第二節 襲撃……ネブリナにて
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やりすぎた!! 里にいる皆を起こせればいいと思っていたが、カナリアは少々、力を込め過ぎてしまった。ここでは本気を見せないと決めていたのにだ。
自身の喉仏に触れながら、里全体に響くほどの大声を発する。
「加減って難しいなー。みなさ~ん!! 会いに来ましたよ~!!」
両手のひらを横に振り、笑顔でアピールする。
ここは里の出入り口前で、まだ敷地内に入ってはいない。
共に来たイクトゥスも横で棒立ちのままだ。
あえてそうした位置の取り方をしているのだが、エルフ達が知るはずもない。皆、家の中で震えている。
カナリアの呼びかけに応える声は無い。だが気にせず続けた。
「早くここの防御機能っていうのを展開してください! じゃないと、私とっても、とーーーってもつまらないことしちゃいます!!」
里の中心から、ようやっと五人のエルフ達が走ってきた。
すぐ後には、中心でそびえ立つ大樹の葉が光をまとい始める。
シャボンの膜のようなドームがそこから展開されていく。里全体が、外界からの干渉を受けない空間に変わった。
アンドロイドと防衛隊の間を、その膜が隔つ。
さらに防衛隊の五人全員が、一斉に両手のひらを前に出す。
カナリアは、視界を魔力感知のモードに変える。
彼らの手のひらから伸びる魔力の流れが、里を包んだ結界と波上に繋がっていた。
向こうも準備が整ったのだと把握する。
カナリアは、自身の背後に置いてある兵器の後方に移動。側面をなでる。
「名前なんて言ったっけ。まあいっか。炎で大砲だからぁ……君はファイアキャノン!」
ハンドルの前には座席があり、カナリアはそれに座った。
目の前に小さな四角い穴がある。そこから覗き込むことで照準を合わせる。
あくまで性能テストなので、結界のどこに当たってもいい。
操縦桿を捻ると、砲身が上向いた。
「それじゃあ、第一射、いっきま~す!!」
レバーを引く。砲口が火を吹き、オレンジ色の玉を撃ち出した。
曲線に飛んでいき、結界の光と衝突する。
爆炎が立ち込める……かと思いきや、一瞬にして炎の玉は蒸発した。
あっけない結果だ。カナリアの顔から笑みが消え、ぽかんと目を見開く。
もう一度同じように撃ってみた。結果は同じだ。炎は、結界に触れた直後に消滅する。
首を傾げた後、手元にあるボタンを押す。
今度は魔法の形を変え、細長い矢のようなものにした。ぶつかる面積が少ない分、そこに威力は集中するからだ。
しかし結果は同じ……。三回の発射を終えたカナリアは立ち上がり、再び前へ。
目を輝かせ、パチパチパチーと拍手を送った。
「すごいすごーい!! カナリア達の世界基準なら、ノーベル賞ものだね!!」
今度はくるりと振り返る。先ほどまで自分が使っていた兵器に対し、唇を尖らせる。
「それに比べてあなたは~。秘密兵器のくせに、貧弱すぎ!」
◇
絶好の機会だ。防衛隊のエルフ達は、がら空きとなった背中を見逃さない。
結界を張っている状態の場合、中にいるほうが圧倒的に優位だ。中から外へと向かう攻撃は膜を通り抜け、一方的な攻撃の手助けとなる。
援軍の五人が駆けつけてきた。彼らは一斉に目をつむり、それぞれの片腕で半円を描く。
魔法陣が宙に浮かぶ。そこから水や土、風や火といったさまざまな属性を帯びた槍が出現する。
それぞれ一人につき二本。計十本にも及ぶそれらが、エルフ達によって投げ放たれる。
結界に触れても速度を緩めず、通り抜ける。
カナリアの背中に命中……。
する直前だった。
突如、彼女の右手首が垂れ下がり、白い断面を見せつける。
そこから空洞が開き……赤い光が輝いた。
