127.日陰が濃くなる炎天下
【第50階層 常夏都市アクアラ】
──大通りから一歩裏手。
──裏通りから一つ下りる。
──地下ガレージの主人に一言。
「土産話が欲しいな」
「……もう一つ裏の通りにある、赤い屋根の家には冒険者好きの哲学者が住んでいるな。面白い話が聞けるかもしれないな」
主人はそれだけ伝えると、俺の胸にハイビスカスを飾る。
「ようこそアクアラへ。良い休暇を」
「どうも」
──もう一つ裏の通りへ。
──赤い屋根の家の庭に、日光浴を満喫する家主。
「おおいらっしゃい。いい花だね。そのままだと枯れてしまうよ、こちらにどうぞ」
──玄関では無く、家主の横を通って離れの部屋に案内される。
──扉を開けると、シックなダーツバー。
──感じたのは【夜明けの月】のログハウスと同様の違和感。
──ここは冒険者のギルドハウスだ。
「やあやあようこそいらっしゃっタ! お待ちしてましたライズ様様!」
カウンターから飛び出した少女は──知った顔だ。かつてこのアクアラで殴り合ったチンピラ。バッキバキに開いた瞳孔とツギハギメイクがコワ可愛い。
「ここ来るの面倒臭いよメンチラ」
「仕方ないじゃなイ! だってここは──闇ギルド【首無し】の拠点なのですかラ!」
──ここに立ち入るという事は色んな意味を持つ。
とりわけ一番大きな意味は──もう【首無し】から逃げられない、といった所か。
「いくら相談ったって本部に招き入れる事は無いだろ。俺は部外者だぞ」
「仕方なイ! だってライズ様様は首頭のお気に入りだもノ!」
「ほれメンチラちゃん。あまいお客様に絡みなやー」
……奥のソファで座っているのは──客ではない。
この場に客は俺しかいない。
「……お前がここにいるってだけでもとんでもない情報だ。デュークは俺に何をさせたい? 何か知らないか……ファルシュ」
──【飢餓の爪傭兵団】最前線斥候部隊隊長。かつては暗殺ギルド【暗夜鎌鼬】の一員、ファルシュ。
俺が知っている情報はここまでだが、ここにいるという事は……。
「知らへんよぉ。ウチは【首無し】の雑魚やもん。なーんにも聞いとらへんよ」
「堂々と言うなぁ。多分【首無し】で1番レベル高いだろお前」
「レベルやないよ。今"頭"張ってるのがデュークってだけやから。【首無し】に序列はあらへんで。
まぁ首が落ちたら次はウチが"頭"かもしれへんけどな! そん時はそん時!」
「ファルシュ様様は暗殺ギルド上がりなのに何もかも雑すぎてこんなところまで流れ着いてしまったノ。馬鹿だから強いけど馬鹿だから頭にはなれないと思うヨ」
「なんやとー? まぁええわ。デュークはまだ来てへんで。とりあえず一杯飲もうや兄ちゃん。横座りぃや」
「……奥に行くの怖い」
デュークが俺の事を気に入ってるってだけだ。ガッツリ闇ギルドなこいつらがどう思ってるのかまるでわからん。
「なんや美人のファルシュちゃんの隣なんてここでも無けりゃ座れへんよ。気持ち良う飲ませてくれたら色々話ちゃうで?」
「そこで情報だだ漏らしにする奴を信用できるかい」
「ここだけやって。理由はわからへんけどデュークが呼んだんなら同士やろ? 幾らでも何でも教えたるわ。但し──外には出させへんけどな?」
「申し訳ない。ドアの前では……お客様の迷惑になるのでね」
いつの間にやら背後にいた大男によって踏み込んでしまった。
──そしてこいつも知った顔だ。
「……アンタ【真紅道】の……」
「影の薄い俺を良く覚えていましたね。先日はどうもライズさん。【真紅道】団員のブレーグです」
【飢餓の爪傭兵団】はともかく、厳正な面接と下調べがある【真紅道】にまで紛れていたのか。
正直ブレーグの事は詳しくないが……一体いつからなんだ?
