第二節 戦闘中、アーガマウンテンにて
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ちょうど誰にも意識を向けられていなかったフェリシィは、この隙に階段を上がった。
戦いに割り込めるだけの強さは無いと自覚している。何か打開の手段を探そうとしてだ。兵器があるということで期待していた。
しかし見えたのは、それを取り囲むように配置されている椅子くらいだ。
「せめて未来の武器、未来の武器……」
視線を隈なく動かす。
すると、椅子の上に何かが置いてあることに気がついた。近づき確認する。
オディアンと、それに銀色の板が複数付着している。これはおそらく、イクトゥスのコアだ。
さらにこのコアが、空に向けられている魔力砲塔とケーブルで繋げてあった。
こうすることで、砲塔のエネルギーを充填しているのか。
「これを使えたら……!」
アーガランドへ渡ったときのような船に変えられれば、二体のアンドロイド相手でも勝てるかもしれない。
ケーブルを無理やり外す。フェリシィは呼びかけた。
「アンタ!! 船になりなさい! 今すぐ!」
だが変化はない。
何か条件があっただろうか。思い出せず、つい唸る。
そんななか、ライラックを肩に抱えたミケが見えた。階段を上がってくる。
慌てて隠れはしたが、間違いなくフェリシィの存在に気づいている。
このままでは……という時だ。
魔導石のラピスフィアが、下階から舞い上がってきた。
そしてフェリシィの足元で落ちる。リリアーナが持っていた物か。
それを見て思い出した。
コアを潜水艦へ変化させるには、ラピスフィアが必要だとライラックは言っていた。
加えて、ライラックのような未来人か、もしくはイクトゥス自身の承認が必要だと。
しかし、ライラックは捕まっている。せっかくコアを入手したというのに、何もできない……。
……まだ可能性はあると、フェリシィは気張り直す。
コア化したこの状態に意志があるのか定かではないが、言い聞かせるしかない。フェリシィが語りかけ始める。
「いっしょにいたんだから分かるわよね!? リリアーナが、どんな想いで来たか!!」
イクトゥスは、エルフ族を手にかけたアンドロイドの一人だ。まだ恨みは晴れていない。
だが、リリアーナが見た彼の意志が本当だというのなら、賭けてみるしかないと思ったのだ。
まだコアには何の変化もない。
フェリシィは、苛立ちながらも呼びかけを続ける。
「ホントは人殺ししたくなかったっていうんなら!! ここで証明しなさいよ!!」
直後、傍で持っていたラピスフィアが呑み込まれていった。
闇色の魔導石の中へとだ。そうして輝きだした。
両の手では抑え込めないほどに青い光量が増す。
やがてコア自身が宙に浮き始める。
オディアンの表面に付着していた銀の板が、大きく変形。
石を取り囲むようにして菱形の物体となった。
イクトゥスがネブリナを襲撃した際、これと似た形状のものが光線を発射していた。
「……いけるかも!!」
冷えきった自信が一気に沸騰する。フェリシィはそれを両手で包み、腹のあたりで構えた。
隠れていた椅子から飛び出す。ミケへ、菱形の先端を向けた。
…………光線が発射されない。
流れと裏腹の展開に、フェリシィは唖然とする。
手でポンポンと叩くが、変化はなし。
今度は一気に頭の血が上がった。
「ちょっとおおお!! まさかアタシをハメたんじゃないでしょうねえ!?」
ミケが、手首の剣を煌めかせる。
掴んでいたライラックをそこらへ放り捨ててから、凄まじい速さで突っ込んできた。
「きゃああああああっ!?」
恐怖で尻もちをつく。殺される……!
