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第二節 ムーンロードにて

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 三機の主力アンドロイドと二人の人間。これが、未来から派遣された者たちの全てだ。

 それぞれに役割が用意されていた。しかしまだ遂行できていない者もいる。


 人間の男性、ライラック・ザークがその一人だ。ヒナタと同様に、アンドロイド達よりも先行してこの世界へ到着した。

 彼の任務は、『カナリア機のアーガランド帝国支配を支援』すること。

 しかし、彼女の戦闘力は、アンドロイドのなかでも飛び抜けて高い。

 帝国の支配は簡単になされたと、たった今ヒナタから報告を受けた。


 動悸どうきが止まらない彼に向け、ヒナタは嘲笑あざわらうかのように言葉を投げかけてくる。

「つまり、君の存在意義は現状ない。とんだお荷物だねぇ。せっかくタイムトラベルまでしたのに」



 ライラックの心は折れかけていた。

 この作戦に参加することは、彼にとって一世一代の大勝負だったのだ。

 にも関わらず、自分の手柄は一切ない。このまま不要な時間を過ごすのみ……。

「いやだ……。そんなの、やだ……」

「おいおい泣くなよ。まだママのおっぱいが主食なのか?」


 東に三キロ進めばムーンロードというこの位置。アーガランドへ向かえる準備が整ったというメール連絡を受けたので、ヒナタとここで合流した。

 なのに受け渡されたのは、非情な言葉のみである。頭を抱え、その場に座り込む。


「なあ、君に頼みたいことがあるから呼び出したんだ。勝手に絶望しないでくれるかい?」

「今さら何があるっていうんだァ……! うがぁぁあぁぁ」

「イクトゥス機が敗北した」



 あり得ない発言だ。

 ライラックは目を丸くし、顔を上げる。

「……うそだ」

「この目で見たとも」

「欧州の技術を結集させた……あ、あぁぁぁあぁ、最高傑作だぞ!?」

「君、フランス人だっけ。それはショックだろうねぇ」


 ショックどころの騒ぎではない。

 ライラックは、彼の製作に最も長く携わった人物だ。

「魔女が襲来してきたせいで……軍事転用された。それよりも前の付き合いなんだ!!」

「ご愁傷さま」

「どこのどいつがやった!?」

 立ち上がり、両手で燃え上がる感情を表現する。

「ああぁあぁぁあぁ、許せないッ!!」

「やる気が出たみたいで助かったよ。ウチはこの大陸で用事があるからね」


 するとヒナタは、青の魔導石ラピスフィアを前に出した。それを光らせる。

 彼女の足元横で、魔法陣が展開。青白い光のラインが縦に流れる。



 透明になっていた物体が姿を見せた。

 厚みのある寝袋だ。ファスナーは閉まっており、何度も右に左にとよじれ動く。



 うなり声まで聞こえてくるということは、明らかに誰かが入っている。

「イクトゥス機のコアだが、倒した本人たちが持っている。もうじき、船に乗ってアーガランドへ向かうだろう。コアを入手したらすぐに逃げ帰りな」

 ヒナタはしゃがむ。寝袋のファスナーを摘んだ。

「これは、コア奪取のための切り札だよ」

 一気に引っ張り上げた。


 中に入っていた人物が起き上がり、辺りを見回し始める。


「これが……切り札ぁ……?」

 ライラックの頭には疑問符が浮かんだ。



-----



 町に入ってすぐ、船の運航表である掲示板を見つけた。

 リリアーナは指差しながら眺める。


「…………あれっ」

 貼り付けられている紙は、ほとんどが船とは関係の無いものだった。どこかの店のお得情報、迷子の子犬の情報、揚げ句の果てには回覧板まで。


 そして、指名手配者リスト。

 よく知った名前が書いてある。クレセント王国第一王女、リリアーナ=クレセントムーン……。


 見なかったことにして、船の運航予定について誰かに聞こうと考えた。

 顔をフードで隠しつつ、通りがかりの者へ手を振る。

「もしー! そこのあなたー!」

 楽器弾きのようだ。弦楽器を手にしている。

 立ち止まり振り返ってくれた彼へ、リリアーナは駆け寄った。


「船がいつ出るか、分かりますか?」

「ああ……こっちが聞きたいよぉ」

「えっ?」

 そう言い残し、彼はトボトボと去っていってしまった。


 セツナと見合い、嫌な胸騒ぎを起こす。貨物用の船には料理が出ないだけで、一応どんな船でも乗れるはず。

 出港自体が無いというのは最悪のケースだ。船に乗れないだけで大幅な時間損失となる。

 そもそも今は早朝なので、船が発進するにはまだ早い時間なのかもしれない。


 せっかくなので、この港町を回ってみようと思う。海が見える通路を歩く。

 東の向こうから、港へと近づいてくる大きな船が見えた。アーガランド側からの船だろうか。

「港が止まってるわけじゃないんだね。よかったぁ」

「少し待てば、アーガランドへと向かう船も出るでしょう」



 すると途端に、セツナの足が止まった。

 どうしたのかと思い、彼女の顔を横目で見る。


 ……何かを捉えたセツナの瞳が、キラキラと輝いていた。

 視線の先には猫がいる。子猫……ではなく、かなり大きい。黒っぽい体毛に、金色に輝く瞳。

 こちらに気づいていないのか、呑気のんきに毛繕いをしている。



 超絶的な速度で近づいた人物にも、少しの間は気づかなかった。

 影に覆われたため、猫が顔を上げる。


 うっとりとした表情のセツナに見つめられていた。

 猫はビクッとし、すぐさま逃げだす。

「あっ……」

 彼女は物欲しそうに手を伸ばすが、怖がられてしまってはもう遅い。その場でしゃがみ、しょんぼりと肩を落とす。



