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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第四章:宿世との出会い
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第三節 林道にて

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 機関本部に向かいながら、こんなにも気持ちが高ぶらないのは初めてだと心の中でつぶやく。

 帝国の黒魔術師、ステラ・サンセットは、ある人物に呼びだされた。テレポートの魔法を使用し、その目的地がある付近まで移動。


 入り口の洞窟には見張りがいる。よろいを着た帝国兵の者たちが数名だ。

 彼らの前を通過し、内部へと入っていく。

 蝋燭ろうそくの火が並ぶ道が続き、そのままゴンドラ式のエレベーターに乗り込んだ。

 天井に埋め込まれているオディアンが人感を察知し、紫色にともる。エレベーターが下降し、やがて停止。


 扉を開ければ、そこは別世界だ。金属製の無機質な通路が続く。壁には赤黒い塗料が塗りたくられている。

 血溜ちだまりの中に沈んだかのような光景だが、実際のところそうだ。

 塗料の中には、あらゆる生物の血が含まれている。ここで開発している物の質を向上させるためだ。

 帝国が誇る秘密結社、黒曜機関。その存在は帝国民には知られていない。ひそかに準備は進められていた。


 あの女が現れるまでは……。

「あっ!! ステラおばさ~んっ!!」

 奥の高そうなソファに座っていたカナリアが、手を上げて飛び跳ねる。

 手にあるグラスを、横にいる全裸四つんい男の背に置く。そうしてステラのもとへ。


 『おばさん』と言われた点が気に入らない。ステラは顔をしかめた。

 実年齢が発覚してから、いまだにそう呼ばれ続けている。


「ちょうどいいところに!!」

 駆け寄ってきた彼女は、ステラを見上げてから小首を傾げた。自分の胸に両手を置き、モジモジとする。

「あのねっ、お願いがあるんですけどぉ……」

「言いなりになるつもりはないわ」

「眉間のシワすっご~いっ!! でもいいんですかー?」


 指差した先には、背中に置かれたグラスを落とさぬよう、必死にバランスを取っている男。

 彼こそ、このアーガランド大陸を統べるダガン=ファイ=アーガランドなのだが……とてもそうとは思えない格好だ。

 身に着けている物は何も無い。四つんいで頭を低くし、耐え忍んでいる。


 しかし彼は、満足そうにニヤけた顔だ。

 カナリアは手をたたいて笑う。

「ふふふっ!! 後追いしたいっていうのならさせてあげますけどー?」

「はひっ……。カ、カナリア様に仕えることができて、幸せでしゅうぅ……」

 発言間の微妙な揺れで、グラスは床に落ち、割れた。

 カナリアは振り返り、彼のいる方へ戻る。


 破片を踏み潰した直後、彼のあごを蹴飛ばした。

「ぐええぇッ……!? ま、待って!!」

 涙ぐんだ瞳が、カナリアの不愉快そうな表情を映す。

後生ごしょうですから!! お情けをッ!! 見捨てないでくださいッ!!」

 平伏までしだした彼は、何度も床に額をぶつける。やがて鼻血を流す。


 それを見たカナリアは目を細める。溜息ためいきも吐いた。

