104.快晴。雪解け日和
《【夜明けの月】のログハウス》
「はい、お勉強の時間です」
晩御飯を終えて、キャミィによるジョージの飛行訓練も僅か2時間で皆伝。全員揃ったので就寝前の勉強会とする。
「次の階層──サバンナ階層、ひいては【第40階層 岩壁都市ドラド】についてだ。事前に伝えた通りサバンナ階層には《拠点防衛戦》が存在しない。だが今回のクリックの問題から、恐らくは(バグで)発生条件を満たしていないだけの可能性が出てきた」
「サバンナだけ《拠点防衛戦》が無いなんて不自然だものねぇ」
「とはいえ発生しないならそれに越した事は無い。【夜明けの月】の目的はそこじゃないしな。何も無ければさっさと通り抜けるぞ。"何も無い"で有名なドラドなんだから」
「はい先生」
「はいメアリーどうぞ」
「どうせ何かに巻き込まれると思います」
「それな」
この期に及んで何も起きないは虫が良すぎる。そんな風に思ってしまうほどに色々巻き込まれてきた。
「なのでここからは面倒事になりそうな要因を上げる。まずは"発生しない《拠点防衛戦》"な」
「面倒事といえばやっぱ【パーティハウス】だろ。或いは連中が斡旋するランカーギルドが殴り込みに来るとか」
「そういえば【バレルロード】さん達もサバンナ階層って言ってましたよね。もう抜けたんでしょうか」
「ううん不安材料が割とある。嫌だなぁ」
……とはいえ。面倒事にもパターンはある。
バグに巻き込まれたウィード階層とフリーズ階層、人が騒ぎを起こしたフォレスト階層とケイヴ階層。こうして並べると次どっちが来るかわからんもんだな。
「サバンナ階層は対巨大生物への戦闘経験が得られる。つまりは対人性能に振り切れてるジョージは少し苦手かもな」
「巨大生物か。心踊るね」
「……ちなみに、度を超えてデカすぎる魔物は【調教】できない。あまり無茶をしないように」
割とお茶目なジョージには釘を刺しておく。"フォレストテンタクル""メルトドラゴン"とレアエネミーを立て続けに捕獲しているが、もう陸路空路で万全な体制だ。これ以上の捕獲は今の所必要無いからな?
「よし。とりあえず面倒事は寝て忘れるとしよう。おやすみ」
「はいよ。パジャマパーティするわよリンリン。キャミィさんも一緒に寝よー」
「余所者を易々と自室に迎え入れていいのか?」
「answer:機密文書類は別室にて保管しロックしていますので問題ありません。ふわふわのパジャマを用意しましたのでどうぞ」
「ははは。うさぎさんパジャマだ。可愛い」
「わたしは熊さんパジャマですぅ……ふへへ」
仲良く立ち去る女性陣。リンリンも早速馴染めて何よりだ。
……【夜明けの月】と【ダーククラウド】は、運営を通して事実上の協力関係を結んでいる。そもそもハヤテと俺の確執は個人的なもので、ギルドとして敵対するべきでは無い。
が、それはそれとして別ギルドは別ギルド。【夜明けの月】としてはいつかは倒す相手でもある。向こうがこちらを探る様に、こちらも向こうの事を知っておくべきだ。
……その辺はメアリー達に任せよう。どうせそういう裏なんて無くても情報を山ほど仕入れて来るだろう。女子というのはそういうもんだ。
残ったのは男組。ドロシーは女子会に巻き込まれていたが……。
「賑やかになったわねぇ。いい仲間に恵まれてるじゃない」
リンゴを素手で圧搾しリンゴジュースを生成するグレッグ。久しぶりに見たな。【祝福の花束】の風物詩。
「本当に恵まれてるよ。戦力にしても人格にしてもな」
「メアリーがいないと素直だよなライズ。いい仲間ってのは同意だが。俺にとって第二の故郷だぜ」
クローバーにとっては【至高帝国】はクビになっても思い入れがある。とはいえどこでも楽しくやれる性格だ。【夜明けの月】にも真剣に取り組んでくれて助かる。
……【至高帝国】といえば、ダイヤとも会ったんだったっけか。
「……そういえばクローバー、ダイヤとは会ったのか?」
「へ? いたのか? いつ?」
「《イエティ王奪還戦》の最後だよ。ダイヤのおかげでランカー組がスフィアーロッドに間に合ったんだよ」
「んだよ。来てるなら顔くらい出せよなー」
……会ってないのか。会えなかったか?
