103.広がってしまった選択肢
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
鮮血の竜が空を舞う。
縦横無尽に飛び交う中でただ1匹、不自然な程に真っ直ぐ等速で飛ぶ竜がいた。
「──10秒だ」
「はい──【サテライトキャノン】!」
天から降り注ぐ光線は──か細い糸のようで。"ホワイトアウトラビット"には避けられるわ、直撃しても倒せないわといった具合。
赤飛龍はそのまま旋回し美しい軌道を描き着地する。
パイロットのキャミィとスナイパーのドロシー。本日7回目のフライトだった。
「……今回のは18%です。最高記録32%。実際の座標の命中精度にも難ありです」
「初回でそこまで行けば充分だ。ドロシーが練習している間にわかった事だが……本番は相当の暴れ馬だぞ」
遥か遠くの空で暴れ狂う"メルトドラゴン"──恐らく今後【夜明けの月】の飛行部隊の主軸となるであろうペットの"ぷてら弐号"。ジョージによる数時間に及ぶ調伏訓練でも尚あの元気だ。
「……こうなったら"クアドラ化"を解禁して──」
「幾ら何でも無茶だ。ドロシーが"理解"してたって流石に見た事すら無い"飛行移動しながらの戦闘"はコピーできないだろ」
「ですが……」
「まぁそう焦る事は無い。このキャミィに万事任せたまえ。10秒間の完全規定軌道など【コントレイル】なら誰でもできるさ。ジョージ氏にそれを叩き込むのも一晩あれば充分だ」
あまりにも頼もしすぎる。
キャミィの物騒な二つ名"鬼教官"は、【コントレイル】時代に教育担当だったからだ。あの連中はどいつもこいつもロマンを追い求めるばかりで人に教えるというものを知らないからキャミィが全てを担っていた。ナチュラルスパルタな所はあるが、基本的に優しく賢い人だ。
「さぁクアドラに追いつくのだろう? 張り切って行くぞ。もう一回だ」
「は、はい!」
なかなか良いコンビだ。ドロシーとジョージ両方の技術向上に繋がるし、キャミィで正解だったな。
──◇──
【第32階層フリーズ:氷山肋骨】
「一口に前衛と言っても役割は様々よ。ギルド単位の立ち回りが重要になってくるわぁ──【バーンアックス】!」
飛びかかる"アイスエイジワイバーン"を大斧で爆ぜ飛ばすグレッグさん。レベルが追いついて理解できたけど、グレッグさんは割と技巧派ね。
両ノックバック効果のあるスキルで魔物を吹き飛ばして実質遠距離攻撃にした上に、相手が復帰するまでに大振りな両手斧の攻撃のラグを解消させてる。ダメージ自体は今のあたし達と大差無いけれど立ち回りが凄い上手。
「例えば【真紅道】は大多数が単体完結している。元より【飢餓の爪傭兵団】に数の劣る立場だったから奇襲に備えて……って感じだな。勿論複数人揃えばフォーメーション組んで強化されるが」
「逆に傭兵の集まりだったはずの【飢餓の爪傭兵団】は人数にモノを言わせた超特化メンバーが多いみたいねぇ。回復を考えないアタッカー、近接戦闘を想定しない魔法使いって感じの」
「何が違うの?」
「んー……ゴーストと【飢餓の爪傭兵団】のファルシュは同じ【リベンジャー】だが、ゴーストは回復も出来るから幅広い活躍ができるのに対して瞬間火力ではファルシュに勝てない。
ファルシュは支援も回復も全て捨てて物理攻撃に超特化してるから、基本的には支援役と組まなくちゃいけないが戦闘能力がべらぼうに高い」
どっちが正しいって事は無いけど、半端に考えてちゃいけない問題ね。
ウチで言えばライズとゴーストとアイコは単体完結型。あたしとドロシー、クローバー、リンリンは一点特化型と言えるわね。ジョージは……本人のフィジカルで単体完結型に寄ってるけど、本来は非戦闘要因だから一点特化よね。
