116."マッチングサーカス"
【第49階層サバンナ:静かな荒野】
──────
一面の荒野。
騒がしい怪植物も、荒々しい獣も息を潜める。
眠る何かを起こさぬように。
触れてはならぬ境界を囲むように。
眠りを妨げるのは何者か。
──────
──あるサーカスの舞台裏。
「【夜明けの月】より最終報告! 定刻通り20:00到着予定です!」
「多少の前後は考慮しなさい! 場繋ぎのパフォーマンス部隊は配置に付いて!」
バタバタと慌ただしく騒ぐ水面下。
白鳥のバタ足。これこそサーカス。
「座長! モニター繋がりました。マイクテストお願いします」
「はいはい。皆のものー! 今回はビッグ&ビッグイベント!失敗は許されないからねー!」
「「「アイサー!」」」
熱狂は客ならず、役者にも通ずる。
どっちに向けても、私は"盛り上げる事"が仕事だ。
「……で、この到着段階で花火と一緒にスモーク炊いて。部外者に降りてもらう隙が必要だから」
「【ダーククラウド】何人か乗ってますもんね。道中空気読んで出てきてないから良かったですけど。誘導員は付けますか?」
「先方には私から連絡してあるから、東関係者ゲートを全開にしておくだけでいいよ。後は勝手に出て行くってさ」
……ライズさんの企みはわからないけれど。
それでも私は知っている。
──ここでの興行は今日が最後だ。
セーフティエリアの真上に建設したサーカステント。そのセーフティエリアが何なのか、【植物苑】の調査でどんどんハッキリしてきた。
それでもいい。むしろド派手に壊しちゃって欲しい。話題になるから。
私に出来る事はサポートくらい。
完全オンラインの現地観戦0人にする事で被害者を減らすだとか。
パフォーマンスの陣形を転移ゲート側にズレるよう設定して団員が逃げやすくするだとか。
地下の種までのルートを解放しておくだとか。
【真紅道】の皆さんが隠れやすいようにカメラの位置を調整するだとか。
このくらいしか出来ませんが。
キラキラステージの上に立ちながら、影にいる私に声を掛ける主役──ライズさん。
私の推しは貴方です。面と向かって言えませんが。
こんな面倒事はさっさと済ませて、こんな何も無い所はさっさと立ち去って。
せめて最後の思い出に、派手な花火を上げましょう。
「……よし」
時刻は19:55。
転移ゲートが光る。流石は優等生メアリーさん。5分前行動ですね。
ああ、今日もまた──
「一つの伝説を、見送る事が出来そうです」
──◇──
暗い空を照らす派手な照明。打ち上げ花火。
大きなテントが口を開き、あたし達を待ち構えている。
『さあさあ皆様お待たせしました! 諸般の都合でリモート開催となりましたが! 皆様見えておりますでしょうか!
1000以上のカメラがサーカス内の全席からの観戦を可能としております。お好きな席お好きな角度でお楽しみ下さいませ!』
あたし達にはスポットライトは当たらず、薄明かりの誘導灯のみを頼りに進む。
「……ありました。東関係者出入口。全開ですね」
「エリバとゴローと私……【ダーククラウド】班と、リンリンだよな。ここまで暗ければ見られる事は無いだろう。私は暗視補正がある。先導しよう」
「で、では……行ってきますメアリーちゃん……」
「うん。頼んだわよリンリン」
キャミィさんに任せて下車する一同。
一番狙われる所だとは思うけど、既に【真紅道】は到着済。
「地下の"カースドアース"本体……巨大種にはグレンが付いてる。今の所バーナードも見知らぬ人物もいないらしい」
「一安心ね。とりあえずはこっちを穏便に済ませましょう。ここまで協力してくれた【パーティハウス】に恩返ししないと」
──と、スポットライトが当たる。眩しい。
『──では紹介します! 今や【Blueearth】の台風の目! 今最もホットなギルド──【夜明けの月】の登場です!』
爆裂。爆発。ヒーローのそれなのよ。
注目されて悪い気はしないけどね。
『では改めまして!"マッチングサーカス"の説明をさせて頂きます!