そう思ったときのこと。
手からわずかな振動が伝わる。
瞑っていた目を半開きにした。ミケも剣を突き出そうという寸前で動きを止めている。
彼女の視線は、フェリシィの持つ菱形に向けられていた。
いつの間にやら、先端で光が点滅を繰り返している。
徐々にその間隔が早まり、完全な光となった直後だ。
空気が揺れるような衝撃……。青い極太の光が直線に伸びた。
ミケは、胸元の装飾からシールドを展開。
防がれるも、光の照射は止まらない。
足の爪先を立て、身体全体で耐え凌ごうとする。
だが力の勢いはコアの射撃が上だ。次第にフェリシィの足が浮く。
「うわっ、わああああ!」
完全な防御は無理だと悟ったのか。ミケはシールドを解除。
とっさに身体を横斜めへ傾けた。転ぶようにして避ける。
それでも彼の右腰あたりに大穴が開く。
光線は身体を貫き、後方の山壁で爆発を起こした。
この威力に、思わずフェリシィは見惚れてしまう。
コアを見下ろし、労いの言葉をかける。
「あんた……。やればできるんじゃない!!」
最初に攻撃を行わなかったのは、ミケを引きつけるための罠だったのだろう。高速の移動が得意な彼女でも、至近距離では回避できなかった。
起死回生の一発ではある。しかし致命傷には至っていない。
ミケはふらつきながらも起きあがろうとしている。
しかも反対側からは、カナリアが階段を上がってきた。リリアーナの髪を掴んで引きずっている。
ミケも立ち上がり、光線剣を構えた。
「イクトゥス機……。その行為は反逆と認定。直ちに処分する」
「なんだとぉ!?」
驚きの声を上げたのはライラックだ。
巻き込まれないようにと縮こまっていたが、急にミケの脚へしがみつく。
「僕の努力の結晶なんだぞ!! 君らだけが得する気かぁ!?」
必死に文句を言っているが、ミケは無言のまま前進しようとする。
またイクトゥスのコアから光が溢れた。フェリシィの全方位を囲むシールドが出現。
それにカナリアは全く動じない。ケラケラと笑いながら人差し指を向けた。
「どんな裏ワザ使ったのか知らないけど、もう終わりです♪」
左右から迫るアンドロイド達。いくらイクトゥスの防壁があろうとも、このままでは……。
というところで、二機の足が止まる。
視線が同じ方へ向く。オディアンが詰められた箱が置いてある。
その中に入っている一つが、急に震えだした。
フェリシィからしてみれば、何の用途で置かれているのか不明だ。
しかし二人の反応を見るに、異常なことが起きているというのは分かる。
ミケがライラックを、フェリシィのいる方へ蹴り飛ばす。箱から近い位置にいたので、彼女が確認をしに行く。
ライラックは咳き込みながら、椅子にもたれかかる……。
と見せかけて、先ほどまでコアと繋がっていたケーブルに触れた。
視線はミケの方を向いている。隙を見て、彼女に繋ごうというのか。
しかし、そんな余裕はまだ無い。カナリアが警戒を解かないからだ。
しかもここからまだ、ライラックによるメンテナンスで、ミケの体内にある機能を解除しなければならない。
その作業を行おうとした場合、確実に妨害してくるだろう。もっと相手の意識を逸らす必要がある。
一方のミケは、揺れ動くオディアンの前まで来た。
目を細めながら見下ろす。だが特に動きはない。
しかし直後。
鈍く生々しい音。
もろに突き刺さった。ミケの腹部にだ。
石の前で、闇のホールが出現した。
そしてそこから間髪入れず、直剣が飛び出したのだ。
フェリシィは、あの剣に見覚えがある。鍔の部分がやや禍々しい……。
シクルレッジの刑務所で相対した、ロゼットの物だ。
帝国からの砲撃で亡くなったのかと思っていたが、まさかこの近くにいるのか。
剣身からは、黒いモヤが放出されている。
オディアンが心臓代わりなのだから、逆に彼女の活力となる気もするが……。
「ぐっ……ぁぁ……!?」
ミケは腹ではなく、頭を押さえた。
無感情だった今までと違う。苦悶の表情だ。
「センパイ!?」
事態の急変に、カナリアがリリアーナを床に置いてから飛び上がる。
すぐさまミケのもとに行く。彼女の肩あたりを揺すった。
「ねえ、センパイ!? どうしちゃったんですか、しっかり!!」
ミケに刺さった剣がひとりでに動きだす。傍にいるカナリアへ横払いする。
回避はされた。だがその隙に、ミケを刺したまま、フェリシィ達のいる方向へ飛んでいく。
とはいえ、流石にやられっぱなしではない。ミケは両手で剣先を掴み、押し込むようにして抜き取る。
着地してすぐにフェリシィ達を睨みつけた……が、やはり安定していないらしい。また頭を押さえ始めた。
