102.旅立ち:いつの間にか背を抜いて
【第30階層 氷結都市クリック】
──転移ゲート前(【かまくら】受付跡地)
そんなわけで。
【夜明けの月】出発の日の朝。
イエティの為に拡大化している《アイスライク・サプライズモール》は未だ廃墟のまま。【Blueearth】ではLと資材さえあれば一瞬で建築できるけど……まだ設計図の方が決まっていないらしい。
「用心棒は雇ったのかえ? 麿は依頼がある故に手伝えぬでおじゃるが」
終始いい兄貴分だったバルバチョフさんは、色んな階層で引っ張りだこなフリーの傭兵。既に何件か依頼を抱えているらしい。
「麿のような強いフリーの傭兵はなかなかおらぬからの。特に《拠点防衛戦》が活発な階層ではまた会えるやもしれぬ。とはいえ第60階層までは然程頻繁に《拠点防衛戦》は起きぬが。第二のクリックと名高い第90階層まで会わぬやもしれんな。
無論雇ってもらっても構わぬぞよ。予約の列は長いがな」
……もしかすると、今回最大の成果はゴルバチョフさんと縁を結べた事かもしれないわね。
「お姉ちゃんも手伝ってあげたいんだけど、明日に予定があってね……ごめんねぇ」
カズハさんに抱きしめられる。もう慣れた。けど、このぬくもりともさよならと思うと寂しいわね。
そして。【かまくら】が落ち着くまではまだ残ると決めたミカンが、リンリンとの別れの挨拶を済ませてこちらに来た。
「……ミカンさんは、まだ決心が付きません。ですがもう《拠点防衛戦》も落ち着き、"壁班"もそれなりに育ったところです。もし、何かきっかけがあったら……ミカンさんは、遊びにくらいは行ってあげますですよ?」
「そうね。今はそのくらいで勘弁してあげるわ。でもチンタラしてたら誘拐しちゃうからね?」
ミカンにはミカンのペースってものがあるもの。絶対欲しい役割だし、ミカン自身の事も好きよ。色々と悩んでるみたいだけど、逃がさないわよー?
「【夜明けの月】には本当に世話になった。またいつでも来てくれ」
「【飢餓】傘下としておおっぴらに仲良くはしませんわ~! さっさと安全第一で行っておしまいなさ~い!」
「半べそかきながら言わないでよ……」
今回は高レベルの人と多く知り合ったから忘れてたけど、基本的にはここでお別れになるのよね。留まる側と進む側、二度と会えない訳じゃ無いけど。
力強い握手をグレゴリウスと交わすと、今回の協力者がお出まし。予定より10分早いけれど。
「お待たせしたようだ。【ダーククラウド】航空偵察隊キャミィ。ここに参上した」
小柄──ドロシーくらいのサイズの、軍服の女性。
彼女もまた《イエティ王奪還戦》で大活躍した人で、ライズと因縁のある【ダーククラウド】の一員。
希少ジョブ【ドラゴンブラッド】の使い手"鬼教官"のキャミィさん。
……物騒な呼び名に反して可愛いもの好きで、それを隠そうともしない気持ちの良い性格をしてる。周囲には誤解というか神聖視されているというかだけど。
「今回は飛行系のライダーをお求めと伺った。本家本元【コントレイル】ではないが……」
「飛行系の? ライズが頼んだって事?」
「まぁな。主にジョージの為だが」
キャミィさんとは仲良くなれた……つもり。人見知りせずに済むのは助かるわ。
「それであと一人は──」
「アタシよぉ」
ズシン、と斧を地に落とす音。
懐かしくも聞き覚えのある頼もしい声。
「……グレッグさん!」
「お久しぶりねメアリーちゃん達。【祝福の花束】ギルドマスターのグレッグよぉ」
【第0階層 アドレ城下町】の冒険者支援ギルド【祝福の花束】。ライズが1年間世話になって、あたしもゴーストも世話になった恩人達。その頼れるギルドマスターこそ、筋骨隆々なオネェ様──グレッグさん。
「アタシは第40階層まで行ってないから……最後の見送りよぉ。【祝福の花束】を代表してね」
「グレッグさん……"冬将軍"には今回の《イエティ王奪還戦》でも数日ご協力頂いた。本当に感謝しています」
「いいのよぉマツバちゃん。アタシが建てた【かまくら】の様子見に来ただけなんだから。それに大人の"スレイプニル"をうちの"鳴神"にも見せてあげたかったし」