瞬間、右腕から炎が噴き出す。
エルフ達の槍を跡形もなく消し去った。
炎が消えると同時に、カナリアは左手で右手首を元の位置に戻す。断面は元どおりに収まった。
エルフ達は唖然としたまま立ち尽くす。
自慢の魔術攻撃が、一本も通用しなかった。一見すれば単なる炎だが、あれだけの量の魔力を瞬時に消滅させたのだ。只事ではない能力を秘めている。
カナリアはまたしてもエルフ達の方へ振り返り、ニッコリとほほ笑んだ。
「ご協力してくれたお礼に、みなさんにはおもしろい映像を見せてあげます☆ どうぞー!」
◇
目配せされたイクトゥスは、数秒目を合わせた後、無言で前へ歩く。
両の瞳を発光させる。伸びた光が、前方へ映像を投影させた。
里を覆っている結界表面に映し出されたのは、赤黒い空の光景だ。
カメラは下へと移動していき、炎に染まる公園にフォーカスが合う。砂場に加え、ジャングルジムといった、アース・ワールドの住人たちには見覚えのないであろう遊具もある。
人が映った。逃げ惑う人間たちだ。
みな背後から攻撃され、一様に倒れていく。
すると、彼らを殺した者たちが、炎の中から姿を現した。
耳は横に長く、皮膚は病的に白い。手には、魔力で形成された斧やハンマー、弓など、命を奪うものばかり。
彼らは満足気に笑む。獣のような叫びを上げながら、逃げる人間たちを狙う。
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それが自分たちと同じエルフだと分かったので、フェリシィ達の顔色はみるみる変わっていく。
「エ……エルフなの? あれ……!? どうしてあんな姿になってるの! おかしいわよ!!」
本来は多様な肌の色が、亜人と同等の白さに変わっている。
しかも映し出された彼らは、理性を失っているように見えた。殺戮を楽しんでいるかのようだ。
いきなり自分たちが暴れる姿を見せられれば、驚くに決まっている。
リリアーナもそうだった。今は見えないが、惨劇の向こうには……魔女と呼ばれている自分がいるに違いない。
男のアンドロイドは喉仏に指を当て、説明を入れる。
「八億年先の未来の映像だ。見て分かるとおり、エルフ達は魔女の指揮のもと、世界中で破壊活動を行っている。オレ……イクトゥス機の目的は、魔力保有種の絶滅だ」
虐殺の標的が何なのかを明かした。彼は淡々と続ける。
「人類の為、死ぬ義務がオマエ達にはある。だから死ね」
「ふ……ふざけるなぁぁ!!」
しばらく黙り込んでいたエルフの人々も、ついに感情が爆発した。
「理不尽だ!!」
「そうよ!! そんな話を私たちにして、信じると思ってるの!?」
襲撃者の青年は無表情を浮かべたままだ。映像の照射を止め、冷静な声で告げる。
「信憑性など不要だ。オレの思考は、目的遂行を最優先にプログラムされている。オマエ達が死ねば、任務は完了する。あとはどうでもいい」
また皆が沈黙に返る。
理解できない、納得もできない。
途方もない先の話をされ、お前たちは関係者だから死ねと、一方的に言われただけだ。リリアーナも、ミケから説明されたときの心境を思い返す。
すると、カナリアが座席から顔を出し、手を挙げる。
「あのー。いいですかー、センパイー?」
気の抜けた声に反応し、イクトゥスが振り向く。
彼女は、この間にも砲撃を続けていた。黒い兵器をバシバシと叩く。
「これ全然ダメです。まあ予想はしてたんですけど、もう時間のムダかなー?」
「品定めが済んだのなら効率を優先しろ」
「でも最後に試したいことが!」
カナリアの胸あたりに四角い穴が開く。
自分の手をその中に突っ込み……何かを取り出した。
黒光りした棒の先端に、網状になった金属がくっついている。