しかし不自然だ。ハートもダイヤも、クローバーを追い出すような人には思えないが。
「クローバーはなんでクビになったんだ? ダイヤもお前の事を嫌ってるようには見えなかった」
「リーダーのスペードに言われたんだよ。そりゃあもう追放系の如く突然理不尽に。俺にも理由はわかんねー。スペードはそういう所あるんだよなぁ」
まぁ4人しかいない【至高帝国】でこの名前なら最後の一人は"スペード"だろうな。
謎多き【至高帝国】も残すはリーダーのスペードのみ。ローグ系である事しかわからないが。
「しかしなんというかフットワークが軽いな【至高帝国】は。よくここまで秘密にできたな?」
「ハートは名乗らなかったんだろ? 俺以外は結構気を遣ってたんだろ。俺は単純に攻略の方が楽しかったからなぁ」
ハートも大概だったが。アレは名乗り忘れただけなような気もする。
ダイヤはクローバー関係で来た訳だし、本当に偶然なのか。だとするとやはり、あの時あそこにハートがいた理由が気になるが……。
「……ライズもメアリーも全然聞かないよな【至高帝国】の事」
「今は【夜明けの月】に属してるだけで、お前まだ【至高帝国】に戻りたいだろ。無理に聞いて【至高帝国】の利敵行為させたら本当に戻れなくなるかもしれないじゃん」
クローバーは……人間として尊敬できる所がある。雲の上の"最強ゲーマー"で楽観的で自由人に見えるが、その本性は真面目な社会人だ。定められたルールの中で全力で楽しみ、義理を果たす。そんないい奴が戻れなくなるキッカケを作りたくはない。
「……ほんとにビックリする程に良い奴だなぁライズ。なんかお前とメアリーって、両方とも冷酷なブレーキ気取ってるロマンチックアクセルだよな。逆噴射で擬似ブレーキしてるだけの」
「ライズちゃんって昔からそうなのよぉ。【祝福の花束】にいた頃から不干渉気取っておきながらウチの若い子の近くにいつもいて、倒れたら遺品回収しれっとしてくれたのよねぇ」
「面倒事といいつつもとりあえず何でも受け入れるよねライズ君。俺の事自体もそうだけどさ。器が広いんだよね」
「なんで突然ほめるの。尊敬してる立派な大人のお前らに褒められたらなんか泣きたくなっちゃうだろ」
「おーまえ末っ子力強すぎだろ。ほらほら飲め飲めリンゴジュース」
「ライズちゃんのために胡桃割っちゃうわね。指で」
「おお……片手で4つの胡桃を同時に……」
──◇──
log.
action:フリーズ階層の攻略手記を記録します。
【第34階層フリーズ:雪山行軍】
急斜面の登頂を短縮するため、急遽4班で飛行レースを開催。
ジョージの"ぷてら弐号"にグレッグとアイコ
キャミィの血飛竜を2匹召喚しキャミィ・ドロシー・リンリンとマスター・私・ライズ。
陸路潜行ルートにクローバーの"スメラギ"。
レース開始直後マスターが爆走するも12秒で墜落。
優勝はキャミィチームでした。優勝賞品として昼食はキャミィの好物のパンケーキになりました。ふわふわでした。
【第35階層フリーズ:地烈山顎】
マスターの【チェンジ】による落下ダメージ0判定を利用し全員自由落下。クローバー・ドロシー・マスター・ライズによる落下しながらの魔物狩りはクローバーの圧勝に終わりました。片手・スキル禁止・視力禁止の縛りがありながら。
優勝賞品としてガムが一つ贈呈されました。
【第36階層フリーズ:氷晶空洞】
《イエティ王奪還戦》においてクリックの冒険者管理に活躍したギルド【黄金の帆】と出会う。
ギルドマスターのゾーンズはクローバーのファンでした。記念にクローバーと【決闘】し瞬殺。とても嬉しそうでした。
【第37階層フリーズ:追憶凍土】
氷漬けになった古代文明の工場から大量の機械生物が放流。初見の工場に興奮したライズと機械生物に興味のあるジョージが失踪。全員で捜索開始。
数時間後、機械生物に混ざってベルトコンベアに乗って出荷されている二人を発見。グレッグがベルトコンベアを粉砕し、確保。マスターを心配させた罪で2人は夕飯当番に。
【第38階層フリーズ:雪中模索】
グレッグの熱気で雪が溶ける事が判明。
リンリンが大盾除雪ブルドーザーを発明。ライズ・リンリン・グレッグによる除雪行軍競争が勃発。
グレッグが圧勝。最下位のライズは昼食当番に。
──◇──
【第39階層フリーズ:孤高怪晴】
晴れた空。魔物1匹いない平和な雪原。