「ははは。【真紅道】を良く知っている人ほどそういう顔をする。単純ですよライズさん。【真紅道】の面接は私が提案して始めた事なんです。
私以外の密偵を防ぐためにね……」
……これはまた騙された。最初っから【首無し】だったのか。だが時系列がおかしい。
「【首無し】はそんなに昔からあった訳じゃ無いだろ。あの事件の後にデュークが火事場泥棒した結果生まれたんじゃ無かったか?」
「確かに名前が【首無し】になったのはその頃だな。私は"影の帝王"の配下だったがね、首が落ちたのでそのままこちらに……ね」
「そんな構えんといてーな。所詮は負け犬の集まりやさかい。
……ほら、座りぃや」
流れるように、ファルシュの対面に座らされる。
……やっぱ怖いよここ。殺されたりはしないだろうけどさ。
「うーん……緊張が解けませんな。メンチラ、何かお出ししなさい」
「サングリアでいいでス?」
「悪酔いしそうだ。できればノンアルで」
「ではファルシュ様様印のぎうにうでス」
「ちょい! その言い方は……なんや語弊があるやろ!」
「ファルシュちゃんにはカルーアでス。ぎうにう入ってないと飲まないの何でなんでス?」
「知らへんよ。味も別に好きやないんやけどなぁ……。おつまみのキャベツ切れたでー」
「在庫からっぽでス。店じまいガラガラ」
「いけずー」
……キャベツや牛乳には豊胸効果があるとかないとか。
記憶が無くても……その心には願いが残っていたと言うのか……!
「なんやいらん事考えてへん?」
「いやいや何も……」
「いやぁ楽しそうでしてねぇ旦那」
テーブルからデュークが生えてきた。
そこからかよ! びびったわ。
「んぎゃぁデューク! 何処から出とんねん!」
「ほらファルシュ。いつまで油売ってまして? 定例報告終わったらさっさと働いてほしいんでして」
「ファルシュちゃん使いが荒いねんデューク! 言われんでも行ったらぁ! ごっそさんメンチラちゃん! お代はデュークにツケといてな!」
「ではブレーグに回しまして」
「では俺はファルシュに回そう」
「返ってきとるやないかい!」
「お支払いは1,450,000Lでス。現金一括」
「たっっっか!」
「では1,450Lで」
「やっっっす!」
……ゴタゴタしていたが、何とか静かになったな。
デュークはテーブルから頭を出したまま、いつも通りに話し始める。
「まずは彼を呼びましょう。おいでーシェケル君」
「……はい……」
先程までファルシュが座っていたソファの下からずるりと長髪の男が出てきた。なんで普通に出てこないんだこいつら。
「自己紹介を、気を付けながらね?」
「……【井戸端報道】第1編集部長シェケル。……【首無し】の一員でもあります」
【井戸端報道】……ここにいるデュークがバロンと名乗って統治している報道機関だ。そのトップ層なら【首無し】と繋がっててもおかしくないよな。
「それでは祭りの詳細をお願いするんでして」
「お任せ下さいバロン局ちょ」
「デュークでして」
「はいバロン局ちょ」
「デューク!」
「あっ、すいませんデューク局長」
「……はい、デューク局長でして」
……デュークが折れた。
「彼はこのように少し嘘が苦手でして、基本的には表の顔としてやってもらっていましたが……いやはや勘違いが治らず」
「いいだろ別にデュークでもバロンでも。なんでそこだけは徹底するんだよお前」
「はてさてバロン局長が何でして? いやーよくわからないでしてぇ〜」
……もういいや。とにかく話を聞かない事にはな。
「……我々【井戸端報道】は今回、バロン局長の提案で"常夏のハイパー海祭り"を開催する事にしました。
ドーランでの騒動で【朝露連合】という商業圏を手に入れた【井戸端報道】がクリックで成り行きで商業にも手を出した結果割と成功したので……味を占めた局長が、いっちょ派手にやってみるか、と。そんな顛末です」
「そこに【首無し】は付け込もうという訳でして」
「はいはい。何をどう付け込むんだ? 何か出店でもすんのか」