グレッグさんのペットである"鳴神"は、フレイムさんがずっと連れ回した黒神馬"スレイプニル"の幼体って言ってたわね。
「……あら。みんなもうアタシを超えちゃってるのねぇ。嬉しいわ」
グレッグさんは嬉しそうに微笑む。アドレではライズと同じ、何段階か上の人ってイメージの強さだったレベル74のグレッグさん。でも今の【夜明けの月】の最低レベルは75。いつの間にか抜かしていたのね。
「今回は胸を借りるわ【夜明けの月】。宜しくね?」
……何か少し涙が出てきた。
情け無い姿は見せられない。転移ゲートに向き直って、みんなに背を向ける。
「行くわよ。【夜明けの月】──出発!」
──◇──
─────────
パーティ 10/10 ▼[レベル順]
【ラピシュ:クローバー:150】
【ドラブラ: キャミィ:137】
【フォート: リンリン:128】
【スイッチ: ライズ:115】
【リベンジ: ゴースト:100】
【エリアル: メアリー: 76】
【仙人 : アイコ: 75】
【サテライ: ドロシー: 75】
【ビースト: ジョージ: 75】
【グラディ: グレッグ: 74】
──────────
──◇──
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
「ライズ式デスマーチ……と言いたいが、今回は色々と簡略化する。なーぜだ? 読心できるドロシー以外で早押し!」
「ハイハイハイハイ!」
「はいクローバー早かった!どうぞ!」
「ライズがメイド喫茶で指名手配されて、いち早く逃げ出したいから!」
「不正解! こういう時すぐに悪ノリするなお前は。最高。減給!」
「グワー!」
唐突に始まった大喜利大会。爆速で敗退するクローバー。なんなのコレ。
「プリーズ階層の滞在が長すぎて必要レベルに達しているから、ですか?」
「answer:クリックの《拠点防衛戦》頻度が高過ぎた為に攻略階層中の王国クエストのデータが不十分であるためだと推測します」
「《拠点防衛戦》の再発生周期もまだ不明だよね? もしも《拠点防衛戦》が始まったらまたクリックまで逆戻りだから、万一に備えて通り抜けようっていうのもあるんじゃないか?」
「アイコ、ゴースト、ジョージ三人とも正解! 偉い偉い」
──ライズ式デスマーチ。膨大な量の王国クエストを立て続けに受注し続け、ひたすらクエストをこなしながら階層攻略をする攻略法兼レベリング方法。
これにはかつて(79階層までの)全ての階層を隅々まで探索したライズだからこそ出来る、階層攻略と王国クエストを絡めた最短経路マッピングが必要不可欠。だがフリーズ階層はそのライズでさえ完璧なデータを集めきれてないという。
「……今後のフリーズ階層については、階層そのものを探究する【草の根】の今後に期待だな。俺は今はもう隅々まで探索できるような時間は無いからな」
ライズなりに色々考えての事なのよね。あたしとしても39階層まで《イエティ王奪還戦》で通ってるから多少見慣れてるし、急いで通り抜けるのも異論無しだわ。
「それで、だ。ジョージ。早速お披露目会と行こう。早く早く」
「ははは。凄い興奮っぷりだな」
ライズの一番の関心は、暫く放置していた【夜明けの月】メンバーの成長と──ジョージのある収穫について。
ジョージ自身もウキウキしてる。ライダー……というかサモナー特有の使役魔物召喚の陣を浮かべると──飛翔するは灰の巨竜。
「"アイスエイジワイバーン"変異種。レアエネミー"メルトドラゴン"レベルは95。名前を"ぷてら弐号"」
「うおおおまたレアエネミーを確保したのか! 《イエティ王奪還戦》のどさくさに紛れて! ネーミングセンスはまぁ人それぞれだな!」
「うひょー。でっけぇドラゴンは男心くすぐられるよなドロシー」
「同意です。ワイバーンの変異種がドラゴンなのはどうかと思いますけど」
男共は大興奮。【夜明けの月】はロマンに理解のあるギルドだからね。
散々追いかけ回された"アイスエイジワイバーン"はプテラノドンみたいな、翼が大きい翼竜。それと背中に氷を背負っていたわね。
