119.騒乱開花 カースドアース
荒野を彩る呪いの花束。
黒い百合、黒い薔薇。
スノードロップにトリカブト。
紫牡丹にアネモネ。
足元は色とりどりな紫陽花。
あまりに不吉で無秩序な花束は、無遠慮に大地を吸い上げる。
世界に災いあれ。大地に呪いあれ。
──【騒乱開花 カースドアース】LV200
──◇──
「思ったよりカラフルな奴が出てきたなオイ!」
「ゴラァあんた達ィ! 全然ダメじゃないかい! 失敗してんじゃないよォ!」
「げげぇーババァ! なんでここに!」
「姫のピンチならあたいは何処にだって来るよぉ!けひゃひゎひゃひゃ!」
何とか退避は出来たが。出ていきなり嫌な顔と会ってしまった。
──【真紅道】伝説の副団長、"宮廷魔女"アピー。
偏屈で狡猾で面倒で厄介でもう本当に面倒臭い、目が離せないダブスタ生霊ババア。年齢と性別を全力フルスイングで使い回すある種最強のお方。
「なんだいありゃ。随分と悪趣味な花束だね。あたいはあんなのお断りだよ!」
「おめーにくれてやる花束じゃねーよ!」
「誰にでも送るんじゃないよあんなの! 生花で遊ぶな!」
「それもそうだ!」
「何お婆様と争ってんのよ」
「お婆様だと? こいつはババアで充分だぞ。マジでお前こいつのやらかした事知ったらなぁ……」
「昔は昔ィ! 忘れちゃったねェ年寄りだからァ!」
このババア……。
だがそれどころじゃないわな。切り替えていけ。
──状況を整理する。
本来の計画は、"消滅予定の端末=シド"を"カースドアース本体"と接触させ、カースドアース内部にて主導権をシドが掌握。"カースドアース=消滅寸前のシド"となる事で、そのままシドの消滅にカースドアースを巻き込む……と。
そもそも"カースドアース"本体の復活には"データの渦"に浸かった個体が必要。だからシギラを本体に投げ込んでもいい筈なんだが……シギラとシドだったらシドの方が主導権を得られるだろう。本質的には"カースドアース"なんだから。後出しでシドを投入されたら勝てないからやらなかったんだろうな。
……後出しされると負けるが、バーナードはシドを受け入れてしまう。多分想定していたのは、シギラと一緒に自分も取り込まれる事とかか?
"データの渦"分はシドとシギラで相殺。後はシドと直接対決。そのくらいしかできなかった筈だ。
だがあのボロボロな姿を見るに、それも叶わなさそうだ。なんか最初からずっと追い込まれてるな今回の敵。
そこで……バーナードの持っている"シドの角片"に目を付けた。シドが本体と接触する前に"シギラ+シドの角片+死にかけの自分"で間に合わせようとした。ついでにバーナードも取り込まれたな。
今開花したのは──自我を持って【Blueearth】を滅さんとする災害。消滅に期待できるか……?
だがやはり──致命的に失敗してんだよなぁ。
「……シドは間に合った。"カースドアース"の中で絶賛喧嘩中だ。単純な事だ! ババア! レイドボス三匹相手に耐久戦なんてワケ無いよな!」
「ハン! 年寄り扱いするんじゃないよォ!」
"カースドアース"は今日この瞬間まで誰も見た事の無いレイドボス。初見殺しも満載だろうよ。
だが初見で全てを見抜くこのババアならば話は別だ。こういう時以外は常に最前線で初見殺しを捌き続けている最強のアドバイザー。
「……だがこっちにゃドロシーとクローバーとジョージがいる! 実質ババアの上位互換だぞ!」
「めちゃくちゃ対抗意識バリバリじゃないの。殺人監禁未遂してきたミカンは気にして無かったのに」
「人を振り回す奴ってのは同類に弱いんだぜマスター」
「そこうるさいぞ」
……時刻は22時。消滅まで2時間。
とりあえずは解析からだな。
「超常すぎて僕じゃ見切れません。"理解"が及ばない。ジョージさんどうです?」
「"動く植物"は現実にいないからなぁ。"まりも壱号"の様に蔦が筋繊維の役割を果たしているのならば俺一人で戦う事は出来るが、ダメージ効率的に無理だな」
「シドが使ってた気絶の胞子もあるよな多分。初見にゃとりあえず突っ込む俺も、この残弾数じゃちょっとな」
ううんダメそうだ。そりゃ仕方ないな。
「植物系だけどサバンナには珍しい花タイプだね。火を放つより花を散らす方が有効なパターンもあるさねぇ。魔法部隊は風属性を試してみな!
