第五節 雪林にて
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船の中に入った四人は、同じモニターを一点に見ている。
操縦席に座っているフェリシィが画面をタッチ。スライドに合わせて視点が動く。
探すのは、鳥になって逃げだしたカナリアだ。
一羽の鳥を中心に捉える。
「違う! その名のとおり、カナリアみたいなんだよ! それでいて青くグラデーションがかった……」
「これじゃあ分かりにくい!!」
画面は全体的に緑がかっており、色の判別が難しい。
すると外からの衝撃か。わずかに振動が起きる。
一同が驚く。特にライラックは動揺を隠せず、青ざめだす。
リリアーナは慌ててモニターに触れ、角度を上向かせた。
そうして見えたのは……謎の浮遊物体だ。
表面は、この潜水艦と酷似した白銀。流線のフォルムに、羽ばたく鳥のような主翼。
輪郭は鋭く尖った三角で……先端にはクチバシのような黄色。
既にミサイルが発射されている。
もっと強い振動が起きた。リリアーナは椅子の背へしがみ付く。
「なな、何なのあれ!?」
「イクトゥス機のサブマリンモードに対して、カナリア機があれだ! ステルスジェットモード!」
そのステルスジェットなる機体が突っ込んでくる。
フェリシィが涙目で叫ぶ。
「よけてー!」
「陸地じゃあ動けないんだよ!」
突進はしてこなかったが、至近距離の射撃だ。
正面にある小さな穴から放たれた弾丸が、船の天井を割る。
ただ、相手へのロックオンは完了した。フェリシィは操縦レバーに付いているスイッチを押す。
潜水艦から、箱が真上へ発射された。しばらくしてから開き、中にある十数発ものミサイルが一斉に飛び出す。
ミサイルの群れは、放物線を描いてカナリアへ。
だがステルスジェットは、凄まじい速度で空を駆ける。
当たらないどころか、周回遅れを誘ってミサイル達を混乱させる。
ついに何を追っているか分からなくなったのか、ミサイル同士で衝突してしまう。
「無理だよ! あの状態でのスピードは、アンドロイドのなかでもトップクラスなんだ!」
「レースしてるわけじゃないんだし! 手はあるよっ!」
「仕留めるには、至近距離しかありません」
セツナの提案に、リリアーナは振り向いた。
どんなに強力な遠距離攻撃だろうと、いま見たように回避されてしまう。ならば懐へ撃ち込むしかないが、可能なのか……。
しかしリリアーナは頷いた。
今はもうセツナと一緒だ。不可能なことなど無いと思った。
手をつなぎ、割れた天井から外に出ようと歩きだす。
これをおそらく無謀だと受け取ったのはライラックだ。
「おい! 太刀打ちできると思ってるのかよ!」
そんな彼の耳を、フェリシィが強く引っ張った。
「うぎぎぎぎっ!?」
「アンタ、今までリリアーナのなに見てきたの!」
怒ってくれているが、もともと彼女にも信用されていなかったことを思うと、少し嬉しくなった。リリアーナはほほ笑む。
相手の懐へ……といっても、近接武器だけの使用に拘るつもりはない。
船内にいる二人にも協力してもらう。
「合図をしたら、ミサイルの発射をお願いします!」
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二人はそのまま、船の天井から外へ飛び出した。
すぐにセツナは、片手でリリアーナの胴を抱える。膝裏にも腕を通し、お姫さま抱っこの要領だ。
船体の上で空を見上げる。
ステルスジェットなる物体が旋回し、こちらに正面を向けた。
『あははは♪ 自分たちから出てくるなんて、どうかしちゃったのかなあ!?』
これまでは潜水艦の装甲で守られていた。とはいえ、ずっと中にいても四人で共倒れするだけである。
まず潜水艦から距離をとりたい。セツナが前へ駆けだす。
跳躍しながらリリアーナに聞く。
「魔導石は?」
「ジェイドムーンが一つだけ!」
「おそらくですが、あの装甲では、リリアーナ様の攻撃は全て通らない」
正面のカナリアも加速してきた。先端から、弾丸を高速連射。
それを見て、リリアーナは翡翠の魔導石をきらめかせる。
「じゃあサポートに徹する!」