 ダガンの前にしゃがみ込む。前髪をつかんで持ち上げる。

「あなたのことは好きでもなんでもないですけど、良いご身分だから生かしておいてあげます」

「カナリア様! ああああ! カナリアさまぁあ!!」

 鼻水を垂らしながら抱きつこうとするも、その身は払われた。

 壁に頭を打ち付ける。そうして気絶した。


 あまりの変貌具合に、ステラは目を剥く。

 これがあの、兵士たちを奮わせていた男の末路かと。


 くるりと振り返ったカナリアは、横にある物体を指差す。

「本題です! これを使ってみたいんですけど、いいですか?」

 キラキラとした眼差まなざしを向けている。新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。


 しかし黒光りしたそれは、黒曜機関が知恵と財力を駆使して作り上げた殺戮兵器さつりくへいき……。その量産型だ。

 闇の魔導石オディアンを動力とし、内部で肥大な火炎を生成し続ける。後方に配置された人員がレバーを引くと、極太の発射口から凄まじい熱量を放出する。

 触れれば火傷やけどどころでは済まない。死を悟る前に焼き殺されることとなるだろう。


 カナリアは興味津々といった様子だが、ステラは、彼女の要望にくぎを差した。

「データベースがどうとか言ってたんだから、テストしなくてもいいじゃない」

「いえいえ。映像で見たわけじゃないし、この世界の人たちがどれくらい耐えられるかも知りたいんですよ~」

 もっとも、兵器の運用法を決める権限は自分にない。ステラは、気絶したダガンを見る。

「ちなみに、皇帝さんは快く許してくれましたよ?」

「……だったら、あたしを呼ぶ必要なかったでしょう」

「実験は隣の大陸で行います。どこかにミケ先輩がいるんですよね?」


 彼女が心酔している、ミケというアンドロイド。

 セツナと瓜二うりふたつで、今はセツナの精神が表に出ていると聞いた。カナリアはあわよくば彼女に会いたいらしい。


「エナジーの節約も兼ねて、おばさんに飛ばしてもらおうと思って」

 そういうことかと理解する。テレポートの魔法なら、一人と一つを転移させることは容易である。

 ただ、肝心の座標についてだが、クレセントにはまだ自分の拠点が無い。座標用に調整したオディアンを準備し、配置しておくことで、ようやくテレポートが可能となる。

 一応、戦争で向こうへ行った一部の兵士に持たせてはいる。それで転移はできるだろう。

「……どこへ行くか分からなくてもいいのなら」

「わーい! お手数かけますっ♪」

 ぺこりと頭を下げるその動作は、あまりに軽いものだった。



 ますます気に障る。だが、今は彼女の言うことを聞いておいたほうがよい。

 セツナがアンドロイドだということは、それ相応の能力を持ち合わせているはず。共倒れをしてくれれば、こちらも反旗を翻しやすくなる。



 しかし……。いきなり、背筋に冷たいものが流れた。

 向けられている上目遣い。カナリアは、こちらの心を読み取るかのように、妖艶で不気味な笑みを浮かべていた。

「改めての確認ですけど……。裏切ろうなんて考えないでくださいね?」



「あなたの命を握っているのは、カナリアなんですから」



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 港町、ムーンロードへと道のりを進めるリリアーナ一行。あと少しで、この林を抜けることができる。