「というわけで今後の運用のために見せてもらうぞ、お前たちのサブジョブ。メアリーは……【ハイサモナー】か。珍しいチョイスだな」
「ふふん。そうでしょー」
サモナー系第2職【ハイサモナー】。大抵ライダーに行くからこっちは希少だけど、今回身近にそっちのプロであるバルバチョフさんがいたからね。参考になったわ。
「あたしはわざわざ物理攻撃の方を伸ばす必要は無いし、ギルドとして必要なジョブは揃ってるからね。戦闘要員として使いやすくなる方法を探したのよ」
メインジョブ【エリアルーラー】は直接的な戦闘を行うスキルは無い。【大賢者】を選ばなかった事でアビリティ"魔術の真髄"を手に入れられなかったから、あたしの使える魔法は氷と闇の2属性に限られる。戦闘の幅が狭まっている以上は他の作戦を練らないといけなかった。
「【エリアルーラー】の根本的な問題もあるからね……【召喚】"プチポム"!」
目の前の魔法陣から現れるは、爆弾に手足が生えた謎生物。一応分類上は精霊らしい。
「そして【チェンジ】!」
プチボムを旋回中の"アイスエイジワイバーン"の近くに転移。
──プチボムは召喚の後数秒で爆発するが、【ハイサモナー】だと目の前にしか召喚できない。だから人気が無いけど、その火力は一級品。
「爆ぜろ!」
間髪入れず爆破。一撃とは行かないけど、瀕死まで削れたわね。
「……とまぁこんな感じ。ちゃんと判定がある存在を好きな場所に転移できるって考えたらヘイト管理もできそうね。呼び出すのは不死の精霊を中心にするわ。これライダーだとえらい非人道的な戦略になるからね」
役目を終えてあたしの前に再度出現するプチボム。何やら興奮しているわ。
「……精霊だとしても結構非人道的だと思うな俺は」
「メアリーちゃんらしいわねぇ。立派になってアタシは嬉しいわぁ」
なんか引かれてない?
合法。合法です!ほらプチボムも喜んでるから!
はいそこのリンリン!羨ましそうに見ない!
──◇──
「アイコは【ナイト】……タゲ集中でタンク性能を強化。ドロシーは【エンチャンター】で支援性能を強化。順当だな。……で、ジョージの【建築家】だが」
ジョージが【ビーストテイマー】……ライダー系になったのは完全に【夜明けの月】都合だ。あの段階で喉から手が出る程欲しかった移動手段で、当時はジョージを非戦闘要員だと勘定していたからな。
……蓋を開ければレアエネミーに対して千回【調教】ガチャするような化け物だったわけだが。全然フィジカル封印できてないっすよ天知調さん。これでもマシだと言われればそれはそう。
ともかく、ジョージの強さがわかってからはジョブの選定は本人の自由にさせている。
「……確かに最初はサポート要員として迎え入れたが、そこまでサポートに徹する事は無いぞ?」
「いやいやライズ君。これはちゃんと戦闘に活かすためだよ」
"ぷてら弐号"を(力技で)着陸させたジョージは、曰く"面白い使い方を思いついた"と楽しげに準備している。ついさっきまで巨竜をぶっ続けで調伏させていたのにピンピンしてる。
メアリー達もジョージの発明は初見らしい。【建築士】を戦闘で活かすというのはどういう事か。
「ミカン君から詳しく話を聞いたよ。【建築】のシステムについてね。インベントリ内の資材を使ってイメージ通りの物質を構築できるのが基本。【キャッスルビルダー】ともなれば周囲の物質をそのまま資材扱いで再構築する事すらできるらしいけど……俺には【建築士】で充分だね」
マニュアル操作様の短剣と片手銃を持って軽く屈伸。今回のサンドバッグは俺だが、しっかり盾を構えておく。ジョージからは"知覚できる範囲で防御してほしい"と言われたが……。