「いえいえ。順を追って説明しまして。暫くお耳を拝借」
なんか面倒な予感がする。凄い嫌だなぁ。
──◇──
──それは丁度クリックの《イエティ王奪還戦》が終わった頃でして。
アクアラにアンテナを張っていたメンチラと、また別の場所を観則していたマンソンジュから同時に連絡が入ったのでして。
"ある冒険者が消えた"
"ある冒険者が突然現れた"
……そういう報告でして。
つまりはその"ある冒険者"がワープしたというものでして。
幸い世間は《イエティ王奪還戦》まっさかり。その"ある冒険者"は無事アクアラに護送され、この騒動は我々【首無し】くらいしか知りません。
「階層のワープ……って言えば"コスモスゲート"の仕業か」
その通りでして。被害者は"コスモスゲート"と接触し、別の階層へ転移した。これ自体はおかしい話ではありません。他ならぬ旦那も調査した事でして。
……"コスモスゲート"が開く転移ゲートの位置と行き先は基本的に固定。出現数はオーシャン階層の人口に比例して増えるが、発生箇所はランダムと。旦那の発見によりアクアラ在住組は安全な海遊が可能になりまして。
その日その冒険者もプロのダイバー。彼曰く、報告に無い位置にゲートがあったため確認に潜ったとの事。そして──大問題が起きまして。
発見者のマンソンジュの担当は──【80階層 天上雲海エンジュ】。その冒険者はセカンド階層まで飛んでしまったのでして!
他は兎も角、セカンド階層に侵入出来てしまうという事の意味。旦那ならご存知でしょう?
──◇──
……とんでもない事だ。
そんな事あっていいのか?
「ねぇねぇライズ様様、実はメンチラはよくわかってないノ。80階層に飛んだら何が問題なノ?」
「……そもそも80階層からセカンド階層と呼ばれてるのは、79階層が鬼門と呼ばれているのは何故かって話だ。
79階層にいるフロアボス"羅生門"は、1ヶ月に一度しか戦えない。レベルとか難易度とか関係無く、その先に行けるギルドは月に一組だけなんだよ」
セカンドランカーから一気に冒険者の数が減る理由でもある。70階層ではその順番待ちで長く争っていた。今はだいぶ落ち着いてきたものの、それでも順番待ち争いは過激らしい。
「もしも本当に"羅生門"を無視して80階層まで飛べるなら、一気にセカンド階層に冒険者を投入できる」
「でもでもここからセカンド行ってもレベル的に通用しないのでハ? だってレベル上限解放はヒガルにあるんですかラ」
「そうだ。ここの要点はヒガルで順番待ちをしている冒険者を好きなタイミングでエンジュに送り込めるって所だな。ショートカットとしてはあまり使い物にはならないだろ」
はえー、と頷くメンチラ。普通はそんなもんだよな。
「で、俺の説からアクアラで祭りを開催する事でアクアラの人口を爆増させて、噂のゲートの出現率を底上げしようって作戦か」
「お祭りを立ち上げたのはバロン局長でして。偶然都合の良い事に、でして」
「はいはい。そんで……狙いはもう一つ先だな?」
デュークがそんなんで終わる訳が無い。
……いや、そこで終わってくれれば俺も面倒な事を頼まれずに済んだんだが。
「エンジュ行きのゲートは俺が見逃すほど超低確率で発生した。なら……他にも低確率のゲートは存在するはずだ。
例えば……もっと先に繋がるゲートや、或いは何かしらの……レベル上限解放に繋がるゲートとかな」
ここまでしゃぶり尽くす程調べ尽くされた所に現れた未発見。可能性はある。
「旦那はゲートのマッピングをした張本人。調べたくありませんか? 前代未聞な程に栄えたアクアラでの、海中転移ゲートを……!」
「そりゃそうだが、それでもわざわざ俺を呼ぶ理由には弱い。少なくともここに案内する程じゃないだろ。
……俺を脅してでも欲しい情報がある筈だ。それ言え。元よりお前とは……ちゃんと友達のつもりだよ」
「……へへ。察しが良い。
問題はその"ある冒険者"でして。奴があっしらから逃げてしまいやしてねぇ。旦那にゃ奴の説得をお願いしたい」
説得。俺に?
