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第二節 監獄にて

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 転移による落下は今日で二度目だ。感覚を覚えたセツナは、床へ落ちる前にリリアーナとフェリシィを抱えた。

 そうしてから両足で着地する。


 フェリシィは自力で飛び下りたが、リリアーナはぐったりとしたままだ。

「大丈夫ですか……!!」

 ゆっくりと目を開けた彼女は、震えながらもうなずく。ダーク・シードのうずきが治まっていないのだろう。


 しゃがんで彼女を下ろすと、口にしたのは自分のことではなかった。

「ラクザコさんが……!」

「いいでしょ別に! もう使いモノにならないんだし!!」

 確かに、セツナの体内構造を確認した彼は、未来の技術者でありながら驚愕きょうがくしていた。

 あのような反応をしていたのだ。今後の役に立つかというと考えにくい。

 とはいえ、セツナの体内構造を見られるほどの技術を持っていたことは間違いない。すきさえあれば身柄を確保したいが……。



 ここでセツナは、周囲の視線に気づく。どこへ転移したのかは、辺りを見回せばすぐに分かった。

 一直線で続く廊下の中心だが、左右、そして斜めに鉄格子が並ぶ。

 その中には、囚人服を着た、さまざまな人型生物が一人ずつ閉じ込められていた。

 彼らは皆こちらを見る。呆然ぼうぜんとしたり、わめいている者もいる。

 突然の部外者出現をの当たりにすれば、誰でもこうなるだろう。

 ともかく、ステラ達もすぐに追ってくるはずだ。セツナは、なるべく穏便に脱出する方法を考える。



 すると姫君は、ある危惧を口にした。

「ここにいる、人たちも……危、ない……」

 ポーチから複数の魔導石を取り出す。それらを光らせ、ろうの前に等間隔で投げ捨てていく。

 設置型のバリアが置かれた。ステラ達の猛威を予感しての配慮か。

 たしかに彼女ならば、彼らの命など構わずに攻撃をしかけてくるかもしれない。



 理解できない様子なのはフェリシィだ。

「アンタ、どこまでお人よしなの!?」

 それが彼女の良いところでもある。果たしてここにいる囚人全員が死に値する者かというと、必ずしもそうではないだろう。

 だが、今は一人ずつ見極めている時間など無い。リリアーナの気持ちを尊重すれば……。



「ヒュ~! なんだァ、そのエロケツ!! 誘ってんのかァ!?」

 突然横から、下品な言葉をかけられた。


 見れば、半魚人の男が、舌なめずりでセツナの尻を凝視していた。

 言われた本人は顔を赤く染める。息を上ずらせながら、右腕で尻の谷間を隠すように挟んだ。


 フェリシィが前に出た。スリングショットで威嚇する。

「こいつなんて、どう見てもろくでなしでしょ!!」

 魔力封じの手枷てかせを付けられているため、すぐには襲ってこないだろう。しかし、世に放っていいような輩とも思えない。


 セツナは、リリアーナの耳元で告げる。

「命を守りたいのであれば、自分たちが早々に撤退しましょう」



 すると廊下の奥から、警備員が駆け寄ってきた。

 騒ぎを聞いてだろう。見つからずの逃走はかなわずとなった。

 ならば、比較的安全そうな囚人のいるろうを選び、そこの壁を突き破って脱出しようか……。



 そう考えていたときのことだ。

 背後にて、闇の魔力を感知する。

「見~つけた」


 早くもステラ達がやって来た。

 床に置かれているライラックは、全身を闇の縄で縛られている。口の中にも何かを詰められ、苦しそうだ。


 そしてロゼット……。

 ムーンロードの海上で戦った時のように、悪魔の羽をなびかせていたが……。



 腹のあたりを押さえながら、うつむいている。

 息遣いも荒い。明らかに妙だ。


「お前たち、止まれ!!」

