第三節 林道にて
-----
機関本部に向かいながら、こんなにも気持ちが高ぶらないのは初めてだと心の中で呟く。
帝国の黒魔術師、ステラ・サンセットは、ある人物に呼びだされた。テレポートの魔法を使用し、その目的地がある付近まで移動。
入り口の洞窟には見張りがいる。鎧を着た帝国兵の者たちが数名だ。
彼らの前を通過し、内部へと入っていく。
蝋燭の火が並ぶ道が続き、そのままゴンドラ式のエレベーターに乗り込んだ。
天井に埋め込まれているオディアンが人感を察知し、紫色に点る。エレベーターが下降し、やがて停止。
扉を開ければ、そこは別世界だ。金属製の無機質な通路が続く。壁には赤黒い塗料が塗りたくられている。
血溜まりの中に沈んだかのような光景だが、実際のところそうだ。
塗料の中には、あらゆる生物の血が含まれている。ここで開発している物の質を向上させるためだ。
帝国が誇る秘密結社、黒曜機関。その存在は帝国民には知られていない。ひそかに準備は進められていた。
あの女が現れるまでは……。
「あっ!! ステラおばさ~んっ!!」
奥の高そうなソファに座っていたカナリアが、手を上げて飛び跳ねる。
手にあるグラスを、横にいる全裸四つん這い男の背に置く。そうしてステラのもとへ。
『おばさん』と言われた点が気に入らない。ステラは顔をしかめた。
実年齢が発覚してから、いまだにそう呼ばれ続けている。
「ちょうどいいところに!!」
駆け寄ってきた彼女は、ステラを見上げてから小首を傾げた。自分の胸に両手を置き、モジモジとする。
「あのねっ、お願いがあるんですけどぉ……」
「言いなりになるつもりはないわ」
「眉間のシワすっご~いっ!! でもいいんですかー?」
指差した先には、背中に置かれたグラスを落とさぬよう、必死にバランスを取っている男。
彼こそ、このアーガランド大陸を統べるダガン=ファイ=アーガランドなのだが……とてもそうとは思えない格好だ。
身に着けている物は何も無い。四つん這いで頭を低くし、耐え忍んでいる。
しかし彼は、満足そうにニヤけた顔だ。
カナリアは手を叩いて笑う。
「ふふふっ!! 後追いしたいっていうのならさせてあげますけどー?」
「はひっ……。カ、カナリア様に仕えることができて、幸せでしゅうぅ……」
発言間の微妙な揺れで、グラスは床に落ち、割れた。
カナリアは振り返り、彼のいる方へ戻る。
破片を踏み潰した直後、彼の顎を蹴飛ばした。
「ぐええぇッ……!? ま、待って!!」
涙ぐんだ瞳が、カナリアの不愉快そうな表情を映す。
「後生ですから!! お情けをッ!! 見捨てないでくださいッ!!」
平伏までしだした彼は、何度も床に額をぶつける。やがて鼻血を流す。
それを見たカナリアは目を細める。溜息も吐いた。
ダガンの前にしゃがみ込む。前髪を掴んで持ち上げる。
「あなたのことは好きでもなんでもないですけど、良いご身分だから生かしておいてあげます」
「カナリア様! ああああ! カナリアさまぁあ!!」
鼻水を垂らしながら抱きつこうとするも、その身は払われた。
壁に頭を打ち付ける。そうして気絶した。
あまりの変貌具合に、ステラは目を剥く。
これがあの、兵士たちを奮わせていた男の末路かと。
くるりと振り返ったカナリアは、横にある物体を指差す。
「本題です! これを使ってみたいんですけど、いいですか?」
キラキラとした眼差しを向けている。新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。
しかし黒光りしたそれは、黒曜機関が知恵と財力を駆使して作り上げた殺戮兵器……。その量産型だ。
闇の魔導石オディアンを動力とし、内部で肥大な火炎を生成し続ける。後方に配置された人員がレバーを引くと、極太の発射口から凄まじい熱量を放出する。
触れれば火傷どころでは済まない。死を悟る前に焼き殺されることとなるだろう。
カナリアは興味津々といった様子だが、ステラは、彼女の要望に釘を差した。
「データベースがどうとか言ってたんだから、テストしなくてもいいじゃない」
「いえいえ。映像で見たわけじゃないし、この世界の人たちがどれくらい耐えられるかも知りたいんですよ~」
もっとも、兵器の運用法を決める権限は自分にない。ステラは、気絶したダガンを見る。
「ちなみに、皇帝さんは快く許してくれましたよ?」
「……だったら、あたしを呼ぶ必要なかったでしょう」
「実験は隣の大陸で行います。どこかにミケ先輩がいるんですよね?」
彼女が心酔している、ミケというアンドロイド。
