106.海賊は姫に刃を向けるか
【第40階層 岩壁都市ドラド】
「ガルフ族のみんなもそこまで危なくなさそうだし、ライズちゃんは売られたけど安否の確認は出来たからアタシは帰るけれど……大丈夫そう?メアリーちゃん」
「大丈夫よ。ありがとうグレッグさん。またいつか帰るわね」
「……ええ。アナタ達は抜けても【祝福の花束】よ。いつでもいいからね?」
──グレッグさんと別れて、状況を考える。
ライズは攫われたけど、クローバーが居場所を特定した。誰かに買われたけれどなんとかなるでしょ。
ガルフ族の現状は把握できたけど──非情だけど、食物連鎖自体には問題は無いように見える。目下解決すべき課題があるわけではない。
「つまり何も問題無し。サバンナ階層異常なーし! さっさとレベリングしてさっさと通り抜けるわよ!」
「そうだね。定石通りならまず宿を確保して攻略階層の下見かな? 久しぶりに"まりも壱号"を散歩させてあげたいな」
「……あ。【朝露連合】からクローバーさんの弾薬が届くの今日でしたね。僕はアドレ兵拠で受け取りありますから、ついでに宿の確保しておきますよ」
効率よく動くには二手に別れた方が良さそうね。となると……。
「じゃあ41階層に行くのがジョージ・あたし・リンリン・アイコ。ドラドで色々準備するのがドロシーとゴーストね。ドラド班はそのままクローバーと合流できたら合流しといて」
「consent:任務を受理しました」
ウワサの逆転食物連鎖、見てみたいし。早速出かけるとするわ。
──◇──
【第41階層サバンナ:蠢く荒野】
──────
巨獣の足音は大地を揺らす。
耳を塞ぎたくなる獣低音。骨に響く大地のドラム。
音楽祭に終わり無し。潜り抜けるのならば、踏まれないよう気をつけて……。
──────
圧巻。
ガルフ族も大概デカかったけど、これはちょっとムリだわ。
「……あそこに見える大きな象が、サバンナ階層で最もポピュラーな魔物"ランドエレファント"です。大体高さ20m。えっと……奥の方の階層にはもっと大きい種もありますぅ……」
「首が長すぎるキリンもいるな。帯電してるが」
「あ、あれは"サンダーランスジラフ"です。所謂機械生物ですね。雷を操りますが近づかなければそこまで危険ではないですよ……」
このメンバーだとサバンナ経験者はリンリンだけ。リンリンの経験談は助かるわね。耳を疑うけど。
「サバンナ階層では、草食獣を一々倒してると日が暮れてしまいます。ですから倒す敵と倒さない敵を見極める事が肝心になります……。草食獣は巨大化により移動速度を奪われていますから、無理に追ってくる事はありません」
……象が足踏みしてる。地響きがここまで伝わってくる。
「目下危険視すべきは食肉植物です……あ、早速こっちきてますねぇ」
遠くから土埃を巻き上げながら走ってくるのは……大口開けたウツボカズラ。そしてその後ろでは巨大な草食獣にも匹敵する巨大なハエトリグサがこちらを向いていた。あとなんか空飛んでる戦艦みたいな植物も来てる。
「"ウォーキングハエトリグサ"は動きは遅いものの、食べられると即死です。"ダッシュウツボカズラ"は高速で走り回ってひったくりみたいに人を袋に入れます。あ、これも即死攻撃です。
飛んでるのは"爆裂オナモミランチャー"です。時限爆弾オナモミを投下してきます」
「耳が滑る! 全然シリアスになれないんだけど!」
「あれでいて肉食植物は全体的に強めに設定されています。が、わたしなら完封できますので……3人とも私の後ろにどうぞ……」
リンリンが戦闘体勢に移行。巨大な蒼銀の大円盾──【オールブルー】を構える。
「──スキル【イージスフィールド】発動。わ、わたしを倒さないと、仲間には届きませんよ……!」
あたし達を包むように円形のバリアが展開する。
魔物達はリンリンに襲いかかる。幾ら堅くても即死攻撃は大丈夫なの──
「もう流す必要はありませんから、ほ、本気です! 【シールドバッシュ】!」
まず餌食になったのは"ダッシュウツボカズラ"。袋を広げてリンリンを吸い込もうとしたが──触れる前に【オールブルー】に弾き飛ばされ──"ウォーキングハエトリグサ"の口にシュート。
何かが口に入ったハエトリグサはその口を閉じてしまい、しかしその口ごとリンリンに向かって来るが──口さえ閉じれば普通の攻撃。またしても弾き飛ばし、空飛ぶ"爆裂オナモミに直撃し爆発。
「せ、せっかくですから、オマケ行きましょう!」
リンリンはもう一度【シールドバッシュ】を発動し、飛んできたオナモミ爆弾を遥か遠く──比較的近くにいた"ランドエレファント"めがけて飛ばす。
爆発によってこちらを認識した"ランドエレファント"が長い鼻をリンリン目掛けて振り下ろす──鼻というか、もうビルが飛んできてるようなもんだけど──!
