第四節 室内競技場にて
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「黒曜石と化したオディアンは、扱いに慣れていなければ、使用者の欲望や恐怖心を吸いとる。それが魔力保有種だとしてもです」
セツナは、闇の魔力についてそれなりの知識を持っていた。
城下町で何が起きたのかを、書斎机の前で座る国王に伝える。
「そして抜け殻となれば、その使用者の身体を利用してでも、新たな養分を周囲から得ようとする。大勢が集まっていたあの場で爆発が起きていれば……」
「つまり、使用者が未熟だったせいで多くの命を危険に曝し、だがそれゆえに大きな隙が生まれたというわけか」
「補助魔導具のマントを使っていたのは、闇の魔力に取り憑かれるのを恐れてのことでしょう」
国王、ジーニアス=クレセントムーンは一息つく。カップに入った紅茶を飲む。
「君の冷静な対処がなければ、城下町は血の海になっていたかもしれない。改めて礼を言わせてくれ」
今回の事件を解決したとして、国王訪問用の客間にセツナは招かれていた。
本来、成り立てのメイドが足を踏み入れられる場所ではない。しかしジーニアスとしては、どうしても話したかったようだ。
彼は、手元に置いてあったティーカップを持ち上げる。
「どうだね、一杯くらい」
「まだ仕事が残っています。くつろぐ時間はありません」
「ははっ、優秀だね。リリアーナは町で勧誘したと言っていたが……」
彼が言った経緯は、真実を隠すためにリリアーナが考えた嘘だ。彼女の父親であるジーニアスには、まだ気づかれていない。
「どこで体術や魔導技術を?」
「図書館の本を読みあさりました」
「それで騎士より機敏に動けるとは、なかなかどうして興味深い」
国王の笑みには温かみがある。娘と同じような眼差しだ。
彼は顎の下で手を組む。
「しかし難儀だな……。オディアンか」
別名、黒曜石。襲撃者が使用していた魔導石のことだ。
ジーニアスは、机の上に広げられた魔導石の鑑定書を眺める。
「こんな物がウチの大陸で採れてしまうから戦争は起きた」
クレセント王国とアーガランド帝国。二つの国を中心とする戦いは、地質の違いで起きた。
西に、三日月型のクレセント大陸。東には、山をひっくり返したような形のアーガランド大陸。両大陸の間には大海原があり、これがアース・ワールドという世界の形だ。
ゆえに、別大陸の資源を得るためには、海洋貿易を行う必要がある。地図上の西端と東端は魔力濃度が高いため、中央海域を渡らなければならない。
しかし、アーガランド帝国の一部勢力は、その現状に不満を抱いた。
四種ある魔導石のうち、三種がクレセント王国の領内で採掘されているからだ。アーガランド大陸で採掘できるのは、土魔法と強化魔法を発動できる山吹色の魔導石、トリプランのみ。
魔力鉱山地層内の自然的魔力エネルギーによって魔導石は生み出される。
当然、自国内で魔導石を採掘できたほうが効率は良い。しかも安価で入手できる。これらの理由で、クレセント側の経済的優位は覆らない。
そして約五年前。帝国は、武力行使による領地略奪を決定した。魔石戦争の始まりである。
口実は、クレセント王国側が戦争の準備をしている証拠をつかんだからだという。だが実際は、魔導石の供給が目的だ。経済的側面に加え、特に彼らは、オディアンの確保を狙っていた。
果たしてその力を何に扱うつもりなのか。クレセント側はまだ把握していない。
オディアンを採掘できる魔力鉱山は、大陸内に三カ所ある。既に、その内の一カ所は帝国軍によって占領された。
防衛を怠れば、いずれ残り二カ所も同じ結果をたどる。
「やはり重鎮たちの言うとおり、大陸中のオディアンを、全て独占管理するべきなのか……」
「逆効果です」
国王の悩みに対し、セツナは否定の意を唱える。
「そうなれば、確実に帝国はここを攻めてきます。現状に留めておくのが適切でしょう」
計画の一部を知っているがゆえの断言だ。
「あ、ああ……。忠告感謝する」