「旦那が言っていやした。あらゆる情報は原住民から聞き出せる事も多いと。アクアラにおいて奴ほど原住民に明るい冒険者もいませんでして。
……アクアラ原住民"ジェリー族"を匿う神出鬼没な経営者……【三日月】におきましてはかつてメンチラと殴り合った同士でしょう。奴の名は……タルパー」
「……よりにもよってあいつかよ。そりゃ俺を呼ぶわな」
旧友タルパー。そこで気まずそうにしてるメンチラと、原住民の"ジェリー族"を賭けて争ったもんだ。
「メンチラがいるとジェリー達が怯えてしまうので【首無し】は接触できないのでス。連中は透明化能力で拠点ごと隠れられちまうのデ」
「割と因果応報じゃね」
「メンチラはジェリー達を狙う悪徳商人から庇っただけなのでス! その結果嫌われましたガ……あのデブがちゃんと守ってくれてるから構わないのでス!」
……あの頃。
今は壊滅した異種族売買ギルドの一員だったメンチラは、この階層に根付いていたジェリー族を狩っていた。
それは誤解で、メンチラは脅して海に逃がそうとしていたのだが……。
ともかく、ジェリー族と友好関係を築いていたタルパーと共にその悪徳ギルドを叩き潰したんだよな。その後【アルカトラズ】結成後には無事元凶は投獄され……残骸は【首無し】が統治している訳だ。
「旦那にとっちゃぁ旧友を騙す事になりやすが、どうかご協力を──」
「今うちの仲間に連絡入れた。今日中には捕獲できるぞ。メアリーが頭回ればな」
「……へ、いいんでして?」
おお、珍しく呆けているデューク。珍しいものをみた。
「話を伺うだけだろ? タルパーはめちゃくちゃ素早いから逃げに徹されたら捕まえられないのはわかる。俺を仲介に話の場くらいは作ってやるよ」
本人には言わないが……デュークは【Blueearth】の平和に貢献しまくっている。
要するに圧倒的な規模と力を持った【首無し】を立てる事で闇業界に睨みを効かせているって訳だ。その力は【鶴亀連合】の悪巧みを表世界側でやらざるを得なくした程に。
「お前を信じての事だからな。酷い事するなよ」
「……肝に銘じやす。やはり旦那を信じて正解でした」
感動してくれている所悪いんだが……。
本当の目的は別なんだよな、俺。
ここに来る前に天知調から話を聞いておいたが……。
──────
『【首無し】さん達が海中ゲートを調査すると思うのですが……その中に、【Blueearth】の外側へ繋がるものがあるんです。
アクアラの人口が爆増でもしなければ開かないゲートなんですが……多分今回開いちゃいます。
落ちるとそのまま電子の塵になってしまい……それを助けに私が動くとバグ側に干渉される可能性があります。
ライズさんは【首無し】さんと接触して、そのゲートに誰も入らないようにして欲しいんです』
──────
……過去一危ない仕事かもしれないんだよなぁ。
~外伝:徒然城下町日記9~
《勝手に崩れるバベルタワー》
【第0階層 アドレ城下町】
──東大通り
ブランカです。ラビが心配で付いてきたよ。
しかし冒険者ギルドなどは行く機会も発想も無かった。ラビに同行しているからではあるが、その動向を決定できたのは僕の意思。
これも"青い海の人"と接触した事による変化だろうか。
「ブランカさんどうかしました?」
「ん……なんでもない」
「あー、ビビッてますね? 心配いらないですよ。【祝福の花束】の皆さんは紳士的で優しいので」
ビビッてないが。
"攻略派"冒険者なんぞ通りを歩き倒している。むしろ"非暴力派"の方が内向的で表を歩かないきらいがある。
だから何も怖くない。所詮人間。なにするものぞ。
と、扉を開けると──
「あん? 誰だ貴様」
筋肉達磨のオークがいた。
「うぎゃああああ!!!」
「ぴいいいいいい!!!」
「うお。うるさ。なんだなんだ」
……しまった。あまりにも筋肉すぎて驚いたが、彼は人間だ。
ラビめ。僕を獣の檻に投げ入れて反応を楽しもうという腹か。
……ちがうな。半泣きだし。
「あ、あのぅ、【玉兎庵】です……」
「ん? 知らんなぁ」
「ひえぇ……」
「なぁに怖がらせてんのよベルグリン」
巨漢の後ろから救いの声が!