 一方、湖で出くわしたエルフの少女……フェリシィ・フランソワーズは、いまだ落ち着きがない。セツナの肩の上でジタバタと暴れていた。

「いいかげん下ろしなさいよー!! この犯罪者っ!」

 二人の後ろで、リリアーナは苦笑いを浮かべている。誘拐とも誤解される状況ゆえに一汗だ。


「お金のためにやっただけなのにぃ~!! もーっ!」

「お金が欲しいのは、今の私たちだよー……」

 今のままでは無賃乗船をするしかない。世界の為とはいえ、避けたいところではあるが……。


 ここでリリアーナは、フェリシィの発言を思い出す。

 彼女は、リリアーナ達を捕まえれば、里で報奨金をもらえると口にしていた。


「私たちの身柄があれば、いっぱいのお金が湧いて出てくる……?」

「何か良からぬことを考えていますね?」

 指摘されつつ、リリアーナは二人より前に出る。

「ふっふっふ……。フェリシィちゃん。提案があるのだがねぇ」

「なによ」

 ジト目で見つめられた。不信感の表れか。

 それでもリリアーナは咳払せきばらいし、無駄に低い声で続けた。


「私たちは、君の望みどおり捕まろうと思う。その代わり、君は三割分の報奨金を私たちに譲る! ……っていうのはどう?」

「「は?」」

 フェリシィどころか、セツナにまであきれた声を出される。

「……ダメ?」

「そもそも、捕まればセツナ達の旅は終わります」

「そこは……さ? もう私たち、脱獄のプロだし」

「事を荒立てるなと言いましたよね?」


 特に否定的なのは、セツナの肩でうごめいている少女のほうである。人差し指からロウソクのような火を出してきた。

「聞きずてならないわね! 犯罪者を見のがすわけないでしょ!?」

「それも誤解なんだよー! 話を聞けば信じてくれるから!」


 セツナが目をつむり、付け加える。

「確かに、馬鹿な提案だとは思います」

「セツちゃーん!!」

「ただ、このままの状態であれば、あなたは一レントも得ることができずに帰路へつくこととなる。彼女の異常な提案に乗りさえすれば、七割分の報奨金は手に入る」

 冷静な分析に、リリアーナはすばやく首を縦に振る。

「どうしますか?」


 セツナの問いかけに、フェリシィはうつむき考える。

 四秒ほど経ってから顔を上げた。


「いいわ。ノってあげる」

「お~!」

 リリアーナは、パチパチと手をたたく。

 対して、フェリシィは人差し指を向けてきた。

「ただし!! アタシは脱獄の手だすけしないわよ!! 三割分のお金は、アタシんちの前にあるツボの中にでも入れとくから」

「十分だよ! ありがとうー!」

 喜ぶリリアーナを見て、フェリシィは眉を狭める。首を傾げてから再び口を開いた。


「アンタたち……ホントに犯罪者なの?」

「だ、だから違うんだってば!!」

 そう聞かれれば、リリアーナは全力で否定する。本当に悪いことなどしていないからだ。


 しかし、セツナの対応は違った。

「人を殺したのは自分です。リリアーナ様は、自分をかばってくれただけなのです」

 このように、自分のことを棚に上げ、リリアーナの罪を減らそうとする。

「セツちゃん……」

 気遣いはうれしいが、そもそも非道な殺人を犯したのはミケのほうだ。自戒する必要があるのかと複雑な気持ちになった。


 フェリシィは特に驚くこともせず、ただただ傍観する。

「へ~。まっ、アタシからしたらどーでもいいけど」

 脚をバタつかせ、セツナの背中を軽く蹴った。

「早く歩きなさい!! ネブリナは、崖を下りて西行ったらすぐよ!!」



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 獣人の男性を五百メートル先に歩かせた状態で、イクトゥスは北へと歩いていく。

 彼は新たな情報源だ。脅迫によってあぶり出した証言のもと、次の目的地へ向かう。


 草木に木と赤の彩りが増えていく道中。両者の間で浮かんでいるのは、水色のきらめきを放つひし形の欠片だ。イクトゥスの背中に集合すれば翼となる、半自動タレット兵器である。

