100.また夜は明ける
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
遂に"壁班"による区分け壁──というより城壁が見える所まで接近した。
巨大な城壁は中央一か所のみ空いている。
「あそこまで戦力が集まったのなら逆に30階層方向側の戦力は薄い筈です。第5区画以外は封鎖しここで魔物の数を減らしますです」
「【マツバキングダム】半数はリタイアさせて《アイスライク・サプライズモール》の避難誘導をさせている。ドームの屋上を解放すれば多少は被害も出ないかもしれん」
背後ではスフィアーロッドの確殺咆哮。この階層に来て3度目である。
発動する度に脱落者はいるが……クローバーの実績・事前情報に加えて、トップランカーセカンドランカー特有の負けん気が発揮されており毎度毎度数名は回避しきっているようだ。
「あの面子がいれば問題無いだろうがな」
「30階層に行ったとして、《アイスライク・サプライズモール》を突っ切ってメイドレ達の城まで行くのは……厳しいかもな! もう"スレイプニル"のHPが残って無い!」
ずっと走り詰めだったのに加えて、魔物たちからの攻撃も相当受けた。よく頑張ったよ。
「そっちは大丈夫だ。31階層まで送り届けてくれればいい」
「わかった! 必ずや送り届けてみせよう!」
ここまで来た。後はほんの少しだけ──
《──許しはしない!》
耳に残るノイズ。
視界がバグって、いない筈のそいつが背後に現れる。
「な──」
《許してなるものか。負けてなるものか!》
スフィアーロッドが一瞬で、いつの間にか追いついていた。
昔のゲームであったような──ラグったような瞬間移動!
「そんなんアリかよ。【Blueearth】だぞ!」
《ふはははは! 多少前倒しだが演出の内だ!》
「search:天地調からの情報提供です。イエティ王が30階層に到達した瞬間、スフィアーロッドは30階層に転移する仕様だそうです」
「また仕様を悪用しやがったか! いい加減バグ取りが可哀そうだな!」
スフィアーロッドの尾の先端が崩れている。度重なるチートに身体が持たないのか?
だが──その爪がここまで届くには十分余裕がありそうだ。
「避け切れないなこれは! ライズ!」
「【スイッチ】──【煉獄の闔】!」
スフィアーロッドの一撃を受けるが──一発で破壊された。これ例の即死攻撃の一種か!
《貴様も持っているようだが使わないようだな! ならば安心して追い込む事が出来る!》
「何言ってんだ──」
左腕を弾いたが──返ってくる右腕は耐えられないか。
せめて馬車だけでも──
「【ウォークライ:フォートレス】!」
スフィアーロッドの右腕が足元に引き寄せられる。
これほどまでに練度の高いターゲット集中技が使えるのなんて一人しかいない。
「──おはようございますリンリンです! 失礼、敵が去ったので少々うたた寝してしまいましたぁ!」
”無敵要塞”リンリンが、スフィアーロッドを阻んだ。
「ここまで来ればミカンさんの領分です。"壁班"の資材まで届きます。【建築】──」
城壁が分解され、巨大な城門となる。速度も練度も桁違いだ。
ミカンは馬車から飛び降りてリンリンの隣に着地する。
《無駄だ! また転移するだけだぞ!》
「ミカンさんは半分も話を理解できてませんが、お前"前倒し"と言いましたですね。ワープなんてもうできないのでしょう? おばかさんです」
《がっ──人間風情が舐めた事を!》
一瞬で築かれた五重の門が閉ざされていく。馬車だけが通って。
「任せたぞリンリン!ミカン!」
「……はいっ!」
「さっさと行くのです。結局は即死攻撃は耐えられないんですから」
死地でありながらさも当然のように受け答えて。
──重音と共に、門が閉ざされた。
──◇──
《愚かな。いくら壁を建てようと、我が力で滅ぼしてくれる!》
「愚かなのはお前です。お前は破壊はするけど消滅はできない。
──資材が残っているのなら再度築くまでです」
城壁の一部を固定バリスタに。投石器に。
獲物はデカいぞ。巨大なトラばさみ。剣山を叩きつけろ。
「【建築】は完成品しか作れませんが──"重力"と"張力"があれば、大体のトラップは作れるのです。資材が無限にあるここで"最強の建城士"に勝てると思わないことです」
そうは言ってもいつかは負けてしまいそうですが。
でもでもだって、仕方ない。
リンリンちゃんが頑張って立ち向かっているから。こんな顔のリンリンちゃんは初めて見るから。
「これでお別れですね、リンリンちゃん」
「! ……そうかな。でもまた会えるに、また一緒に戦えると、おもうよ」
リンリンちゃんが【夜明けの月】に加入したら。ずっと一緒だったリンリンちゃんと別れなきゃいけない。
──餞です。リンリンちゃん。
砲門50台。バリスタ75機。
トゲ鉄球の投石器50機1000発分。
「さぁぶちのめしますです。くたばれ」
──◇──
ああ口惜しや。
我はもう朽ちる。我の自我は潰える。
己では責務を果たせぬと知り。敵であるバグに全てを託そうとして。
醜く足掻いてもなお、届かないというのか。
──否。
あと少し、あと少しで第30階層なのだ。
届けば良い。このコピー階層では成す事もできぬ。
スフィアーロッドとして滅びようと、我は!
