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第六節(了) ネブリナ中心部にて

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 すぐに里をとうとしたリリアーナ一行だったが、歓喜に湧くエルフ達によって呼び止められた。

 指摘されたのは、リリアーナの服装についてだ。王城からずっと着ていたもので、汚れや穴が目立つ。

 なによりこのドレス姿は、リリアーナが着た服の中で最も認知されている。手配中の身だというのに、足枷あしかせとなるような格好は避けるべきとのことだ。


 するとエルフ達は、わずか一時間程度の早さで新たな衣服を作り上げた。

 リリアーナが着ていたドレスの素材をそのまま再利用したものだ。


 全体的に薄着。重みのあったスカートは縦も横も短くなり、動きやすさが増した。風通しは良くなりすぎたが、ラフな印象を強め、しかしもともとの優雅さも随所に残している。ようやくまともな靴も得られた。


 早速リリアーナは、新たな服に身を包んだ。

 全体を見回しながらくるりと回転し、ほほ笑む。

「こんなにかわいい服……! ありがとうございます!!」

 製作に携わったエルフの女性たちが、満足げにうなずいている。


 その一方で、リリアーナの動きに顔を赤くしていたのがセツナだ。

 やや逸らしがちな視線のままボソボソと言う。

「あまり……激しい動きをしないでください……!」

 現在のセツナはというと、露出度の高い格好を隠すべくローブを身にまとっている状態だ。

 そんな恥ずかしがり屋の彼女だから、リリアーナの短いスカート丈が気になるのだろう。


 むしろリリアーナにとっては、少し羽目の外した格好をできたことで心が踊りかけている。

 しかもこういった表情のセツナが見られる機会が多くなるのだ。自然と口元が緩む。


 すると、役所的存在である建物から、エルフの男性が出てくる。

 リリアーナにやや大きめな絹袋を渡してきた。何なのかも伝えられなかったので、中を見てみる。


 大量の金貨……。

 詰まり具合を見るに、六万レントは入っている。

「えっ!? いやいやいや、受け取れないです!!」

「お金も無いのにアーガランドへ行くのは無理ですとも! わたくし共の気持ちです!」

 アーガランドへと向かう船に乗るには、二人で五万レントが必要……。余計な出費さえ抑えれば、このお金でなんとかなるかもしれない。


 とはいえ、大変なのはネブリナの民も同様だ。リリアーナは指摘する。

「里の復興に使ってください! 私たちは私たちでなんとかするので……!!」

 近づいてきたエルフの女性が、困り眉で告げる。

「アンドロイドを倒すことは皆さんの未来にもつながると、あなたがおっしゃったのではありませんか」

「そうですけど……」

「では受け取ってください。ノーゼリア様も……きっとそれを望んでいます」


 やはりノーゼリアは、大樹の中で自らを犠牲にしたようだ。

 彼女の心境はもう分からないが、世界の未来を願ってくれたと信じたい。

 リリアーナは、お金の入った袋を握りしめ、礼をする。

「ありがとうございます。絶対に……もう一体のアンドロイドを倒します」



-----



 里の中心部は、大樹が消失するという、特に被害の激しかった地点だ。まだあまり人が寄りついていない。


 ただ、背の低い一つの影だけが、せっせと作業を続けている。

 その少女であるフェリシィは、リリアーナ達の前に顔を出さないと決めた。戦いが終わって数時間ののちに始まった、里の復興作業を手伝っている。


 二人が気にならないといえばうそだ。

 彼女たちと会ってからというもの、何度も助けられた。助けてやったという自負もある。きっと最後に会ってやれば、泣いて喜んでくれただろうとも。


 ただ、近くで見ていたからこそ分かったこともある。

 世界は本当に大変な状態だ。リリアーナ達は、そんな危機をなんとかしたいと思って旅をしている。



 ……このままではまずいと思ったのだ。

 今回は、彼女たちの存在にとても助けられた。だがもしまた危機に見舞われた際、同じように切り抜けられるかどうか。

 自分たちの身は自分たちでなんとかしよう。母を亡くしたばかりで心は苦しいが、そうしなければならない。


 それに…………会いたくないという気持ちもあった。


