120."王道"をここに敷く
【第49階層サバンナ:静かな荒野】
──あの時は倒せなかったからな。
嵐の王は恨む訳でも無く、ゆっくりと目を閉じる。
──その身体が光になって、何処かへと消えた。
「……流石だライズさん。討伐おめでとう」
「下駄履かせすぎだよ団長。介護プレイはお姫様にやってやれ」
──【焔鬼一閃】の代償。いくらかのデバフが俺にのしかかる。MP使い切る癖に回復不可のデメリットは終わってるって。
「メアリー! 後は頼むぞ!」
「誰に言ってるのよ。こちとら【夜明けの月】ギルドマスターよ。アンタ一人居なくてもどうって事無いっての」
もうやる事も無いし近場の岩に腰を下ろす。
いやぁ最後にギリ役立ったな。良かった良かった。
「グレン。うちのお姫様を頼むわ」
「……うん、俺はまだまだいける。クローバーも使い切ってない。素晴らしい貢献だライズさん。必ず応えよう」
ずっとテンペストクローと殴り合ってたのにピンピンしてるグレン。
俺が武器殆ど壊した何倍の時間を一人でやってたのに、武器を切り替える余裕すらあったな。
……ジョージとクローバーの英才教育を受けてはいるが、俺は武器の使い方がなってない。というか奥の手が【朧朔夜】で自分が【鍛治師】だから武器破壊上等ってスタイルが根付いてるんだよな。
上手い事攻撃をいなせば武器破壊攻撃でも被害を軽減できる……らしい。
まだまだ修行が足りない。クローバーみたいなゲームセンスお化けじゃないし、ジョージやアイコみたいなフィジカル化け物でもないからな。
──時刻は23:00。
あと1時間……過ぎるかどうかで色々変わってくるな。
「がんばれおまえらー」
「足手まとい! マスカットさんと合流しなさいよ!」
「移動速度にも制限かかるから……。ここで待ってるわ」
「怪我しないでよね」
「はいよー」
……おっ。スフィアーロッドも倒れたな。
メアリー達を見送ったし、いい感じに時間ができたな。
──今回の事件を考える。
敵の作戦は大体失敗している。不運というか杜撰というか……。
ウィード階層で天候バグを起こした奴、そしてフリーズ階層のスフィアーロッド。これまで俺が経験したのは"バグ側"と"【NewWorld】セキュリティ側"に分けられるだろう。
今回の件も含めてレイドボスを巻き込むという共通点はあるが……今回は外部要因でシドが生まれたので恐らく前者。
天知調が探し求める"バグ勢"だろう。
胴体半分になってなお動くあたり普通の人間では無いな。
……でもなぁ。バグって天知調の才能の裏返しみたいなもんだろ。あんな頭悪そうな奴が元凶とは思えない。
つまりはラスボスが裏に控えてるよな。作られた生命って訳か。
このレベルの混乱を起こせる奴があと何人いるんだよ。
だが、超常権能を持っていながらかなり出し渋っている。発動に縛りがある……というよりは天知調か。逆探知を嫌っていると考える方が自然だ。お互い綱渡りなんだな。
……連中が【Blueearth】に干渉するなら俺達からも干渉できる程度にゲームナイズされる。つまりは殴って対処できるが……そいつがゲーム的に強かったらお手上げだ。ルールに落とし込んだレイドボスでさえ毎度苦戦してるからな。
【ダーククラウド】や【夜明けの月】はこういうのを討伐しなくてはならない訳で。そうなると……
「特効武器とか欲しいな」
レイドボスのデータを込めた武器は他のレイドボスのワクチンとなり特効武器となる。この特効はダメージというか、データへの直接攻撃だ。
レイドボスの【NewWorld】データが消失すると外殻となる【Blueearth】のデータから再構築され、中身は失われる──ウイルスバスターの攻略だ。【Blueearth】の目的を考えるなら、攻略よりレイドボスのデータ破壊の方が急務だが……天知調はそういうの好かないよな。
現状は三勢力の殴り合いで……三すくみにはなっていない。
"【Blueearth】""バグ""レイドボス"の三つだな。
【Blueearth】は攻略さえ出来れば【NewWorld】全体を掌握できるから最悪レイドボスは放置できるが……バグだけは掌握後に響く要因なので消し潰したい。