……木々も山も雪原でさえ、擬態型の魔物に溢れているらしいけど。
「魔物の少ないルートを選んだいけば自ずと転移ゲートまで辿り着く。そもそもスフィアーロッドに会おうと思わなければ楽な階層だ」
ライズの言う通り、最奥に辿り着くのは簡単だった。
──円状の舞台。朽ちた武器がそこら中に散らかる処刑場。その中央に、氷の棺桶。
「俺とクローバーとキャミィは禁止するとして。リンリンも禁止にするか。あまりにも相性が良すぎるからな」
「いいわよ。いつもの奴ね」
当然、この階層にもいるフロアボス。
棺桶の蓋が破壊され、中から現れたのは──輪郭すら定まらない、朽ちた侍の亡霊。
──《凍氷封怨 オボロソウル・コフィン》LV75
──【スキャン情報】──
《オボロソウル・コフィン》
LV75 ※フロアボス
弱点:光/火
耐性:闇
無効:氷
吸収:氷
text:無人の筈の棺桶から現れた亡霊。武器を持っている状態だと近接武器攻撃を高確率で防ぐ。
武器を破壊される度に存在が崩壊し、やがて消滅する。弱点属性を突かれると崩壊が加速する。
時間経過とHP減少割合で増殖する他、増殖した味方を切る事で全回復できる。
────────────
「不死身で無限パターンね。グレッグさんの【バーンアックス】を軸に動くわよ! 増殖し始めたらアイコとゴーストでヘイト管理しながら一箇所に纏めてグレッグさんで叩く!」
「了解です!──【瞑想】!」
相手は人間サイズ。物理的に触れられるならアイコが特効のハズ。アイコとゴーストがまず亡霊を囲むように配置して──
《……朽ち……惜しや……》
亡霊が刀を高く掲げて──
──自らの首に突き立てた。
「……もうちょっと詳細に書いときなさいよ【スキャン】!」
亡霊の影から、溢れるように飛び出す──8人の亡霊。
増殖頻度と割合が酷すぎるでしょ!
「"ぷてら弐号"は炎は吹かないのよね!?」
「熱を大切にする習性があるからな。"ぷてら弐号"の使える魔法とブレスはどっちも氷か闇属性だ」
「じゃあ追い込み漁よ! ダメージ度外視で"ぷてら弐号"使って連中を纏めて! 散らばったら対処仕切れない!」
「相わかった。いくぞ"ぷてら弐号"」
ジョージも戦場に投げて、ここからは速攻勝負ね。
問題は奴の耐性。あたしの基本属性である氷と闇が通らないのよね。
有効属性である火はグレッグさんの【バーンアックス】。けどワンオペじゃ無理ね。
「ドロシーはエンチャントでアイコとゴーストに火属性付与! あたしも火力入るわ!」
亡霊が集まる場所を狙って──
「【召喚】"プチボム"──【チェンジ】!」
爆弾を投下する。確かに撃破は出来るけど、数が多すぎるわ。
……既に目算30体。全員が全員増殖する特性は持ってないみたいだけど増えるペースが……
「メアリーさん、足元!」
「……っ!【チェンジ】!」
ドロシーの声に反射的に上空へ飛ぶ。あたしのいた場所には、地面から氷柱が剣山となって生えていた。
「ドロシー無事!?」
「死にはしませんでした。どうやら一定以上静止しているとペナルティみたいですね」
ドロシーの隣に着地して、ひとまず戦場を旋回するように動き始める。これは──困るわね。
「ドロシー。移動しながらの【サテライトキャノン】はできる?」
「少なくとも彼らを一網打尽にできる火力は無理です。それに僕自身が動かない必要がありますが、"ぷてら弐号"自体の気性が相まってまだ安定飛行はできません」
あのままだったら中央に固めて【サテライトキャノン】で潰すつもりだったけど、アテが外れたわね……。
「……ちなみに安定した等速飛行なら倒せそう?」
「できます。Z軸等速移動なら不動と変わらない精度まで持っていけます。つまり上昇か下降ですね。45%超えれば倒せると思います」
……平時のドロシーの【サテライトキャノン】は平均50%。ならいけるわね。
「じゃあやるわよドロシー。覚悟決めなさい」
「え?」
「【チェンジ】!」
[メアリー]:
『全員外周で連中を囲むように立ち回って。舞台から1匹も落としちゃダメだから』
チャットを投げて転移するは──舞台中央、その上空。
「自由落下──Z軸の等加速度直線運動! あたしは自力で避けるから決めなさいドロシー!」
「は、はい! 始めます!」
──10秒。
ドロシーとあたしを合わせたとして、10秒の自由落下に必要な距離は──400mは抑えておきたいわね。
