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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第十三章:陰謀の狭間
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第四節 ステラ拠点にて

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 リリアーナに敗れて以降、黒魔術使いステラ・サンセットは、療養の日々を送っていた。

 唇は青ざめ、斑点のようなシミもいたる場所にでき、腰も正常に動かない。

 見るも無惨になった身体をもとに戻すため、三ヶ月にわたって闇魔力の調整を行った。


 そうして自身の肌に染み渡らせ、ようやく元の美貌を取り戻した。

 これで外の世界に出ることができる。老いた姿を誰かに見られるなど、築き上げた知名が崩れ去るのと同義である。



 そのため、ここ一ヶ月内で何度も起きていた呼びかけには、いつまでも応じないでいた。

 できる限りのなかで完全まで回復したということもあり、ステラはようやく呼びかけに応じる。アーガランドにある拠点へとテレポートで帰還した。

 髪を払いつつ、彼女は洞窟内に用意したスペースを見回す。椅子には誰も座っておらず、灯りもついていない。

 無人であることを確認してから外へ出る。雪解けによって剥き出た地面が、無様な自分を象徴しているかのようだ。



 突如、自身の身体が影に覆われる。

 ステラは微笑とともに、口を開く。


「ここで意味も無く魔力を放てば、拠点の持ち主に存在を知られる……」

 振り返り、岩壁を見上げた。

「そう踏んでの行動かぁ……」



 その人影を捉える。

 崖の端に座り、見下ろしてくる少年が一人。



 ステラは自分の弟子として、この少年こそがふさわしい存在だと確信している。

 名をロゼット=ローゼンベルク……。

 カナリアが発射した魔力砲により、死んだと思われていた。


 ステラは腕を組んで言う。

「久しぶりロゼット君。てっきり死んだのかと思ってたのに」

「テメェだけじゃない。この世界で生きている奴ら、全員がそう思っているだろう」



 街の一点に大穴を開けるほどの攻撃だったのだ。そういった感想が出るのは無理もない。

 ステラはエアの術で宙に浮かぶ。崖の上に行ってロゼットの隣に座った。

「どうやって生き延びたか聞きたいけれど……」

 ロゼットは彼女を睨んだ。

「うふふふ! そうよね。あの時、君を見捨てたあたしなんかに教えるわけがない」


 急いで行動すれば避けられたかもしれないが、あの時のロゼットは入院中だった。一人では脱出不可能だったと思われる。

 当然、彼は詳細を答えない。

「明確に言えないだけだ」

「あら。じゃあ命の恩人を探す手助けをしましょう」

「そんな配慮はいらない。それより俺の誘いに乗ったということは、テメェも俺の力を利用したいわけだ。そうだろう」


 ステラは口をぼんやりと開けた。下唇に人差し指を当てる。

「ずいぶん聞き分けの良い……。でも確かにそう。いい感じに丸め込めないかなぁって」



 思惑を正直に伝えた時のことだ。

 ロゼットが手を差し出してきた。


 これにはさすがのステラも予想しておらず、素直に驚く。

「思うがままの生活に戻りたいのなら、手を貸してやる。その仕切っている奴らに見せつけてやれるぞ」



 再び体内へ闇魔力を得るにも、潤沢な供給源がなければ話にならない。

 その点で、ステラがこの四ヶ月間いた組織は実に優秀であった。制限はあったが、やろうと思えばいくらでも闇の魔力を収集できる。


 しかし条件として、その組織の正式な共鳴者になるように指示があった。

 元から協力はしていたが、正式な同調者になると事情が異なる。彼らの信じる理念とやらを信用できないためだ。



 この少年は……。ステラにとってのイライラを払拭してやろうというのか。

 ステラは、差し出された手をジッと見つめ、目元がやや潤んでしまう。

「あーあ。騙されてるってことは分かってるのに」

 本当はそんな気持ちはないことは理解している。ロゼットは表情を何一つ変えていない。



 ただ、自分の理想に近い人物が傍にいてくれる温かさ。

 抱くべきではない感情に引きずり込まれそうになる。

 ステラは、耳元の髪をかき上げ、

「でもいいわ。聞きたかった言葉に免じて」

 とロゼットの手の上に自分の手を置いた。




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 思えばリリアーナにとって、通常の航海をするのは今回が初めてであった。

