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第五節 氷上にて

☆☆☆☆☆


「あなたは確かに強くなった。最悪の形でです」

 燃え盛る木々を背景に、セツナは、ロゼットの姿を見る。

 顔面には、黒い血管のような筋。異常なとがりを見せた爪。膨張した脚。悪魔のような翼……。


「人は、誰かに支えられて生きていくものだと自分も学びました。しかしあなたの場合、毎度誰かに利用され、そしてのせられてしまっている」

 ロゼットは剣を強く下ろす。氷面に剣先が触れた。

「何がいけないってんだ……。あの人には欲があった。そのために俺を利用した」


 顔を上げ、流れる大量の汗とは裏腹の笑みをこちらに向ける。

「だが俺の願いもかなった……!! 貴族の世界から抜け出したいっていう願いがなぁ!!」

 白目の部分が血走っていく。

「欲望まみれに生きてなにが悪い!! 俺はあの人に拾われて幸せだった!! テメェらこそ!! 俺の幸せを奪う権化ごんげだァ!!」


 握りの部分を両手で持ち、後ろに大きく引く。

 翼の展開と、闇魔力の増幅が同時に行われる。剣身も黒に染まった。

「国にあだなす罪人ども……!! 墓穴はかあなに埋めてやるゥゥゥ!!」


 爪先を蹴ると、直線の尾を引きながらセツナに突進。

 縦に振りかざしたのが見えた。セツナは右手の剣を横向きに置く。

 触れ合う寸前で刃を斜めにする。重い一撃を受け流す。


 金属同士が何度もぶつかり合う。高い音と火花を散らせ、剣戟けんげきが続く。

「セツちゃん!!」

 リリアーナの心配する声が聞こえる。

 セツナが、彼女を安心させるために言う。

「手出しは無用です!! 自分が思い知らせる!!」

「何をだァ!?」

「今のあなたがどれだけいびつか……!!」

「この女ァァ……!!」


 魔力の奔流が、ロゼットの尾てい骨あたりに集まっていく。

 やがて巨大な……サソリのような尻尾として具現化した。身を回転させてそれを振るう。

 セツナは跳躍で回避する。そのために、足裏で炎を噴射させた。



 その際に生じた地形の違和感に活路を見いだす。

 宙にいる間にセツナは回り込んだ。着地とともに振り返って剣を振り上げる。

 ロゼットの脇腹に触れたが、傷をつけるにはいたらず。

 逆に剣身をつかまれた。動きを止められる。

「勝ったほうが正しいっていうんだろ……? ならお前の意見は間違ってたんだなァ!!」


 セツナは地に足を付けているが、その間にも足裏で炎を噴かせた。

「欲をかなえるのは人の勝手です!! しかしあなたは、周りが見えずに暴れすぎている! 誰かに迷惑をかけないという大前提が……!!」

綺麗事きれいごとを言うなァァァ!! 拾われて!! 生き返って!! テメェこそ望まれすぎてるんだよッッ!!」

 セツナの腹部へめがけて蹴りが入る。

 痛みは無いが、強烈な一撃に脳が揺れる。


 ロゼットは、天まで昇る勢いで剣を上げた。

「終わりだァァァァ!!」


 だがセツナの意識はすぐに回復。再び喉仏に指を当てる。

 剣が振り下ろされ始めたと同時。



 ある音声を再生した。



『ロ……ゼ、ットォ……』



 斬撃の軌道を止めた。

 彼の声が、セツナの身体から聞こえてきたためだ。


 ロゼットは唖然あぜんと口を開き、瞳を揺らがせる。

 聞いていないフリをしていたあの言葉が、巻き戻されようとしていた。



『た……のむ……王女だけ、は……護っ……』

 師の最期の言葉は、変わらず姫君の護衛騎士としてふさわしいものだった。



 引き継がれたミケの記憶。今の音声はそのうちの一つだ。

 エキュードの願いを守るどころか、ロゼットは、リリアーナに攻撃までしようとした。

「くっ……グゥゥゥ……!!」

 その事実を思い知らせるには、あまりにも有効的な手段である。