アレでも肉食植物だ。捕食の即死攻撃くらったら目も当てられないねぇ。タゲ取り部隊で三方向からタゲを拡散しな!決して近付くんじゃないよ! おリン!あんたが音頭を取りな!
スフィアーロッド班から半分こっちに回しな! 何?半減はキツイぃ?一度戦った相手にチンタラしてるんじゃないよ!」
……バシバシ指示出してるなぁババア。よし、便乗するか。
「メアリー。どうする?」
「クローバーのおかげで、少なくとも乱入組は倒せるって事がわかったわ。カースドアースは【真紅道】に任せて、まずはテンペストクローとスフィアーロッドを潰す!」
「よしきた。振り分けは?」
「ライズは下がる! アンタ今役立たずでしょうが!」
ぐぬ。
実は武器殆ど壊してるんだよな。あと一振りしか使えない。
「とにかく耐久戦よ。0時まで耐えりゃこっちのもん。あたし達は人数の少ないテンペストクロー側に行くわ。【ダーククラウド】は自由にしなさい」
「……では、比較的手薄な"カースドアース"を行きましょうか。バーナードさんもいるみたいですからね」
「五三郎ー! お前どの辺にいるんだ五三郎ー!」
「先ずは様子見だろう。……マスカットはどうする?」
「転移ゲートへ向かった団員に居残りがいないか確認します。通信が生きているかわかりませんが、一応まだ興行中ですし」
……多分通信は機能していないが。避難してくれるなら助かる。
「よし、いっちょやるわよ。【夜明けの月】出陣!」
メアリーの指揮でテンペストクロー討伐が決定する。
──シド。頼むから勝ってくれよ。
──◇──
【花とデータの世界】
──"カースドアース"内部
私の角を得たその男は、シギラの檻となって樹木の姿に変質していた。
一方の私は、本体に潜り込んだからか多少のサイズアップはしましたが普段通り。身体中に花が咲いてますが誤差です。
……重く、重くのしかかる、声にならない"カースドアース"の意思。
これを全て調伏する事が目的だったのですが。この男にそれを妨害されてしまう。
「……ぐ、はは。お前が"カースドアース"になれないのならば、例え俺が主導権を握れずともいいのだ。"カースドアース"本体が勝手に目覚めるだけですから」
「貴方も耐えられないのでは? 色々とツギハギで不細工なものです。見てられない」
「ちょっとの散歩で口が上手くなったものだですね。自我分を差し引けば消えゆく貴様と消えゆくワタシ、どちらが残るのでだろうな? 壊れるのならば、オレの方が慣れてるますが」
言語レベルまで損傷してますねこいつ。
……私を生み出した張本人とも言える訳ですが。いやだなぁ。
──◇──
──狼王は吠える。
先日の《イエティ王奪還戦》にてライズさん達が話していた、"レイドボス特効"の話をふと思い出した。
どういう経緯か──【飢餓の爪傭兵団】のウルフはテンペストクローの寵愛を受けているらしい。ライズさんは70階層のレイドボス"焔鬼大王"から【朧朔夜】を受け取っている。
……詳細不明のウルフの短剣はともかく、ライズさんの【朧朔夜】は素材からレシピまで全て公開されている。実際あの後レイドボスと気軽に戦える90階層で実験してみたが……それほど火力は出なかった。
武器の種類ではなく、レイドボスに認められる事で得られる特効なのだろうね。
関係無いが。
これは……クローバーに負け越している立場で言える事ではないが。正直特効だの超火力だの不要なんだ。
ただ相手の攻撃を全て耐えて、ただ相手より多くダメージを与えれば勝てるんだ。
何時間でも、何日でも同じコンディションで殴り合えばいつかは勝てるんだから。
それが俺の掲げた"王道"。
全てに対して真っ直ぐ受け止めて、真っ直ぐ進むだけ。
……時に、不思議に思う事には。
なぜ俺は、姫の真っ直ぐな思いを受け止められないのだろう。
愛おしくてたまらないリンリン君に振られて(あれは本当に申し訳ない事をした)、姫のアプローチから目を背けている事に気が付いた。
……ううむ、何故だろう。
「増援来たぜ伊達男。てか余裕だな!」
「おやクローバー。ミドガルズオルムを単騎で十数分撃破とは驚いたよ。おめでとう」
「はいどーも。次はテメェの番な。俺はそろそろ弾切れだからよ」
クローバーの後ろから追って現れたのは【夜明けの月】。
彼らを見ていると、なんだか気分が良い。誰も彼もが派手なんだ。やはり凡百な俺と比べて、見ていて面白い。
……"王道"とは思えないけれどな。