セツナと瓜二つで、今はセツナの精神が表に出ていると聞いた。カナリアはあわよくば彼女に会いたいらしい。
「エナジーの節約も兼ねて、おばさんに飛ばしてもらおうと思って」
そういうことかと理解する。テレポートの魔法なら、一人と一つを転移させることは容易である。
ただ、肝心の座標についてだが、クレセントにはまだ自分の拠点が無い。座標用に調整したオディアンを準備し、配置しておくことで、ようやくテレポートが可能となる。
一応、戦争で向こうへ行った一部の兵士に持たせてはいる。それで転移はできるだろう。
「……どこへ行くか分からなくてもいいのなら」
「わーい! お手数かけますっ♪」
ぺこりと頭を下げるその動作は、あまりに軽いものだった。
ますます気に障る。だが、今は彼女の言うことを聞いておいたほうがよい。
セツナがアンドロイドだということは、それ相応の能力を持ち合わせているはず。共倒れをしてくれれば、こちらも反旗を翻しやすくなる。
しかし……。いきなり、背筋に冷たいものが流れた。
向けられている上目遣い。カナリアは、こちらの心を読み取るかのように、妖艶で不気味な笑みを浮かべていた。
「改めての確認ですけど……。裏切ろうなんて考えないでくださいね?」
「あなたの命を握っているのは、カナリアなんですから」
-----
港町、ムーンロードへと道のりを進めるリリアーナ一行。あと少しで、この林を抜けることができる。
一方、湖で出くわしたエルフの少女……フェリシィ・フランソワーズは、いまだ落ち着きがない。セツナの肩の上でジタバタと暴れていた。
「いいかげん下ろしなさいよー!! この犯罪者っ!」
二人の後ろで、リリアーナは苦笑いを浮かべている。誘拐とも誤解される状況ゆえに一汗だ。
「お金のためにやっただけなのにぃ~!! もーっ!」
「お金が欲しいのは、今の私たちだよー……」
今のままでは無賃乗船をするしかない。世界の為とはいえ、避けたいところではあるが……。
ここでリリアーナは、フェリシィの発言を思い出す。
彼女は、リリアーナ達を捕まえれば、里で報奨金を貰えると口にしていた。
「私たちの身柄があれば、いっぱいのお金が湧いて出てくる……?」
「何か良からぬことを考えていますね?」
指摘されつつ、リリアーナは二人より前に出る。
「ふっふっふ……。フェリシィちゃん。提案があるのだがねぇ」
「なによ」
ジト目で見つめられた。不信感の表れか。
それでもリリアーナは咳払いし、無駄に低い声で続けた。
「私たちは、君の望みどおり捕まろうと思う。その代わり、君は三割分の報奨金を私たちに譲る! ……っていうのはどう?」
「「は?」」
フェリシィどころか、セツナにまで呆れた声を出される。
「……ダメ?」
「そもそも、捕まればセツナ達の旅は終わります」
「そこは……さ? もう私たち、脱獄のプロだし」
「事を荒立てるなと言いましたよね?」
特に否定的なのは、セツナの肩でうごめいている少女のほうである。人差し指からロウソクのような火を出してきた。
「聞きずてならないわね! 犯罪者を見のがすわけないでしょ!?」
「それも誤解なんだよー! 話を聞けば信じてくれるから!」
セツナが目をつむり、付け加える。
「確かに、馬鹿な提案だとは思います」
「セツちゃーん!!」
「ただ、このままの状態であれば、あなたは一レントも得ることができずに帰路へつくこととなる。彼女の異常な提案に乗りさえすれば、七割分の報奨金は手に入る」
冷静な分析に、リリアーナはすばやく首を縦に振る。
「どうしますか?」
セツナの問いかけに、フェリシィは俯き考える。
四秒ほど経ってから顔を上げた。
「いいわ。ノってあげる」
「お~!」
リリアーナは、パチパチと手を叩く。
対して、フェリシィは人差し指を向けてきた。
「ただし!! アタシは脱獄の手だすけしないわよ!! 三割分のお金は、アタシんちの前にあるツボの中にでも入れとくから」
「十分だよ! ありがとうー!」
喜ぶリリアーナを見て、フェリシィは眉を狭める。首を傾げてから再び口を開いた。
「アンタたち……ホントに犯罪者なの?」
「だ、だから違うんだってば!!」
そう聞かれれば、リリアーナは全力で否定する。本当に悪いことなどしていないからだ。
しかし、セツナの対応は違った。
「人を殺したのは自分です。リリアーナ様は、自分を庇ってくれただけなのです」
このように、自分のことを棚に上げ、リリアーナの罪を減らそうとする。
「セツちゃん……」
気遣いは嬉しいが、そもそも非道な殺人を犯したのはミケのほうだ。自戒する必要があるのかと複雑な気持ちになった。
フェリシィは特に驚くこともせず、ただただ傍観する。