"マッチングサーカス"では将来有望なギルドを、セカンドトップランカーの皆様に映像にてご提供します! 視聴サイドからは見込みあり!支援したい!と思った方が有料のチケットにて"立候補権"を購入。参加サイドからは立候補者の中からお話をしたい方を選び、ギルド単位での勧誘・情報交換を行う……というものです!
では"立候補権"の応募を開始します! 締切は10分! よーいスタート!』
待ち時間を退屈させないためか。【パーティハウス】の団員達が各々パフォーマンスで盛り上げている。
無観客なのが残念ね。
「……あとは任せるしかないな。俺たちの仕事は荒ぶる"カースドアース"を……シドを守り抜く事だ。いつ来ても良いように気合い入れろよ」
──それはそれとして。
「なんか"立候補権"凄いことになってるわね」
「腐っても話題のギルドだからな。話したいって連中はそれなりにいるだろうぜ……いややっぱ多いな」
「努力の成果じゃないですか。頑張って良かったですねメアリーちゃん、ライズさん」
「やめてアイコ。少し泣きそう」
「俺も少しクるものがある。お前たちを拾えて良かったとか絶対言いたくない」
「言ってるぅ〜。やっぱ似たもの同士だなアンタら」
「「似てないし」」
──◇──
──地上部【パーティハウス】舞台下
──ふふふ。
──ふふふふふ。
──よもやこの私が、【夜明けの月】のデカ女の影に隠れているとは思いますまい。
──此奴ならば確実にバーナードと接触するでしょう。そして間違いなくバーナードはシドを"カースドアース"に捧げる。
──その瞬間に飛び出してやりますよ。
──「上手く行くかなぁ」
──私の計画に狂いはありません。散々狂って計画の原型がそもそも無くなってますので。
──「吹っ切れてるなぁ」
「く、暗い……キャミィさん、どこですぅ?」
「男連中。ちゃんとエスコートしたまえ。私だけは記憶無いんだから、私だってエスコートして欲しいんだぞ」
「僕はシドを誘導しなくてはなりませんので」
「私はなぁ。こんなダイナマイトバデーの美人の手を握ったりとかできんのです。頼むよキャミィさん」
「甲斐性のない連中だ。男らしくドカッとお姫様抱っこくらいしたまえ」
「それが許される倫理じゃないんですよ現実は」
「それはそれは、思い出さなくて得をしたな。ほらリンリン、手を」
「どこぉ……?」
──大丈夫かこいつら。
──「迷子になってない?」
──いやいや流石に。ほら【真紅道】も先回りしてるから。
──というか今更だけど何なんだあのお姫様。どうやって【真紅道】に連絡したんだ。
──「お前が出てくる前に何か送信してたな」
──なぁんであの不確定な状態で【真紅道】を動かす事ができるんですかあの女ぁ。
──「正真正銘のプリンセスなんだろう。私の憧れ!」
──ほなアナタに免じて、アナタが消滅すると同時に岩戸の外にリスポーンするようにしてあげようか。
──「いらないよ。私が自分で開けに行くからね」
──帰れる前提ですか。
──「シドが絶対助けてくれるからね」
──きぃー悔しい。絶対に消してやる。
──「やってみろー」
──……おや。そんなこんなで合流ですか。
「【真紅道】団長グレン。話はどこまで伝わっている?」
「恐らくは君達の想像以上に把握できていない。我々がすべきは一つ。姫を奪還するためにはどうすればいい?我々はそこまでの最短距離に王道を敷く」
「団長は今回ガチだぜ。《イエティ王奪還戦》で世話になったキャミィが相手でも、リンリン……惚れた女が相手でも。王道に立つなら切って捨てる。道を譲るなら喜んで通る。答えは慎重にな」
「フレイムさん、グレンさん……。
