11.旅立ち直前はいつだってぐだぐだ
【第0階層 アドレ城下町】
──中央噴水広場
メアリーです。
なんか凄いものを見せられました。
ブックカバーとライズの頂上決戦。
僅か数秒の戦いの決着が決まろうとした、その瞬間──
「そこまでだ」
【決闘】の光輪も、ブックカバーの放つ大嵐も、ライズの放った黒雷も、全てが消える。
武器も消える。空中にいたライズはそのまま着地……に失敗した。
「……貴様」
水を差した者は、と声の主を見るや、また眉間に皺を寄せるブックカバーさん。
声の主は、銀の髪の女性。
白の軍服に身を纏う高身長なその姿はさながら男装の麗人。
──豊満すぎる恵体に胸元とズボンが悲鳴を上げているが──
後ろに同じく白い軍服を来た配下を引き連れ(なんか顔が無いけどどういう事?)、女性はひとつ咳払い。
軍帽を軽く被り直し、鋭い目付きで二人を睨み、白い剣を鞘から抜く。
「冒険者治安維持組織【アルカトラズ】《拿捕》の輩 白き劔のブランだ。特権により【決闘】の中断と武装解除を行った。双方、一時停止せよ」
ライズとブックカバーさんは渋々といった表情で並ぶ。あんなにマジ喧嘩してたのに意外と落ち着いてるみたい。
「……【アルカトラズ】の。事前申請まではしておらんが、一応この広場での【決闘】は当日申請により臨時承認を頂いているのである。証書はバンダードが調印し控えておる」
はいここに、とバンダードさんがブックカバーさんの隣につく。
「そこは問題ない。むしろ緊急時の機転であるのに正式な手順で申請したというのは模範的行動であり、私個人としては評価する。えらいぞ」
意外と柔軟な人みたい。ブックカバーさんは怒り骨髄みたいな顔してるけど。
「今回の件は【アルカトラズ】への依頼によるものだ」
と、ブランさんが避けると、その後ろには──
「どうも皆さんのバロンです」
「そいつ元凶っすよブランさん」
「違う。その下だ」
白……見比べるとブランさんの純白が美しすぎるからか少し霞んで見える白のバロンさん。
そのちょっと下にいたのは……小学生ギャル?
翡翠のツインテールが可愛く揺れる、ぱっちりお目目の推定小学生女子。
タンクトップにショートパンツ、縞模様のニーハイ、そしてランドセル。ランドセル!?
それを見た皆は──バロンさん以外、ポカンとしていた。
私には何が何やら。でも、何故驚いていたのかはこの後理解できた。
「完全なる善意の顕現。恵み深き伝智の神仔。
わたしが【象牙の塔】GMのイツァムナです。よしなに」
ぺこり。可愛らしく頭を下げるイツァムナちゃんさん。
……ギルドマスター? ブックカバーさんやルミナスさん達の上司? この幼女が?
「あー、敬虜なる我らが頂イツァムナ。その格好は一体何事であるか」
口火を切ったのはブックカバーさん。
え? 【象牙の塔】も知らないの?
「これは先程【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】にて見つけた《誘惑小悪魔セット》です。装備に身長と性別制限があったのでイツァムナが試着してみました。性能は上々です」
両手を広げて一回転するイツァムナちゃんさん。かわいい。
子供ギャルファッションで大人しい口調なの頭がバグるけど。
「……まぁいいでしょう。では【アルカトラズ】への依頼とは……」
「ああ。【象牙の塔】GMイツァムナ氏より直々に【ギルド決闘解散権】を申請された。此度の干渉はイツァムナ氏の要望である」
「……ではイツァムナ。何故に」
ブックカバーさんのテンションがどんどん下がってる。
「バンダードより連絡を貰いました。わたしの愛児が長子ブックカバーが【敵対行動ペナルティ】を負ったため、わたしの元へ連れてくることが叶わなくなったと。
イツァムナは理解し受け入れ、自ら赴く事としたのです」
イツァムナちゃんさんはブックカバーさんの方へ歩きながら話す。一歩がちっちゃい。靴ちいこい!