「クローバー曰く、呼び出されたレイドボスはそんなに強くないわ!その上で、レイドボスのHPを半分持っていけるだけの弾丸は残ってる。【夜明けの月】の支援はそこまで。あとはグレンがやりなさい。
さっさと倒して本命を叩くわよ!」
ビシッと後方で決めるメアリーさん。アピーとポジション被ってるね。
「……ちなみに、バーナードはどうだった?」
「あそこで花咲かせてるよ」
「ははっ。似合わないなそれは。……なぁ【夜明けの月】」
ここ最近ずっと感じる違和感。それが何なのか、彼らは知っているのかもしれない。
テンペストクローの攻撃をいい感じに受けたり避けたりしつつ、問いかける。
「バーナードだけは信じないといけない気がする。
姫……スカーレットの思いに答えてはいけない気がする。
全く理屈がわからない、謎の感情が時折あるんだ。
……まるで心の一部が抜け落ちているような」
「……それは」
「マスター。僕、いいですか」
遮ったのはドロシー君。
【夜明けの月】の注目株だが……俺とはあまり関わらなかったな、クリックでは。
ドロシー君はメアリー君の許可を得て、俺の前に着地する。
「──全て、バーナードさんが説明すると思います。でもグレンさんには日和る可能性がありますから、全部終わったら同じ事を聞いてあげて下さい」
「……君は……うん、そうか。そうだね。そうしよう」
……信じないと、と思っていたけれど。
そうだ。直接本人に聞けばいい。バーナードが絶対に帰ってくると信じていないじゃないか。
「──ライズさん。あと一振り、折角だから使ってしまおうよ。クローバーは温存してさ」
剣を、切り替える。【スイッチヒッター】ではないから付け替えにはラグが生じるが、テンペストクローの攻撃頻度と速度は見切っているから大丈夫。
──両手剣【王道喝采+72】。【第120階層 連綿舞台ミザン】で鍛え上げた"伝説の"騎士の剣。
そもそも万能の【聖騎士】が一点に特化するという事は利点を捨てる事になる。なかなか選べない選択だ。なんせ"王道"だからね。
「俺が隙を作る。いつもの派手に頼むよ!」
テンペストクローの噛みつきに合わせて飛び出す。
直撃は流石にキツイが──【王道喝采】を咥えさせた。
「ビームもまた"王道"だね。
──【ブラストカリバー】!」
光の剣をそのままテンペストクローの体内に放つ。
そのまま串刺しにして、あとは力技で動きを止める。
俺を殺すにはテンペストクローの攻撃でもあと5回は必要だ!
一切振り返りはしないが、詠唱が耳に届く。本家本元。やはり必殺技はこうでなければ。
──弌ツ。己が命を闘争に奪われる事。
テンペストクローの前足が俺を狙う。
それでは弱い。まだ耐えられる。
──弐ツ。七の同胞を失っている事。
まるで怯えた子犬だ。狼の王が情け無い。
──参ツ。その一振りのみに全てを捧げる事。
天へ伸びる花束が、遠く羽ばたく氷の屍竜が、ちっぽけな一人の人間を見ている──そんな気がする程の圧を放ち。
「【朧朔夜】──」
それは燃え盛る戯れの太刀。焦黒の妖刀。
月も霞む程の陰炎がその刀身を隠す。
炎と怨に蝕まれた妖刀の、閃光の如き抜刀術。
「──【焔鬼一閃】!」
──光と闇の鎬が重なり、王を切り開く刃となる。
~外伝:徒然城下町日記1~
《屋根裏の灰塵と満月のパン屋》
【第0階層 アドレ城下町】
基本種族は人間ながら、多種多用な種族が往来を闊歩する。
【Blueearth】最大の都市アドレ、その城下町。
大きなカバンを背負った少女は明るい笑顔を振りまいて街を歩く。
まんまるブールのような薄茶のキャスケットが目印か。小柄ながらも住民から声を掛けられる。
「おはようラビちゃん。肉詰めのパンはあるか?」
「テンさんおはようございます! 今日はウェアウルフ族向けの新商品が昼頃に焼き上がりますよ! その名も"ホットドッグ"です!」
「そりゃホットな名前だな。……狼肉じゃないよな?」
「勿論です! うちを何だと思ってるんですか」
「悪い悪い」
ラビと呼ばれた少女は──大荷物を見るに、どこかへの配達だろうに──ウェアウルフ、ゴブリンハーフ、フェアリーにドワーフ。矢継ぎ早に呼び止められて全然進んでいない。
アドレ城下町の名物パン屋【玉兎庵】の看板娘、ラビ。【Blueearth】に突如現れた盤外存在である通称"冒険者"の一員。
とはいえ、数千人いる"冒険者"も半数以上はアドレに定住し、アドレから出た事すらないという者も少なくない。特殊な力が使えるだけの人間種くらいの扱いだ。
ラビもその一人。戦闘など縁も興味も無く、武器の一つも携帯せずに街を駆けまわっている。
