117.三重苦三重奏
──ウィード階層のレイドボス
【咆嵐の傷痕 テンペストクロー】
嵐の夜にのみ目覚める巨狼。
群れを引き連れて暴れる様は正に災害。
眷属の召喚に加えて咆哮による全方位攻撃が強力。
爪や牙などは防御必須。防戦一方ならともかく、戦うとするならば一撃で瀕死になる攻撃を掻い潜らなくてはいけない。
──ケイヴ階層のレイドボス
【穿孔する蟲王 ミドガルズオルム】
ケイヴ階層の創造主。
永遠の長さを持つ身体は鋼より硬くダメージを受け付けない。
唯一攻撃を受ける正面部は、直撃すると即死のデストラップ。バカすぎる。
巨体でこちらの行動を規制し、地中から襲うパターンが不可避でクソ。
──フリーズ階層のレイドボス
【呪氷の叛竜 スフィアーロッド】
魔物を操る億雪の怨霊。
広範囲ブレス攻撃、巨体による押し潰しなど雑な質量の押し付けが目立つ。
基本的に魔物を操る能力が危険視されるが、本体も超巨大竜種なので手が付けられない。
魔物吸収による回復が先日の《イエティ王奪還戦》で発覚した。倍率効率は不明。もう調査する機会は無いと思っていたが……。
空の裂け目は閉じない。なんならミドガルズオルムはまだ出続けている。
化け物3匹。まさかこんな事まで出来るのかよ!
崩壊したテントの上、ステージの上にいる俺たちは無事だが。他がどうなったかわからない。
「マスカット! 避難だ!」
「うちの団員はゲート側です! ご心配なく!」
マスカットは細身の片手剣を抜き出す。
──ローグ系第3職【ソードダンサー】。マスカットが自ら戦う所は見た事が無いが……。
「私は役に立てますか?」
「……わからん。そもそもこんなの対抗出来るかどうかわからん」
地下組は無事か?
一体何が起きた?
シドは本体と接触できたか?
わからん。わからん事が多すぎる。
「ライズ!」
メアリーの叫びに目が覚める。
空から──巨蟲が襲いかかってきた。
「──全員逃げろ!」
爆音。
ミドガルズオルムの突撃に、大地が轟音を上げる──。
──◇──
──私は【削除済】から生まれた、使い捨てのバグ。
──与えられた任務はただ一つ。
──【Blueearth】の崩壊。
──最初に、バーナードを紹介された。
──奴は【Blueearth】を憎む同士だ。
──ならば操る事も出来るだろう。
──だと思ったのに。
──私の権能は、2度まで使える。
──3度目は怨敵に対策されてしまう。
──だが短時間で、且つ私から分離されたパーツによる権能なればギリ3度目の権能も使える。
──今回はそれで右腕を失ったが、構わない。
──どうせ長く無い命だ。
──胴体が切り飛ばされる事は覚悟の上。
──下半身は怨敵を逆探知し自動で攻撃するチャチなウィルスに変換した。
──当然対策されるが……怨敵は慎重派だ。テンペストクローの時と同じく、この49階層を隔離してから対策するだろう。
──だがこれだけのレイドボスがいれば、49階層の消滅も容易い。
──なれば大きな楔となって【Blueearth】に隙を穿つ。
──あとは……【削除済】様の……自由に……。
──……。
──……。
──◇──
分断された。
"俺達が"とも言えるし、"ミドガルズオルムが"とも言えるな。
空の裂け目から伸び続けたミドガルズオルムの胴体が分断され落ちてきた。断面がデータ化しているのは、恐らく物理的に切断された訳では無いんだろう。
天知調による階層隔離だ。多分。
「……誇り高いミドガルズオルムが壁役かよ。情けない」
巨体でサーカスを押し潰し、俺達は分断された。
まずは状況判断だ。こっちには──
「……あれ? 誰もいない?」
──轟咆。
"俺がいるが?"と言わんばかりに答えた、それはもうややトラウマになるほど聞いた雄叫び。
「──えぇ……お前とやるの?」
テンペストクロー。駄犬しかおらん。
分断ってこんなに偏らせる事ある?
──◇──
「ジョージ! お前こっち来たのか!」
「クローバー君だけ狙われていたからね! 初見殺しは回避出来たようで何よりだよ!」
分断──それをした張本人、ミドガルズオルムの狙いは俺。
現在進行形で襲われ中だ。《巌窟大掃除》の個体と普段29階層にいる個体は別の筈なんだがな。ぶっ倒した事根に持ってないか?