バリアを展開。数発直撃すれば砕かれるだろうが、あることで安心して立ち回れる。
そしてセツナも、障壁内部からの動体は通過するという特性を活かす。肩からワイヤーを射出。
アンドロイドの脳内演算ならば、どの秒数で機体が接近してくるかを予測できる。
ステルスジェットが通過する前に、背面にある凹みへ引っかけられた。
リリアーナを抱えたまま、急速にワイヤーを縮めていく。宙に浮き、空飛ぶ兵器の方へ。
しかし、凄まじい速さだ。ぶら下がっているだけでも相当な負荷がかかる。
セツナは耐えられるが、問題はリリアーナのほうだ。目を瞑り、セツナの胸元下へ顔を埋めている。
だがセツナは、大丈夫かとあえて聞かない。彼女を信じ、ビーム・ブレードを抜く。
鋼鉄の飛翔体と化したカナリア……。その背面の真下まで辿り着いた。
上へ向けて光線剣を振るう。
火花が舞い散る。何撃か繰り返せば、装甲に亀裂が入るだろう。
しかしその途中だ。背面の扉が開く。
『隠し撮りは事務所NGです!』
嫌な予感。それは的中し、開いた場所からハートの粒が降ってくるのが見えた。
これらが何なのかは先ほど確認したばかりだ。リリアーナも目を見開く。
「降りてー!!」
セツナは身を捩り、ワイヤーを切った。落下してカナリアから離れる。
リリアーナは風圧を発生させた。なるべく粒子を落とさせないようにしている。
自分たちへの直撃は免れたが、バリアを通して爆発の衝撃は受ける。
しかしこれでは終わらないと、セツナはブレードを投げた。
先ほど剣でダメージを与えた部分。そこに突き刺さった。
ジェット機は、尻尾を生やしているかのような状態で空を飛び回る。
『ぐっ……!? よくもこんな恥ずかしいカッコ……!』
悔しがる声が響くなか、セツナは巧みに太い木の枝へ着地。身を低くしてカナリアの動きを観察する。
だが、既にこちらの位置を察知されているようだ。また旋回し、再びミサイルを発射。
リリアーナがバリアを張るも、セツナは大きく動こうとしない。腕の扉を開き、中からある物体を取り出す。
ネブリナで入手した、カナリアの羽だ。
いつか使えると思って回収していた物だが、ようやくその時がきたのかもしれない。
セツナはそれを口に含む。
この行動に、リリアーナは目を丸くした。
一見わけの分からない行動だが、敵機の内部データを分析するにはこれが一番よい。
ミサイルが迫ってくるなか、セツナは目を瞑る。
カナリアの内部構造として組み込まれた文字列が、一斉に頭の中で流れ始めた。
口内の羽が溶け始めたところで、カナリアが声を上げる。
『寝顔かわいー! 早くセンパイの身体から出ていってッ!!』
しかし、彼女の思惑とは裏腹の事態が起きた。
ミサイルが急に生気を失くしたのだ。真っ逆さまに落ち、木々の狭間で爆発する。
煙が立ち込めるなか、ステルスジェットの動きが一時停止。
『な……なに……。まさか、生体同期……?』
名称は定かではなかったが、おそらくセツナがやったことはそうだ。
あのミサイルは、ロックオンした対象を追尾する仕組みだ。それは同じアンドロイドであるセツナに対しても例外ではない。
だがもし、彼女のコード配列を複製し、自らの内部へ登録できれば……。
シクルレッジの刑務所で、自身の構造を目撃した。だからこそできた芸当である。
『どんどんその身体に適応していってる……! ニンゲンの知能のクセに……! なんであきらめ悪いの!?』
「あなたこそ、兵器のわりに、随分と動揺していますね」
カナリアの、怒りで歯を鳴らす音が聞こえてくる。
するとステルス機が、やや潜水艦の方へ傾く。
『じゃあもういいよ……』
攻撃目標が……変わった。
不敵な声を発しながら、今度は船の方へ向かっていく。
彼女は、中にいる二人を葬り去るつもりだ。
『死ぬより苦しいことを味合わせてやるッ!!』
しかしそれは、リリアーナがあらかじめ想定していた流れであった。
彼女は手を挙げる。
「今ッ!」
いざとなれば、リリアーナ達ではなく、仲間を殺すという手段を取るだろう。カナリアはそういった思考の持ち主だ。
彼女が向かった方向には、潜水艦のミサイル射出口があった。
リリアーナの号令により、ミサイルが放たれる。
ちょうどステルスジェットの首が射線上に入った。
