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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第十章:まだ あなたの傍で
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第四節 ヤキザカラにて

 頼みを受けて……まだセツナは、唖然あぜんと目を見開いたままだった。

 あるじの命令ならば従うべき。そう心に言い聞かせようとしても、実行に移せない。


「どういう……つもりですか」

 承諾の言葉など素直に出せず、とっさに問い質してしまった。

「あれは気の迷いだったのです。余計な感情を抱かせたことは謝罪します」

「……余計なんかじゃない」

 まだ気遣ってくれる。

 そうまでして、優しくいてくれる必要などないのに。


「エキュードさんのように……何年もあなたのことを見ていたわけではない」

 その名を聞いたリリアーナは、少しだけ身を震わせる。



 彼も似たような立場だったのだと、セツナはつい先日気づいた。

 リリアーナの傍で尽くそうとし、想いを伝えるあと一歩のところで果てた。

 大きな違いは、出会ってからの年月だ。セツナとリリアーナが過ごした日々は、まだ半年より少し多い程度である。

 横から割って入ってきた自分が、なぜ彼女と恋仲になどなれようか。

「なのに自分が関係を結ぶなど……あまりに不釣り合いです」



 言い終えると、リリアーナの息をむ姿が目に入った。次の言葉を探しているのか、下向いた視線が右往左往する。


 もうここまで言えば諦めてくれるだろう。あらゆる意味で自分はふさわしくない。

 いずれまた来るかもしれない自分の死。それを乗り越えられるだけの覚悟を持ってもらおう……。



 意気込んだところで、リリアーナから口を開く。

「トランプの絵柄……!」

「は……?」

 疑問符が浮かんだ。唐突すぎる単語だ。


 約一年前。現世から消えていたセツナにとっては、まだ浅い記憶である。

 結婚式前夜に泊まった宿で、セツナは、リリアーナと遊ぶためにいくつか遊戯を持ってきていた。

 そのなかにあったのがトランプだ。裏面に描かれていたのは……。

「サンフラワーは好きだけど……。ここ数年は、誰かに言った覚えなかったよ」


 そんなはずはないとセツナは思った。

 太陽のような広がりのあの花に対して、まぶしい笑顔を見せていた姿がよく印象に残っている。

 あれは帝国で見た新聞記事だ。写真とともに紹介されていた。


 しかしいま思えば……リリアーナの年齢が一桁のころだ。

「新聞で取り上げられてたことはあった……。もしかしたらセツちゃんは、ずっと前から私のことを……!」

「偶然です」

 食い込むように、リリアーナの憶測を否定した。

「あなたが……花を被せてくれたことがあったから。あなたの好きな花だったことは、たまたまで……」

「……ただ、記憶が良かったから?」

「はい」

 リリアーナは顔をむすっとさせた。

 そうして、重大な指摘を行う。

「じゃあ……顔赤くする必要もないよね?」



 すぐさま手で顔全体を隠した。

 視線を泳がせながら……口ごもってしまう。

 王女の好みに合わせて選んだというのは確かな事実だ。

「いろいろ納得しちゃった。昔から私のファンだったんだ」

「す、少しは、気になっていましたが……違います」

「それはそれで傷つくよ~」

 少しからかわれた。今度は口をとがらせてそっぽを向く。


 リリアーナは悪戯いたずらな笑みを浮かべた。視界から消させぬようにと、上目遣いで回ってくる。

「じゃあ……セツちゃんの言い分は、もう通らないよね?」

 新聞という形態でだが、リリアーナのことを古くから見てはいた。その証明となってしまっている。


 そうだとしてもと、セツナは再び反論した。

「論点がズレています!! あなたを危険に陥れたのはセツナで……!!」

「どーしてずっと自分のせいにするの!!」

「だ、って……」



 自分がいなければ、と常に思い続けていた。

 結婚式の件も、自分の死で絶望させてしまったことも。

 アンドロイドとしてよみがえって以降も、エキュードの真相、ミケという別意識の存在……。

 彼女に関わる者を狂わせてきた。未来の破滅も待ち構えている。

 自分さえいなくなればいい。あとは、彼女に自分の死を乗り越えてもらえば……。