 かつての航海は、イクトゥスのコアが変形した潜水艦に乗った。あの乗り物は驚異的な加速力を誇っていたため、たった一日で大陸間を横断できた。


 それを体感してしまった後では、単なる木造の船など不快極まりなかった。

 ムーンロード到着まで五日かかるという遅さ。凄まじい揺れ。入り込んでくる波……など、どれをとっても最悪である。

 背中も痛くなってしまった。リリアーナは、ムーンロードの船着き場に到着した頃にはげっそりと疲れ果て、両膝をついた。


「よ……よぅやく……。耐え抜いたぁ……」

 後方にはセツナと、そして陸地移動用の協力者としてコゲもいる。

「弱々だなぁ。初めての船旅じゃないだろ?」

「快適すぎる船に乗りましたから」

「へぇ。俺にも教えてくれよ」


 船から下ろされた坂からは、ソリを引くトナカイも降りてきた。

 主に雪原用としてトナカイは優秀だが、クレセントのような温暖地域でも活動は可能だ。強化の魔法を施せば、馬車と同等の速さで移動も可能である。


 バテているリリアーナに、セツナが声をかける。

「少し休みましょう」

「いいよぉ……。早く王国に文句言って、それでフェリシィちゃんと……うぅぅっ」

 まだ吐き気が押し寄せてくる。強がろうとどうにもならない。


「とりあえず運びます」

 セツナはそう言い、リリアーナを背負った。

「ちょ、これはこれで恥ずかしい……」

 有無を言わさず、そのままソリに乗せられていった。




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 吐き気が継続している状態なので、昼食を避けてそのまま進んでいく。

 ……のだが、それが仇となった。

 トナカイぞりが爆速で駆け進んでいくため、揺れで胃がまったく落ち着けないのだ。


 席に座っているリリアーナの顔色はますます悪くなっていく。

「ぉぅぅぅぅっ……!? もっとおとなしく……」

「なるべく速くって言ったのは誰だよ」

 そうではあるが、もっと加減してほしかったというのが正直なところだ。


「このペースで進めば、夜には到着するでしょう」

「その前に死ぬかも……」

「しかし、突然邪魔したところで……取り合ってくれるのかね。家族とはいえ王族だろう?」

 現状、リリアーナの権威は地に落ちたも同然である。かつてのような待遇で接してくれるとは到底思えない。


「おそらく、門の前まで行けば連絡がいくと思います」

「元王女の帰還だからね……」

「危険が無いよう、自分は目の届く場所で待機します」

「えっ……」


 リリアーナは、セツナのボディスーツを摘んだ。

「なんで。いっしょに行こうよ……」

「精神は違えど、自分は王国騎士を殺害した。そして王女を誘拐した」

「うっ……」

「なあ。聞いていい話してるのか?」

「ほ、ほらほら! 前に話したミケちゃん! 悪いことしたのはあの子だから!」


 常軌を逸した話ではあるが、実際にそうである。

 セツナの体内奥深くには、未来で造られた別人格、ミケが眠っている。

 今は表に出てこないものの、彼女の目的は、『魔女リリアーナ』の殺害……。

 とはいえ、現状のリリアーナが魔女になっていないため、殺す必然性はないと思われる。以前ほどの警戒心はなくてもいいとセツナも言っていた。


 しかし、そんなことは王国の者たちは知らないわけである。セツナの顔を見るや否や、敵意を向けてくるに違いない。

「猫の姿になっても無駄だと思います。体格も毛並みも割れているので」

「むぅ……」


 リリアーナは、顎に指を当てて考え込む。

「毛並み……。模様かぁ……」

 セツナは猫の姿になれるが、その毛並みは三色で構成されている。


 つまりその毛並みさえ分からなければ誤魔化せるというわけだ。

 リリアーナの脳裏にある案が浮かぶ。

 つまり、その特徴的な模様が失くなってしまえば、多くの目を欺けるのでは……。

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