苦し紛れなのか、手首の剣を向けて近づいてくる。
だが途中で膝をつく。
フェリシィがライラックに呼びかける。
「早く! 今のうちよ!!」
彼は呆然としていたが、我に返る。両手に一本ずつ持っていたケーブルを伸ばしながら、ミケの背後へと回った。
うなじのあたりにケーブルを挿せる穴がある。そこへ二本を突っ込んだ。
しかし敵はもう一体いる。
ミケを慕う彼女は、背部に炎を噴かせて飛び上がった。
漆黒の陰影により、邪悪な表情が際立つ。
「もー、怒っちゃったー!」
なおも声色は変えない。両の手にある指全てをフェリシィとライラックに向けた。
「強制退場の時間ですっ!!」
指先に穴が開く。ここまでか……。
そう思った瞬間だ。
カナリアの胴体を基点に、風色の丸い線が出現した。
急速に線が収縮。彼女は拘束される。
「なっ……!?」
尖った眼を床の方へ向けた。
中腰でリリアーナが立ち上がる。右手にはジェイドムーン。
彼女も鬼気迫る表情で、魔法発動に使用した手を掲げていた。
しかし、アンドロイドの地力は高い。今にも拘束がハチ切れそうだ。
鳥女から笑みが完全に消えた。歯ぎしりを繰り返し始める。
「どーしてわたしのジャマばっかりするの……。ネコババ魔女ォ……!!」
全身をかたむけ、足裏から何か攻撃を繰りだそうとした。
その前に、リリアーナが魔法を放つ。
……フェリシィから見ても、異様な光景だった。
発動したのはウィンド・カッターなのだろうが、一本の筋ではない。
同じタイミング。十本の筋が、たった一瞬でカナリアを取り囲んだのだ。
これにはカナリアも目を見張った。リボンを大きなハートにして前方を防ぐ。
だがこれだけで凌げるわけがない。
風は一斉に襲いかかり、カナリアの身体を切り刻んでいく。
「うぐっ、うううううううッッ!?」
血は出ないが、彼女の白い肉が次々と抉れる。
これを本当にリリアーナがやっているのか。フェリシィは信じられない。
悪人に対してではあるが、拷問のような攻撃……。
とはいえ、良い時間稼ぎにはなっている。
ライラックは、懐から薄い板を取り出す。押してから引き伸ばし、キーボードとなった。
出っ張りを高速で叩き続けると、ミケの瞳から映像が照射。研究所でも見たアンドロイドの内部データだ。
「コアは範囲内に三つあるから大丈夫だ! 解除して欲しいシステムの名前は!?」
「え。えーっと……」
ヒナタが言っていたはずだが、思い出せない。フェリシィは空を見上げる。
「おい! 肝心なところだぞ!」
「分かってるわよ! んーっとぉ……」
『アブソウル・イグナイトだ』
腋に抱えていた猫が途端に声を出した。フェリシィが飛び跳ねる。
「ぎゃっ!?」
「ヒナタ修士か!?」
『ご名答』
この二人は共に未来の住人だ。
「僕が言うことじゃないけど、何でこの子らに力を貸す?」
『総合的に判断したまでだ。セツナちゃんには生きていてもらったほうが都合は良い』
「ゼッタイなにかたくらんでるでしょ!?」
『だがウチの助言で君らも生き延びられる』
早速ライラックはそのシステムを探し、目的のものを見つけた。
「これがアブソウル・イグナイト……」
彼は口のあたりに拳を当て、顔をしかめる。
「全然知らないシステム……というか、これを使えるんだったら、わざわざこっちの世界に来なくても……」
何やらぶつぶつと言う。システムの解除を実行しない。
そんななか、リリアーナのウィンド・カッターが攻撃をやめて消失。
発動していた彼女は、肩を上下させていた。息を整え始める。
またカナリアが自由になってしまう。フェリシィは、ライラックの肩を殴る。
「早く!!」
「だー! もう、うるさいなぁ!!」
キーボードを打ち込むと、赤い警告マークが映像に出た。
YESと書かれたほうを選択する。ミケ自体に大きな変化は見られないが、システムは解除できたようだ。
「あとは、リリアーナがオディアンの力を増幅させれば……」
「人道的な方法じゃ無理だろ! それとも禁忌に頼るって!?」
ライラックは、リリアーナの特殊能力を知らないのだ。
大切な人を取り戻すために、闇魔導石の出力を上げる……。たしかに、禁忌へ片足を突っ込んでいる行為に思える。
だが、リリアーナの持つ力はフェリシィのお墨付きだ。
「ママの魔導具を使ってるんだから……ゼッタイだいじょうぶ!!」
しかしそうはさせまいと、カナリアが拘束を破った。
両腕を広げ、フェリシィとライラックへ突進。
回避を試みるが、あまりの速さに二人とも突き飛ばされてしまう。
「ひゃああああ!」
「のわああああああ!!」
そのまま、段差の下へと落ちていった。