 そう、心では思っているのに。

「うっ……くっ、っぅ……!!」

 引きつりを起こしたような息継ぎに変わってしまう。

 本当は彼女の隣にいたいと、感情が暴れだす。

 涙は出ない。そういった身体だからだ。まぶたやほおだけをゆがませている。



 リリアーナにあわれみの目を向けられ……また困らせた。

 従者として、これほどまでの失態があるか。


 理性と本心がぶつかり合う。

 自分にその資格はない。……ずっと傍にいたい。

 顔もまともに見られない。目をつむったまま、離れてしまおうかとすら考える。



 ……温もりを感じた。

 初めて会ったときのように。目のあたりに指を添えられる。


 片方の指ではなく、今度は両手。

 やがて包み込む形で、セツナの顔を上げるように誘導される。



「君を救えてよかったって……今でも思ってるよ」

 幾度となくかれたひとみ

 それが自然と閉じられていく。




 いくらでも、退しりぞけられる時間はあったのに。

 求めていた。望んでいた。


 だから受け入れた。

 唇を……合わせられる。向こうからだ。



 望みを自覚し、セツナもまた目を閉じた。

 舌先はそこまで動かさず。今はただ、共にいられる喜びをみ締めるように。

 相手の息が苦しくなるまで……ずっと続けた。



 唇が離れる。互いに閉じていた瞳をまた開け、見つめ合う。

 白い息が混ざり合うなか、リリアーナのほうからほほ笑む。

 全てが解決したわけではない。しかし、セツナの心にある鎖を解くには充分すぎた。

「イヤだって言っても、私が強引に引き寄せちゃうよ!」


 ワガママであるという意識を捨てず、それでいて相手のことを思いやれる。

 彼女のこういった部分にかれてしまうのだ。



 改めて考える。自分は、隣にいてよいのか。許されるのか。

 彼女の行動を見てしまえば、もう止められない。悩まなくてよいのだ。

 決意とともに、リリアーナの手を握る。塞ぎ込んでいた心を消し、鼻先が向かい合う。


 出会いと別れ。そして再会……。

 運命的な巡り合せが、二人をここまで引き寄せた。

 それを只の奇跡で終わらせたくない。これからも確かなものでありたい。

 気持ちは同じまま。ようやくセツナは笑みを浮かべ……。




 途端に、何かの割れる音が遠くで響く。

 セツナは目を大きく開いた。リリアーナの身体を横にずらしながら背を向ける。


 風圧と衝撃が二人を襲う。

「きゃあああああ!?」

 吹き飛ばされ、後方の茂みに倒れ込む。

 リリアーナは慌てて起き上がり、セツナを見下ろす。

「セツちゃ──」



 光景に、リリアーナは思わず息も忘れる。

 セツナの横脇腹に、大きな穴が空いていた。電流が見えることから、帯電性を持った攻撃だと思われる。



 受けた部位は、くしくもあの時と同じ……。

 まだ終わっていない。簡単に幸せなどつかませないと言わんばかりに。


「いや……。いやだ……。セツちゃん……ッ!!」

 首を横に振りながら、いまだ動かない彼女を揺する。


 するとセツナは、腹ではなく、頭を押さえながら起き上がった。

 傷となっていた腹の穴も徐々にふさがっていく。

「だい……じょうぶです。少し目は、くらみましたが」



 言い聞かせてくるものの、リリアーナの動悸どうきは激しくなる一方だ。

 偶然とは思えない状況の一致が過呼吸を引き起こす。

 それを見たセツナが、両肩に手を置いてくる。

「落ち着いてください!! まだこうして……!!」



 襲来した事態は安寧あんねいを許さない。

 割れた音と同じ方角にて、今度は爆発音がとどろく。

 二人はそちらを見る。街の外との境目にある門が、激しい炎に包まれている。

 二度に渡る攻撃が同じものなのかは不明だが、セツナの身体を貫通した鉛玉は地面に刺さっていた。セツナがそれを拾い、分析する。


 カナリアによる狙撃か。リリアーナはそう予想しつつ、東の空を見る。

 彼女の姿は見えない。



 視界に入ったのは……別の影だ。

 赤く不敵に輝く、巨大な翼の生物。帝国に改造させられたという獣たちだ。

 銃撃によって、彼らの侵入を妨害するためのバリアは砕けた。

 さらに地上でも門が倒壊する。

 夜間に暴走する生物たちが、簡単に街へと入り込める事態になってしまった。



-----



 最新機種であるカナリアの性能は、他のアンドロイドと比べてはるかに高い。