 聞き入っている間に、セツナは足裏の炎の出力を上げた。

 そして最後のひと押しを与える。

 液状化を始めていた氷面に剣をたたきつけ……。



 決壊が生じた。

「なッ……!?」

 白い霧を上げながら、氷の足元が崩れ落ちる。

 その下から水面が現れた。この地は、湖が氷結化した場所だったのだ。ゆえにセツナは、凍りついている足元をあぶり続けていた。


 ロゼットは体勢を崩す。急ぎ、水に落下する前に空を舞おうとした。

 みすみす逃すわけがない。セツナは指先からワイヤーを射出し、彼の脚部に巻きつける。

 目いっぱいの力で引き、そのまま彼を水面へと落下させた。


 水中に入っている間に距離を詰め出す。セツナは左手にも剣を展開させる。

 背部ジェットを噴射させて急加速。



 い上がってきた彼の両肩を、二刀で貫いた。

「ぎぃぃぃぃあああああああああ!?」

「リリアーナ様!!」


 さらにだ。接近していたのはセツナだけではない。

 挟み込むようにして、既にリリアーナも走りだしていた。レイピアを突き立てながらロゼットに迫る。

「やめ……ろぉぉォォォォ!!」

 リリアーナが持つ能力に感づいているのだろう。翼へ雷の気を漂わせ、放つ。


 かなりの弾速だ。リリアーナはバリアを張る余裕がない。慌ててレイピアを横に傾ける。

 剣身に魔力を込めていたためか。吸着するような形で雷撃は止まる。

 しかし勢いはそのままだ。リリアーナの体勢がもつかどうか……。



 だが途中で、魔力の流れが変わった。

 相手の魔力攻撃を、自分のものに変えようというのか。

「たあああああああああ!!」

 絶叫とともに突き出す。

 青の色に変わった稲妻が伸びた。


 すぐさまロゼットは翼を翻し、防御する。

 セツナはその翼に斬りかかるが、相変わらず硬い。

「無駄だ!! そんな攻撃……!!」

 とここで、セツナはロゼットから離れる。



 わずか一秒後に小爆発が起きた。

「な、にぃ……ッ!?」

 ロゼットは苦悶くもんの声を上げながら、射撃が来た方をにらむ。

 スリングショットを撃ち終えた後の……フェリシィがいた。


 今の爆撃によって大きくのけぞる。

 そして、攻撃を通せる隙間が生まれた。

 ロゼットの脇腹へ、青きいかずちがぶつかる。

「ガアアアアアアアアアアアッッ!?」



 リリアーナの指先にも、相手魔力の脈打つ感覚が伝わってきていた。

 この流れを止めさえすれば、彼を助けられる。



 しかし。

 リリアーナの視界が、途端に揺らめきだす。

 この現象は、イクトゥスに剣を突き刺した際にも起きた。……またしてもだ。

 体勢はそのまま。意識だけが、向こう側へと引きずり込まれる──。



☆☆☆☆☆



 セツナが死んで以降、リリアーナ王女の精神は病みきっていた。夜一人で眠ると、そのたびに悪夢を見て発狂してしまう。

 泣き叫ぶ彼女をなだめるために、メイドや騎士たちが寝室に入り、鎮静剤を与える。


 そんな日常が続いて約一年。

 寝室の扉前にて、ロゼットは足の爪先で床をたたいていた。

 募る苛立ちは、いつまで経っても現実を受け止めきれない王女に対して。



 それと……もう一人にだ。

 辛抱たまらなくなった彼は、鍵穴から中の様子をのぞけないか試してみる。



 直後に扉が開き、腕を強打。

 出てきた男へ強いまなざしを与える。

「おいお師匠……!!」


 エキュードは、口元で人差し指を立てた。ロゼットを廊下の奥へ連れていく。

「なにを怒ってるんだ! 突っ立ってるお前が悪いだろ!!」

「黙れよ……! 俺に対してだけ強気な意気地いくじなしが!!」

「上司に向かってぇ……! いや、今更か……」


 ロゼットは師の手をつかむ。立っていた人差し指を持ち主の顔に向けさせる。

「この際だから言わせてもらうがなァ、いい加減うじうじ悩むのをやめろよ!!」

「僕が……何を……」