「むふ。客人がグレッグ」
「ああ、モーリンの言ってたパン屋さんね。かわいいわねぇ」
ぬっ……と出てきた、やや小さいが並ぶほどの巨漢。
「ぬあああああ!!!!!」
「ぴゃ……(気絶)」
「あ、あらあらあら?」
なんだここは。筋肉畑か?
──◇──
──筋肉達磨に囲まれている我々をみかねて、モーリンなるラビの知り合いがやってきた。
「驚いたよねー。ごめんごめん。怖くないよー。いや怖いか」
「ごめんなさいねぇ。私はグレッグ。【祝福の花束】のギルドマスターをしているわ。よろしくね?」
「ベルグリンである。モーリンが無断で契約したというパン屋か。稀に頂いている。旨い」
いいオークだった。いや人間、いや冒険者なんだが。
普段からモーリンには話をしていたようで、ラビからの説明もするすると進んだ。
「話はよーくわかったわ。【祝福の花束】もそのお祭り、是非参加させてちょうだい」
「いいんですか? ありがとうございます!」
二つ返事で快諾。やはり"攻略派"からは"非暴力派"に対して強い感情を向けている訳ではないようだ。
つまりは最初から最後まで"非暴力派"の一部の過激派の一人相撲なわけだ。
「これで"アドレ軍""異種族大使館""アドレ貴族院"全てに話が通る事になるな。最低ライン突破だ」
やったやった、とぴょんぴょん跳ねるラビ。
──""冒険者"は日常を大きく崩す力を持つ"というのが僕の説。
【Blueearth】に存在する全ての存在は、ある程度決められた役割から抜け出す事が出来ない。
しかし"冒険者"が提案・改変した内容に関しては、それに沿うように周囲が変化していく。
"冒険者"以外がその事を自覚するには、"青い海の人"に出会わなくてはならない。
では出会えば変化を起こせるか?と言われれば、ほとんどNoだ。
"画家になる""学者になる"どちらも、なったところでそこまで日常に変化は無い。しかし冒険者に雇われ"ハウスキーパーになった"場合は、住む場所も生活の基盤も大きく変わり、そしてそれに合わせて日常が変化した。
自覚が生まれただけで、依然変革を起こすには足りない訳だ。
そこで今回の一件。冒険者ラビを中心に、アドレ三大勢力全てに"冒険者が"声を掛けた。
はたして"冒険者ではない存在"は大きな変革を生むのか?冒険者と直接関わっていない存在は、伝染するように変革するのか?