「【チェンジ】!」
垂直に真上に転移。【サテライトキャノン】は宇宙の砲台からの座標攻撃だから、ドロシー自体のZ座標はそこまで影響がでない。だからただ距離を取ればいい。
──7秒。
【チェンジ】使用毎に座標を再設定しなくちゃいけない。あたし達が落下する速度を計算して、ドンピシャのタイミングでまた上方へ飛ばないといけない。一度のミスも許されない。
──5秒。
「【チェンジ】!」
2回目も成功。あと2回成功させないといけない。
──3秒。
「【チェンジ】!」
成功。地上では亡霊共がすし詰めになってるわ。
あとは──
──3。
──2。
──1。
「……行けます! 60%!」
「よし──【チェンジ】!」
──0。
「【サテライトキャノン】!」
光の柱が舞台を包む。
──味方すら巻き込む【サテライトキャノン】は、使用者だけはダメージを受けない。
だからあたしだけ回避すればそれでいい。ドロシーはギリまで座標計算する都合上、一緒に逃げられないからね。
「ぐえっ」
舞台から離れた所に着地失敗。落下ダメージは無いけれど締まらないわね。
「……今回も上手く決めたなぁ。流石俺たちのマスター」
「褒め称えなさい。とりあえず起こしなさい」
ライズ達の近くだったみたい。リンリンが掘り起こしてくれる。
部隊は──無事突破したみたい。中央に転移ゲートができてる。
「これでフリーズ階層も終わりね」
「おうよ。さっさと行くぞー」
みんなは舞台の上に集まってる。ドロシーも無事ね。落下ダメージ無いとはいえ高度400mから地上に叩き付けた挙句【サテライトキャノン】自分で浴びせたのは悪いとは思ってるわ。
……モニターで見た《イエティ王奪還戦》の連続転移。最強の【エリアルーラー】。姿は見た事ないけど。
あのくらいの転移ができるようにならないといけないわね。あたしも。
リンリンの手を引いて、あたしも転移ゲートへ向かう。
「……頑張らなきゃ、ね」
~ジョブ紹介【ドラゴンブラッド】~
《寄稿:【コントレイル】キャミィ》
※当記事はキャミィ氏がギルド移籍する前のものです。現ギルドは【ダーククラウド】です。
希少ジョブというものがある。
とはいえ第3職というのは特定の称号を獲得しなくては昇格ができない制度で、初期から解放されている第3職も第3職解放の称号が解放条件というだけだ。
つまりは希少ジョブというのも定義的にはあやふやなものだ。称号の獲得条件が厳しい事に加えて、実際の使用者が少ない事が世間一般的な"希少ジョブ"の条件だろうか。
だとするならば【ドラゴンブラッド】は希少ジョブと言えるだろう。
【ドラゴンブラッド】は契約した呪竜の血液を召喚し使役する。サモナー系でありながら第2職の分類はライダー系というよりはハイサモナー系であろうが……騎乗を条件とした契約の為、ライダー系に分類されている。
召喚先から比較されるは【竜騎士】だろう。そちらとの差別点としては、場所と環境を問わず竜を召喚できる事、血竜が不死身なので飼育管理が不要な事などだろうか。
代償として魔物を【調教】できなくなる呪いが科される。
・アビリティ
"呪竜の枷"※呪い
解除不可アビリティ。竜の血を呼び出せる代わりに、他の魔物から嫌われ【調教】できなくなる。
ライダーとしての役割を求めるならば少々利便性に欠けるが、血竜の応用性が高いので然程困る事はない。
常に貯まり続ける竜の血液を消費して竜の姿に変容させる。血竜自体は一定ダメージを受ければ消滅するが、血液容量を使い切らない限りは何度でも呼び出せる。
契約により竜の血液は自身とリンクするので、こちらのHPが万全であれば血液精製量も増加する。こちらが動かなければ尚回復量は増加するので、血液切れの際はどこかに隠れ潜む事を推奨する。
・スキル
【呪血流転】
竜以外の形も多少は操作可能だ。使い捨てになってしまうのでこちらを多用すると血液切れになってしまうが。
檻や盾、地面から飛び出す槍や剣などといった攻撃・防御に優れたものを自由に作る事ができるのはクリエイター系を彷彿とさせるな。
【ボーンフロムブラッド】
竜の血を直接接種する事で暴走化する。最終奥義とは銘打っているが、ただの暴走だ。使わない事に越した事はない。
時間制限付きだが一時的に疑似無敵状態になれる点はいいのだが……。