カナリアもは移動の勢いを止められず。真下から、ミサイルの入った箱をモロに受けた。
『きゃあああああああ!』
束になった爆発だ。機体が持ち上がる。
これだけでも相当な威力だというのに、刺さっていたビーム・ブレードが押し込まれるのが見えた。
その部分からも小爆発が起きる。こうしてステルスジェットは、黒煙を上げて墜落。
転がりながら元の人型に戻っていく。
潜水艦内の音声が響き渡る。
『ざまあないわね! ママの敵よ!!』
追い打ちをかけるなら今だ。セツナは背部ジェットを噴射。
実体剣を展開しながらカナリアのもとへ向かう。
しかし彼女もそう簡単にやられる相手ではない。
転がり続ける彼女は、歯ぎしりの音を響かせた。直後に背中から二本のワイヤーを出現させる。
そしてそれらを、左右にある木へ巻き付けた。
両足を地面に付けて勢いを殺し、一気に体勢を立て直す。
すると、受け身に利用したワイヤー両方をつかみ、大木を引っこ抜いた。
そのまま、鎖鎌でも振り回すかのような動きを見せる。
セツナめがけて木が飛んできた。
一本は斬る。しかし遅れて飛んできたもう一本には対応できない……。
ここでリリアーナは、ジェイドムーンを額に当てながら念じた。
まだ地面から抜かれて間もない木……。生命の息吹が残っているならば、リリアーナの思い描くとおりに動かせる。
「ナチュラルグロウ!」
石は粒子となった。全ての魔力を使い切ったのだ。
叫びに反応し、剥き出しになっていた根が急成長した。
まるでタコの脚のようになったそれが、カナリアのワイヤーを切断。
敵アンドロイドは苛つきながらも、人差し指を向けてきた。
それにもセツナは対応する。行動を予測し、まず勢いを上げるために横回転。
放たれた弾丸を、鋼鉄の剣で打ち返した。
もう遠くはない距離だ。対してカナリアは、リボンを盾に変えてなんとか凌ぐ。
しかしそこへセツナが接近。
剣に変形させた足で、頭部へ向けて回し蹴りを放つ。
目のまばたきで、刃を受け止められる。
それでも勢いが勝る。
目の玉を抉り裂いた。
「うびああああああぁぁぁッ!!?」
血ではない何か別の液体を撒き散らしながら、また敵アンドロイドは転がっていく。
強烈な一撃だが、まだトドメはさせていない。着地したセツナはゆっくりと歩きだす。
がここで、急にセツナがふらついた。
「わっ……!?」
抱えられていたリリアーナは落とされ、尻餅をつく。
「いったったぁ……。…………えっ!?」
尻をさすりながら振り返ると、セツナが汗ばんでいることを認識した。
「セツちゃん!?」
慌てて肩に手を置くが、セツナは安心させるように笑む。
「だい、じょうぶ……。少し、エネルギーを使い過ぎました……。トリプランを摂取さえできれば……」
ネブリナで起きた現象と似ている。黄土色の魔導石さえあれば、すぐ元に戻るはずだ。
「すぐ持ってくる! あー、でもー……先にカナリアがまだ動いてるか見に行ったほうが?」
直後、轟音を感知。
セツナは目を見開き、リリアーナの身体を引っ張る。
いま出せる限界を振り絞り、実体剣で銃弾を弾いた。
元姫君が、完全に油断していたところだ。炎の海から人影が近づいてくる。
ボロボロのカナリア……。片目が潰れている。
アンドロイドに搭載されている自然治癒能力が機能していないのか。もうそんな余裕もないのか。
「二人でいちゃついちゃって……。すっごい地雷なんだけど!」
リリアーナは、レイピアを通してバリアを張る。セツナも、彼女を庇うような位置に移動した。
カナリアは、こちらへ指を向けたまま吠える。
「そういうのいらないってば!! この距離まで詰められて、普通のニンゲンじゃもう……」
しかしここで、カナリアは言葉を止める。
リリアーナを見て……何かに気づいたようだ。徐々に口角を上げていく。
「……ごめんなさい。もう普通じゃないんですね」
おそらく彼女が見たのは、リリアーナの魔力だ。
今になって何だというのか。セツナも同じようにして解析する。
……凍りつくような光景だった。
確かにリリアーナの体内には、ダーク・シードが植え付けられていた。
しかし、だとしても。
いや、だからだ。
もしあの種が割れればどうなる。