「建築物の耐久値は消費した資材の質と量に比例する。つまり──【建築】!」
ジョージが築いたのは──木片。至る所に浮いている木屑。【建築】で作られた物質は……色々と物理法則を無視しているが。しかし完璧超人のジョージの割には粗末な作りだ。
いやいや油断するな。相手は"最強の人類"──
「行くよ」
知覚できる範囲で。
俺の視覚が捉えていたジョージは──瞬きの間に消える。
木片を踏み台に光が縦横無尽に飛び交って──
「よっこいしょ」
いつの間にか背後からジョージが飛びついてきた。首にナイフを、頭に銃を当てて。
「……投了です」
「ははは。どうかな」
──木片は粉々に砕け散っている。
この速度、この動き。初めてジョージの強さを見た時を思い出す。
フォレスト階層。"スパイダー:スカイフラワー"を仕留めた時の、木々を縦横無尽に飛び交ったあの動き。あれリミッター外してない動きだよな。
「どこでも立体機動ってか。化け物生まれたな」
「まぁ一撃で倒せるような武器とかは無いが。俺単体での戦闘は平地では戦えない。アイコ君のように組みつき投げる体格が無い以上は避けしか択が無かったが、その回避も咆哮などの範囲攻撃はリミッターを外さないと間に合わない。でも障害物があれば空中を走る事が可能だ」
ずっとヤバい事言ってる。というか全盛期は音速超えてる事にならない?人間じゃないのでは?
ずるずると背中から降りるジョージ。世界一背筋の凍るおんぶだった。フリーズ階層だけに。
「……スフィアーロッドと交戦して、即死攻撃を避けた後。暫く耐えたが振り切られた。この身体では限度があると痛感したよ。この戦略自体はミカン君と会ってから思いついたものだけどね」
サブジョブの選定は人それぞれとはいえ、また新しい切り口だ。本当に何でもアリだな。
【象牙の塔】のアザリはマジシャンでありながら槍を装備するためだけにサブジョブを【ナイト】にした。
バルバチョフはサモナー系特有の本体手薄問題を遠距離攻撃で補うために【ガンナー】を選んだ。
戦闘以外の性能を求めて【鍛治師】【ライダー】を選ぶ奴も多い。
「本当に選択肢が無限にあるわねぇ。同じサブジョブを選んでも目的次第で使い方が変わるんだもの」
「そうさなぁ。てかこれ抜きで攻略してたんだよな? 黎明期は。その辺どうなんだ発見者」
うぅむ。何とも言い難い。
グレッグも苦笑い。グレッグの全盛期の頃はまだ無かったからなぁサブジョブ。
「ライズが見つけたのよね、サブジョブ。どうやったの?」
「んー……俺が【スイッチヒッター】だった事が幸いしたんだろうな。全ての第2職を解放したら発生したクエストをいい感じにクリアした」
「いい感じって何よ」
「んー……アドレとドーランとルガンダとクリックにノーヒントでどっかに謎のおじさんが現れて、そいつらを倒すなりお使いするなりしてたら終わってた。時間制限付きのもあったが……まぁ俺だからな。拠点階層のマッピングは終わってたし」
「なーんか簡単に言ってるがライズくらいにしかできなかったんだろうな。俺にゃ無理だ」
何を人を変態みたいに言うか。どいつもこいつも普通見つからない場所にいたから案外すぐ見つかったしそこまで大変じゃなかったぞ。だって明らかに何かありそうな隠し場所全部事前に調べてたからな。
「……今思えばクリックの適正レベルは50〜75。あの段階で発見される事を想定されていたんだろうな。おじさんが出没したのクリックまでだったし」
「レベル上限突破もそうだな。やはり適正レベル周辺にクエストが隠されていると考えた方がいいのか?」
「キャミィさんの頼みと言えどそれは教えられないな。てか知らないが」