 言い返そうとしたのだろうが、見透かされていることにも気づいたのだろう。視線を横にずらす。


「姫様が結婚する前に、告白でもなんでもしやがれってぇんだ!! もう邪魔者はいない!!」

「なんてことを言うんだ!! それに、国が許してくれるはずないだろ!」

 貴族より下の階級である騎士に、王女と結婚する権限などない。二人とも承知の事実だ。


 しかし、問題はそこではないとロゼットは言いたいのだ。

「このまま何も伝えられずに死ぬつもりか? ずっとうじうじしたまま!!」

「負けるのが分かっているのに、挑むわけないだろ……」



 まだ王女の中に、彼女がいると思っている。それが彼の決断を鈍らせているのか。

「だいたい、僕にそんな資格なんてない。リリアーナ王女の名前を勝手に使ったんだ。おとなしく引き下がるべきさ」

 何かと理由をつけて、自分はふさわしくないという流れを作っている。


 そういった姿勢を見るたびに、ロゼットの心へ黒い気がまっていく。

 拳を固め、彼の腹あたりを軽く殴った。

 よろいを着ているので痛くはないだろう。伝えたかったのは痛みではない。



「あんたに玉砕してほしいんだよ」

 低く、強く言い放つ。

 悪口のようにも聞こえるが、真逆である。

「今のままなら……あんたはこのまま誰の記憶にも残らず、惨めな姿のまま俺に追い抜かれる」

 皮肉を込めながら、彼は額のあたりをエキュードの胸元に押し当てる。

「そんな器じゃないだろ……。あんたは誰かを救える立派な人間だ」


 拳の押し当てを繰り返す。ロゼットなりの激励を与える。

「ただの友人のまま終わるな。あんたは王女を愛した騎士だ。今後、自分を選ばなかったことを後悔させてやれ」



 言い終えて、ロゼットは顔を上げられなかった。

 らしくなさすぎるからだ。顔を見られたくないがための行動だったが、言っていたことの恥ずかしさを自覚した。赤面した今、余計にこのままでいたくなる。


 そんな彼の頭に、エキュードの手が載る。

 そしてぽんぽんとたたかれた。



 こちらが活を入れてやったというのに。

 文句を言いたくなったが、やめた。


「……ありがとう」

 彼の穏やかな声が、少しは明るい未来を見せてくれたからだ。

 ロゼットは、味わって息をする。我に返りながらも静かにほほ笑む。

 明日、想いを伝えると約束され……その夜は先に持ち場を離れた。



☆☆☆☆☆



 二人の会話が、今のリリアーナには残酷だった。

 ミケによってエキュードが殺される、直前の出来事だ。

 ロゼットが、そしてエキュードが……。あの晩の時点で何を想っていたかよく分かる光景だ。

 精神と身体、双方に負担が押し寄せる。


 浄化の力は流し込めた。ロゼットのいびつに膨らんだ筋肉や爪など、全てが元に戻っていく。

 通常の人間が氷の湖に浸かったままなら、まず助からない。セツナはすぐに引き上げ、安全な雪面で寝かせた。

 彼の腹部からハミ出ているオディアンも抜き取る。握力を強めると、簡単に砕け散った。

 悪魔化した外見は消失。押さえている肩からはまだ血が流れている。



 フェリシィが、スリングショットを構えながら前へ来た。

 リリアーナは彼女の方へ手のひらを向け、制止する。

「待って」

「なんでよ!? こんなクズ、死んだほうがいい!!」

 そう思わせるほどのことをしたのは間違いない。だが、オディアンによって理性が暴走していたという流れもある。

 思えば彼は、フェリシィと二、三歳程度しか変わらない少年なのだ。



 そんな彼が、ステラの駒とされ、多くの人を殺してしまった……。

 暴走させられていたと証明さえできれば重罪は免れる。


 問題なのは、彼と今、どう向き合うかだ。



 ロゼットは、悔しそうに歯ぎしりした。

「……俺の中を、のぞいたな……?」

「ロゼット、く──」