 そのうちの一つが、眼球に搭載されている、超高精度の望遠レンズだ。

 アーガランド帝国とヤキザカラの距離は約二十キロある。だが視界と角度さえ合えば、例えその倍の距離からでも標的を視認し、なおかつ狙い撃てる。


 カナリアは、帝国本部、要塞ようさいの最上に立っている。

 予定にはなかったが、このタイミングでの奇襲をかけた。

 リリアーナなる少女が許せなかったのだ。ミケ……。彼女にとってはセツナと口づけを交わした。



「そこにいなくちゃなのはカナリアなのに……。ずいぶん勝手ですよね」

 先にヤキザカラから人員を集めていて正解だった。クールタイムは十分ではないが、この機に乗じてミケを迎え入れようと考える。

 思い立ったらすぐ行動だ。カナリアはステップを踏み、要塞ようさいの中へ入った。


 駆け寄ってきたライラックとステラが道をふさぐ。

 弱々しい表情でライラックが口を開く。

「カ、カナリア機!! ダーク・キューブ達を置いて離れるつもりか!?」

「お二人には手なずけ方を教えましたよね?」

「またあたしを手荒く利用しようってわけ?」

「それ以外に存在意義がありません。しぶとくセンターを狙ってるみたいですけど♪」


 ステラが謀反むほんの機会を伺っていることは、目に見えて明らかだ。

 しかしいつまで経っても機会に恵まれないのがおもしろすぎた。カナリアはニヤける。

 実際命令に従わなければ、ステラの身は痛めつけられてしまうだろう。彼女は顔をしかめながら、階段を下りていく。

 カナリアも、両腕を横に広げながら後を追う。



 最下層へと近づくにつれて、多くのうめき声が聞こえてきた。

 照明用の火などともっていない暗闇。肉体と筐体きょうたいの周囲に浮かぶ、火や電流のみが光源となっていた。


 彼らの前で、カナリアは足を止める。

 顎に人差し指を当て、「うーん」とわざとらしく悩む。

「せっかくだから……いじわるなセトリにしたいですよね♪」



-----



 壊れた門から、獅子しし型と牛型の二体が侵入した。

 警察たちがボウガンを構えて応戦。だがあっという間に餌食となる。


 上空からも獣の群れだ。閑散としていた街だったが、事態に気づいた人々が建物から飛び出し始める。

 そして必死に逃げ惑う。立ち向かう者もいたが、改造で強化された彼らの前には無力だった。



 お姫さま抱っこの形でリリアーナを抱えたセツナが、街道へ下り立つ。

 地に足を付けたリリアーナは、即座にレイピアを抜く。人々の前に立ち、前方向へバリアを展開。

 たやすく破れはしない障壁へ、おおかみ型の獣が牙を立てる。

 黒板を引っいたような音が響く。一体程度なら問題ないが、後から押し寄せてこられれば厳しい。


「しゃがんで!!」

 背後の上空から声が響く。リリアーナとセツナは、言われるがままにかがむ。

 頭上すれすれを、炎の弾が通り抜けた。おおかみの頭を貫く。


 西側で聞き込みをしていたフェリシィの射撃だ。羽を広げた彼女が下りてくる。

「早く追い払うわよ!!」

「街の警備の人と協力しよう! 私たちは、これ以上の侵入をさせないように……!!」



 リリアーナの発言途中。セツナは、街の南側を向いた。

 闇魔力の胎動……。多くの物質が、異空を辿たどってこの地に出現している。


 それは、氷雪地帯ならではのスポットで行われていた。四角く縁取られた柵線の中に、氷で作られた床が張り巡らされている。

 本来であれば、その上を多くの者が、裏面に刃物のような金属が付いた靴で滑走するのだ。

 こういった場所のことをスケートリンクという。

 闇の魔力が集まっていくのは……その下層。



 氷に亀裂が走った。

 そこから、骨のように肉付きが細い……。

 しかし大きな魔力の手が飛び出す。


 やがて、異様な存在が下からい出てくる。

 二つの手とつながっているのは、黒く四角い大型の箱だ。


 既視感にすぐ気づいたのはフェリシィである。

「あれ……。ネブリナで使ってたやつ……!!」

 微妙な角ばり方の違いはあるものの、カナリアが襲撃時に操作していた物とよく似ている。

 あのときはテストがてらといった様子だったが、より段階を進めているのだろうか。

 セツナは解析モードをオンにし、敵兵器の性能を読み取る。




 ……中にある熱源を見て、戦慄せんりつした。

 筐体きょうたいの大きさとはあまりに不釣り合い。無理やりといった具合に被せられている。


「……セツちゃん?」