「ジャスガ3回。8倍返しです──【リアクティブ・カウンター】!」
大盾から放たれた蒼の光が象の鼻を弾き飛ばし──そのまま"ランドエレファント"がのけぞるほどに浮き上がる。轟音と共に着地した"ランドエレファント"は踵を返し、どこかへと逃げていった。
「これで草食獣は撃破扱いになります……。勿論追撃すれば完全に倒す事も可能ですけど、あの巨体でガチ逃げされると……追うのは厳しい、です」
「……リンリンって、攻撃手段無いのよね?」
「ええ、はい。今使っていたのはジャストガードによるノックバックと、直近のジャストガード回数で倍率が上がるカウンタースキルです。わたしからダメージを与える方法はこの大盾で殴るくらいですけど、カウンターなら可能ですので」
……"無敵要塞"、或いは"最強の重要塞"。【フォートレス】最強。その真髄を目の当たりにできたわね。
「あ、あとサバンナ階層では植物系の魔物が恐れられますので……"まりも壱号"さんなら動物系魔物が勝手に避けてくれますよ。"ダッシュウツボカズラ"みたいなのに事故る時もありますけれど」
「それは何よりだね。"ぷてら弐号"は控えるべきか……」
「……あら。皆さん、あそこにいるのって【バレルロード】の皆さんでは?」
アイコの指す先には──知った顔と知った顔が対峙していた。光の壁に囲まれて──
「あれ【決闘】じゃない? それに相手してるのは……」
「……バーナードだ。だが確か【真紅道】とスカーレットは主従関係というかなんというか、とにかく敵対する理由は無い筈だ」
「とりあえず行ってみるわよ。なんか嫌な予感するし」
少し距離があるけれど、駆けつけられる程度の距離。
それでも【真紅道】のバーナードと【バレルロード】の実力差は歴然で……。
──【決闘】終了──
──勝者:【真紅道】バーナード──
光の壁が消えて、蹲る【バレルロード】と立ったままのバーナード。
「……【夜明けの月】。人数が少ないな」
「何があったのよ。お姫様のワガママに耐えられなくなった?」
「……いや。そうではない。ただ……」
「どういう事か! 説明しなさいバーナード!」
バーナードの胸倉を掴むスカーレット。
やっぱり穏便じゃないわ。鬼気迫るものがある。
「……姫。約束だ。俺に負けた【バレルロード】は──俺に勝つまでドラドから出てはいけない」
「そんなの……無茶です。一体どうしたんですかバーナードさん……!」
コノカさんもプリステラもフェイも。【バレルロード】はまだサバンナ階層の冒険者。四人がかりだとしても、最前線レベル150のバーナードに勝てる訳が無いじゃないの。
その上でそんなルールなんて……事実上の攻略禁止じゃないのよ。
「だから! 説明をしろと言ってるのよ!」
「……お前達では無理だからだ。声を掛けるまで待ってていてくれ。得意だろう?」
「──バーナード、言うに事欠いて貴様……っ!」
「そ、そこまで、です」
リンリンが大盾を構えて間に入る。
アイコは他の3人を診て、ジョージはスカーレットの方を抑える。このままじゃ待ってるのは不本意な殺人よ。どっちに転んでも。
「……リンリン。【夜明けの月】加入おめでとう」
「ば、バーナードさん。お久しぶりです。しかし【真紅道】が不甲斐ないばかりに自ら歩みを進めた姫に対して、その言い草は無いのでは……!」
「ん……む……そうだな。俺が悪い。だが……約束は守ってもらうぞ」
バーナードは随分と冷静ね。スカーレットを落ち着かせない事には話が進まないだろうけど──
「見つけた! 撃てライズ!」
「む……!」
やや上方、転移ゲート方向からの声。
確認するより早くバーナードが後方へ飛ぶと──銃撃が虚空に撃ち込まれる。
「なァんで言うんだハヤテ! わかってたっての!」
「ごめん! テンション上がってた!」
「ここからじゃ片手銃は射程範囲外だ! やっぱドロシーと合流するべきだったなオイ!」
ライズにクローバー、そして【ダーククラウド】のハヤテ。なんでいるの?