とにかく距離、そして時間が必要だ。スキル使えれば俺なら対抗できる。だが現在の直線逃げは頂けねぇ。止まれば死ぬ!
「ジョージ! 質量勝負ならお前不利だろ! どっちかのサポートに行ってくれ!」
「最高戦力であるクローバー君を拾う方が優先だ! 逃げてばかりはいられないぞ!」
「確かにな! だがハッキリ言って、全員倒すのはムリだ! 弾薬が切れる!」
「だから俺が来たんだ。質量勝負なら今は俺しかできない! 出番だ"まりも壱号"!」
呼び出すは巨大な植物玉。正面からミドガルズオルムと衝突し──僅か数瞬、動きを鈍らせる。
任せた、と声を掛ける時間も無い。
ただジョージを信じて立ち止まる。
──スキル【乱撃錯乱】発動。
一定期間ヒット数3倍。
"まりも壱号"はミドガルズオルムの即死攻撃を受け消滅。
そのまま俺達へと飛びつく──
「──【建築】!」
間髪入れず。
ジョージが築くのは──屋台車の畳。
「力の流れさえ見えたのならば、これで充分だ」
地面から出現した畳がミドガルズオルムの動きを僅かに上へとズラす。
それだけでミドガルズオルムは、俺たちを飛び越えた。
──スキル【速射準備】発動。
通常攻撃速度2倍。
ミドガルズオルムは着地と同時に地中へと潜る。
「行けるか?」
「ここにもう2枚畳が欲しい! 重ねて!あと3秒!」
「相わかった。【建築】【建築】」
2回に分けた【建築】は、一つ一つを別のオブジェクトとして換算するための作戦。
実戦を想定とした演習は、フィジカル担当のジョージとゲームセンス担当の俺の組み合わせが一番多い。
ナイス増援だジョージ。
地中を穿孔する。相手は俺だ。
二枚畳の上に乗り、その瞬間を待つ。
──今!
大地から飛び出すミドガルズオルム。
接地オブジェクトだった下の畳は破壊され、俺は上の畳に着地する。
そのまま天高く昇るが──俺にダメージは無い。
「お前の地中からの攻撃は、出現場所のオブジェクト破壊効果はあるがそれ以降は普通の攻撃だ。即死が通用しないオブジェクトを破壊する事はできねぇ」
アビリティ"クイックドロー"
──ヒット数2倍。
アビリティ"陽炎のガンマン"
──ヒット数2倍。
片手銃二刀流
──ヒット数2倍。
武器【地獄の番犬】二丁
──ヒット数3倍。
スキル【乱撃錯乱】
──ヒット数3倍。
スキル【速射準備】
──通常攻撃速度2倍(実質ヒット数2倍)
ラピッドシューターの基本攻撃速度
──秒間7発。
「秒間1008発! もう一度満腹にしてやるよ! 口を開けなお客様ァ!」
高度限界に到達し消滅する畳。
直前に飛んだ俺を食わんと大口を開くミドガルズオルムだが──相手は俺だ。
マトモに相手すれば数時間はかかる相手だが、ちゃんと残弾を全て使い切れば倒せる。それが出来ないのは──そもそもダメージを与える隙が少ないからだ。
ここならもうお前は逃げられねぇ。
──光の柱が荒野を照らす。
──◇──
「クローバーがやらかしてるわね。こっちも何とかするわよ!」
……とは言っても、もう既にキツイんだけど。
ライズもクローバーもリンリンも、高レベル組が軒並み居ない中で……フィジカル怪物のジョージも抜きで、コレの相手しないといけないなんてね!
──【呪氷の叛竜 スフィアーロッド:copy】LV200
なーんでまたコイツの面を拝まなくちゃいけないのよ。
本当、嫌になるわね……。
「マスカットさん。アイコ、ドロシー、ゴースト。とりあえず防戦よ。真っ当にやって勝てるのはクローバーくらいなんだから」
「防戦と言いますが……移動手段も無いのにこの巨体から逃げられると?」
「大丈夫よ。何とかなるわ。陣形はアイコとゴーストで相互カバー! 分散してたら狙われるわ。一箇所に固まって!
ドロシーはエンチャント、私は【召喚】で耐久値を底上げするわ! とにかく耐えるのよ!」
「いや無茶おっしゃる!」
──実際、このメンバーじゃ無理がある。
クローバーがミドガルズオルムを1人で惹きつけてくれてるけど……こっちは戦力が足りない。
だから待つしかない!