よ、【夜明けの月】は……」
「すまないが質問に答えてもらう。或いは……ここで切って捨てるが最善ならば、俺は迷わず敷く。血に染まろうと【真紅道】には目立たない」
──おやおや。おやおやおや。
──「そうか。スカーレットを助けたいって目標なら、必ずしもシドに協力してくれるとは限らないか」
──うーん……まずはシドが"カースドアース"になりかけないと計画が進まないのですがね。ちょっかいかけますか。
──「このままだと困るのはバーナードも同じなんじゃない? だったら隠れたバーナードが出てくるまで待った方が良くない?」
──それだ。
──「……お前、よくここまで持ってこれたね」
──座右の銘は"臨機応変"です。
──「"絶体絶命"の間違いだろ」
「……スカーレットさんを、お姫様を救出するのであれば。どうという事はありません。貴方の頼れる右腕を呼び出せばよろしい」
「……エリバ。それはどういう事だ」
「良い加減現実を見ろと言っているのです。スカーレットさんがその身を犠牲にまでする程の理由は。此度の騒動の元凶は。【真紅道】の右腕と名高い──」
「……呼ばれたならば。出るしかあるまい」
──キターーーーー!!!!!
──「うるさっ」
「バーナード……休暇中に来てくれたのか」
「……グレン。エリバの言葉に騙されるな。俺は……こいつらを止めに来た」
「……ははぁ、そうですか。そう来ますか。では逃げるとしましょうか?」
──いやいや待て待て! 逃げるな逃がすな!
──「【真紅道】を味方に付けようという作戦? この一瞬で頭が回るねー」
「……そうか。ならばそうしてくれ。
……俺は、"カースドアース"を復活させたくない」
「はぁぁぁぁぁぁ!!!????」
──◇──
衝撃の告白。そして更に衝撃的な事に、リンリンさんの影から……シギラさんと、何か黒い人が出てきました。
「はぁっ! しまった! 驚きのあまり飛び出してしまった!」
「シギラ!」
「あ、シド!」
「ええいちょっと待てぃ!」
影がシギラに巻き付き、一瞬で距離を取る謎の男。
察するに彼が"チート野郎"さんですね。
「くそぅ……くそぅ。"不定の影"もこれで二度目だ。三度目は無い。どんどん手が無くなっていくよぅ……」
「……グレンさん。あそこに拘束されているシギラさんが、幽閉された姫を助けるための鍵です」
「わかった。【真紅道】!ここに王道を敷く! 如何な理不尽であれ、悪であれ! 我々が歩む道こそが王道である!」
「うおおおおちょっと待て!」
最強の戦闘部隊【真紅道】に狙われて、"チート野郎"さんは慌てふためく。
「──エリバ! 五三郎がいない!」
「しまった……目を離してしまった! シド!ここは【真紅道】に任せて、我々は一旦引きます。まだ保ちますね!?」
「あと3時間半。乗っ取りには2時間欲しいから……猶予1時間半。充分すぎるとも。逃げよう──」
「そう簡単にィ! 逃してなるものかァ!」
"チート野郎"さんの右腕が赤く輝き──砕け散る。
「これが最後の権能! 絶対バレるから使いたく無かったが! 間に合うはずだ! くらえ!」
「させるか──【ブラストカリバー】!」
グレンが放つ光の剣──【聖騎士】最強の技。出し惜しみも様子見も無く、即断即決。
避けられる筈もなく、避けもせず。
だが。
身体を両断されて尚、右腕を砕いて尚。
彼は──動いていた。
地響き。空間の裂けるような音が響く──
「……全員退避──!」
声に反応する間も無く。
──テントが崩壊した。
──◇──
何かしら起きるとは、思っていたが。
倒壊したテント。
裂ける空。
──落ちてくる3体の悪夢。
──【咆嵐の傷痕 テンペストクロー】Lv200