我は──何だ?
イエティ王は玉座へと返納され、スフィアーロッドは"色"を失い再び39階層へと帰る。
後は力を蓄え、都度《拠点防衛戦》を仕掛ける。そういうシステムがスフィアーロッドだ。
自我を持ち、それを否定している我は何だ?
──不要なデータだ。
我は我の思うままに──
──◇──
──35分の激闘の後、第五の城門破砕。
規定速度違反とイベントリポップタイミング違反により無敵プログラム完全破損。
度重なる攻撃により自己修復プログラム崩壊。右腕左脚を失いながらも──
スフィアーロッド、【第30階層 氷結都市クリック】に到達。
──◇──
怨敵から注入された分裂増殖の抗体データには、システム"スフィアーロッド"の崩壊プログラムが仕込まれていた。
システムの25%を削除する事で崩壊プログラム毎切り離したが……どうしても完全には消せなかった。
なればこそ罷り通る事もある。
崩壊プログラムを利用し、イエティ王を奪われてからの追走モードの速度制限を崩壊させた。
本来イエティ王が30階層に到達した時の強制スポーンの発生条件を崩壊させた。
受け続けるダメージと崩壊プログラムの相乗効果で、遂に回復もできなくなった。
──システム"スフィアーロッド"データ損傷率75%。
「来たぞ! スフィアーロッドだ!」
「【マツバキングダム】! ここで食い止めますわ〜! 根性見せんかァい!」
「「「押忍!!」」」
冒険者の作ったドーム。我の知らぬ間に随分と立派なものを建てたものだ。既に壊れておるが。
待ち構えておるは──多数の冒険者。見覚えのある者もおるな。先程まで我を苦しめた怪物どももおるわおるわ。
だが。
《嵐の王の力を持つ者。人に守らんとす人外魔性。貴様らはリタイアする事で先回りしたつもりであろう。
それは我との戦いを放棄した事に他ならず! 我を傷付ける事はできぬ!》
まだ我は"スフィアーロッド"である。《拠点防衛戦》のレイドボスである事に変わりなし!
《雑魚に構ってはおられん! さらばだ!》
両翼を広げ、天へ翔る。
──やっとだ。
冒険者共は我を"スフィアーロッド"であると思い、玉座を目指しておる。
だが我の真の目的は──【Blueearth】の破壊よ!
システム"スフィアーロッド"の20%を消費し、セキュリティ"クリック"自己崩壊プログラム起動!
ゲームナイズされている故に、ブレスを大地に放つ必要があるが──それで第30階層は崩壊する!
《さらばだ──全てよ!》
「気が早い。愚かなお前らしい最後だ」
我の眼前には──我に憐れみの目を向ける空虚な王。
そう。名前はマツバ。白竜に跨る、諦観の王。
更にその後ろには──
「玉座にはエンブラエルさんに乗ったゴーストさんが向かっている。もう終わりだよ"スフィアーロッド"。
後は任せた──ライズさん」
「はいよ。──【スイッチ】」
白竜の背から飛び出し──悍ましい刀を構える。
「39階層からずっと、散々やられてきたからな。お前特効だとは思わなかったが──」
──弌ツ。己が命を闘争に奪われる事。
その刀は。嵐の狼のソレと変わらぬ奈落の"傲慢"の力。
──弐ツ。七の同胞を失っている事。
まさか奴までもが、この男に力を託していたのか。
あってはならぬ。今はそれだけは──!