持ち手の中心にあるボタンが押されると、ブゥンと鈍い音が辺りに響いた。
防衛隊の警戒をよそに、彼女は、先端部分を口に近づける。
「……ら~。らら~♪」
彩りのある発声が流れだす。
『ら』という一語だけを、音程や声量の調整で変化させつつ、繰り返す。
不思議なことに、単調さがまったく感じられない。熟練さすらある歌声だ。多くのエルフ達が聞き惚れる。
遠い距離にいるリリアーナ達も例外ではなかった。脳内が歌に支配され、次第にぼうっとしてくる。
リリアーナの隣にいたフェリシィは、頭を押さえた。その場で膝を突いてしまう。
ジャスミンは娘の背中を撫でる。しかし彼女もまた苦しそうにしている。
バレンも意識はあるが、目からは涙を浮かべていた。
「ぁ……。ああ、ああァ……」
感嘆の声も漏らしている。
状態は十人十色だが、おそらく共通している点が一つ。
苦しみとは裏腹に、カナリアの歌が、心地良い。
もっと聞いていたい……もっと聴きたい。そんな欲求が生まれているのだ。
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劇薬を体内に流し込まされたかのような感覚。あらゆる者たちが陥り、カナリアを撃退しようという意識も次第に遠のいていく。
歌声を最も近い距離で聴いていたのは、防衛隊の五人だ。
彼らにいたっては、目や口からだらしなく液体を垂れ流す。辛うじて震えながらも立っている状態だ。
事態はついに訪れた。
結界に自身の魔力を流し込んでいた彼らだったが……全員が手を下ろし始める。
しかも彼らは、リズムにのって手を振り、身体を揺らしだす。
こうもなれば、結界の強度は弱まってしまう。
カナリアはこの機を待っていた。『ら』の歌を『る』の歌に変える。
あとは照準の移動もせず、同角度のままレバーを引いた。
炎の玉が発射。先ほどまでは、結界の強度によってたやすく蒸発した。
今度は違う。光の膜に衝突した直後、大きく破裂。
爆炎と衝撃波が発生し、里中が揺れた。
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誰もが最悪を想定しているはずだ。このまま続けば、結界は打ち破られるのではないか。
そうなる前になんとかしなければ。脳が揺さぶられ続けるなか、リリアーナは這いつくばりながら動きだす。
顔を上げたフェリシィが、リリアーナの行動を見て驚く。
「なにする気……!?」
「止めにいく……!」
「アンタなんかじゃ無理よ!! エルフでも太刀打ちできでないのよ!?」
彼女の言うとおりではある。アンドロイドと真正面から立ち向かう脅威は、ミケとの戦闘で身に染みてしまった。リリアーナ一人が行ったところで意味がない。
二発目が結界に命中し、またも爆発を起こす。
振動が、リリアーナの勇気を削いでいく。
現実的に考えて、対抗するのであれば、セツナの力は必須だ。同じアンドロイドの彼女なら、百人力どころか千人力にも匹敵する戦力になる。
すると、セツナの瞳が赤に光りだす。
危険な領域に入った合図だと察する。
だが……ふと思い出す。
同じようにセツナの瞳が光る瞬間を、どこかで見た。
一体いつなのか。急ぎ記憶を探っていくと、答えを見つけた。
王城でミケと対峙したときのことだ。
彼女はどういうわけか、研究室に置かれていた山吹色の液体を口の中に入れた。
その際だ。彼女の瞳が、翡翠色に発光していた。
あの現象が何を意味していたのか、その時には分からなかった。
憶測の域を出ないが、まさかあの液体こそがアンドロイドにとっての……。
この世界で生きている以上、同色の物質なら心当たりがある。
それについて詳しそうなジャスミンに聞く。