 地面に空いた大穴を埋めるため、土の入った袋を運んできた。

 とても重たいが、もっと重い人間を運んだばかりだ。もはや苦ではない。

 土を入れ、魔術で固める。これを繰り返す作業だ。

 別の袋を持ってこようと、顔を上げた……。



 直後のことだ。

「フェリシィちゃん」

 背後から声をかけられた。

 会いたかったが会いたくない存在。


 たった一日程度の関係だが、心をかれた。

 そして裏切られた。


「もう里のためにがんばってるんだ」

 誰なのかは当然分かっているが、一応振り返る。


 貧乏王女、リリアーナ……。

 そのすぐ後ろには、彼女の部下であるセツナも一緒だ。


 後者はともかくとして、リリアーナは……。

 こちらの気持ちを分かっていないような脳天気顔だ。

 腹立たしく思いながら、顔を穴の方へ向き直す。

「私たちは……今からまた、旅を再開します。フェリシィちゃんにはお別れを言おうと思って!」



 分かっていない。

 本当に……分かっていない。

 我慢するつもりだったというのに、いよいよもって限界がきた。

 歯を食いしばりつつ、発言する。


「さっきのはなんなのよ……」

「えっ」

 勢いよく振り返る。

 驚く彼女に対してえた。


「人殺しに情けでもかけてたの? そんなのいらなかった!! あんなヤツ、もっとみじめに殺せばよかったのに!!」


 彼女には、自分には見えてない何かが見えていた。

 そんなことは分かっている。だが許せなかった。

 母を殺したヤツらは、人の命なんかなんとも思っていないクズのはずだと。事情が……なんていらない。

 でないと、この感情をどこにぶつければいいのか分からなくなる。


 フェリシィの言葉を受け、リリアーナの表情が曇った。

 ──今さら反省したって遅い。……裏切られたのはこっちのほうだ。



 けれども、リリアーナの反応を見ていると……。

 どうしたらよいのか分からず、黙ってうつむくしかなかった。また彼女に背を向ける。


「もういい。話したくない」

「フェリシィちゃ……」

「来ないで!!」



 衝動的に払った手が、伸びてきていたリリアーナの手に当たった。

 そんなつもりはなかったのに……。表情を強張こわばらせつつ、視線を合わせる。


 彼女は、呆然ぼうぜんとしている様子。遅れて状況をみ込んだのか。

 唇を小さく丸め、手を下ろした。

「あっ……」

 謝らないとと思い、咄嗟とっさに手を伸ばす。



 しかしリリアーナは、首を横に振った。

 そうして微笑ほほえみかけてくる。

「ごめんね」



 ──どうして。謝らなくちゃなのは、アタシのほうなのに。

 目を見開いている間に、リリアーナは背を向け、離れていった。

 その様子をセツナが横目にする。

 彼女も頭を下げた後、リリアーナを追いかけていった。



「まっ……って……」

 取り残されたフェリシィ。我に返ってすぐ、二人を呼び止めようとした。

 前進すると、その場に置いたままだった袋につまずく。うつ伏せで倒れる。

 両膝を付く形で身体を起こす。



 地面を直視しながら、涙を流した。

「なん……なのよっ……!!」

 納得などしていない。リリアーナに謝られた後もそうだ。変わっていない。


 だというのに、なぜこんなにも胸が締め付けられて痛いのか。

 二人の背中を見上げる。

 追いかけたい。そうして問い詰めたい。この感情の意味を。


 だが……旅の邪魔はしたくない。

 彼女たちはすぐにでも、もう一体のアンドロイドを倒しに向かわなければならないのだ。

 泣いている場合ではない。自分のできることをしよう。

 涙を服で拭き、立ち上がる。



 ……消し飛んだ大樹の周辺。

 何かがきらめいているのを見つけた。


 近づいてみると、正体が判明する。

 闇色に光る魔導石だ。



 そして自分よりも近い場所で、一人の女性がそれを拾い上げた。

 エルフではない。人間だ。長めの髪と、白衣が特徴的な人物……。


 女性と目が合う。

 ニヤリと笑いながら、この場を離れていった。


 背筋も凍るような感覚を覚える。まるで見せつけてきたような不気味さ。

 オディアンといえば、イクトゥスから出てきたそれを、セツナが回収していた。それと比べるとやや小さめだった。


 辺りを見回す。自分以外の誰も気にしていない様子だ。

 もしあの女性が敵で、何か良くないことが起きたら……。見て見ぬふりをしたせいだ。