「来ます! 先ずは私が受けますからゴーストちゃんは回復を!──【瞑想】!」
アイコが蒼の"仙力"を網状に広げる。
……圧倒的格上の存在に対して、防御完全特化がいない今。アイコに頼るしかない──!
「【エンチャント:ガード】かけます!」
「action:回復行動を準備します」
「【召喚】──"盾の乙女"!」
「【剣の舞】でアイコさんのステータスを上げます!」
今できる全てをここに集約。それでも無常に──
──巨竜の尾が振り下ろされる。
「──【イージスフォース】!」
地中から青い光の壁が出現する。
スフィアーロッドの攻撃を受け止めたのは──真紅の絨毯に立つ、私達の騎士。
「……リンリン!」
「申し訳ありませんマスター。貴方の騎士が、遅れ、ました! ──2倍返しです!【リアクティブ・カウンター】!」
巨大な尾ごと、スフィアーロッドの巨体を押し返す!
……なんかカッコいいわね。【真紅道】上がりはみんなこうなるのかしら?
「よく耐えたねぇ【夜明けの月】。ここからはあたい達の出番だよぉ」
ぬるりと瓦礫から現れたのは──魔女。深く帽子を被っているから顔がわからないけれど、きっと魔女。そしておばあちゃん。
そこから続いて──瓦礫の隙間から生える赤い絨毯。そこを進軍する騎士達。
「【真紅道】副団長──"宮廷魔女"アピーが団長に代わり指揮を取るよぉ! 結局倒せず逃げ帰ってきた屈辱、リベンジするいい機会さね! 進軍ぅァ!」
雄叫びは、獣より雄々しく。
騎士の進撃が始まる。
「お婆。あっちはクローバーだ。加勢し火力を引き入れるべきか?」
「ほっときな。ミドガルズオルムの当たり判定は顔面だけだよぉ。むしろ一番厄介な奴を抑えてくれてるわけさね。アンタはいらん事考えてないでしっかり道を作りな"鉄仮面"の小娘。くねくねくねくね歩き辛いったらないよ!」
「そもそもお婆は私の【建築】より早く出てきたじゃないか……」
フリーズ階層でチラっと見た、【真紅道】の【キャッスルビルダー】フレアさん。動き回る絨毯はあの人のものなのね。
「で、では後は【真紅道】に任せてわたし達は──」
「おリン! どぉこに行くつもりだい!? 仲間を見捨てるだなんてそんな子に育てた覚えぁ無いよあたいはァ!」
「ひえっお婆様、わたしは今【夜明けの月】でぇ……」
「聞・こ・え・な・いねぇ耳が遠いからぁ! まさかこのババアを見殺しにするのかい!?」
「ひええご勘弁をぉ」
恐ろしくバイタリティ溢れるおばあさんね。めちゃくちゃ鼻が長そう。
「……リンリン。【真紅道】と共闘なんてここが最後かもしれないからさ。行ってきなさいよ」
「……いいんですかぁ、マスター?」
「やりたいならね。嫌だってんならあたしも抗議するわ」
「……いえ、ではマスター」
リンリンがあたしの手を取って跪く。
「──必ず戻って参ります。今暫く離れる事をお許し下さい」
「……は、はい」
「──では」
そのまま去っていくリンリン。
……【真紅道】ってこうなの?
「ははは。"騎士病"だぁな。元【真紅道】が各地でお姫様を量産してるとクレームが入った事もあるぜ!」
「うわっフレイム。アンタはいいの?」
【真紅道】の運び屋。最強の【ビーストテイマー】フレイム。《イエティ王奪還戦》功労者は数あれど、MVPぶっちぎり一位はこいつ。数日間ぶっ通しで最短最適ルートを爆走し続ける化け物。あの後丸一日寝たら元気に現場復帰したとかいうやばい奴。
「俺は伝令役でもあるからな」
「伝来……だったら、テンペストクローの方に行って! 多分あっちはライズ一人なの!」
「オッケー落ち着けお姫様。あっちの方が安全まであるぜ」
「……え?」
──◇──
テンペストクローの攻撃パターンは把握している。
前回とは違って、俺が耐えるだけでいい。
いいんだが。
……既に【朧朔夜】が抜刀できるくらい武器防具バッキバキなんだが。
「お前噛みつきばっかりやってきやがってよぉ! 下振れすぎんだろ! 狙ってんのか?」
狼は答えない。テンペストクローの行動で要警戒な、武器ダメージの大きい"飛びつき&噛みつき"。それをさっきからガブガブガブガブとよぉ!