 光線が急所に当たれば、相手は死ぬ。砲口となる鋭角が、獣人の背中を向いている。


 男性は震えていた。言いなりの足取りで、前へ、前へと歩く。

 そして目的地に到着した彼は、その場で立ち止まる。

 そこは、クレセント大陸のちょうど中央に位置する鉱山だ。切り立った険しい斜面は、準備を怠ればいただきまで登りきることはできないだろう。

 だがイクトゥスには問題なかった。彼は自慢の浮遊能力を用い、地面から五十センチほど離れる。


 大きな障害がくることもなく、イクトゥスは頂上へ辿たどり着く。

 直径一キロの採掘穴がある。その周辺の所々で、人間の作業員が立っていた。

 手押し車には、翡翠色ひすいいろの鉱石が大量に積まれてある。さらに、微量の赤色鉱石もある。

 しかし、それら色に用はない。


 着陸したところで、皆イクトゥスの存在に気づく。

「うわっ……!? な、なんだこいつは!」

 彼を警戒し、手に持っていたスコップやピッケルを構える。

 イクトゥスは、人差し指を軽く横に振った。


 直後、上空から無数のレーザー光が出現。人間たちの道具を射貫いた。

 現在のイクトゥスには羽が無く、全ての機数がタレットとして空に飛翔ひしょうしていた。

 光線はそれらから発射されたものだ。この世界の文明レベルを上回る威力を誇る。

 瞬く間に、魔導具とも成り得る鉱山道具を全て破壊。彼らは唖然あぜんと立ち尽くすしかなかった。


 そんな彼らのことなど気に留めない。イクトゥスは採掘穴の中へと下り、周りを見回した。

 壁面には、赤茶の岩と土しかない。鉱石が生成されているはずだが、出入り口で人が集まっていたことから、既に採り終えられた後なのだろう。

 それでも、まだ残っている石を求めて内部を探索する。


 鉱山の最深部は魔力濃度が高い。常人であれば中毒症状を起こす。

 その証拠に、白骨死体がいくつか倒れている。

 アンドロイドのイクトゥスなら心配は不要だ。数秒の後、彼は最下層へと着陸する。

 上層と違い、ここは鉱石で満ちあふれている。表面は艶があり滑らかで、一見するとガラス細工のようだ。


 イクトゥスは、その一つ……。赤色の鉱石をつかみ上げる。

 探している物ではないと分かり、後方へ放り捨てる。見渡してみても、他にあるのは翡翠色ひすいいろの石のみ。

 それらをイクトゥスは、現状況において全て不純物であると決定づけた。



 すぐさま彼は入り口まで上昇。

 作業員の男性を見定め、問いかける。


「セルジウムはどこだ?」

 彼が求めているのはその一択だった。

 この世界に来て間もないイクトゥスにとって、セルジウムの居場所など分からない。外見的特徴を獣人の男性に伝え、彼の言うとおりにしてここへ来たのだ。


 問われた作業員は、ゆがんだ表情で叫ぶ。

「何だそれ!? し……知らない!!」

 返答を受けたイクトゥスは、すぐさま鉱山の外を見下ろす。

 置いてきた獣人に焦点を合わせる。豆粒程度の見え方だったが、ズーム表示で拡大させればよい。


 獣のような四足歩行の体勢を取り、逃走を図っている。このままいけば、まんまと逃げおおせるに違いない。

 イクトゥスは、一機のタレットを自身の顔横へ配置させた。


 現地点からの距離を予測する。彼の走り方、高低差、着弾時間……。

 全てを計算したうえで光線を発射した。


 獣人の右太ももに命中する。

「あっ!? ぐあああああああッ!?」

 突然の攻撃に彼は倒れ込んだ。顔をしかめる。

 一つの脚が駄目になれば、獣人の自慢である移動速度も没落する。


 そちらの事態は解決した。イクトゥスは、作業員の首を絞めながら持ち上げる。

「がっ、はぁっ……アッッ」

「オレは人類の味方だ。答えないのであれば……」

「ぁぁっ……。こ、ここに無い、鉱石なら……アーガランドのほうで……」

「ソコへ向かっている余裕はない。この大陸でも入手手段はあるはずだ」


 イクトゥスは、酸素が通らないよう、的確に気道を指で押さえつけた。

 作業員の男は、必死になって腕と脚を揺らす。だが、徐々に眼は虚ろとなり……。


「ある鍛冶屋が……!!」

 彼の仲間と思われる女性が大声を出す。

 反応したイクトゥスは、視線を向けた後、男を放り投げる。

 女性は震えだすが、力を振り絞り、説明を続けた。

「独自のルートで、いろいろ、入手しているみたいで……。もしかしたら、あなたが欲しがっている物も、あるかと……」


 イクトゥスは思案する。この世界で活動するにあたり、セルジウムは必要不可欠。

 獣人の男を脅迫し、在処を聞いたのはそのためだ。

 聞き終えたイクトゥスは、人間の女に接近する。


 その細い腕から繰り出される打撃で、彼女の腹部を痛めつけた。

「あぐぇぇっ……!」

 腹を押さえて膝をつく彼女を、イクトゥスは見下ろす。

「オレと一緒に来てもらう」

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