"メルトドラゴン"──"ぷてら弐号"は大枠の形は元と変わらずサイズがデカくなって、尻尾がかなり長く伸びたわね。背中には氷を背負わず灰色の地肌が丸見え。
「"まりも壱号"といい、変異の理由を考えさせられるな。フレイム君曰く"氷に擬態する必要が無いほどに強い個体"だそうだが、そも"アイスエイジワイバーン"は"外敵から身を守るために氷に擬態していた"のか、"氷を克服するために氷を纏っている"のかという話だ。いやぁ楽しみだ」
「クエスト外の自然発生の目撃例がほぼ無いレア中のレアだぜ。《イエティ王奪還戦》の魔物無限湧きを利用したな?」
「乗れるんですか? もう乗っていいですか?」
「残念ながらまだ。気性の荒い魔物は懐くのに時間がかかるらしい。今回は見せるだけだよ」
「「「ちぇー」」」
……野郎ども仲良いわね。
でもこれからよ。
「……"ぷてら弐号"もそうだけど。ライズが暫く放ったらかしにしたあたし達の新たな力も見せつけてやるわよ。覚悟せい」
「ほほう。そりゃ楽しみだ」
全員がサブジョブ第2職まで解放しているんだから、できる戦法も広がっている。あたしとライズは全部確認しとかないと戦略に影響出ちゃうからね。
「だがまずは空中戦闘だ。その為にキャミィを呼んだんだからな。キャミィ、ドロシー。来てくれ」
ちっちゃくて可愛いコンビを並べる。ちょっとだけドロシーの方が背が高い。可愛い。
「座標が戦術の要である【サテライトガンナー】は基本的には一切動けない。最前線ではその点から【サテライトガンナー】が狙い撃ちされやすく、それ故に唯一動きながら戦える最強の【サテライトガンナー】クアドラが無所属の傭兵という立場を許されている。
そこでドロシーには二人目の"動ける【サテライトガンナー】"になってもらう」
無茶難題。あたしは同じ座標系のジョブである【エリアルーラー】だからわかる。いや、これまでのドロシーの苦労を知ってる【夜明けの月】なら誰でもわかるわよ。
【サテライトガンナー】……というかスキル【サテライトキャノン】。無属性の広範囲防御貫通攻撃。これを以下に的確に撃ち込めるかで戦況が一気に傾くという、お手軽すぎる最終兵器。
その問題は威力判定のシビアさ。指定した座標に対してブレ続ける架空座標を10秒間合わせ続けなければならない。この合致率がそのまま【サテライトキャノン】の威力と範囲になる。クアドラさんはこれを常時──歩きながらでも、目を閉じながらでも──100%で撃てるから最前線でソロプレイヤーをやっている。
ドロシーは"理解癖"で思考パターンを把握した"想像上のクアドラ"を自身に適応させ、ドロシー自身が"クアドラ化"する事で【サテライトキャノン】の威力率を爆増させる事もできるけど──それでも最高記録は80%。しかも一度"クアドラ化"すると精神使い果たして倒れる。
──その"クアドラ化"も、当然立ち止まっての判定。ちなみに現在のドロシーの通常時【サテライトキャノン】の威力率は約45%。
「最高級の飛行制御技術を持つ【コントレイル】の中でも頭三つは抜けているエンブラエルかキャミィを狙っていたんだが、キャミィが【コントレイル】抜けたってんで諦めてたよ。巡り巡ってこうなるとは思わなかった」
「光栄だ。つまりはお嬢さんを連れて、出来る限り安定して飛行すればいいんだな?」
話が早い。キャミィさんは早速、血の翼竜を影から呼び出して飛行準備に入る。
ドロシーは──決意を秘めた目をしていた。
「わかりました。なってみせます。クアドラさんに追いついて──僕が"最強の宙銃士"になります!」
ドロシーには確固たる目標──クアドラがいる。
あたしの目標は……あの人になるのかしら。
【象牙の塔】で受け取った【エリアルーラー】の資料の発信源。
《イエティ王奪還戦》最終日に姿を見せる事無く活躍した【エリアルーラー】……【至高帝国】ダイヤ。
落下速度を見て計算してやってるあたしからするとありえない、数十人連続高速転移。アレくらいできるようにならないといけないってわけね。
……追い越すべき人の背中は、いつだって大きく見えるものね。
俄然やる気が出てきたわ。
~あのキャラどのキャラ~
《天地調の備忘録》
クリックは登場人物が多すぎましたので、一部抜粋!