 改めて、いろいろな姿を思い出す。

 セツナがこの里の人々を奮い立たせてくれた。

 リリアーナも……そうだが、まだ頼りない。またボロボロ泣いてしまうかもだ。

 そして……。



「……見てて、ママ」

 母のように、誰かを想える強いエルフ。

 セツナのように強く。ついでに、泣き虫な王女をこれ以上悲しませないように。

 追いかけなければ。フェリシィは、ようやくその一歩目を……。



 踏み出したところで、手首をつかまれた。

 慌てて振り返る。


 ……止めたのは父バレンだった。

「どこ行くつもりだい、エリィ……?」

「パパ……」

「なあ、戦いは終わったんだ。もう危険なことしなくていいんだよ?」

 穏やかな口調だが、つかんできた手は震えている。


 一家はジャスミンを失った。これからどうするかという混乱の真っ只中ただなかだ。

 お互いに残っているのは一人だけ。彼からしてみれば、娘まで失ったら耐えられないだろう。

 それはフェリシィも同じだが……。どう進むべきかという考え方は違っていた。


「パパ。安心して。すぐ帰ってくるから」

「それは当然のことだろ……!?」

 彼はしゃがみ、フェリシィの両肩に手を当てる。

「あんな目に遭いながら、どうしてそんな無茶しようとする!? 頼むから考え直してくれ……!!」

「だからでしょ!? おんなじふうにならないように……」

「エリィじゃなきゃいけない理由なんて無いだろッ!? お前まで死んだら、ジャスミンになんて伝えればいいんだ!!」



 ……違う。

 誰が適任かではない。自分がやりたいかどうかだ。

「僕の傍にいてくれよ!! お願いだから!!」

 ……相いれないことに気づいてしまう。

 それに本当に守りたいのなら、ここで立ち止まっている場合ではない。


 肩に置かれた手を払いける。

 父の胸元に指を突きつけた。

 自分らしい言葉で。そして笑顔で。

「子ども扱いしないで!! アタシはフェリシィ・フランソワーズ!! 最強のエルフなんだから!!」



 バレンの顔色が青ざめる。

 震える瞳には、涙までにじんでいた。



 釣られて、フェリシィも息を震わせる。

 本当は怖い。──けど逃げちゃダメだ。

 今度こそ自分を信じないと──。


 満面の笑みを浮かべ、涙を振るい落とした。

「……いってきます!!」

 父が地面に両膝を付けたのを見てから、フェリシィは駆け出した。


「待ってくれぇええ!! 行くな、エリイィィィィィィッ!!」

 絶叫に近い懇願が聞こえる。

 だが決して足を止めなかった。

 白衣の女性が逃げた先。森の中へと、フェリシィは姿を消した……。



-----



 クレセント王国の政権主導で行われる号令会は、本来ならば、このような夕焼けどきに行われるものではない。

 それだけルミナス王妃が切羽詰まっているという証拠だ。彼女は、ヒナタ・アラシという医者に唆された結果、王国騎士団の解体を強行するつもりなのだ。

 騎士団に所属する者たちは仕事を失い、路頭に迷うこととなる。関連する職を持つ者の混乱も避けられない。国民の生活に深刻な影響を及ぼすだろう。

 にも関わらず、娘の安全を確保するという理由だけで、王妃はその決断を下そうとしていた。


 広場に用意された舞台に上がる。

 集まった観衆の視線を集め、彼女は声を張り上げた。

「王国の指揮を……臨時で任されることとなりました。ルミナス=クレセントムーンです。まず、今回の騒乱で被害にあった方々に対し、心よりおびを申し上げます」

 深々と頭を下げる。


 しかし周囲は静まり返ったままだ。

 王妃の謝罪という状況に指笛を上げる者もいるが、止める者もいない。


 顔を上げてから言葉を続ける。

「襲撃をしかけてきた人物は……既にうわさになっているとおりです。この場にいる騎士団員に非はありません。むしろ称賛されるべきです。しかし……」

 ここまで言ってから、彼女は……息を継ぐ。

「敵方からの強請きょうせいです。王国を存続させたければ、騎士団を解体せよと」


 一斉に民衆がざわめき立つ。あり得ないと罵声を飛ばす者も現れた。

 ルミナスは目を閉じて話を聞くも、表情を変えず。平然と振る舞っている。



 うそだからだ。

 そのような提案はされていない。

 そもそも王国側は、まだアンドロイドの身体について把握しきれていないのだ。そちらの方面で騒ぎを増やすわけにはいかなかった。