 警備員は剣やトンファーを構えた。リリアーナ一行とステラ一行、双方に警告する。


 だがステラには、彼らの存在など眼中に無いようだ。

 状況をいちべつした後、右手を上げる。


 直後のことだ。

 彼女の手元に、先ほどの半魚人が現れた。転移の術で呼び寄せたのだ。頭の角ばった部分をつかまれている。

 だが彼は、ステラの巨乳や股間部を見ると、ニチャリと笑った。

「よぉ、姉ちゃん!! 一発抜かせろやァ!」

 言われた彼女は、なぜだかうれしそうにほほ笑む。彼の口元を指先でなぞる。



 男の悦楽は、すぐさま苦悶くもんへと変わった。

「あがっ、がっ、ぁあっぁぁぁぁあ」

 離れていく人差し指。それに釣られるようにして、彼の口内から何かが捻り出される。

 本来この世の生物には存在し得ない……霧のような、炎のような物質だ。


 全て抜かれると、彼は凍りついたかのように固まる。後ろへと倒れた。

 闇魔力のかてとなる成分のなかには、性欲も含まれている。いま朽ち果てた男性は、まさにかてとして良質な存在だったのだろう。


 抜かれたのは魂だ。闇の魔力を使い、無理やり物体としてこの世に留められている。

 だが、いつまでも存在できるわけではない。火先が勢いを失くしていっているとおり、数秒であの世へと還っていく。



 その抜き取った魂を、隣にいる少年騎士へ押し当てた。

「うっ、ぐぅぅぅぅぅ……ああああああああああ」


 何が起きているのか。セツナですら推理に時間を費やす。

 魂が具現化しているとはいえ、それを平常の人体が吸収できるわけがない。



 可能とするならば……。体内にオディアンを埋め込んでいる場合のみだ。

 セツナの魔力感知は、魔導石に対しては発揮されない。それでも分かる。状況が物語っている。

 彼は補助魔導具を装備しているものの、もはやそれでは補助しきれていない。体内全体を闇が侵食し始めた。



 ロゼットの瞳が、赤の殺意となる。

 爪も鋭利に伸び、手全体が獣のように変化。

 さらに、彼の腹部から発生した闇の霧が、ちょうど近くにいた警備員四人を襲った。



「あばっ、ばば、ばっ」

 同じようにして魂が抜き取られた。またロゼットの中へと入っていく。

 今度は、腕と脚の筋肉が隆起りゅうきする。


 もはや元の……幼さもあった少年騎士の姿はない。

 完全なる悪魔。背中から引き抜いた剣のほうが、不釣り合いに小さく見える。

 翼が横幅を広くするとともに、彼の身体から電流が流れた。体勢を低くし、剣を構える。



 空気が震えた。

 地を蹴り、セツナへ目掛けて直進。

 アンドロイド顔負けの速さだ。セツナは、リリアーナの身体を後方に退かしてから右手の剣を抜く。

 双方の剣がぶつかり合う。以前にも鍔迫つばぜり合いは起きたが、そのときとは比較にならない重量を受ける。


 彼は汗ばんでいるが、手応えを感じてか。

 邪悪な笑みが浮かんだ。

「慣れちまえばこっちのもんだなぁ……。身も心も桁違いだ! ハハハハハッ!!」

 高笑いしながら剣を振り回してくる。


 セツナはなんとか受け流しつつ、相手の五撃目で大きく弾き返した。今度は自分から斬りかかっていく。

 剣身から火花を上げながら、セツナは背後も気にする。まだリリアーナとフェリシィは近くにいる。

 離れすぎた場合、ステラがリリアーナ達を狙って動きだすだろう。一定の距離を保ったまま立ち回りたいが……。



 よそ見をしている間だった。

 ロゼットの巨大な手が、セツナの上半身をつかんだ。

 顔の向きを戻すと、彼は牙をき出しにして笑っていた。

「行こうぜ……。邪魔の入らないところになァ……!!」


 視界がブレ動く。

 共に跳び上がると、天井を突き破って外へと投げ出された。



 セツナの無事を願うしかない。今は、前方の脅威を対処することが先決だ。