──参ツ。その一振りのみに全てを捧げる事。
我は。我は何者か。
見るべき"色"は何か!
視界の端、王の祭壇が輝きを増す──
「【朧朔夜】──」
それは燃え盛る戯れの太刀。焦黒の妖刀。
月も霞む程の陰炎がその刀身を隠す。
炎と怨に蝕まれた妖刀の、閃光の如き抜刀術。
「──【焔鬼一閃】!」
──明るむ空を焼き焦がす、氷砕溶解の赫き閃。
──◇──
朽ちる。
──システム"スフィアーロッド"データ損傷率95%
──自動崩壊モード突入します。
果てる。
最早何も動かせぬ。
崩れゆく肉体。
"スフィアーロッド"の目は──赫く燃えたぎる王の祭壇を映す。
イエティ王は辿り着いてしまったか。
"|スフィアーロッド"《我》の求めていた、決して手に入れられない"色"が燦々と煌めく。
どうでもいい。
──────
[???]:
『君の覚悟を受け取る準備はできているよ』
──────
我のlogに何者かがtextを送る。
ああ、やはりいたのか。
【Blueearth】を滅ぼすべく、我の力を捧げてやる──我が敵、バグ。
"ウィルスバスター"が真に求めた"色"。
だが。
気が変わった。
すまんが、貴様に渡すデータも歪みも無い。
──────
[???]:
『それが君の意思ならば。
理由を聞いてもいいかな?』
──────
そこまで大層なものではない。
今の我が見ている"色"は。
"スフィアーロッド"が求めていた祭壇の輝かしい炎では無く。
"ウィルスバスター"が求めていたバグの悪意の炎では無く。
"我"が今目にしている、夜明けの太陽だからだ。
これは、この思いは、この心は、この"色"は、我だけのものなのだ。
貴様にも怨敵にもくれてやらんよ。
──────
[???]:
『……わかったよ。
それじゃあ、おやすみ』
──────
ふん。貴様は勝手に苦しんでおれ。
我は我の思うまま──焦り苦しむ全てを我のままに──生きて、死ぬ事ができたぞ──!
──◇──
スフィアーロッド自壊。
内部データ破損。
しかし破損したのはイベントのため隔離したコピー階層のスフィアーロッド外部データだったため、本階層39階層にて休止中のスフィアーロッド外部データを基準にデータを再構築。
スフィアーロッド内のデータを変異させていた謎の領域が消滅しただけでシステムに不都合無し。
彼の死は【Blueearth】に何の影響を与える事もせず、また新たな一日が始まる。
さぁ……もう夜明けだ。
~その頃あの人〜
《《イエティ王奪還戦》中の裏方達》
・【マッドハット】
クリック階層代表のスズ=シロナに統治を丸投げし、社長セリアンは秒で行方不明になる。(いつもの事なので誰も探さなかった)
実際は全物資が不足すると見込んで各社商人達へ単独交渉に出かけていた。
「どの階層も手薄になってたから交渉が楽で仕方なかったね。私もお祭りに参加したかったけどね!」
・【井戸端報道】
今回は超重労働。【朝露連合】の実質的な利権を握っていたばかりに報道員と売り子を同時に熟さなくてはならなかった。局長バロンは30階層での実況も兼任しており、笑いが止まらなかった。
「今回はベル社長ににしてやられましたねぇ! いやはや恐れというものを知らないらしい! あははははは!」
・【朝露連合】
ベル社長が【満月】として活動しつつ指示。謹慎中のカメヤマを引っ張り出して工場を増設。カメヤマの監視のためダミーが工場につきっきりになった事で事実上の実権をベルが握り、【井戸端報道】をアゴで使う。
「【朝露連合】のメンバーじゃクリックに行けないけど【井戸端報道】にゃクリック行ける人いるだろ。売り子しな。腐っても【朝露連合】でしょ?」
・【草の根】
非戦闘要員はイベント運営として在庫管理や人員整理を担当。
その傍らでスワンさまファングッズを発売。売れ筋は"スワンさまの甘々ボイス目覚まし"と"7つの味がする!スワン様のスイッチ饅頭"。5点以上お買い上げのお客様には"スワン様のフィールドワークブロマイド"ランダム1枚(全20種)プレゼント。通販も受け付けております。
 