バグは【Blueearth】の反証。高度すぎる技術のカウンターで生まれた存在で、【Blueearth】に不都合である事そのものが存在意義だから【Blueearth】と対立する。レイドボスとは敵対する理由は一切無く、協力したり利用したり……だな。
レイドボスは【Blueearth】もそのバグも等しく侵入者で全殺し対象だが……【Blueearth】が消滅すればバグも消滅する。バグと協力しても可笑しくないな。
……不利。2対1確定じゃねーか。
うーん……今回の件でバグ側の痕跡とか何か残らないかなぁ。このままではジリ瀕だ。
[???]:
『---。---。あれ、表示されない。
あぁそうか。ライズ。見える?』
……俺宛のチャットに、名前が表示されない誰かからのメッセージ。
「誰だよ」
[???]:
『よかった。見えてるみたいで何より。
チャットは打たなくていいよ。天知調にバレちゃうからね』
……いや、隠すつもりも無いだろこいつ。
天知調によって隔離されているこの49階層にチャットしてくる奴なんてそういない。
「……バグ側の総大将か?」
[???]:
『ぴんぽーん。正解です。
お暇でしょう? お喋りしましょう』
……いきなりラスボスかよ。
とはいえ気負うつもりもない。本当にお喋り感覚でいいか。
「で? 何話す?」
[???]:
『凄い寛いでますね。緊張感どこです?』
「お前が言ったんだろうが。話したい事が何かあるんだろ?」
[???]:
『適応力。あるいは諦観ですか? 素晴らしい能力です』
「何も無いだけだろ。無理に褒めるな」
[???]:
『……では本題を。手っ取り早い話がですね、こっちの邪魔ばっかりしないで欲しいのです』
「行く先行く先でお前らが面倒起こして来るんだろうがよー。俺たちは順番に進むしかないんだからさ、もっと先の階層でやらかしてくれよ」
[???]:
『そうしたいんですが隙がなかなか無いので。各階層にそれなりにバグの種はありますが、芽吹く前に天知調による虐殺で7割が消滅し、残る9割は上から蓋をされています。
バグを起こすためのきっかけが必要なのですよ』
……きっかけ、ね。
……誰だ?
経歴不明のゴースト? 外部侵入者のメアリーかジョージ?
[???]:
『そこは教えられませんね。とにかくあなた達は我々にとって重要な存在という訳です』
「じゃあこれからも行く先々でお前らに巻き込まれる訳か」
[???]:
『そうなりますね。末永く宜しくお願いします』
いやだなぁ。
なんかしら痕跡を天知調に残し……たりは、出来ないよなぁ。
「それだけ?」
[???]:
『後一つ、直近のお話です。次回予告ですね。実は次の種についてなのですが』
……それは話が変わってくるな。
その情報だけは天知調に横流しすれば得ができそうだ。
[???]:
『はっきり申し上げて、今回の件で騒ぎの種はほぼ潰されると思います。我々絡みの面倒事は……70階層か、或いはそれ以降のセカンド階層からが本番ですかね』
がーんだな。
あんまり有益な情報ではないか。
[???]:
『50階層と60階層は……それ以外の脅威に晒される事となります。特に次の50階層はライズだけ死ぬかもしれません』
「えっ俺だけ?」
[???]:
『貴方だけ』
何で俺?
黒幕側にハヤテがいない以上は、【三日月】関係以外で大した実績も過去も無い俺なんて狙われる理由無いだろ。
[???]:
『多分その辺は追々わかりますので。とりあえず巻き込まれちゃって下さい。ライズにとっても得のある経験になりますよ』
「死ぬのは嫌だなぁ。そしてさっきから心読んでるよな?」
[???]:
『所詮は電子データなので。それではそろそろ失礼します』
「あいよー。情報どーも」
……返事は無い。
どいつもこいつも好き勝手しやがってー。
──◇──
「──【建築】!」
襲い来る触手を動く絨毯で防ぐ【真紅道】のフレア。対巨大戦闘において雑な範囲カバーが可能なのは【キャッスルビルダー】くらいなもんだ。
「"鉄仮面"! MP使い過ぎだよォ! 雑に使うんじゃないよ!」
「お婆。だが触れたらかなりヤバいんだぞ。触れただけで確立で"スタン""毒""呪い""気絶"……その他諸々の状態異常だ」
「メインが状態異常なんだからヒーラー部隊の【健康保険】かけてもらって身体で受けなァ! 4回まではデバフを肩替わりしてくれるだろ!」