具体的に言うならば、小腸から胃の下半分あたりまでが……紫のモヤに覆われているのだ。
何を意味するのかというと、膨大な闇魔力に体内が満たされてしまった。
特殊な訓練でも積んでいないかぎり、常人が耐えられる量ではない。
セツナは声を震わせる。
「そ……そん、な……!!」
「あなたのせいですよ、セツナ・アマミヤ! あなたがこの子をここまで来させなかったら、大好きなリリアーナちゃんは闇堕ちしないで済んだのに!」
当事者である彼女も言葉を失くしているのか。小刻みに身体が揺れている。
…………。
本当にそうなのか。
セツナには、逆に冷静すぎるように見えた。
リリアーナが、カナリアへ聞き返す。
「……闇堕ち?」
「そうでしょ!? だってもう……」
カナリアは、もう一度視線を下ろしてよく見た。
先ほど見たときには気づかなかったのか。今度は息を呑んだ。
「まだ、ダーク・シードが残ってる。割れたのは全体の三十パーセント……。ううん、それでも結構な量なのに……!」
普通ならば致死量、あるいは身体が崩壊するレベルの魔力量。
だがどのようなわけか、意識を保てている。
リリアーナが前へと進みだす。
セツナからの視点だと、どういった表情をしているのか分からない。
そして彼女は、不気味にきらめく剣をかざした。
カナリアの身体内部に突風を吹き荒らさせる。
「がはぁっ!?」
相手の内部を魔法の発動点とするのは不可能なことではない。
ただそれには、本来ならばもっと近い距離が必要なはずだ。
普通ではない現象……。なぜこのようなことができるのか。
状況からみて考えられる結論が、セツナにより恐怖を植え付けた。
闇の魔力を浄化せず、そのまま使いこなしている……?
リリアーナは歩みを止めない。落ち着いた足取りが逆に異質だ。
カナリアは五本の指を突き出しているが、足のほうは後退りしている。
「く……来るなァ!!」
威嚇射撃ではない。頭めがけて発砲する。
しかし発射された弾は、一瞬で切り裂かれてしまった。
リリアーナの周辺に、カマイタチが半自動的に発生しているのだ。
まるでこの世に存在する全てを手玉に取るかのような、圧倒的な魔力コントロールである。
さらに近づいてきたところで、カナリアは腹を狙う。
だがそれも、腹部に発生した風が止めた。いくつもの旋風が弾丸に纏わりついていく。
リリアーナが剣を振ると、弾丸はどこかへと消えた。
アンドロイド達にもその軌道は見えないというなか……。
カナリアの腹に風穴が開いた。
勢いを返す形で、彼女の身体を弾丸が貫いていく。
唖然としたまま、カナリアは膝をついた。
「えっ…………。な……んで……」
限界がくる。
原型を保てるだけのエネルギーが失くなった。身体が融解する。
恨み節というよりは、信じられないといったような断末魔を発す。
「まだ……魔女としては、半端者……なの、に……」
ついに肉体は完全に消滅。
コアが落ちた。
それをリリアーナは、黙って見下ろしている。
途中で剣を払い、木々に燃え盛る炎を消し飛ばした。
反して、空は黒雲が立ち込めていく。
わずかな隙間から、夜でもないのに月が見える。
……何が起きているのか。
セツナは黙って見守っていたが、まだ落ち着きを取り戻せない。
これまで見てきた彼女とは、あまりにもかけ離れた様子だった。
何より、あれほど強大だったカナリアをいともたやすく……。
世界の脅威を倒せたという点では喜ばしいことだが……。
「リ……リリアーナ、様……」
息が苦しくなる。
どうか、何事もなくあってほしい。
だが、振り向いて見えた姿は。
セツナの心へも暗雲をもたらした。
綺麗だと思っていたその瞳に、闇色が差している。
絵の具が混ざるような濁りで禍々しさを帯びていた。
セツナは、開いた口が塞がらない。震えも止まらない。
しかしリリアーナがほほ笑むと、何事もなかったように元の青色へ戻っていく。
「大丈夫だよ」
「です、が……」
「それよりセツちゃん」
曇天を日差しが割る。
これは祝福か。あるいは皮肉か。
リリアーナは背に手を回し、身体もこちらへ向ける。
「私たち……勝ったよ」
その笑顔自体は、いつもと変わらぬハツラツとしたものだった。