国王は小さくため息をつく。椅子に深く背を預け直す。
その様子を見たセツナは、軽くお辞儀をする。流れの動きで背を向け、出入り口の扉の方へ。
「待ちなさいっ」
呼び止められたので、立ち止まって後ろを向く。
「……君は、死んだ犯人がリリアーナを狙っていたと、本当に思うかね?」
疑問どころか……。この事件の真実について、セツナはほぼ核心に近い推理まで得ていた。
だが解答はせず、あえて聞き直す。
「それ以外に目的がありますか?」
「いや……こちらの考えすぎかな。あまりにも表立っての襲撃だ。一国の王女を殺すには無計画すぎると感じただけさ」
そしてまた、国王の推理も正しい。本当に姫君を殺すのであれば、もっと接近して闇討ちするほうが確実だ。
しかし襲撃者は、大胆不敵なまでに堂々と現れた。なにかの陽動ではなかったのなら、そうしてでも急ぎたい理由があったということだ。
その引き金がなんなのか……。深潭を抱えながら、彼女は客間を出ていった。
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金属のぶつかり合う音へと近づいていく。
セツナが向かっているのは、王城内にある室内競技場だ。
赤のじゅうたんが敷かれた通路の終わりとともに、広い空間ヘと入る。円形の舞台があり、その上で模擬戦が行われていた。
両者とも、全身を覆う防護服を着用している。怪我をしないための配慮だ。細身の長剣、レイピアと呼ばれる類のもので斬り合う。
その剣も、模擬戦用に通常の尖りは無い。突きに特化している剣だが、斬撃も可能だ。とはいえ見た目よりも重く、使いこなすのは難しい。
小柄な人物が、右に左にと跳ね続ける。相手を撹乱させようという魂胆だろう。
大柄なほうがよろけたが、わざとだとセツナは気づいた。
隙を作ると、小柄な彼女は気づかず突進を始めた。
「今だー!!」
大柄な男性のほうは、剣先が迫るのを避けると同時に、身体を回転させて回り込んだ。
逆に彼の攻撃が、相手の肩口に当たる。
「あれ、れ……?」
敗北者は気の抜けた声を上げ、大の字で倒れ込む。すぐさま兜を脱いだ。
「ずっるーーーーい!! 反則反則! 今の動きズルイよおおー!」
小柄なほう……リリアーナは悔しさを隠そうとしない。拳や足を床に叩きつける。
対戦相手のエキュードも兜を脱ぎ、ニンマリと彼女を見下ろす。
「読み勝ちですよ。王女なら来ると思っていました」
「もっと軽い武器なら負けないよ!!」
「前線へ出向かないのであれば、相手をいなせるレイピアが最適解です。だいたい、他の武器を使えるほどの器量もないでしょうに」
「そんなことないもん!! 魔導技術だってマスターしたんだし……」
すると、リリアーナがこちらに気づいた。笑顔で大きく手を振ってくる。
空いた時間を使っての訓練を行っていた。城下町での一件を経験してだろう。その意気込みにはセツナも感心している。
対してエキュードは……セツナの姿を見ると、眉を曇らせた。
しばらく目が合い続ける。彼は笑顔を作り直すと、リリアーナの方を見た。
「では僕は、宿舎へ戻ります」
「え。来てくれるんじゃないの?」
「弟子が団長に叱られてる最中なので、付き合わないと。あなたのもとには他の騎士が大勢つきますし、それに……」
すると彼は、セツナのもとへ近づく。
「あなたのことを……過小評価していました。どうか王女を頼みます」
一礼とともにそう頼まれた。セツナの振る舞いに否定的な彼だったが、気が変わったのか。
だが当の彼女は、既にそんなことはどうでもよかった。別の話題へ興味がいく。
「弟子とやらはなぜ騎士に? とてもそのような器には見えません」
「ちょ、失礼だよ!?」
注意するリリアーナに対し、エキュードは手のひらを前に出した。首を横に振る。
少しばかり儚げな笑みも作った。再びセツナの方を向く。
「ロゼットはもともと貴族の人間なんですが、その身分を捨てたいと。僕があいつを拾ってやったんです」
聞いていた姫君は、セツナの手を掴んでそのまま上げる。
「私たちと似てる!」