【マツバキングダム】マツバ
──松林 一馬(22)
特殊技能無し。特殊な生い立ち無し。正真正銘一般人の大学生。特筆するほどでもない普通の企業に内定済。成績も評判も並。普通だからこそ、幼馴染の不良に声を掛けられなかった事がやや心残り。あの子ともっと仲良くなってたら普通じゃない生活ができたのかもなぁ、と思う日もある。
現実側の彼には本当に何も語る事は無い。一切の記憶を無くして挑む【Blueearth】では、執着する対象に出会えてしまった事が分岐点だったのかもしれない。
天知調の選民もあり、比較的逸般人が多い【Blueearth】においては自らの無個性を自覚して動く消極的な面が幸いしている。
──彼は本当にランダムの一般応募枠です。まさかクリックを統べる一大企業を、経営経験の無い一般人が成し遂げるとは思っていませんでした。
【マツバキングダム】プリンセス・グレゴリウス
──松平 雛(22)
高卒フリーター。学生の頃は不良だった。オシャレだのカーストだの面倒な女界隈にも、性別だけで舐めてかかってくる男界隈にも馴染めず大体暴力で解決していた。学力も足りず素行も悪かったのに加えて、特に学業に興味が無かったので大学へ進学はせず。バイクで日本各地を回った後、家に帰り家事とバイトをしながら就職活動中。
本質的にはお姫様に憧れていた……という訳では無く。【Blueearth】の姫モードは完全にスカーレットに憧れたから。
小中高とずっと同じクラスだった幼馴染がいたが、喧嘩やらなんやらしてたらいつの間にか疎遠になっていた。アイツともっと仲良くなってれば普通の社会人になれたかなぁ、と追憶する日もある。
──不良とはいいますが、不当な振る舞いをする相手に暴力を振るっていた子なので大抵の子には大人しいのですが。生まれ持った高身長と目つきの悪さによって周囲に"不良"にさせられた、とも言えます。本人は割とノリのいい優しい子なんですが……。
【マッドハット】スズ=シロナ
──鈴代 涼(41)
元気溌剌。ゲーム会社【TOINDO】社員食堂のチーフ。めちゃくちゃ声がデカいので徹夜明けの社員をよく気絶させる。
社長の御曹司が健啖家で、よく話すし新メニューのレビューを依頼したりもする。社長の胃袋も掴んでいる。【TOINDO】影の支配者。
──私も【Blueearth】開発の際に利用した食堂ですが、凄まじいクオリティでした。毒殺の危険があるため普段は外食を控える私ですが、【TOINDO】で開発会議する際は毎日通いました。
【草の根】エンテ
──賀茂 葉苅(34)
元プロのスノーボーダー。近年あらゆるスポーツがバーチャル化しつつあるため寂れてきた、地元のウィンタースポーツ場の発展のために尽力していた。
実は天知調の秘密研究室の一つがある土地の地主なのだが、本人は全く気付いていない。そして彼女が【Blueearth】に来ている事で、政府も立ち入りが出来ず研究所を調べられる事は無い。
──とはいえ決して対政府のために【Blueearth】に引き込んだ訳ではありませんが! 普通に一般応募です。一度身分を偽って真理恵ちゃんと一緒にスキーに行った時のインストラクターさんです。凄い優しかったので土地を買ってウィンタースポーツ場の収入の一助にしました。
無所属 バルバチョフ
──藤鷹 紫苑(25)
プロレスラーの父と高校国語教師の母を持つ秀才。理工学部の大学を出て、ニュースキャスターになる。趣味で作っているお料理動画がバズり、ストリーマーにも手を伸ばしていた。
──全ての経歴がバルバチョフさんと関係無さそうですね。色々ごった煮になっている所がそれらしいというか何というか。どのジャンルでも好成績を出せる点は据え置きですが。