 手を伸ばそうとするも、彼は傍にあった剣をすばやく持つ。剣先を向けてくる。

 だが、もうオディアンは砕けた。彼は魔法を発すことができずに終わる。


 それに気づいたのだろう。力なく剣が下がっていく。

 疲れと感情からか、震えながらうつむいた。

「あの人の行動理由は、全部お姫様だった。お前しか見ていなかった」

 突きつけられた真実に、リリアーナも涙ぐみながらうつむく。スカートの端を摘む。

「……そっか」



 小さなつぶやきに、ロゼットの瞳が揺れた。

 血反吐を吐きながら声を荒らげる。

「いつも被害者ぶって……!! つくづくそういうところが嫌いだった!!」

 続けられた言葉に、リリアーナの眉は弱々しく傾いていく。

「だから……あんたに刃を向けたのは当然の流れだ。どうとでもしろ。処刑台に上げるか、今ここで葬るか……!!」



 血眼のロゼットに対し、リリアーナは手を差し出した。

「ロゼット君……。私たちと……」



 言いよどんでしまう。

 この提案は、リリアーナと、死んだ彼だけが満足するいい加減な主張だ。

 世界が。近くで言えば、フェリシィが納得してくれるのか。

 そして何より、ロゼットにとって良いものなのか。嫌いな相手の傍でなど……。



「よせ」

 引き下がったのは、正面にいる彼からだった。

「今さら許されようなんざ思っちゃいない。気づいてないんだろうがなぁ、そういうのを偽善っていうんだぜ」


 感情と罪。

 両方が、彼の主張を後押ししている。

 なんとしても、この表舞台から立ち去りたい。そんな本心が伝わってくる。



 ──本当にそれでいいの?

 疑念が逆転する。同じような感情を、数日前に味わったばかりだからだ。

 本来の理性を封じられ、人殺しの道具として利用された。


 彼らの罪とは何だ。

 そして自分は、またしても彼らの自責に甘えるのか。

 もう見ているだけにはしたくない。



「私たちと……いっしょに来て!!」

 言われた彼だけではない。後ろで聞いていたフェリシィも驚いた顔をしていた。

「……ジョーダンでしょ?」

「そうだ……。俺は……あんたを殺そうとした」


 返答はせず。差し出した手も震える。

「なんとか言え!! どういうつもりだァ!?」

「エキュードが……」


 涙をにじませ、振り絞るように言う。

「エキュードが、望んだことだから……!」



 ロゼットは言葉を失くす。

 師であるエキュードが最期に願ったことは、一番弟子に、最愛の人を護ってほしいというもの。


 今のような状況になってしまえば、普通はかなうはずがない。

 それでも王女は手を伸ばしている。

 偽善だとさいなまれてもなお、まだ諦めまいと……。


 怒りで埋め尽くされていた精神に、少しのほころびが生まれる。

 そして同時に、なぜ彼女が人々から慕われていたのか、分かった気がした。



 ──もし……。

 彼が今の自分を見ていたら、どう思うだろうか。

 彼が望まないことを自分はしていた。もう見捨てるだろうか。あるいは怒鳴り散らすか……。


 いいや、違う。

 彼は本当にどうしようもなく、愛する人のことしか見ていなかった。

 願いのためなら、また自分を利用するだろう。

 そしてそれを、自分は好都合だと思って受け入れるのだ──。



 心労によるものだろうか。彼は目を閉じ、静かに意識を失くした。

 脈拍は正常で、息もある。リリアーナは手を下げ、眠る彼を見つめた。


 今の自分の行動が、果たして正しかったのか分からない。

 事実、フェリシィは納得がいっていない様子。ロゼットが火をつけた刑務所も燃え上がったままだ。


 ともかく、戦いは終わった。今は救出と消火を最優先に動かなければならない。

 ロゼットをセツナが背負い、三人は刑務所の方へと走りだした。

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