……どう転んでもいいが。それより今は──
「ブランカさん。大丈夫ですか」
ラビが下からのぞき込んできた。びっくりした。
「ブレイクソウル族ねぇ。初めて見たわぁ」
「ロスト階層まで来る冒険者は少ない。ましてやアドレまで帰ってくる人は」
「そうねぇ。でも歓迎よ。本当はね、色んな子に来て欲しいのよ。でも一部の冒険者しか来なくてねぇ」
ギルドマスターは相当人の出来た人のようだ。一切偏見も嫌悪も無く僕を一人の人として見ている。
まぁ筋肉だらけの今の【祝福の花束】よりかはマトモな生命体なのか、僕は。
「ブレイクソウル族は何が食べられないの? 好きな物あるかしら?」
「……僕は人間を研究している学者だ。できるだけ人間と同じものを食べたい。普通のブレイクソウル族なら……"食事"をまだ覚えている奴は何でも食べられると思うな」
「あらそう? じゃあウチの賄いで悪いけど、ハンバーガー食べる?」
嬉しい提案だが……立場というものがある。
「……ラビ。僕は君のボディガードも兼ねているんだけど、大丈夫?」
「はい。もう少しゆっくりしていきましょう! ……ハンバーガーのバンズは、まん丸ですねぇ」
「あらもしかして焼いてくれる? そうしたらもっと美味しくなるかもねぇ」
「丸いパンなら店長が焼いてくれるかもです。今度提案します」
──居心地のいい空間に、人間用とは思えない巨大バーガー。
位置も表通りに面しているし、対異種族や人間向きの交流の場に丁度いいよな。
「……例えば、レストラン経営するとかどうだろうか。他種族混合とはいえ異種族と人間が積極的に交流する場は少ない。
お互いに険悪とかそういう訳ではなく……そうだな。丁度"非暴力派"と"攻略派"みたいな感じか。
間に部外者である"冒険者"が挟まってくれるだけで交流しやすくなる……と、思う。
大通りに面しているなら、どちらの種も足を運びやすい」
……はっ。
何を言っているんだ僕は。あまりにもノンデリ。
冒険者にしても人間と異種族にしても、お互いに触れたくない話はあろうに……。
「いいじゃない! そうよ、人手も余ってきた事だし、レストラン経営いいわね!
いい提案ありがとね、ブランカちゃん」
……褒められた。
それは凄く嬉しいが……。
……そうか。原住民側が"冒険者を"変革させる事もあり得る。
"冒険者"には自由意志があるからだ。何に感銘を受け、どう動くも自由だから。
それでも提案が出来た事は、大きな変化だ。意思的に【Blueearth】に変化を齎した、とも取れる。
……また色々と考えられる題材が生まれたな。
考え続けている間は、僕は僕でいられるからね。
……しかし。外から見てくる気配が無くなったな。
──◇──
──裏路地に、二人の冒険者。
"非暴力派"。未だ教育から逃げられず堕落した、どうしようもない冒険者。
「……おい姉ちゃん。何見てるんだ?」
「兄弟。レベルが0だぜ。きっと同士だ」
──おや。
観察していたら見つかってしまった。
いけないいけない。チャートを変えなければ。
「いやいや、レベル0ってなんだ? レベルは1だろ」
「そんなのわからねぇよ。攻略してないし」
──彼らは。ラビを狙っている。
"攻略"という有利が取れない冒険者。劣等感と焦燥感からの暴走。
洗脳の扇動者を失い、縋る藁も見つけられない低俗な因子。
「【祝福の花束】に用事でも?」
「ああ? 無ぇよあんな所。ただガキがいらねぇ事企んでるみてぇだからよ」
「同士にも声を掛けたのによ。全然来なかった。薄情な連中だぜ」
……うん。
チャートが組めました。
「哀れ」
自ら考え行動するという"特権"を放棄した事。
他者の脚を引っ張る事でしか自我を保てない愚かさ。
そして何より──推しに手を出そうとした事。
大罪である。
「……お、おい?」
闇に呑まれ、悪夢を見てもらいましょう。
それだけです。それ以上の危害は──怨敵に察知されてしまうので。
さあさあ。このチャートだと当初の目的がまた遠ざかります。
しかし構いません。
淡々と、めげずに、着実に進めていけば──いつかは辿り着くのだから。
目指すは【Blueearth】崩壊。待っていて下さい我らが創造主。
──具体的には、年単位で。
──◇──
"バグ勢"第28の存在。
通称"バグ界のサクラダ・ファミリア"。
彼女の綿密な計画が成就するのは──150年後を予定している。
尚、現段階で半年遅れである。
──◇──