「トリプランって、液体になりますか!?」
「あ!? いや、普通はならないけどさ……。帝国がそんな研究をしてる、みたいなのは聞いたことが……」
魔導石が液状化すること自体はあり得る話のようだ。
ならば、そのトリプランを入手できさえすれば、状況改善の糸口が見えてくるかもしれない。
「鍛冶屋に行けば、トリプランはありますよね!? 店の鍵を貸してくれませんか!」
「はあ!? こんな時になぁにを……!!」
「みなさんに迷惑はかけませんから!! おねが──」
砲台から放たれた三射目。
それにより、結界にヒビが入った。
カナリアは歌唱を止めた。ニタリと笑う。
席から下り、またファイアキャノンの前へ。
「テストは終了です♪」
親指と人差し指でチェックマークを作る。長いほうを防衛隊へ向けた。
ウィンクした後、指先に光を点らせる。
その先にある壁が破片となった。
防衛隊の中央にいた男性も、頭部が粉微塵と化す。
結界の破壊と、脳天への射撃。ほぼ同時に事をなした弾丸は、さらに後方へと直進を続ける。
辿り着いた先は……フェリシィ達のいる家屋だ。
目にも留まらぬ速さで向かってきたそれは、家の外壁にめり込んだ。
驚く五人をよそに、その弾丸から、ピピピッと音が響き渡る。
繰り返し鳴らされるそれに息を殺しかけていると……。
突如、弾丸が白く発光した。
リリアーナは慌ててジェイドムーンを取り出す。バレンも己の右手に魔力を集中させる。二重のバリアが重なった。
その直後、弾けた閃光とともに爆炎が巻き起こった。
激しい衝撃波。壁は割れ、煙と炎が立ち込めていく。
◇
気分が良くなったカナリアは、己の肩甲骨を回転させる。
そこからジェットパックを展開。炎を噴かせ、上昇する。
里を見下ろせる位置に来た。両手両足を大きく広げる。
「最期に! カナリア、みなさんのところに行っちゃいま~す!!」
身体を前に傾かせ、遅い速度で発進。足裏の肌を中へ入れて空洞を見せる。
そこから無数のハートを放った。
落下していくそれらは、地上で何かに触れると爆発。
次々と、連鎖するように炎が巻き上がる。
イクトゥスも里内へ侵入。
分離した一枚の羽が、ひし形の半自動タレットとなった。彼の周囲で漂う。
人の命がある方へ先端が向く。光線を発射した。
それをエルフの民は、ドーム状のバリアで防御。四人が固まり、一斉に魔力を放出している。
同様に、他のエルフ達も複数人で集まり、カナリアの空襲から身を守っていた。
カナリアは、辺りを見渡しつつぼやく。
「うそー? みんなノリが悪ーい!」
イクトゥスは構わずといった姿勢だ。一発の射線が防がれようとも、タレット全八機を展開する。
防御を続ける四人に対して、八本のレーザーを放った。
バリアにも耐久力というものがある。長時間保つのは難しい。エルフ達は、イクトゥスからの攻撃を防御するので手一杯だ。
やがて穴は生まれる。
一人のエルフがしびれを切らし、上空へ移動した。魔力を己の背に集中させ、光の羽を作ったのだ。
空中に浮かんだ状態で、今度は手にも魔力を込めた。イクトゥスに近接攻撃を仕掛ける……。
が、防壁から出た時点で、彼の死は決まっていた。
タレットが放った光線は、和を乱したエルフの脳天を貫く。あっという間に命は途絶え、落下した。
仲間の死という動揺で、魔力集中も途切れる。
脆くなったバリアを、イクトゥスは握り拳で簡単に打ち砕いた。
間を阻むものなど何もない。抵抗した三人は、あっけなく射撃によって死んだ。
カナリアの空爆により、里の炎上は加速する。
火の粉が大樹の葉に燃え移った。勢いは増し、枝々を燃やしながら天へと伸びる。
エルフの里、ネブリナは……終末の時を迎えようとしていた。