──【穿孔する蟲王 ミドガルズオルム】LV200
──【呪氷の叛竜 スフィアーロッド:copy】LV200
「そんなのアリかよ」
~【第30階層 氷結都市クリック】リニューアル事情~
《寄稿:【マツバキングダム】オーナー マツバ》
《イエティ王奪還戦》から暫く。
色んな助けを得て、クリックもようやく安定してきた。
大きな変化達をここに纏めておこう。
・イエティ族の出現
本来のクリックの支配種族、イエティ族がクリック中にいる。
北西の無人かまくら群は彼らの住処だったらしく、現在北西地区はイエティ族とメイドレ族の居住区となっている。
工芸品なども多くあるので、《アイスライク・サプライズモール》で取り扱うほか、無料送迎バスの行先の一つにもした。
観光地として発展中だ。名物は"イエティまんじゅう"と"メイドレキャンドル"。
・イエティ王家の復権
玉座があるのみだった無塵の王宮にはイエティ王が鎮座。
ほのかに光るのみだったメイドレの炎も猛々しい火柱となっている。
ここもまた観光地の一つとしてカウントしている。
イエティ軍兵隊長であるカンゴルが修練場を解放している。民間クエストであれば【飢餓の爪傭兵団】の管轄。現在うちの姫が日々通っている。
・【かまくら】解体
ミカン氏主体の【かまくら】だが、《拠点防衛戦》の頻度も規模も激減した事から【マツバキングダム】と合併吸収する事となった。
とはいってもやってる事はいつもと変わらないが。
・【朝露連合】参戦
【満月】がドーランの【朝露連合】の仲介としてやってきた。事前に相談済だったという事もあるが、あっという間にクリックに馴染んでしまった。
特にイエティ族との交友が強く、一部民間クエストを掌握しかねない状況に。【飢餓の爪傭兵団】としては大問題ではあるのだが……"【マツバキングダム】と【朝露連合】で友好条約を締結するならタダで民間クエスト回す"という悪魔めいた提案に本隊は屈したようだ。
【満月】はあくまで【朝露連合】関係無いギルドではあるが……恐ろしいなベル社長は。
僅か十数日でクリックの中枢に食いこんでしまった。これには【マッドハット】もお手上げだ。
社長こそ恐ろしいが、基本的にクリックに優しい。今後とも仲良きしたいものだ。
・《アイスライク・サプライズモール》
イエティ族が楽しく過ごせるよう巨大化した。その後【朝露連合】を始めとして商人が雪崩れ込んできた。
どうにも冒険者の階層攻略が活発になってきて、より深い階層での商売を始めようという風潮になっているようだ。
クリックは前後が商売に厳しい階層なのもあって一気に集中したらしい。
斜陽真っ只中なんだがな。種戦力だった《拠点防衛戦》を失ったから。
まぁこの勢いを利用して商業天国にでもしようか。
・《拠点防衛戦》
頻度は2~3週ごとくらいに落ち着いた。まだこれでもほかの階層よりは高頻度。十分《拠点防衛戦》を興行とする事は可能だ。
今はイエティのサポートもある。正直、かつての《拠点防衛戦》を経験しているならばもう敗北は無いだろう。
最悪の事態に陥っても攻略法のテンプレが初回に制定されたので心配は無いだろう。しかし31→39→30階層とマラソンするのはかなり労力を使う。【マツバキングダム】主催で定期的に模擬練習しておきたいな。
"スフィアーロッド"は39階層で眠っている。出会えばなた暴れはするし、喋りもするが……あの時のような人臭さはもう無かった。
やはりあの時消滅したものと今いるものは別なのだろう。
……一番発展していないクリック南西部に墓を建てた。自己満足だが、俺くらいは覚えてやりたいと思ったんだ。