 リリアーナを守るために用意した布石。そして、本当の問題を隠すためのやり口である。

「安心してください!! 騎士団解体が実行されれば、我々の安全は保障されます!! 事が全て収まれば、騎士としての再雇用も……!!」



「その騎士たちに少しでも相談したか?」

 横から遮る声。

 ルミナスは、冷や汗をかきながら振り返る。


 現れたのは、一人の少年騎士。

 人員を多く亡くしたここ数日で、二人は会う機会が多くなっていた。


 彼……ロゼット=ローゼンベルクは、とがりのある目つきでルミナスをにらみつける。

 背に担いでいた大きな木箱を下ろす。

「やっぱり王族ってぇのは勝手な奴らだな」

「時がくるまでの我慢です。不満も分かりますが……」

「分かってねえのはアンタだ、王妃様。俺が何にキレてるのか……!!」

 ロゼットは拳を握り、木箱へと振り下ろした。

 上辺中心部に穴が空く。



 同時に、中から男性の情けない悲鳴が響いてきた。


 ルミナスが驚く一方で、ロゼットはき分けるように箱を開け割る。

 箱が広がったことで、中にいた男性は這いつくばるように倒れた。


 民衆たちはどよめき声を上げる。

 王城で最高裁判長を務めていた、レーター=クレセントムーン……。

 騒乱のなか、城下町で一般人を殴りつけるなどした。既に彼は犯罪者である。今の格好も下着だけというなんともな姿だ。



 しかしそれゆえに、彼の身体状況も分かりやすかった。

 両脚の血色が悪すぎる。

 十分な状態ではないのは明らかだ。民たちは驚きのあまり、硬直してしまう。

「自分の意向のため、義理の父を洗脳し、最期には手荒く使い捨てた……。清廉な王妃様らしいやり方だな」

「レ……レーター様への仕打ちは、わたくしがやったことでは!」

「ああ、そうだとしてだ。そもそもの発端は? アンタが誰とつながっていたのかをここでバラしてやろうかッ!?」


 次々と騎士たちが壇上に上がる。

 ルミナスを囲む。武器を抜き、彼女へ向けた。

 ロゼットが正面に立っている。うろたえる王妃に対し、言い放つ。

「お前の言いなりにはならない。そして、騎士として正しい行いを果たす」

 血がにじむような力で、両拳を握りしめる。


 ミケだろうがセツナだろうが、ロゼットにとってかたき以外のなにものでもない。

 それに協力した王女様もだ。

「この国にあだなす罪人ども……。捕まえて……処刑台に立たせてやる」



 冷や汗をかきながらも、レーターは笑う。王妃の戦慄する表情を見たからだ。

 全てが自分の思いのまま……。なんとしても、ルミナスの手から主導権を奪いたかった。


 そのために、自室へ入り込んできた少年騎士を利用したのだ。

 怒りに支配された人間は、闇魔力の干渉を受けやすくなる。軽度の洗脳魔法くらいならばレーターは使用できた。

 これにより彼は、オディアンを使うたびに怒りの感情を肥大化させる。本能の赴くままにセツナを、リリアーナを追うだろう。

 特に、息子ジーニアスに重症を負わせた相手を、ぜひとも殺害してもらいたい。


 闇に取りかれたということで、粗暴そぼうな行動も起こすはず。

 構わない。──若造一匹の人生など、いくらでも狂ってしまえ。

 最後に笑うのはただ一人だ──。



-----



 お金を手に入れたとはいえ、節約を続けなければいけないことは変わらず。

 あれだけの戦いを勝利で終えたリリアーナとセツナだが、また野宿の夜を迎えていた。


「フカフカなベッドがいい~……」

 この前までは楽しんでいた元王女も、ベッドの感触を再認識してしまえばもう抜けだせない。溶けた顔で上を向くばかりだ。


 二人は、当初の目的地である港町、ムーンロードを目指していた。

 道中で会ったオーガ族によると、一羽の鳥が、ありえない速さで東側へ駆けていったという。間違いなくカナリアである。

 他の目撃情報とも照らし合わせ、アーガランド大陸に戻ったことを確定づけた。彼女を撃退するために、リリアーナ達もそこを目指す。


 すぐそこには山がある。港町へ向かうにはここを登るしかない。

 だが日が落ちた今からでは危険だ。出発は明日からとする。

 おとといのように、雨風をしのげる洞窟は無い。なるべく人に見られないよう、木陰に身を隠す。


 焚火たきびの前で座るリリアーナは、フェリシィとの会話を思い出していた。想像していた別れと違い、肩を落としている。