 リリアーナは、ダーク・シードの影響で倦怠感けんたいかんが出ていた。それでもようやく一人で動けるくらいには回復した。

 すぐさまフェリシィの手をつなぐ。ステラから距離を置かねばと走りだす。


 しかし、警備員の一人が立ちふさがってきた。

「止まりなさい!!」

「アタシたちは悪人じゃないのー!!」

 リリアーナは苦笑いでうなずく。元はと言えば、刑務所に入り込むという行為自体が大問題ではある。

「そんな言い分がつうよ──」



 警備員の顔色が、いきなり白くなった。膝を折る。

 喉の一部が膨れ上がり、吐血。二人の足元にまき散らされた。

「ひゃああああ!?」


 フェリシィが悲鳴を上げるなか、彼はケイレンを起こす。

 やがて全身のいたる部分が膨らんでいく。

 それは頭部も同じだ。全体的に見て、人一人分のサイズを含んだ形となった。

 白目は赤く染まり、眼球は今にも飛び出そうになっている。

 常軌を逸した光景だ。囚人たちまでもが息を震わせ始める。



 そして成れの果ては、大きく口を開いた。

 喉元までせり上がってきたそれが、リリアーナをキッと見つめる。

 彼の体内にいる漆黒の塊。徐々にロウソクの光で照らされ……。



「ばぁっ!!」

 稀代きだいの悪女だ。赤ん坊を笑わせるような声と共に飛び出してきた。

 二人がうろたえるなか、血やヨダレなどの液を伴ったまま、口からい出てくる。

 警備員の膨らんだ筋肉や皮膚はそのままだ。ぐにゃりと音を立てながら倒れ込む。

「君が決めなさい? リリちゃん。痛いのか、えっちなのか、それとも……」



 そう言う彼女の視線は、ゆっくりとフェリシィの方へ向けられた。

 彼女を襲うつもりか。手が上がっていく。正面からの攻撃か、あるいは遠隔からの奇襲か。

 どちらにせよ、このままでは無防備すぎる。

 リリアーナはレイピアを光らせ、ドーム状に魔力障壁を展開。フェリシィと共にバリアの中へ。



 するとステラは目を見開く。上げた手を引っ込めた。

 唐突な構えの停止。疑問に思っていると、笑みの消えたステラが口を開く。

「こっちの魔力に干渉してきた……? 今のは何?」


 狙ってやったわけではない。確かにリリアーナは、レイピアとダーク・シードを通して、あらゆる魔力量を操作する術を手にした。

「ふ、ふふん!! れるものなら、てみるといいよ!」

 だが、自在に扱えているかというとまだだ。ステラにやられまいという意志が、彼女の遠隔魔力を消し去ったのだろう。


「さっきも妙な動きをしたわね。付け焼き刃とはいえ、転移魔法を扱うだなんて」

 このかんに、フェリシィはスリングショットのゴムを引く。

「リリアーナは……もうアンドロイドを一体倒してるんだから!!」

 リリアーナのバリアを通せば、威力は何倍と膨れ上がる。ただし今の状況では、射線があまりに単調だ。


 ステラは腕を組む。さらにあごを上げる。

「よっぽど良質な闇魔力の使い手か、他にあるとしたら……」

 あざ笑いながら、彼女は、リリアーナが持っているレイピアを指差す。

「その魔導具が理由ね? どんなカラクリを含んでいるの?」

 相対したばかりだというのに、鋭い。今の力を手にしたのは、このレイピアを使用してからだ。

 フェリシィは顔を強張らせながらも、声を振り絞る。

「あ、アタシだって知らない……ママの企業秘密よ!!」



 そう。リリアーナを含めて、誰もこの武器の仕組みを理解していない。

 製作者のジャスミンでさえ、完璧には把握していなさそうだった。おそらく、使用した素材が何らかの作用をもたらしているのだろうが……。


 ステラは、興味ありげに唇下へ指を当てる。

「要はそれさえ奪っちゃえば、リリちゃんは無防備になるわけね」

 とはいえ、バリアに接触すれば魔力が消失することは、向こうも承知しているはず。うかつに手出しはできないだろう。



 そう思っていた矢先だ。ステラの姿が消えた。