「【健康保険】が使えるのは3人だ。下位互換の【予約検診】だと10人は使えるが間に合わない! 前衛職に回すべきだ」
「前衛はスタンしても壁になるだろォよ! あたいらは作戦の要! アンタは自己犠牲が過ぎるね!ったく」
「揉めてるな婆さん」
"ぷてら弐号"でアピーの婆さんとフレアと合流。こっちは【ダーククラウド】に加えて、スフィアーロッド行きの【真紅道】も合流して総力戦だ。
「来たねクローバー! アンタどのくらい出来るのさ!」
「ミドガルズオルム倒した弾数の半分は残ってる。作戦はうちのマスターを通しな」
ライズが引っ張る事も多いが、【夜明けの月】のギルドマスターはメアリーだ。その座は飾りでは無く……マスターとして相応しいものを持ってる。
「先程は挨拶出来ずごめんなさい。【夜明けの月】のギルドマスター、メアリーよ」
「アピー。代理ご苦労だった」
"ぷてら弐号"から飛び降り着地するはグレン。その姿を確認すると、アピーは帽子を深く被り直す。
「帰って来たかい。んじゃあババアは指揮やめるよ」
「ああ、ここまで我慢させて悪かった。後は任せてくれ」
「キキキッ……腕が鳴るねェ!」
禍々しい骨と刃物で装飾された杖を握り締め、アピーは崖から飛び降りる。
──マジシャン系第3職【呪術師】"最強の呪術師"の称号を持つ、【象牙の塔】外部顧問……"宮廷魔女"アピー。本来は指揮なんてやりたがらない、ゴリゴリ前衛の魔法使いというイカれトンチキ婆さんだ。
「……さて、どうすべきかなメアリーさん」
「あと数分よ。日を跨いだ瞬間にアレが消えるのなら良し。消えないのならこのメンバーで倒す必要があるわ。
グレンとクローバーはそっち用の火力。あとは無属性防御貫通の【サテライトガンナー】も後ろに控えておきたいわ」
「【真紅道】に【サテライトガンナー】はいない。クアドラ君頼りだからね。
温存作戦は理解した。フレア。今のうちに情報共有を──」
「団長! 様子が変だぜ!」
上方からフレイムの声。
内容を聞かずとも、異変は見てわかった。
「──"カースドアース"が、小さくなっていく」
あの巨体が、ゆっくりではあるが確実に縮んでいる。
足元の紫陽花は枯れて、花は萎れ、どんどん小さくなっていく。
「一体、何が──」
最後には、人の形となって──
──◇──
【花とデータの世界】
──あと僅か。
自壊寸前の敵と、消滅寸前の私。
主導権は──どちらも握れそうにない。
「……きはは。これで。"カースドアース"が目覚める。お前ではなく! 私達を吸収して! "カースドアース"が目覚めるんだ!」
「……せめて。シギラを解放してくれ。私一人分でいいだろう?」
「もう遅い! この綱引きでかなり消費したですから。俺が主導権を握ったならば、貴様のデータで補填して解放してやるのもアリだったですが。残念でした。残念だ」
……結局は紛い物の命。
私に成し遂げられる事など、何もなかったか。
「……よくわかった」
──存在しない筈の声。
今、この世界において自我を持つ者は。私と、奴と──
──砲弾が奴を撃ち抜く。
無論、最早データの勝負。傷なぞ付かず、元通り。
「……やはり物理が通用する話ではないか」
「何故……アナタがそこにいるんだですか!
──バーナード!」
これまで散々見てきた、何を考えているかわからない男の顔。
──いや、彼はこれまでもずっと、ただひたすらに──
「お前が巻き込んだんだろう。……この空間で"カースドアース"の主導権を握るには、"自我"を抱えている必要がある。
……貴様ら生まれたての赤ちゃんとは違う。俺は……22年分、お前らの先輩だぞ」
「人間に耐えられる話ではない! "カースドアース"どころか普通の人間の貴方が、まさか──成り替わるつもりかですか!"カースドアース"に!」
バーナードは動かず腕を組む。
何かを思案し、ゆっくりと目を閉じる。
「……ここが俺の"王道"だ。
愛に生きた貴様らを、見捨てる事はできない」
見える筈の無い、本体への意思の綱を──バーナードは握り締めた。
「全てを手に入れる。それが【真紅道】……。それが……"王道"だ……!」
光が、世界を包み込む──。
──◇──
【騒乱開花 カースドアース/バーナード】LV???