「バーナード! キミに聞きたい事がある! 話を聞かせてもらえるかな!」
「……【アルカトラズ】でもあるまい、一介のセカンドランカー風情が偉そうに。俺から話す事などない」
「じゃあトップランカーならどうだよバーナード! 俺から逃げられると思ってんのか!?」
「……今の俺なら、可能だ」
答えを待たずしてクローバーが幾百の弾丸を放つが、バーナードは動きもせず──弾丸が肉体をすり抜ける。
「なんだよ当たり判定どこいった?バグってんのか?」
「……その言い方、やはり【夜明けの月】も記憶持ちか……」
「あぁ俺またやっちまったかクソ!」
「アンタのお喋りは役立つ方が多いわよ気にしないの! それよりどういう……いや、どうすれば良い?」
「バーナードを捕まえろ! 今回の面倒事だ!」
「相わかった。【建築】」
当然──最速で動いたのはジョージ。木の板をそこら中に展開して、まさに目にも止まらぬ速さでバーナードの背後を取り片手剣【ヴィオ・ラ・カメリア】を突き立てる──
「……実体無しか。無駄だライズ君。何も無いぞ」
ぽてりとその場に座り込むジョージ。
……リミッター外したわね!?
「……では、俺はこれで失礼する」
「待ちなさいバーナード! 私の言葉が聞けないの!?」
スカーレットの叫びも届かず、バーナードはそのまま薄まって消えた。
……どうすればいいのよ、これ。
「……まずはドラドに戻るわよ。色々と整理しないといけないわ」
スカーレットは俯いたまま。動かないスカーレットはコノカさんが抱えて運ぶ。
ジョージはリミッターを外したから動けないから、アイコに抱えてもらう。一瞬しか外してないからそこまで長時間のスタンにはならないらしいけど。
──◇──
【第40階層 岩壁都市ドラド】
──穴場宿"こんがら"
「ごめんなさい女将さん。急に人数増やしてしまって」
「シュー……いいのよドロシーちゃん。アタシの外見にビビってか、お客さん少ないからねぇ。三部屋も使ってくれるなんて嬉しいわぁ」
店主、アナコンダのガルフ族ゾナ=ポイズンさん。かなり獣側に寄ったガルフ族だそうで、蛇人間と言ってもラミアとかに近い。脚は退化したものがあるが恥ずかしいから服で隠してるらしい。奥ゆかしい。
とはいえそうなると手が生えた大蛇にしか見えない訳で、薄暗い宿の受付にいたらそりゃビビるよな。実際は知る人ぞ知る超優良宿なんだが。
「込み入ったお話、するんでしょう? 夕食は大広間にするから、時間まで使ってていいわよぉ。アタシも含めて、誰も近づかせないわよぉ……不届者は……丸呑みにしちゃうわ。シュー……」
女将さん渾身のジョーク。笑えん。優しいけれども。
とにかく、安全と秘匿性の確保ができたのならば良し。ドロシーとゴーストと合流してすぐに宿に行ったが、まさかここをドロシーが抑えていたとは思わなかった。ここがいいなぁと思ってはいたが、話す前に俺が誘拐されたからなぁ。
大広間で待っていると、【バレルロード】を先に寝室へ送ったメアリーが枕片手に帰ってきた。
スカーレットの精神的消耗を考慮して先に休ませる……という名目で、都合よく記憶封印組を隔離したわけだ。
「ジョージ。寝室から枕持ってきたわ。せめてこれだけでも使いなさい。高さ大丈夫?」
「かたじけないマスター。いやはや、クローバー君の弾丸をノーガードで受けた時点で気付くべきだった。少なくともリミッター解除までやる必要は無かったね。俺の判断ミスだ」
「元を辿ればハヤテが急かしたようなもんだ。気にするなよジョージ」