 一連の動きを見ていたリリアーナは、ついほおいた。見るなと言われたものを見てしまった気分だ。

 セツナに近づき、隣で屈む。顔をのぞき込んでみる。


 見上げてきた翡翠ひすいの瞳と視線が合う。

 心なしか、怒っているように見える。

「……なにか?」

「……猫、好きなの?」

 問いかけてみるも、すぐに海の方を向かれた。

 さらに機嫌を悪くさせてしまったかもしれない。両手を振りながらなだめようとする。

「そ、そういうところもあるんだなーって。あははぁ……」



 馬鹿にしているわけではない。むしろ今のセツナがとても可愛らしく見えたのだ。

 普段の彼女からは想像できない一面を見て、胸の鼓動が速くなっている。


 結局のところ、半年以上の時間を共にしたとはいえ、知らない面がたくさんある。

 隠していたわけではないだろうが、セツナの場合は特に自分から話そうとしない。


 切り出すのなら自分からだ、と改めて思った。

 だが単純に聞いても無駄だとも思ったので、少ししかける。



「言ってなかったけど……。その身体、猫に変身できるよ」

 本来なら冗談だと思われてもおかしくない。しかし彼女はアンドロイドという特殊な身体だ。

 一瞬だけ肩を震わせ、またこちらを向いた。

 顔をしかめながら、自身の頭の上にあるホワイトブリムをでる。

「既に把握しています。しかし、これが脱げれば良くないと思ったので、実行しなかったまでです」

「そ、そっかぁ……」

 外れれば、ミケの精神が表に出てきてしまうだろう。


 少しずつだが、いつもどおりの調子に戻ってきたようだ。

 ホッとした後、リリアーナは切りだす。

「今みたいにさ、セツちゃんについて新しくなにか知れたら、私はすっごくうれしくなるんだ」

「つまり、隠していることを打ち明けろと? 強引なつなげ方ですね」

「君一人で抱え込んでほしくないんだよ」

 見つめながら、首を傾げてほほ笑む。

「……だから、もっと頼ってほしいな……なんて」


 瞳に、お互いが映り合う。数秒の沈黙。

 間を置き、少し赤みを帯びたセツナが口を開く。

「もう少しだけ……時間をいただけませんか。言葉を整理したいのです」


 なんらかの、重要なことなのだと察した。セツナも悩んでいる。

 リリアーナは彼女の気持ちを受け入れ、うなずく。

 いつかきっと話してくれるだろう。不安な気持ちはあるが、その時がくるまで待とうと心に決めた。



-----



 二人は、アーガランド大陸に着いた後のことについて話そうと、人目のつかない場所へと移動した。二人だけ並ぶのがやっとな路地裏である。

 薄暗いその場所で、もう少し狭ければお互いに抱きつかなければいけないような距離感だ。


 窮屈と緊張のなか、セツナは、リリアーナへ新聞を渡す。

 先ほど港に到着していた船があったが、アーガランド帝国直属の新聞配達員も乗り合わせていた。ここに来る道中で彼が配っていた号外の新聞だ。

 リリアーナは見出みだしの部分から読み始める。



 すぐ眉間にシワが寄っていった。

「んん……?」

 一番大きく載っていたのが、カモシカ同士がキスしている写真。獣にしてはなんとも艶めかしい……二匹が舌を絡ませた様子だ。

 その下の記事は、赤ん坊のあやし方だ。一般の母親による体験談が記されている。

 しかしよく見ると、『赤ん坊を持ち上げるときは、両足をつかみ、頭が真下になるように』というあからさまな悪例が載っていた。


 一番下の小さい欄では、申し訳程度に帝国の軍事産業に関する記事がある。

 小さなイラストも描かれている。だがクレヨンによる……まるで子供の落書きだ。

 号外でこちらの民衆に読ませるにしては、ずいぶんとひどい内容だった。セツナは、この異常性について説明する。

「プロパガンダ要素も薄い。あのカナリアというアンドロイドによる支配が進んでいる証拠です」

「休んでいる間でも、これくらいは余裕ってこと……?」


 カナリアは、ネブリナでの戦闘を離脱した際、かなりの速度を使った。アンドロイドの身体に負担がかかり、クールタイムが必要となる。

 だというのに、帝国の征服は滞りなく進んでいそうだ。ある意味で驚異的と言える。

「一刻も早くアーガランドに向かわなければ」

「けど、やっぱり出港は止まってるみたいだよ」


 港へ近づいたときのことだ。そこで警備をしている者にリリアーナは声をかけていた。

 彼いわく、このムーンロードからアーガランド行きの船が出る予定は無いらしい。これからもずっとのようだ。

 船に乗れないのであれば、ここまで来た意味が無い。硬貨の入った袋を持ち上げ、リリアーナはため息をつく。

「せっかくお金はあるのに……!!」


 そもそも、いったい何があっての運行停止なのか。公には明かされていない状態だ。

 それを探ってみるのもいい。だがなるべく急ぎたい今、もっと手っ取り早く事を済ませたい。

「……リリアーナ様は、自分の言うことを信じてくれますか?」

「そんなの今さら! もちろんだよ!」


 視線を合わせ、もう一度問う。

「本当に、ですか?」


 リリアーナは冷や汗と苦笑いを浮かべる。だが一応はうなずいてくれた。

 ならばとセツナが切りだす。


「エルフの皆さんからいただいた厚意を無駄にはしてしまいますが……仕方がありません」

 お金が無ければ、どのようにしてアーガランドへ向かうか。

 そういった話は旅の途中でも行っていた。



 したがって、セツナが何を考えているのか、リリアーナもすぐ分かったようだ。

「えっと……。穏便に、やってくれるんだよね?」

 この問いには何も答えず。セツナは路地裏を出ていった。

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