 気を紛らわせようと、ジャスミンから託されたレイピアを掲げる。

 剣身が火の明かりを受けて輝きを増す。思わず見惚みとれてしまう。


「ようやくセツちゃんと肩を並べられたかな~」

「言い張るのは結構ですが……」

 あきれ顔を浮かべられても気にしない。リリアーナの脳内では、この剣を使いこなす想像ばかりが膨らんでいた。

 先の戦いで大きく自信がついたためだ。ムフフとほおを緩ませる。


「けど、もし私たちが海にいる間に、カナリアがまたこの大陸を襲撃してきたら……?」

 アーガランドに到着するまでの四日間は、リリアーナ達にとってもすきだらけだ。この問題については、ずっと悩んでいたことでもある。

 しかしセツナは、その心配はないと分析する。

「光速移動後は、距離に応じて、機体制御面で大きな支障をきたします。目撃証言で聞いた位置までの移動を算出すると、完全に性能が回復するまでは十日……」

「どうして分かるの?」

「この世界での活動記録が流れ込んできました。彼女と接吻せっぷんした際に」



 ふとここで、リリアーナはある単語を気にした。

 せっぷん……。接吻せっぷんというとだ。セツナをジッと見始める。

 彼女は、どういった状況か分かっていないようだ。首を傾げる。

「リリアーナ様?」

「……そうだった」

「は?」

「キスしてた」

「されたのです。それがなにか?」

 特に感情がこもっていない表情で告げられた。


 あまりに軽い返答に、リリアーナは愕然がくぜんと目を見開く。地面に両手を付けて項垂れる。

 ネブリナ襲撃の際、セツナは、カナリアとキスをしていた。

 その場は緊迫の状況だったゆえに追求する暇がなかったのだが……。


「だ、だって……ファーストキスだったんじゃ……」

「知らない人物との接吻せっぷんなど、記憶の端に追いやる程度の価値しかありません」


 認識の落差を感じた。

 リリアーナはほおを赤らめつつ、そっぽを向いた。

「なんだよもぅ……。私がバカみたいじゃん……」

 勝手に自分だけが傷ついていた。唇をみつつ、複雑な気分になる。


「あぁ、しかし……」

 するとセツナは、自身の唇に触れた。

「あらゆることを知れるきっかけとなったので、そういった意味では有意義な時間だったかもしれません」

「んなっ……!?」


 嫉妬と羨望せんぼう、それに怒りといった激情が入り混じる。

 あの可愛子ぶったアンドロイドに対してだ。頭の中でぷつんっと音が鳴る。

 唸りながら、リリアーナは背を向く。そのまま横になった。



 妙にいそがしい言動だ。セツナは眉間を狭める。

「なんですかそれは」

「不貞寝」

「は……?」


 理解できずに戸惑いつつも、セツナは安堵あんどを覚えていた。

 イクトゥスとの戦いは、旅が終焉しゅうえんを迎えてもおかしくないほどのものだった。リリアーナが無事に生き延びられ、こうして共にいられることは奇跡に近い。


 喜びつつ、一方で心配していることもある。

 逃走したもう一体のアンドロイドだ。彼女の攻撃力は、イクトゥスはおろか、セツナをもはるかに上回る。しかも、まだ全ての性能を見せていない様子だった。

 どのようにして戦えばよいのか。いずれにしても、再び脅威として現れることは間違いないだろう。

 思案しつつ、周囲への警戒を強める。




 ────視界が、砂嵐に包まれだした。

 エナジー残量を確認する。トリプランを食したばかりということもあり、問題はない。


 さらなる異変が起きる。

 視界の中央……。ちょうどリリアーナがいる位置の前にて、乱れた人影が現れた。

 手を伸ばすも、実体ではない。映像として揺れ……。



 次第に姿がハッキリとしてきた。

 灰髪と翡翠ひすいの瞳。背丈も同一。

 顔も同じ。……もう一人の自分。

 否。正確には、自分の中に眠るもう一つの人格。



『ようやく侵入できた』



 名をミケ。

 魔女リリアーナ処刑のために、王国中の人間を殺そうとしたアンドロイド。

 セツナの脳内に、データとして立ちはだかっている。


『セツナ・アマミヤ。アナタはこのボディにふさわしくない』

 事実そうだ。いま起きている全ての現象について、何も説明できない。

 だが……と否定する間もなく。

『主導権をコチラに渡せ。さもなくば……』




『アナタの精神を消去する』

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