苦笑いのエキュードは、背を向けてつぶやく。
「しょせん、僕のは真似事ですよ……」
「ん?」
リリアーナはうまく聞き取れなかったようだが、隣にいるセツナの耳には届いていた。エキュードの横顔に視線を向ける。
彼は視線を戻さず、そのまま顔を上げた。
「すみません。では、お先に……」
「うん。またねー!」
彼は背中を丸めたまま去っていった。
見送った後、リリアーナは壁際へと駆けだす。置いていた紙袋を持ち上げる。
そこからある物を取り出した。
「じゃーん! きれいだよね?」
両手で持っているそれは花冠だ。青と白の花に加え、黄色い小振りの花がいたる部分にちりばめられている。
「花屋さんあんな目に遭ったから、せめてこれくらいはね?」
「そうですか」
「きれいだと思わない?」
「花で喜ぶ人の気持ちが分かりません」
リリアーナは、顔をしかめてから頭を押さえる。
「ああぁぁあ……そうかぁ。君はそういうタイプだったぁ……!」
すると彼女は、その花冠とセツナを交互に見つめた。なにか言いたげに口を尖らせる。
セツナは眉を潜め、首を横に振った。
「そういった趣味はありません」
「まだなにも言ってないよ!」
「買ったのなら、自分で被れば良いのでは?」
「……んもう!」
するとリリアーナは跳び上がった。
花冠と、セツナが頭に付けていたホワイトブリムとをすばやく交換する。
敵意が無いゆえに、セツナはその行動を予測できなかった。顔つきをケイレンさせつつ、自身の頭を二度ほど叩く。
メイドの証を奪った彼女は、したり顔で笑っていた。
セツナ本人は、ただわずかな羞恥心が脳を揺さぶるだけ。視線をやや落としがちにし、口角も下げる。
「……満足ですか?」
「見てみて。かわいいよ」
姫君が指差すのは、外の風景が見える窓の方だ。
反射して、花冠を被った自分の姿が映る。
向こう側に広がる夕空も相まって、さまざまな色をまとっているように見えた。
この感覚をなんと呼ぶのか知らない。帝国では陰鬱とした日々を過ごしてきた。
そんな彼女にとって、ここでの生活は慌ただしく、しかし活気がある。あまりにも眩しすぎるくらいに映り始めていた。
「お父さまになに聞かれたの」
突如、そう尋ねられる。
セツナは視線を戻し、姫君が顔をうつむかせているのを見た。
「城下町の騒動について、礼を言われただけです」
「本当にそう……?」
顔を上げたリリアーナの目元は、やや潤んでいる。
「君の出自がお父さまにバレたんじゃ!?」
「それはありません。国王の表情からも、裏の目的は無いと見ました」
その返答で、リリアーナは口を紡ぐ。
まだ唇は震えている。
「……大丈夫ですか?」
彼女がここまで取り乱す姿は初めて見るものだ。
実際その理由について、セツナは心当たりしかない。
「帝国は、リリアーナ=クレセントムーンの暗殺より、それを命じられたにも関わらず戻ってこなかった部下を処分することを選んだ」
否定は起きないため、姫君も勘づいていたのだろう。
セツナは続けて言う。
「裏切り者がいた場合、情報を聞き出される前に処理するのは当然です。人通りの多い場所だろうと容赦なくセツナを殺そうとした」
亜人の動きに、リリアーナも違和感を覚えたのだろう。
セツナは、無言の彼女を見続ける。姫君が何に悩んでいるのか検討はつく。
とにかく付き人として、一番正しいことを言う。
「巻き込まれないようにするには、自分をここから追放して……」
「そんなのダメ!!」
涙を溜めた瞳で即座に反論してきた。
こうなることを恐れつつも、彼女は、セツナの身を案じ続けた。しかし、事はついに起きてしまった。
「強引なのか臆病なのか……。あなたは二重人格者ですか?」
「だって……正しいことだと思うから」
「門を破壊したことも?」
リリアーナは息を呑みつつ、ぷいっと横を向く。
「今は……関係ないでしょ」
子供のような態度だ。しかし焦りの表情を浮かべていることから、ただならぬ理由があると感じ取れた。
したがって無言のままでいると、彼女は観念してため息をついた。
「もう……。そんなに聞きたいの?」