 リリアーナが手を握ってきた。彼女がすぐ気づくほどに、動揺の色を隠せずにいたようだ。



 そんなはずはない。あってはならない……。

 願望にも似た否定だけが浮かぶ。

 だが無情にも、全容が姿を現した。




 箱の下部から見えているのは……人の脚だ。

 つまりこれは、兵器と魔力と人間をつなぎ合わせたモノ。魔力の手が足代わりとなっているため、人の脚は力なく揺れきっている。


「ひ……ひどい、よ……」

 リリアーナは声を震わせた。フェリシィも愕然がくぜんとする。

 極めて非人道的な存在だ。まだ一体だけの出現だが、ステラによる転移だとすれば、同じような人造兵器があと数体は出てくる可能性がある。

 どうにかあの一体を再起不能にし、そうしてスケートリンクへ行って進行を止めるしかない。


 箱の表面にも高い魔力反応だ。それが何なのかを二人に伝える。

「強い魔導コーティングです。しかしリリアーナ様ならば……」

 何らかの魔力を当てられさえすれば、その防御力を無効化できるだろう。


 まだ、異形の存在はこちらに気づいていない。そのすきに、リリアーナがレイピアへ魔力を込め始める。

「ムーンライトォォ……」



 その行動が裏目に出てしまう。

「えっ……!?」

 リリアーナの太ももに、黒い影が巻き付いた。

 強い魔力を放出していたゆえに、こちらの位置を完全に把握されたのか。


 まずいと思った。すぐにセツナはその影をがそうとする。

 だが、指に触れる直前。


 無数の黒い手のようなものが地面から生えてきた。

 その暴れっぷりから、距離を取らざるを得ない。


 黒が膨れ上がっていく。リリアーナの身体が見えなくなる。

 彼女の身体は、手品のように消えてしまった。レイピアだけが床に落ち、虚しく音を鳴らす。

「リリアーナ!? 食われたの!?」

「いいえ、違う……!!」



 二人の声を聞き、人造兵器がこちらを向く。

「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ──!!」

 低い奇声がとどろくとともに、敵の両指先がこちらへと伸びてきた。


 セツナはフェリシィを抱える。後方に大きく跳ぶことで攻撃を回避。

 先ほどまで立っていた雪面に穴が開く。触れたものを無の空間へ変えてしまう能力だ。


 リリアーナの熱源は、スケートリンクの地下に移動した。

 彼女が巻き込まれたのは、ステラによる別種の攻撃だろう。

 しかし、予断を許せない状況だ。何をされているのか定かではないが、リリアーナの体温は下がっていく一方……。

 このまま放ってはおけない。一刻も早く救出し、そのうえでレイピアも届けなければ。

 そんな考えのなか。



 脳裏をノイズが走った。

「ぐっ……!!」

「セツナ!!」

 頭を押さえ、耐え忍ぶ。

 あの狙撃の影響だ。間違いない。



 ミケの意識が活発化してきている。最悪のタイミングだ。

 彼女の狙いは……。同じ脳を共有しているから分かる。



 次にリリアーナへ近づいたところで、置き換わるつもりだ。

 油断した彼女を殺害し……任務を達成する。



「フェリシィ、さん。リリアーナ様を……おねが……」

「なに言ってんのよ!? アンタも来るのッ!!」

 フェリシィに引っ張られている間に、人造兵器は砲塔を向けてきた。

 雷光が、いびつな線を描いて迫る。


 重くなった身体だが、フェリシィを抱えたまま、走り高跳びの要領で前に回転。回避に成功した。

 同時に、レイピアのもとまで来る。セツナはそれを拾う。

 すぐにフェリシィの前へ出す。

「彼女に、届けて……。スケートリンクの下にいます」

「アンタはどうすんのよ!!」



 既に行動は決まっていた。

 セツナは、背中のジェットパックを点火させる。

「こちらは……引き受けます……」

 深いことは話さずでいようとした。



 だが、フェリシィは大口を開き……察したようだ。

「言ったわよね!? アンタに消えられたら困るってッ!! リリアーナにどう話せばいいのよ!!」


 叱咤しったの間にも、人造兵器が両手を振り上げる。

 時間はない。レイピアを押し付けるとともに、フェリシィを突き飛ばす。


 両腕から剣を出した。振り下ろされた魔力の手をしのぎながら、前方へ飛ぶ。

 セツナの名を呼ぶ叫びが辺りに木霊した。

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