──不用心ではあるが。事表通りに限って言えばアドレ原住民族の縄張りだ。"冒険者"の店は基本的には一本裏の路地となる。
住民に好かれているラビは、身体能力において大きく劣っている愛玩庇護の対象だ。表通りでラビに乱暴する者があれば原住民の袋叩きに遭うに違いない。
故に。僕はこうして屋根裏部屋の小窓から彼女を眺める事しかできない。
──って、どこにいった? いつの間にか目を離してしまった。小さいからすぐ人込みに溶けるな。
「ごめんくださーい!」
背後。
勝手に上がって、勝手に上って来たのか。屋根裏まで。悪い子だ。
「玄関空きっぱなしですよブランカさん。コールしても返事ないので入りました。
女の子なんですからもう少し警戒してくださいね。不用心ですよ」
ずるり、と肉体を旋回させる。
どちらが不用心か。この灰塵の化け物を前にして、一人でノコノコとやってきて。
「肉体は姉さんだが魂は僕だ。女性扱いは正しくない」
「ブレイクソウル族は大変ですね。でもその身体を維持したいんでしょ? じゃあちゃんと女の子らしくしないとですよ」
──ブレイクソウル族。
本来の生息地は【第60階層 荒廃都市バロウズ】。かの呪竜にその身を焼き焦がされ滅びた元人間。
魂が灰と煤に宿り、かつての活動を再開したリビングデッド。あるいはかつての動きを模倣する壊れた蓄音機か。
失った肉体の再構築には一人の魂では不足する場合があり……僕の場合は"姉さん"の魂が外見を構築し、"弟"の魂が精神として構築されている。
欠落だらけで過去の事なんて覚えていない。本当に僕に姉がいたのかどうかもあやふやだけれど。
とにかく、第二の人生を獲得したブレイクソウルは多種族を受け入れるアドレにも定住している。僕もその一人だ。
……肉体の形状は自由。誇張した記憶が反映された手足頭の大きいカートゥーンスタイルが主流だが、僕はできるだけ人間に寄せている。アドレでは人間のモデルが多いからな。
「はい、昨日一番売れた"満月シュガーブール"です。と言ってもここ数日同じだけど」
「定番商品の売り上げを新商品が超えられていない訳だな。定番商品は2~3位、新商品は1位となるのが健全だと思うが」
「新商品が伸び悩んでるのはその通りです。店長、丸いパンとクロワッサンしか焼かないから……」
人間らしい肉体を維持するために、人間が好む食事をリサーチしている。【玉兎庵】には前日の売上一位の商品をデリバリーしてもらうよう依頼している。
「お仕事探し順調なんですか? 【玉兎庵】はアルバイト募集していますよ」
「僕は列記としたハウスキーパー! そして今は学者も兼任していると言っている」
「だって今日までこの家にブランカさん以外で人と会った事無いですよ。もう一年の付き合いなのに」
「だからって不法侵入で通報する事は無いだろう。というか一度連行されていてまだここにいるのだから無実は証明されただろう」
「うーん。ブランカさんが働かずにお金だけ貰ってるというのが気に入らないです。ハウスキーパーのくせに屋根裏が散らかり始めましたし」
「正直な奴だな君は。屋根裏は僕の居住区だから多少汚れてもいいの」
──マトモな労働を探していた頃。この家の家主から莫大な金額と共にこの家のハウスキーパーを任された。
家主の連絡先すら知らないが、つまりは金持ちの別荘なのだろう。これ幸いと僕はここに住み着いた。
「画家は諦めたんですかー。地球儀とか、地図とか、なーんか胡散臭い学者さんの部屋です」
「画家は諦めた。だから学者になったと言っていようが。話を聞かないな君は」
「画家崩れの引きこもりの友人が突然学者になったとか言って信じる人います?」
「ううむ。確かに」
──僕は識らならなくてはいけない。
その為には"冒険者"のデータが必要だ。
最も身近な冒険者。ラビ。
君の全てが知りたい。例えば──
──その腹の内に何が詰まっているか、とか。
「ブランカさん!」
「! どうした」
「もう帰りますよ。感想はまた今度伺いますね。それでは!」
別れる言葉も名残惜しそうに。特別な感情が向けられているわけではないと、わかりきっているのに。
走り去るラビを小窓から見送る。
刃に変形させた右手を戻す。"姉さん"の右手はこんなに野蛮では無かったはずだ。
"満月シュガーブール"を口に運ぶ。今日も変わらず甘ったるい。
不変などあるものか。
毎日を無為に過ごした僕の夢枕に立った、青い海のような何か。
あれが何かはわからないが……同様にわからなくなってしまった。
──【Blueearth】とは一体、何なんだ?