目元に影が差す。窓を背にして寄りかかった。
「言っておくけど、今から言うことを認めたわけじゃないから」
どういうことか分からないが、一応セツナは頷く。
リリアーナはほほ笑んだ。口を開く。
「結婚が決まってたの」
思わぬ単語の出現。セツナは少し目を見張る。
「それは……政略結婚?」
「まあ……」
それだけなら、王族の娘ともなればよくあることだ。そういった話が出てきているということも、帝国の新聞で見た。
もっとも、好きではない人物と結婚するなど嫌だろう……と同情心は覚える。
だが、話にはまだ続きがあり……。
セツナに鈍い感覚が生まれたのはここからだった。
「特に私の場合、そこからずっと子ども産み続けなきゃで……」
「…………は?」
「あ。このことについては知らなかった? たしかに新聞には書かれてないかも」
まだセツナの理解は追いついていない。血の存続は大事なことではある。
「お父さま、私が産まれてからすぐ、病気で子どもを作れない身体になっちゃったの。おばあちゃんも若くで亡くなったし。だから私の存在はとっても重要で……」
しかし彼女の声色から察して、明らかに嫌悪の感情が混じっている。
「……何人ですか」
セツナの問いに対し、リリアーナは少しの間を空けた。その後、無言で指折りを始める。
五本全てが立てられ、さらにもう片方の手も同様だった。
彼女は、顔をゆがめながらも笑う。
「は、は……。せっかくだし、最低でもこれくらいはね、って」
恐怖心からか、震えている。
好きでもない者との子をそれだけ孕めと言われたのだ。正常な心境でいられるわけがない。
セツナの中では、ある衝動が生まれる。
つまり王家の人間にとって、姫君は、子孫繁栄の為の道具も同然だということか。
立てられた指を閉じさせようと、姫君の片手をつかむ。
「ど、どうしたの急に!?」
「両親はあなたを守ろうとせず……黙って見ているだなんて……!!」
「違うよ! お母さまはいつも庇ってくれてる! お父さまも仕事が忙しいだけで……」
自由なほうの手でセツナの手を包む。そして優しく離していく。
「王族の決まり事だもん。根深くてねちっこいものでしょ? 国王の権限があってもどうしようもないことなんだ」
やるせない話だが、それでもリリアーナはケロッと笑った。
「もしまた結婚の話が出たら、また別の何かをぶっ壊す予定です!」
抵抗の意志はあるようだ。
セツナは理解したが……同時に胸の底も黒く濁った。
帝国の刺客として生きることを宿命付けられた自分と同様。考えようによっては、それ以上に白黒な未来だと思えたからだ。
「いっそこの城を出るという選択は……?」
「試したよ? でも、国外にも騎士さんはいっぱいいるから、すぐ帰されちゃった」
自由人だという風の噂は、自由を求めるがために自然とそうなってしまったわけだ。セツナの中で、彼女がどのような人物か確定づけられた。
ゆえに、彼女が望みどおり生きるためには、このままでは駄目だと直感する。
「ならばあなたの権限で……セツナに命令を下してみては?」
「え……?」
「たとえば、この王城に住み着く癌。それらを残さず切除せよと」
それこそ、彼女の望む自由への近道と踏んだ。
発言を聞いたリリアーナは、しばし呆然とした。その後、息を吹き返すように叫ぶ。
「バカなこと言わないで!! やりすぎだよ!!」
いくら抗うとはいえ、死人を出すような行動は許せないようだ。
両者ともに険しい表情となる。沈黙が辺りを覆う。
セツナは、表情をいつもの無に切り替える。
「ジョークです。しかし自分で解決するつもりなのなら、セツナは必要ありませんね」
「え……?」
「セツナがいることで、あなたに危険が及ぶ。だからここから出ていきます。あなたにとってもこれが最善策です」
◇
また城下町のような事件が起きるかもしれない。そのリスクを考えれば、確かに最善の選択なのだ。
だが……。うまい反論を考えようと、リリアーナは黙り込む。
返事を聞くこともなく、セツナは一礼。
「それでは、失礼します」
