタルパー完全独占事業とするわ。そこの売買権は常にタルパーにあるものとする。買いたければタルパーの提示する適正金額を揃えて持ってくる事ね」
「う。……いいでしょう。その約束、乗りました。こちらは準備がありますので、それでは!」
「あ、最後の条件忘れてたわ」
「なんでしょう。さっさと言って下さい。どうせ大した条件では無いでしょうから聞きますよ」
「アクアラなんだから次来る時はちゃんと水着で来なさいよ」
「…………………………善処します」
……なんやかんやで消えたブラウザ。
残されたのは、焦ってやって来たハヤテ。
「……いや何で乗ったんだいメアリーさん! 【飢餓の爪傭兵団】の事だから碌なことしないよ!?」
「あくまでブラウザが持って来れる【飢餓の爪傭兵団】だけでしょ。表向きには【夜明けの月】と敵対しておきながらライズ勧誘のために本腰入れられないわよ」
「いやだからって……」
「うっさいわねハヤテ。勝てるからいいのよ。ねぇジョージ」
「正確には"勝つから"だね。だとすればまた勝って得をする事ができる訳だね」
……ハヤテがまた押されている。いやぁ俺を心配してくれたんだなぁ。
「【飢餓の爪傭兵団】傘下統治権……つまりは土地の権利ということですね? 結局は勝ったところで土地を得られる訳ではありませんでしたから」
「そういう事よ。これでやっとこの喧嘩も旨みが出たってもんよ」
……いやー頼りになる連中だ。
しかし丁度よかった。俺も暇になるところだったし。
「じゃあこれからは2班に別れる事になるな。海底転移ゲート調査班と、タルパーの経営班。前者は俺確定、そんでハヤテにも手伝ってもらう」
「……飛び飛びでだよ。ボク達、今すっごく忙しいんだから」
「俺たちが忙しく無いみたいに言うな。天知調クエストなんだからちゃんと協力しろ」
「それを言われると……うん、ごめん。協力させてもらいます」
よろしい。
こっちは向こう数週間、碌に鍛える時間も無さそうな完全な寄り道なんだから。
「こっちは最小人数だ。基本的に俺はログハウス抱えて攻略階層に籠る事になるからな。そっちはメアリーがちゃんと指揮してくれ」
「はいはい。あたしに任せなさい!」
出ました、ふふーん顔。これは慢心してますねぇ。
……過去一で【夜明けの月】にとってキツいミッションだと思うんだがなぁ。
「本番っていつだっけ」
「search:あと1週間です。
出店申請は明日より72時間。出店以外の店舗出店の場合は一定の売り上げを経営本部に報告しなくては参加できません」
「……え」
──◇──
その後。
大急ぎでウッドハウスを改装し海の家【C.moon】を出店。
ジェリー族は奥の手として隠した状態で【夜明けの月】【ダーククラウド】フルシフトで店を回し、何とか締め切り直前に滑り込んだのであった。
そして"接客"というメアリー・ドロシー・リンリンにとっての弱点属性が現れ、メアリーは毎晩情け無い声で俺に愚痴るのであった。
~外伝:徒然城下町日記11~
《ドキドキワクワクインタビュー⭐︎》
【第0階層 アドレ城下町】
──北西区画【井戸端報道】第7編集部
アドレ内に存在する二つの【井戸端報道】編集部。
数千人存在する"非攻略・非冒険"勢力を対象とした第7編集部と、二千人程度の"階層攻略"勢力を対象とした第6編集部。
元々【井戸端報道】内ではいがみ合ったりしていないけれど、今回はそれ以前に大騒ぎ。
だって冒険者慰労を目的とした新しいお祭り──【開拓祭】の情報が入ってきたのだから。
「では今回の案件、第7編集部代表はキラリちゃんにやってもらいましょうか」
「わわわ、私ですかー?」
代表者は第6編集部の代表と一緒に、取材の現場指揮を任される。
その代表に私が選ばれるとは思ってなかった。
そりゃ凄いたくさん努力はしたけど、凄い先輩がいっぱいいる中で新人の私が選ばれるなんて。
「編集長。大丈夫なんですか? キラリちゃんは……」
「知っているとも。だが仕事の上ならば文句も出ないだろう。キラリちゃんが嫌なら考えるが」
編集部の人は私の事情──"非暴力派"の扇動者で、未だ熱狂的なファンがいる事──を把握してくれている。
それでもこうして選んでくれたのなら……応えずして何がアイドルか!