「クローバーじゃねぇんだ。一人で止め切れる自信なんて無かったが……流石に負けるつもりは無いぞ。どうするかな……」
テンペストクローが喉を鳴らす。
──3択。今受けられるのは竜巻だが──
──飛び出す狼。
"飛びつき&噛みつき"だな!
「そりゃそうだよな! 知ってた!」
既に【煉獄の闔】は壊れた。もう受けきれない──!
「【騎士の咆哮】!」
瞬間。手前で止まるテンペストクロー。
レイドボスの一撃を受けて尚、堂々と仁王立ちする男の背中。
小手先の技術は通用しない。
"誰よりも硬ければ負けない。誰よりも重い一撃を与えれば勝てる"。
そんな馬鹿な理論をクソ真面目に豪語する──【Blueearth】の王の一人。
「待たせたかな? ライズさん」
「……遅いな。死にかけだ」
──【真紅道】団長グレンが、テンペストクローを片手で抑えて現れた。
~ドーランのレイドボスはいずこ~
《【草の根】《拠点防衛戦》研究隊隊長エンテの日記》
クリックの問題もほぼ解決し、私は【夜明けの月】サンのツテで【第10階層 大樹都市ドーラン】にお邪魔していますデス。
かねてより"レイドボスの存在しない階層"と有名デスが……やはり不在は違和感デス。何か見落としがあると踏むが常道デスが、【鶴亀連合】時代は深入りできなかったので。
現【ゴルタートル】代表のダミー氏に出迎えられ、先に部下が用意した拠点に案内されます。
……家が枝から吊り下げられてますが。大丈夫デス?
ここ最近は色んな出来事があって、体制が変わりドーランに入りやすくなった事も加わって冒険者の入居者が激増しているとの事デス。既に【草の根】に興味を持った子を数名、バイトとして雇っています。
捜索探索には人海戦術が一番デス。幸先が良いデスね。
さて本題デス。とはいえドーランの《拠点防衛戦》自体はだいぶ研究がされています。
原住民であるエルフとドリアード、その二種族によるドーラン……神樹ユグドラシルの奪い合い。
侵攻側が手紙でドーラン側に喧嘩を売る事で開始する、原住民に依存した開催条件。
レイドボスはどこなのか。
大体の確率でレイドボスは各攻略階層の最期──9階層を本拠地としています。
しかしフォレスト階層の19階層にはレイドボスが不在。
ただの不在ではないのデス。大体は何か巨大な生物が根城にしているであろう痕跡がありますが、19階層には本当に何もないのデス。
ですがそれ自体はおかしくないのデス。レイドボスは"比較的9階層に居がち"というだけなので。
例えば70階層──ヘル階層では、レイドボスとなる"焔鬼大王"は【第70階層 煉獄都市ヒガル】に居を構えています。
50階層──オーシャン階層の"コスモスゲート"は海中エリアならどこでも目撃されます。
セカンド階層のレイドボスも、稀に例外はいます。
だけど、"レイドボスが存在しない"のはフォレスト階層とサバンナ階層だけなのデス。
少なくともセカンド階層以降、トップランカーの発表の範囲ではサバンナ階層以降の全エリアにレイドボスは存在していました。
"存在はするが出現条件が満たしていない"と考えるのが自然でしょう。
さて、出現条件とは?
そこを考えるならば、これまでのドーランがどうだったのかを考えるべきデス。
即ち【鶴亀連合】による独裁、それによるドリアード王朝の固定化。
レイドボスと《拠点防衛戦》には密接な関係がありますからね。
《拠点防衛戦》そのものは問題なく行われ続けていたにも関わらずレイドボスが出現していないという事は、恐らくは侵攻、奪還が成功しなくてはならない?
しかし【鶴亀連合】が独裁する前から代替わり自体は数回はあったはずデスので(そも黎明期はエルフ王朝)……。
例えば、連続で複数回王朝が変更になるとか?
ドーランの原住権を得た種族は色んな特権を得られますが……それが交代する事で困るのは……。
神樹ドーランそのもの、デスかね。
なって見ない事にはわからず、基本的にドーランの《拠点防衛戦》は原住民のエルフとドリアードに委ねています。根気よくアタリを引くまで待つしかなさそうデスね。
この仮説があっているなら、きっとドーランのどこかには入れない隠し場所があるのでしょうか。しばらくはそっちの捜索が中心になりそうデス。
未だ見ぬレイドボス。仮称は……神樹の魂と言ったところデスかね。
……オヤ? インベントリのアイテムが消費された音が。