被っていた花冠をリリアーナの頭に置く。横切って、外へ向かおうとする。
セツナの決意は固い。
それゆえに、リリアーナの反発心は高まった。
「また別の人が私を殺しに来て……結局おんなじだよ!」
セツナが振り返ったところで、リリアーナは畳みかける。
「もう分かりました!! 私はクレセントの王女です!」
セツナの顔を見据えた。願いを込め、告げる。
「だから命令します!!」
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寝室の明かりは消えているため、満月がよく見える。
赤かった空は夜を迎えていた。今宵の月は、ひときわ大きく浮かんでいる。日がそのまま留まったかのようだ。
顔を赤くしているセツナは、リリアーナ用の寝間着を纏っている。やや胸の辺りに余裕がありすぎること以外に問題はない。
ベッドの上で座るリリアーナに、髪を背後からクシでとかされている。
「冷静になってください……!!」
「だって、同じ歳の子で初めてできた友達なんだもん」
「なった記憶はありません」
「えぇ~!?」
「命令だというのなら聞きます。しかし、そのせいでどうなったとしても知りません」
城下町での事件に遭遇してもなお、離れ離れになるのを拒否した。
王女が発した命令とは、以下のとおりである。
「君はずっと私を護ること! ……私も君を護るから!!」
セツナを招き入れたときのようにひどく乱暴で、しかし力のこもった声であった。
従者である以上、命令には逆らえないのである。その瞬間から、セツナは只のメイドではなく、リリアーナにとっての護衛対象ともなったのだ。
護られる従者とは奇妙すぎて、本人はどこかむず痒さを覚える。
「いちおう申しておきますが、あなたの助けがなくとも自衛はできます」
「腕前は人並み以上だよ! 治療魔法は使えないけど……」
「それで?」
「勉強する! セツちゃんがケガしても大丈夫なように!」
「最も習得に時間がかかる魔法ですよ。いつになるやら」
「お母さまは元魔導士長だから、アドバイスをもらいます! まあケガしちゃう前に、私の風で吹き飛ばせばいいんだけど!」
セツナは膝を立てて移動。リリアーナに背を向けた状態でベッドの中に入る。
「不審な物音が聞こえれば、すぐに起きられるよう訓練しています。気にせずお眠りください」
と、就寝を促した。
リリアーナは「むすーっ」と声を上げる。逆側の毛布へと潜り込んだ。
ようやくおとなしくなったと思った矢先、リリアーナに抱き締められる。
「え。あ、あの……!?」
セツナの肩辺りに顔を乗せてきた。渋い表情で、室内のいたる方へ視線を忙しく動かす。
「できるってことを見せつけてやるぅ……!」
どうしても自分が護りたいと躍起になってしまっている。
その様子に、護られる側のほうは溜息をつく。
「気持ちだけいただきます。これでは寝るに寝れな……」
カクッ……と、リリアーナの頭が少しばかり傾いた。
そしてそのまま、深い呼吸を繰り返す。
セツナは唖然とする。振り向けば、彼女は寝落ちをしてしまっていた。
先ほどまでの意気込みはどこへいったのか。あまりに無防備すぎる状態だ。
「なんと寝つきの良い……」
羨ましさも覚える。すぐにこうして安心しきった表情で眠れるというのは、なにより幸せなことだ。
身体ごと振り返り、リリアーナの頭を撫でる。
少なくとも……。彼女にとって、自分という存在が心休まるものなのだと分かった。
撫でるたびに感情が膨れ上がっていく。──こんな小さなことで幸せを感じる自分は、愚かだろうか。暗部として生きてきた自分に許されることなのか。
ただ、今はもう、彼女から離れられないと思った。
この温もりを知ってしまった。失ってしまうことに耐えられるか。
まぶたを閉じて、次に開けたときには姫君がいなかったら。そんなことすら考えてしまう。
そうなるまで変えてしまったのは、目の前にいる彼女だ。責任をとってもらわねば。
眠る彼女に対して、まだ見せていないほほ笑みを浮かべる。
「おやすみなさい。"リリアーナ様”」