「もちろん! やらせて下さい!」
──◇──
後日。第6編集部の代表者がわざわざ第7編集部まで来てくれた。
「第6編集部の担当のミカヤです。宜しく」
赤い髪のおじさま、ミカヤさん。定刻5分前到着なんて、きちっとした人だ。
「どうだろうか、取材は手分けしないか? 君の立場はある程度把握しているつもりだ。私と共に行動すると不都合かもしれないだろう」
「気遣いありがとうございます。確かにミカヤさんと一緒に歩くと……あらぬウワサが立ちそうです」
「ははは。ウワサを流すのは我々の仕事だがね。とはいえバックアップはさせてもらう。何かあったら近くの編集部に逃げ込んでくれ」
すっごい気遣いの達人。
色々と情報通の集まる【井戸端報道】は私の事情を理解してる人だらけなのが助かるわ。
「君のファンは君の姿が見えた方が安心するだろうから……各重役との訪問インタビューはキラリ君に任せたい。
こっちは編集部に引きこもるような仕事を任されよう」
「いいんですか、そんな……私ばかりで」
「裏方がいいんだよ。引き立たせさせて欲しいね」
そこまで言われたら食い下がる方がナシよね。
……じゃあしっかりとインタビューしなきゃ!
──◇──
──北東アドレ民居住区
──【神樂御殿】
いきなりラスボス。
心臓がキュッとするわ。
「よくおいでなさったね記者の方。座していいよ」
ヒェ。かわいらしくも妖艶な魅力を醸し出すカグヤ様。うつくしカワイイ。
「失礼します!!!!!」
正座するまで秒もいらないわ。
普段絶対にお邪魔できない【神樂御殿】の門を潜っただけでなく、カグヤ様に直接インタビューさせて頂けるなんて!
「で、では僭越ながら。今回【開拓祭】を開きましたきっかけなどを伺えましたらば」
「ふむり。きっかけは来客であるよ。知っての通りカグヤは"5つの難題"というクエストを冒険者に依頼するのであるけれど……その都合、攻略する冒険者としか関わった事がないの。
そしたら先日ね、かわいい仔兎ちゃんがきたのであるよ。曰く、非攻略の冒険者であったよ。攻略派の人と一緒に。
冒険者も異種族も人間も、みんな仲良くして欲しいと言っておったよ。二人を見て妾は、この祭を考えたのであるよ」
かわいい子兎。なんか身に覚えがあるなぁ……。
「……ここまでが表向き。ここからはオフレコであるよ」
はえ?
……いつの間にかカグヤ様が目の前に!
恐れ多くもカワイイ! 死ぬぅ!
「来たのはラビであるよ。たった一人、たった一日、友が他人の目を気にせず交流してほしいと願っていたよ。
ただそれだけの為に、種族や派閥の垣根を超えて奔走しておった。
……その友はキラリという名であった。其方であろうね?」
ラビが。
私の為に?
「しかし、本当にそれで良いのであるかな。祭りが終わっては元通り。また其方は周りを気にして自らを縛り、ラビはそれを哀れんで走り回るのであろうね」
……私は。
"非暴力のカリスマ"で、取り残されたみんなの最後の希望。
彼らと共に、永遠に影に沈むだけの……敗北者。
「その様子を見るに、ラビは一言も其方に伝えてなんだ。きっと気負わずに楽しんで欲しかったのであろうね。祭りが終わってもきっと黙っていたであろうよ。
いい友だ。其方は……このままでいいのであるか?」
「……だって……私が見捨てたら、彼らは」
「本当にそうであるかな。"非暴力派"の殆どは更生済と聞く。未だ禍根の残る者は自ら暗がりの奥へ逃げ込み隠れておると。……其方のように。
本当に其方が首魁なれば、引き摺り出すのも見放すのもまた愛であろうよ。
……其方、本当は周りなど関係無いのではないかな?
ただ自らの行いを悔やみ、周囲の環境を利用して己を閉じ込めたいだけなのではないか?」
のしり。
カグヤ様が正面から私にのしかかる。
重い。重すぎて私はそのまま仰向けに潰される。
「のうキラリ。カグヤも、ジョウガも、アドレに住むあらゆる者は……ラビの味方であるよ。
まだ出会って間もない妾ですら、愛おしく思う。
ラビを苦しめるなれば、こうして潰してしまおうと思う程に──」
「──だって。もう、どうにもならないんです」
カグヤ様の重みが、肺から苦しみを吐き出させたかのように。
私は全てを話してしまう。
「本当はわかってたんです。私がやってる事は、正しくないって。
先の見えない世界を旅せず、アドレに閉じ籠る同胞を、その不安を、その不満を利用していたって。
それでも馬鹿な私は、自分が人気になれると思って、彼らを利用した!