「あの時ライズが余所見しててバーナードに気付いてなかったと思ったんだよボクは」
「聞こえねー」
「変わらないなーキミは」
「仲良いじゃないのよ」
「「良くない」」
「……あっそ」
呆れられた。何故だ。怨敵だぞこいつは。
~【第40階層 岩壁都市ドラド】案内~
《寄稿:【植物苑】GMマルゲリータ》
はいどーも。【飢餓の爪傭兵団】傘下【植物苑】園長のマルゲリータです。
なーんも無い!でお馴染みのサバンナ階層。その拠点であるドラドを紹介しますよん。
・原住民"ガルフ族"
サバンナ階層、ドラドの友好的な原住民はガルフ族。肉食獣の獣人みたいなものねん。個人名の後ろに、持ち前の武器の名前が付くのよ。族長さんはハイエナのガルフであるソレーユ=タスクさん。
肉食獣と聞くと少し身構えてしまうけど、ガルフ族は肉体の構成がかなり人間に近いため人間は食べないそうだよん。でも本当に最初、冒険者がいない頃にアドレ兵士を襲ってしまったのよね。その時にわかったんだけどねん。
それ以来人を襲う事は無くなり、人間と敵対しない事を誓ってくれたんだよねん。
さて、肉食獣と聞くとやっぱり恐怖を感じてしまうかもしれないけれど、そこがドラドの変な所なのよねん。
上から呼んでも下から読んでもドラド。でもひっくり返された方はたまったものじゃないよね。
・食物連鎖
サバンナ階層最大の特徴は、逆転した"食物連鎖"。肉食獣を襲うのは巨大化した草食獣(とは言うけど、ガッツリ肉食獣を捕食するよん)。草食獣を襲うのは頂点捕食者、捕食植物。
そう。ガルフ族はサバンナ階層においては食物連鎖の最底辺にいる。常に追われ逃げる立場なのよねん。
故に素早く逃げられる種だけが生き残っているみたい。
・毒の台座
追われる者であるガルフ族が拠点にしているのはテーブルロックなのねん。この岩は植物にとって強力な毒であり、堀った横穴に隠れれば巨大な草食獣も手が出せないって寸法ねん。
岩の毒素は人間には無害だから安心してねん。
・【マッドハット】
ここもまたあらゆる商業を【マッドハット】さんが取り仕切ってるけど……中でもドラド支部長ホットケーキ氏プロデュースの輸入肉レストラン"イートミート"が大盛況。ドラドの冒険者ビジネスでは頭三つは飛び出した売り上げなのねん。
ドラドでは他と比べて原住民族に関する依頼が多いので、ガルフ族と冒険者の間を取り持つ【イートミート】は凄まじい貢献をしているよねん。
ちなみにガルフ族は生肉でも焼肉でもおいしく頂けるそう。あと野菜も食べられるそうだよん。
・【植物苑】
うちの本部。テーブルロックの外に構えているよん。【飢餓の爪傭兵団】としてのクエスト受付は最下層横穴から。
うちは植物の調査を中心としているよん。【草の根】も数名出向してもらってて、日々肉食植物について研究しているよん。
植物魔物についての研究データは無料公開してるよん。階層攻略に行く前に寄ってみてねん。
・【パーティハウス】
冒険者にとっては一番重要まであるドラドの名物"マッチングサーカス"の受付があるよん。【パーティハウス】の本拠地は49階層なのだけれどね。
ここまで来た冒険者は49階層に辿り着くまでをモニタリングされて、49階層の本拠地で各ギルドからスカウトを受ける。それを目的にここまで来る冒険者も少なくないよねん。
・ご注意
どこの階層でも一定数はいるけど、ドラドにはどうにも闇ギルドが跋扈しているのかもしれないの。何でって、人さらいがよく出るからねん。
闇オークションなんてのも秘密裡に開催されてるなんてウワサもあるし。怖いねぇ。