「望郷なるアドレに到着したイツァムナを待ち構えていたのは愚かなる二頭二枚舌の灰狼バロン。その嘯きから知を抜き取りました。我が長子が……わたしの……ぅ、運命を、傷付けていると」
あまり変わらなかった表情が、少し赤らんでる。
なんかもじもじし出した。
というかイツァムナちゃんさんライズの方チラチラ見てるけど……。
「タイミングがおかしいのである! イツァムナよ、我らが神智の枢機卿よ! ライズとの【決闘】が始まってから【アルカトラズ】に依頼しここへ来たというのなら! あまりに早すぎる──」
「まぁそこはいいじゃねぇのブックカバー。実際喧嘩したし」
「ッ、……ッッ! 貴様、ライズゥ……! 狙いはコレか!」
また沸き立ち始めたブックカバーさん。
と、やっとイツァムナちゃんさんがブックカバーさんの前に辿り着く。
「愛児達の長子ブックカバー。此度もわたしのために使命を全うせんと動いてくれた事をイツァムナは識っています。
その心に影があれど、あなたはわたしの願いを叶える事を諦めない。
イツァムナは識っています。もしもその憤熱が収まらないのなら、どうか愚かなイツァムナに向けて欲しい……」
「ッッ……〜〜〜ッあ゛ぁ! 無礼を、お許し下さい。我らがイツァムナ」
遂にはブックカバーさんが折れる。イツァムナちゃんさんはニコッと笑った。かわいい。
「さて。わ……わが運命、地伏竜、飛翔せんとする翼のライズ。イツァムナを利用しましたね」
恥じらいながら、しかしギルドマスターとしての権威か。空気が冷たく切り替わる。
「……ああ。あの流れだとブックカバーは【敵対行動ペナルティ】無しに逃げられないし、そうなるとお前の元へ俺を届けるのは無理だ。だからお前の方がこっちに来るってとこは読めてた。
メアリーを回収するにはお前が必要だった」
「今のところもう一度言って下さい」
「お前が必要だイツァムナ……(無駄に良い声)」
「ゎひゃぁ」
なんなんコレ。
寒暖差で死にそうよ。
「……【象牙の塔】の枢機たるイツァムナに対して、不遜が過ぎます。【夜明けの月】のサブマスターは【象牙の塔】と敵対するおつもりですか?」
「いや、むしろ良好な関係を結んでいきたいね。なんたって今回はそっちに勝ちを譲るつもりだからな」
ほえ? と三角のお口のイツァムナちゃんさん。
ライズはにっこり笑顔で。
「デートしようぜイツァムナ」
「はい。」
曇りなき眼!
──◇──
つまり。
【パーティハウス】の目的はライズの誘拐(人身売買)。
【井戸端報道】の目的は取材。
【象牙の塔】の目的はライズをイツァムナちゃんさんの元に連れて行く事。
なので【象牙の塔】に他のギルドを蹂躙させた後、呼び出されたイツァムナちゃんさんの方へ自分から行く。
そうすれば【象牙の塔】は願いが叶うので、問題解決!ってこと。
「いやまぁ結局イツァムナ間に合わなかったから【決闘】まで持ち込まれたけどな。ギリ中断で助かった」
「アレは吾輩の勝ちなのである」
「もしもそのまま続行できてたらな。だから中断になって良かったって言ってんだよ。相変わらず公式記録ではお前に無敗ですぅ〜残念でしたベロベロベロ〜」
「ころす」
「ブックカバー氏! 自警団見てますから。殺意抑えて!」
「転移禁止ペナルティも消えましたね。行きましょうブックカバーさん」
ブックカバーさんはバンダードさんとルミナスさんに引き摺られて連行。嵐の様に消えてった……。
「という訳で俺はイツァムナとデートしてくる。メアリーは先に階層攻略始めといてくれ。ゴーストに野営アイテム渡して先に向かわせてあるからな」
よいしょ、とイツァムナちゃんさんをお姫様抱っこするライズ。
事案では?
「はぇ……虹の向こう……天体からの視線……ふわふわぽてぽて……」
イツァムナちゃんさん限界化超えて壊れてない?
最終的になんか1人残されたんだけど。
てか景品扱いされた挙句捨てられたんだけど。なんなん。
「メアリー殿。第1階層まで向かうのであれば【アルカトラズ】が護衛しましょう」
ブランさんも利用された側よね。護衛って言っても慣れた道だけど。
と、ブランさんが少し頭を下げて耳打ち。背が高すぎて銀の髪に覆われてるみたいになってるけど。いい匂いする。
「……貴女を狙う輩に狙われる可能性はあります。イツァムナ殿から依頼として受けていますので、是非」
「あ、あー。わかったわ。ゲートまでエスコートお願いするわ」
「喜んで。お姫様」
……ィ、イケメンッ!
