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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第十四章:異空の使徒たち
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第一節 牢獄にて

 暗い林道に広がる一抹の光景。深夜の真っ只中で起きている。

 道のなかでも比較的整備の行き届いた場所にて、エルフの男性、バレンは歩いている。


 やがて彼は、塔の前で待機していた黒衣の人物と合流。

 ただ、双方とも驚きの表情を浮かべている。


「お前かよ!!」

「この時間に来るのは僕くらいでしょう!!」

 このやり取りだけでも、黒衣の男性が何かを待っていたこと。

 そしてバレンが、毎夜この地に足を運んでいることも明白だった。



 クレセント大陸内に存在する宗教団体のなかでも、とりわけ悪名高いのが異空審問官だ。

 その会員たちが集まる本部として塔は建てられた。ただし、反り変えるその部分は単なるシンボルであり、実際のスペースは地下に位置されているという。


 悪名が轟いている理由は二つある。まずこの本部内で、人の血液が運び込まれていると目撃されたこと。

 そしてもう一つは、信者となった者の大半が不可解な言動をとることだ。

 あることないことを言ったり、感情が不安定になったり、性格が真逆になったり……。



 それを身をもって感じているのが、いま木の陰から父の動向を伺っている少女、フェリシィだ。

 気弱なバレンであれば、いまだに家でジャスミンが死んだことに対して泣きべそをかいてたはず。早く立ち直ることは良いことだが、違和感しかなかった。



 バレンは現状況を尋ねる。

「どうしたんですか」

 黒衣の人物は、やけに警戒心が高い。辺りを見回しながら答える。

「誰かに聞かれていたらまずい。中で話す」

 二人は奥へと進み……。塔の一階扉を開ける。


 フェリシィも少し前進し、改めてその塔を見上げる。

 この塔は、王国や近隣の町の支援も無しに建てられた。短い円筒状で曲面に削られた石を、無理やり魔力で繋げたものだ。

 地中には天然の魔力保有庫があるらしく、原理的には塔が崩れることはない。撤去するにしても、ここは王国の管轄外であることと、そもそもそこまでする必要があるのかという疑問もあったようだ。