「"ディスカバリーボーナス"あるのだろう。見当は付いているんじゃないか?」
キャミィさんグイグイ来る。近い近い好きになっちゃう。
「キャミィさんそこまで。うちの秘密兵器だからソレは。未だにあたし達にも言ってないもんね」
「ほう。随分と秘密主義だなライズさんは」
「だって教えたらそいつらが狙われるだろ。一度それ系の秘密を身内に伝えた結果痛い目に遭ってんだよ俺は」
「ライズちゃん、それって──」
別に信用してない訳じゃ無くて、それだけの劇物なんだよ。
クローバーがルガンダに現れたように──最前線の秘密は時に大騒ぎになる。闇ギルドもまだまだ残っているし、変に身内のリスクを高める必要は無い。
だから色々な方法で安全に情報を小出ししている訳だが。
……それに、もし知られたら困るしな。
レベル上限150突破クエストの開始条件が、俺でも全くわからないって事。
~魔物研究"メルトドラゴン"~
《ジョージの調査記録》
フリーズ階層【第32階層フリーズ:氷山肋骨】にて【調教】に成功した"アイスエイジワイバーン"の変異種レアエネミー"メルトドラゴン”。
滅多にお目にかかれない希少エネミーらしいが、流石に分母が大きすぎた。待機中の防衛時間に二度遭遇した。
原種と比較してみるとサイズがかなり大きく、そして"アイスエイジワイバーン"の特徴である氷の外皮を持たない。
"アイスエイジワイバーン"を指して氷の外皮が無い事を雪解けと例えて"メルトドラゴン"なのだろうか。しかしその外皮は頑丈で、溶けたような特徴は見られない。
"メルトドラゴン"の背面表皮は属性攻撃に強い耐性があり、竜種特有のブレス攻撃の他に魔法も多少使えるようだ。
"アイスエイジワイバーン"の氷は表皮が凍っているのではなく、表皮から流れる潤滑油を挟んでいる。氷の鎧を着込んでいると言い換えてもいい。氷を砕いた後の彼らの翼は少しヌルヌルしている。
彼らは擬態のために背に氷を展開しているのでは無く、身を守る鎧としてフリーズ階層では使い放題の氷という資源を活用しているのではないだろうか。
或いは、そうやって身を守った種のみが生き残ったとも言える。氷山擬態の習性も捕食目的というよりは外敵から身を守る為と考えられる。
そも竜種は長命で狩りを積極的に行う必要が無い。フリーズ階層で冒険者を襲撃するのはスフィアーロッドの呪いによるものである可能性が高い。
本来は過酷な氷河環境に適応する為、動かないでもいいように防御と保温と擬態を担う氷の鎧を選んだのではないか。
さて、そうなると"メルトドラゴン"だ。
氷を背負わない彼は果たして"強者"たりえるのか。変異すれど基本は臆病な"アイスエイジワイバーン"だ。
答えは否だと思う。
彼らは表皮と氷の間に流れる油を生み出す油腺とでも呼ぶべき機能が未発達なのだ。
つまりは氷を纏いたくても纏えない欠落を抱えた"アイスエイジワイバーン"なのではないか。
極寒の環境で生き残る術を失った彼らは、活発に活動しなければならない。体温維持のために捕食と運動を積極的に行わなければならない。
擬態・静止に特化した小さな身体ではとても生き残れない。故に巨大化した種だけが生き残り"メルトドラゴン"になったのではないか。
狂暴性は捕食の必要性が高いから。滅多に人前に現れないのは"アイスエイジワイバーン"同様に基本的に臆病な生き物だからではないか。
また、自分の翼の表面を滑らせて火球を発射する魔法を使用するが……体温上昇を狙っての習性かもしれない。
以上はあくまで俺の推測であり、"メルトドラゴン"こと"ぷてら弐号"とはまだ交流して間もない。
今後も彼の習性については研究していく所存である。