──◇──
業務報告。
我らが主より命じられた特例処罰免責対象と接触。
護衛と称して情報を収集する。
もう一人の確認対象は別行動の模様。必須事項ではないため放免とする。
進路を妨害する【井戸端報道】記者を数名、業務執行妨害にて現場刑罰。
【パーティハウス】の降伏宣言を受理。こちらから何かした訳では無いが。後ろめたい事でもあるのか。後日監査に入る事とする。
特例処罰免責対象と世間話に興じる。
対象は本官の容姿を気に入った様子。褒められて損は無い。免責に賛同する。
呼称が対象では味気ないので以下メアリーと記述する。
メアリーは甘いものとブラックコーヒーが好きとの情報を入手。
クレープ屋に寄り、DXイチゴバナナ角砂糖クレープを購入(経費申請済)。
「およそクレープで味わった事のない食感」と好評を頂く。
45分の時を経て、アドレ西外壁門に到着。
我々【アルカトラズ】は申請が通った階層にしか移動できない為、護衛はここで完了となる。
「ありがとう」とはにかむメアリーの笑顔を脳内フォルダに保存。外秘につき、ハッキングは禁止とする。
以上、報告を終了する。
【アルカトラズ】《拿捕》の輩 ブラン
──『経費の私的申請と推定時間25分超過については反省文ね?』
──【アルカトラズ】《審理》の輩 スレーティ(経理担当)
〜インタビュー:前線の武器事情〜
《取材対応:【真紅道】フレイム》
タイトルの通りだ!
現在、前線では色々不足しているが……特に問題なのは武器防具なんだ!
レベルが150で頭打ちなのに、敵のレベルは上がる一方だからな! ステータスはより強い装備で補うしかないのが現状なんだ!
武器には適正レベルがあるんだ! 装備自体は誰でもできるが、指定レベルまで達さないとステータスが大幅にダウンするんだ! 最前線の武器防具が下の階層に流通しないのはそのためだな!
強い装備は魅力だが、もう最前線付近では適正レベル150の装備が溢れている!
俺たちトップランカーは大体がレベル150だから問題無いが、セカンドランカー達には深刻な問題だ!
レベル上げるために必要な武器防具の出力が落ちるんじゃ本末転倒だからな!
基本的にはそこそこの武器を鍛治屋に頼んで強化しまくる方がステータスが伸びるんだ!
でもそれも楽じゃないんだよな! 強化には素材が必要だからな!
第79階層を突破してからは、【飢餓の爪傭兵団】も傘下を各拠点階層に配置するなんて真似はできなくなった!
だから拠点階層でクエストは受けられる! つまり報酬で必要素材を集める事が楽になってはいるんだ!
でも足りないんだ! 素材も足りないが、鍛治屋の方がもっと足りない!
強化値+10以降は冒険者【鍛治師】でないと強化できないんだ! でもメインジョブにするには非戦闘能力すぎる! サブジョブで【鍛治師】してる奴に頼むしかない!
でも強化の成功率は【鍛治師】の熟練度に依存するんだ! 今更慌ててサブジョブ設定しても遅かったって事だな! 結局【マッドハット】に頼んだり、下の階層にいる隠れ【鍛治師】に高値でやってもらうしかないんだ!
大きく情勢が変わったのは【第110階層 不夜摩天ミッドウェイ】での闇オークションの発見だ!!
ミッドウェイは攻略階層ですら闇商売をするタフな商人がいっぱいで、取り扱う商品が信じられないほど多いんだ!!
80階層に【エンジュ支部】を設置して以来人員管理が慎重になった【飢餓の爪傭兵団】も、前線のメンバーを減らしてでも【ミッドウェイ支部】を作ったほどだ!!
とにかくミッドウェイでは高ステータスでレベル制限の低い、ユニークな効果を持った装備がいっぱい売っていたんだ!!
ここまで進めてるランカーはみんな大富豪だから財布もそこまでの痛手にはならないしな!!
とにかくそうやって元の良い装備を集めて、少しずつ少しずつ強化しているんだ!!
だって最前線じゃ純粋に火力足らないんだもの!!! そこらの魔物1匹倒すのに4人がかりで数時間かかる事だってザラにあるんだ゛ぁ゛!!!
……だれか早くレベル上限突破する方法見つけで゛ぐ゛れ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!!!!!!
──《記者の聴力に限界が来たため、ここで取材を終了します。【井戸端報道】記者 タルタルナンバン》