 ただ、こうして至近距離で見ると分かるが、石の面に描かれた絵は過激なものばかりだ。

 女性の乳房の中央谷間に分厚い唇が描かれていたり、生首を持つ人物の絵。さらには、両腕両脚を広げた全裸遺体など、明らかに子供が見るには刺激が強すぎる内容である。


 となると、野放しにされているのには、何か別の要因……。

 例えば、王国や周辺地域の中枢に、教団と深い関わりのある者たちが存在しているのか……。



 そうこうしている間に、男二人は塔の扉から中へと入っていく。

 フェリシィの視点からは階段が見え、それを下りていくのが分かった。



 普通の者なら、薄気味悪がって、こんな場所へ入らないだろう。

 しかし父は、まるで慣れた足取りで地下へと進んでいく……。



 フェリシィは嫌な汗が止まらない。震えてしまう。

 父が教団と無関係とはもはや思えない。どうか上っ面だけの関係であってほしいと願うばかり……。



 すると、歩いてきた方角から新たな物音が近づいてきた。

 一つではない。かなり多くの足音だ。

 ドッと恐怖が押し寄せる。フェリシィは、頭を両手で抱えて座り込む。

 震えが止まらない。ほんのわずかな音でも感知されれば、一巻の終わりだ。



「ほら、しっかり歩きな!! 元王族だからって甘えてるんだろう!!」

「分かってるってば!! ちょっと、休ませて!!」



 そのハッキリとした声に目を見開く。

 茂みから正面を見ると、黒衣の女性二人に挟まれ、後ろ手に縛られた人物が一人……。



 月のような癖毛と、エルフ達に作ってもらった服装がよく記憶に残っている。

 短い間だが、共に旅をした仲間……。リリアーナ=クレセントムーンだ。


「もうすぐそこだろうが!! おおぃ、逆らったら……」

 リリアーナの太ももを、後ろから指先を使ってさする。

「やぁ!? へ、変態!!」

「いいじゃあないか!! 女の子が好きなんならヤラレろってえの!!」

 ゲスい笑いを続ける二人に対し、没落王女は渋い顔で睨んだ。



 少し離れた後列には、縛られていないが、同様の配置でセツナも連れて行かれていた。こちらは男にだ。

 露出度の激しいボディスーツ……。その尻の部分をニタニタと見つめられている。

 本来の彼女ならば即座に仕返しするところだが、抵抗できないのか。屈辱的な仕打ちをただ黙って受けている。



 すると、後ろから足で腰を突かれた。

 転ばされ、地面に両手をつくと、背後にいる男どもを睨みつけた。

 彼らの目線は、当然セツナの秘部に向いていて……。


「十秒その体勢でいろ」

 食い込みの激しい尻肉、そして股間部を晒すハメとなった。

 悪意しかない視線を一身に受け、セツナは唇を噛む。苛立ちを露わにしつつも、彼女は恥ずかしがり屋だ。顔を真っ赤にしながら耐える。


 十秒経ったところで、尻の上に唾を吐かれた。

「ッ……!」

「おら、早く立て!!」

 勝手な罵倒ばかり飛ばされながらも、セツナは言われたとおりに立ち上がる。



 リリアーナもセツナも、全員が塔の地下へと入っていく。

 そして最後に、あの二人と共に戦ったもう一人の仲間……。

 コゲの姿も見えてきた。


 フェリシィは身を少し起こし、彼の動向を注視する。

 彼はトナカイを引いている。このままの進路でいけば、トナカイ達と共に地下へ下りていきそうだ。


 まさか彼までもが……。

 フェリシィは絶句するが、ある一つの事実に気づく。



 トナカイ達の首には、ソリが結びつけられたままだ。

 しかもおあつらえ向きに、寒さ防止のための分厚い服が置かれている。



 フェリシィは意を決する。

 自分が教団に潜り込むための最後の手段であり、そして今ここから逃げれば、リリアーナ達が危険にさらされるという直感。

 突き動かすには充分すぎた。迷わず走り出し、ソリへ跳び乗る。



 ドンッという音は避けられない。コゲがそれに気づいて振り返る。

 後方を直視するが……そこから特に気にせず、また前へ進み出した。



 搭乗と同時に体勢を低くしたのが功を奏した。

 フェリシィによる潜入作戦が始まる……。



-----



 リリアーナは、教団の本部最下層へ女性二人に連れられてきた。

 腕を強引に引っ張られてだ。身を捩らせながらも牢屋へと入れられる。


 自分だけでなく、その女二人もニヤケ顔で中へ。

 追い詰められ、背が壁へと密着する。

 リリアーナの太ももを、ねちゃつくように触り始める。



「何でこんなことばっかりするの……!? ホントに変態さん!?」

「意味が無いとでも思ってんのぉ……? あたし達の目的はねぇ!!」



 今度は指で、服の胸の谷間辺りを引っ掛けてきた。

 局部を晒される前に、リリアーナは相手の腹に蹴りを捩じ込ませる。

「ぐうえええ……!?」


 一人は腹を押さえて両膝をついた。しかしもう一人は、リリアーナの頬をビンタ。

 乾いた痛みに襲われるが、今さらこの程度はどうということない。リリアーナは不屈の意志で女信者たちを睨みつける。


 殴ってきたほうの女が、ぷぷぷっと笑う。

「お前をいじめて、輝かしい未来の扉を開くんだよぉ!!」

「わけわかんないよ……!!」

「じゃあ逆にこう言えば分かるかぁ!? 過去をやり直せるって!!」



 リリアーナにとって、聞き逃しできない情報だった。

 実際、その目標に繋がりうる場面を経験したことがある。

 この教団の当主であるゴウ・シマは、過去にリリアーナの前である光景を見せてきた。



 セツナと過ごした輝かしい……。もう戻れないと思っていた日々。

 それを彼は、極めて意図的に見せてきたのだ。

 信者女性の発言が事実なのだとしたら、その未来の扉とやらを開けば、失った過去を完全に取り戻すことができるということか。まさしく、ダガン皇帝から聞いた話と同様である。



 しかし、その目標のためにどれだけの悪事を働いてきたのか。

 今回の一件もその一環だ。リリアーナは首を横に振る。

「自分勝手だよ……。許されるわけない!!」

 ダウンしかけていた女性がなんとか復帰。牢屋の隅にある本を持ってくる。

「お前の常識なんか関係ない!! 我々の目指す先こそが正義で、それ以外はただの砂利道!!」

「読み上げてやんな」

「はいよぉ!!」


 彼女は本の表紙を捲る。

 すぐ見えたページには、この教団の教義と思わしき文面が書かれていた。

「一. 性欲発散は本部で行うべし。二. 怒りや憎しみは、未来へのスパイスである。三. 殺人は用法用量を守ってどこでも実行!」

 テンションが上がった両者は、「ヒョオオオオ」と奇声を上げるとともにステップを踏み出した。

「全部、門を開くために大事なこと!! 人が堕落すれば堕落するほど、目標達成に近づくのよ!!」


 考え方としては、完全にオディアンと同様の性質である。あの魔導石も、性欲、怒り、人の死などに同調して魔力量を増やす。

「だからセクハラするって……。考え方がぶっ飛びすぎてる!!」

「立場分かってて言ってんのかぁい? 剣も石も奪われてるお前なんか、乳とケツがデカいだけのお荷物にすぎないのよ!!」



 すると、本を持っていた人物がパタンとそれをたたむ。

 リリアーナの背後に回り……両手を腋の下に差し込んできた。

 そこから脇腹にかけて、指でなぞっていく。

「あっ、んん……!」


 くすぐったさは勿論のことだが、それとは違う妙な気持ち良さまで感じてしまう。

 相手の指をよく見ると、桃色に点っていた。

 おそらく快楽に関連した魔法だ。性感帯でもなんでもない場所なのに刺激が強い。


 すると信者の一人が、リリアーナの腰あたりに顔がくるようにしゃがみだす。

 スカートの下へと両手が伸びていき……。何をされるのかリリアーナは悟った。引きつった笑みを浮かべる。

「は、ははー……。まさか本当にやったりなんて……」



 指がショーツにかけられた。

 スカートを押さえたいが、両手は縛られたままだ。リリアーナは必死に脚を閉じようとする。

「お願いします許してくださいやめてください!!」

 早口の弁明もまったく聞いてくれない。

 そして下着を下ろされ始めた……その途中。



「おやめなさい!」

 誰かが階段を下りてきた。女どもは動きを止める。


 上階から差し込む光が、その人影によって遮断される。下半身のボディラインがあまり分からない、大きめのスカートを身につけている。

 元々いるべき王城にあったものとはまた違う。こちらは装飾のラインが無駄に多く、場所によっては重なり合っているような雑然さだ。

 それでも上手に着こなせているほどには気品あふれており……。その事実が、またリリアーナに腹立たしさを覚えさせた。



「お母さま……っ!!」

 リリアーナの母、ルミナスだ。

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