私だけ逃げる訳にはいかない! 彼らは被害者で、私は加害者で……残ったのは、醜い悪だ!
生産性の無い短絡的な悪でさえ、私は見捨てる事ができない……足を引っ張り合う事しか出来ない!
……嫌だよぅ。もう、嫌だ。逃げたいのに、逃げられない。
ラビと関わりを断つべきだった。それでも、それすら出来なかった。私が弱かったから。私が卑怯だったから……!」
苦しい。苦しい。苦しい!
自分を助けようとしているラビの事を、知らない訳が無い。
でも私が救いを拒否してしまうから、私は私を許せない。
泥沼の底まで沈んだのに、更に底を求めて掘り進める私に、まだラビは──!
「……そうらしいであるよ、者共」
カグヤ様が私の上から避けて下さると──何人かの姿。
ここに居ないはずのミカヤさん、攻略ギルド【蒼天】のアイザックさん、そして──
「……キラリちゃん!」
飛び付いてきたのは──ラビ。
私よりもボロ泣きで、起き上がった私をもう一度押し倒す。
「ごめんなざい。キラリちゃんの気持ちも知らずに、勝手な事じでぇ……」
「ら、ラビ。なんで、どうして?」
「旧友のアイザック君に頼ってお邪魔させて頂いた。
普段【神樂御殿】に入らない非攻略勢は知らないと思うけど、ここは輝夜の宮以外立ち入り自由なんだよ。事前にスタンバイさせて貰った」
ミカヤさんとアイザックさん、赤青コンビ。旧知の仲みたいだけれど、ここに入るだけのコネがあったなんて。
「……稀に、"非暴力派"を騙る暴行事件や妨害事件が起きるわ。でもその頻度はかなり下がっていて、恐らく数名のリーダーによる圧力的支配がされていたと推測されていたわ。
それでも頻度が下がっているあたり、カリスマ性は無いみたいね。その一部のリーダーの目を盗んで足を洗った人が殆どでしょう。
……例えば、かつてのカリスマが自分達の事で苦心している様子を見せつけられたとか。そういった心が揺らぐ要因があったんでしょうね。それも長期的に」
アイザックさんが写真を手渡してくれた。……どれもこれも、見知った──私の熱狂的なファン達。
「彼らはその数名のリーダー。ミカ……いえ、【井戸端報道】に知り合いの情報屋がいたから調査を依頼していたのだけれど、他にいそうかしら?」
「……いえ。少なくとも、率先的に騒動を起こすような子は、この中の人達くらいだと思います」
「この写真の人達はね、ここ数週間で全員【アルカトラズ】に出頭してるの。アドレの冒険者統治代表として私も【アルカトラズ】から調査を頼まれたのよ。バチクソ忙しいのに」
出頭……?
確かにここ最近の簡易ライブの出席率は下がっていた。それはちゃんと他の生き方を見つけられたからだと思っていたけれど……。
……それと同時に、そんな平和的な解決にはならないような人達だって事も、わかってたけれど。
「"悪夢を見ていた、俺たちはあの人の悪夢だった"
"いつまでも俺が俺の後ろから俺を非難する"
"人に見られると死んでしまう"……。
調書にはそんな感じの事ばっかり言ってるようだ。キラリ君には、彼らや残った"非暴力派"から事情聴取と事実確認をして欲しい。……祭りが終わったら、ね」
──悪夢が、いつの間にか晴れていた。
いや、無い悪夢に囚われていた?
胸の上で泣きじゃくるラビを抱きしめて。
ゆっくりと起き上がる。
「……わかりました。ラビも、皆さんも、ご迷惑をお掛けしました。
ここからは"非暴力のカリスマ"にして【井戸端報道】第7編集部記者キラリ! 何もかも全力で取り組ませて頂きます!」
憂いが無くなって。それでもやるべき事はある。
残された"非暴力派"が社会復帰するための第一歩となる【開拓祭】──絶対に、成功させないと!
──◇──
──ああ、しまった。
──推しに群がる虫を始末していたら
──お祭りを壊す手駒を失ってしまった。
──……。
──……まぁいいか。
──チャートを書き換えよう。
──祭りなんて何度でもあるからね。