──◇──
~外伝:徒然城下町日記2~
《兎の根城【玉兎庵】》
【第0階層 アドレ城下町】
噴水広場から西の大通りを進み、城壁に突き当たり南。
大通りに属してはいるものの人通りの少ないパン屋【玉兎庵】。
「ただいま戻りましたー!」
ベルを鳴らす元気溌剌の小娘は"冒険者"、看板娘のラビ。
この狭く静かな【玉兎庵】を一躍有名予約殺到にしたはた迷惑な娘ぞ。
「おぉお帰り。知らん匂いはせんな。寄り道もしていないようで結構結構」
「そんな事より店長! ご褒美のブラッシングの時間ですよ!」
"【玉兎庵】のジョウガ"と言えば知る人ぞ知る"みすてりあす"なる蠱惑の兎。
であったのに。この小娘が毎日労働の対価として奉仕してくるせいで魅惑の香が石鹸臭くのうてしまったわ。
「ほらほら店長、でっかいんですから自分で動いて下さいよー。もっふもふで私死んじゃいますよ」
「いやじゃー。"しゃんぷぅ"は嫌じゃー。ブラシは良いぞ」
「今日は丸洗いの日ですから。ほらほら」
……"冒険者"といえど戦闘経験の無いレベル1なぞ単なる人間であるぞ。
兎といえ獣人の妾ならば、その頭蓋を嚙み砕く事すら容易である。
……まぁそこまでする程大人げなくはない。
せめてラビのすべすべまんまるぼでーを堪能するとするかや。
「店長変なところ触らないでくださいよー」
「湯場まで!ちょっとだけ!さきっちょだけじゃから!」
「どこの先です? ほらほら進んで進んで」
ふほほ。役得役得。
──◇──
【玉兎庵】はパン屋ではあるが……基本的には妾の使い魔が作業をしておる。
妾は狭い店内の一番奥でのっしり鎮座するだけなのじゃ。
商品はまぁるいブールやメロンパン、それ以外だとかろうじて三日月形のクロワッサン。月の形でなければ作らん。
しかしラビが働くようになってからは、ラビもパンを作るようになった。そっちの売上なぞ妾の足元にも及ばぬが……しかし【玉兎庵】の知名度に大きく貢献しおった。
配達にパン作りまであると辛かろうて、専属の使い魔を3羽つけてやった。"杵突き兎"は働き者であるが、ラビの奴めは指示もほどほどにもふもふ可愛がっており一向に激務が改善されん。
困る。有名になればなるほど、"看板娘の過重労働"などというスキャンダルは勘弁願いたい。
「のうラビや。働きすぎではないかのぅ」
「そうですね……そんなに辛くはないです! 楽しいので」
ううむ光属性。
ラビはそういう奴じゃ。本当に楽しいから辛くないのであろうが……。
しかしその"楽しい"は正しいのか。
ラビは顔が広いが、その交友関係はほぼ全てがアドレの大通り上で完結しておる。
同胞たる"冒険者"の知り合いは殆どいないというでは無いか。
一件すると広い交友も、毎日固定されたルート上のもの。狭まった見解の上で培われた"楽しい"に縛られておるのでは?
「のう、ラビよ」
「何でしょう店長」
ラビが"うさきち""うさみ""ジョナサン"と名付けた"杵突き兎"と戯れておる所に、一つ竹編み籠を落とす。
「新事業開拓じゃ。"冒険者"にも【玉兎庵】の名前を広めるぞ。その籠いっぱいにパンを詰めて"冒険者"に売って参れ」
「ええ、でも私大通りから外行ったことあまり無いですよ?」
「唯一大通りに面しておる冒険者ギルドがある。まずはそこに殴り込みじゃ」
他者との出会いとなればあそこ以上の場所はなかろうて。
「アドレ最大の冒険者ギルド【祝福の花束】。噴水広場挟んで東であるが、ラビの脚ならば問題なかろう。使い魔も連れて行け。荷物持ちくらいには……」
「いってきまーす!」
言い終える前に、もう竹籠いっぱいにパンを詰め背負い……使い魔を引き連れて行ってしまった。
使い魔を荷運びに使え、と言うておるのに。
小さくため息を吐く。そそっかしい小娘じゃ。
と、戸の鈴が鳴る。客があろうと妾は媚びなどせんが……
「なんじゃ貴様か」
片眼鏡の胡散臭い女──冒険者。ある種常連である、アイザックだ。
「なんじゃ、とはご挨拶ねジョウガ。そろそろクエストじゃない? また受注しに来たわよ」
「受注しておきながら貴様が報告に来た事はないではないか。今度はどの小僧を寄越すつもりか」
「仲介業者ですもの。それに並大抵の冒険者には任せられないわよ。アドレ民間クエスト最難関Aランク"兎の使い"は」
……気奴が妾のクエストを横流しするようになってから、確かにクエストの成功率は上がってはおるが。
気に入らん。
「お買い上げ2000L以上でクエストを依頼するのじゃー」
「あら随分とパン屋らしい事言うじゃない。買うわよもちろん。貴女のパンおいしいもの」
ぐぬ。見る目があるな。気に入った。