 転移の魔法は、移動する場所へ直線上に魔力をつなげる必要がある。つまりリリアーナの背後に回ろうとすれば、バリアの表面に接触して、転移は失敗する。

 しかし前の発言を鑑みるに、リリアーナへの接近を企んでいるのは間違いない。やはり後ろを向いての警戒を行う。



 瞬間、足元の砂利ついた音に気づく。

 床を貫き、手が現れた。


 ステラが転移したのは、この階層ではない。地下だった。

 確かに下から回り込めば、障壁に接触せずとも移動できる。

 まだ今なら手しか出ていない。そう思い、リリアーナはその手を剣で突こうとする。



 だが、割れ間から眼球がのぞき込む。

 突きに合わせて、ステラの手元から亜空間ホールが現れた。手の直撃から免れ、なおかつレイピアを吸い込もうとする。


 リリアーナは、柄を両手でつかむ。力いっぱい踏ん張り始めた。

 フェリシィも彼女の腰あたりを抱きしめ、共に抵抗を試みる。

 だが、吸引力は凄まじい。このままでは、二人ともみ込まれてしまう。

「ラッキーだわぁ。一緒にこっちへいらっしゃい?」

 ステラの手が伸びてくる。リリアーナの手首を狙い、引き寄せようと……。



 終わりが近づくなか、リリアーナは最後の抵抗を試みる。

 バリアを解除。回していた魔力を、レイピアの方へと集中させる。


 鍛錬を怠っていたわけではない。唯一、安定して出せるようになった技がある。

 それを応用した作戦だ。



「ムーンライトォォ……」

 念じながら声を出す。

 剣身がまばゆく光り、亜空間の闇をも照らす。



 三日月状の波動が、脳内でハッキリとイメージされた。

 リリアーナは開眼。

「スライサァァーー!!」

 剣先から、その形を放出する。

 空間の境目をも裂いていく。そのまま真下にいるステラを狙う。


 黒魔術使いは、もう片方の手を出す。バリアで防御。

 しかし直撃を防ぐことが精一杯だったようだ。勢いに流されるようにして、真下にある地下の一室まで落ちていく。


 ヒビ割れた床が崩れた。リリアーナとフェリシィも下へ。

 フェリシィがちょうの羽を展開したことにより、安全に降下した。

 相変わらず、リリアーナの身体を持ち上げるのが辛そうだ。

「なに、よぉ……いまの長ったらしいかけ声ェ!」

「ああしないと、まだ安定して出せなくって……」

 談笑しつつ、床へと倒れたステラを見下ろす。


 大きなダメージを負った様子はなさそうだが……。彼女は、防御に使用した自身の左手をじっと見つめていた。

 上階より薄暗いため、リリアーナはよく目を凝らす。



 そして、ある異変に気づいた。

 ステラの左手人差し指だけが……シワくちゃになっている。彼女は、闇の魔力を使ってその美貌を保っており、一部分だけが解けた形だ。

 

 しかしそのシワの付きようは、彼女の実年齢よりも明らかに老け込んで見えた。

 まるで、墓下に埋められた遺体のよう……。


 すると彼女はこちらを見上げてくる。

 両手をそれぞれ、頭の斜め上に掲げた。

 突然の意思表明……。戦闘放棄だ。


 リリアーナは唖然あぜんとした。フェリシィも大声で怒鳴る。

「はぁぁ!? 何なのよアンタ!!」

「あたしとの相性はずいぶん悪そうだもの。それにもう、リリちゃんにこだわる意味も無なさそうだし、いいかなーって」

 やけにあっけらかんとした態度だ。それほどまでに、今の攻撃を受けて危険だと思ったのか。

 ステラは胸元に手を当てる。そして天井を見上げだす。



「今、ちょうどいい逸材を育ててるところなの。君とそっくりなトラウマを抱えてる、元気な男の子よ?」



 発言が、リリアーナの心を揺らす。

 誰とこの場に現れたか。それを考えれば、彼女が示している人物は一人しかいない。

 そして、彼の変貌ぶりをすぐに思い知ることとなる。

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