「へ~。まっ、アタシからしたらどーでもいいけど」
脚をバタつかせ、セツナの背中を軽く蹴った。
「早く歩きなさい!! ネブリナは、崖を下りて西行ったらすぐよ!!」
-----
獣人の男性を五百メートル先に歩かせた状態で、イクトゥスは北へと歩いていく。
彼は新たな情報源だ。脅迫によってあぶり出した証言のもと、次の目的地へ向かう。
草木に木と赤の彩りが増えていく道中。両者の間で浮かんでいるのは、水色のきらめきを放つひし形の欠片だ。イクトゥスの背中に集合すれば翼となる、半自動タレット兵器である。
光線が急所に当たれば、相手は死ぬ。砲口となる鋭角が、獣人の背中を向いている。
男性は震えていた。言いなりの足取りで、前へ、前へと歩く。
そして目的地に到着した彼は、その場で立ち止まる。
そこは、クレセント大陸のちょうど中央に位置する鉱山だ。切り立った険しい斜面は、準備を怠れば頂まで登りきることはできないだろう。
だがイクトゥスには問題なかった。彼は自慢の浮遊能力を用い、地面から五十センチほど離れる。
大きな障害がくることもなく、イクトゥスは頂上へ辿り着く。
直径一キロの採掘穴がある。その周辺の所々で、人間の作業員が立っていた。
手押し車には、翡翠色の鉱石が大量に積まれてある。さらに、微量の赤色鉱石もある。
しかし、それら色に用はない。
着陸したところで、皆イクトゥスの存在に気づく。
「うわっ……!? な、なんだこいつは!」
彼を警戒し、手に持っていたスコップやピッケルを構える。
イクトゥスは、人差し指を軽く横に振った。
直後、上空から無数のレーザー光が出現。人間たちの道具を射貫いた。
現在のイクトゥスには羽が無く、全ての機数がタレットとして空に飛翔していた。
光線はそれらから発射されたものだ。この世界の文明レベルを上回る威力を誇る。
瞬く間に、魔導具とも成り得る鉱山道具を全て破壊。彼らは唖然と立ち尽くすしかなかった。
そんな彼らのことなど気に留めない。イクトゥスは採掘穴の中へと下り、周りを見回した。
壁面には、赤茶の岩と土しかない。鉱石が生成されているはずだが、出入り口で人が集まっていたことから、既に採り終えられた後なのだろう。
それでも、まだ残っている石を求めて内部を探索する。
鉱山の最深部は魔力濃度が高い。常人であれば中毒症状を起こす。
その証拠に、白骨死体がいくつか倒れている。
アンドロイドのイクトゥスなら心配は不要だ。数秒の後、彼は最下層へと着陸する。
上層と違い、ここは鉱石で満ち溢れている。表面は艶があり滑らかで、一見するとガラス細工のようだ。
イクトゥスは、その一つ……。赤色の鉱石をつかみ上げる。
探している物ではないと分かり、後方へ放り捨てる。見渡してみても、他にあるのは翡翠色の石のみ。
それらをイクトゥスは、現状況において全て不純物であると決定づけた。
すぐさま彼は入り口まで上昇。
作業員の男性を見定め、問いかける。
「セルジウムはどこだ?」
彼が求めているのはその一択だった。
この世界に来て間もないイクトゥスにとって、セルジウムの居場所など分からない。外見的特徴を獣人の男性に伝え、彼の言うとおりにしてここへ来たのだ。
問われた作業員は、ゆがんだ表情で叫ぶ。
「何だそれ!? し……知らない!!」
返答を受けたイクトゥスは、すぐさま鉱山の外を見下ろす。
置いてきた獣人に焦点を合わせる。豆粒程度の見え方だったが、ズーム表示で拡大させればよい。
獣のような四足歩行の体勢を取り、逃走を図っている。このままいけば、まんまと逃げおおせるに違いない。
イクトゥスは、一機のタレットを自身の顔横へ配置させた。
現地点からの距離を予測する。彼の走り方、高低差、着弾時間……。
全てを計算したうえで光線を発射した。
獣人の右太ももに命中する。
「あっ!? ぐあああああああッ!?」
突然の攻撃に彼は倒れ込んだ。顔をしかめる。
一つの脚が駄目になれば、獣人の自慢である移動速度も没落する。
そちらの事態は解決した。イクトゥスは、作業員の首を絞めながら持ち上げる。
「がっ、はぁっ……アッッ」
「オレは人類の味方だ。答えないのであれば……」
「ぁぁっ……。こ、ここに無い、鉱石なら……アーガランドのほうで……」
「ソコへ向かっている余裕はない。この大陸でも入手手段はあるはずだ」
イクトゥスは、酸素が通らないよう、的確に気道を指で押さえつけた。
作業員の男は、必死になって腕と脚を揺らす。だが、徐々に眼は虚ろとなり……。
「ある鍛冶屋が……!!」
彼の仲間と思われる女性が大声を出す。
反応したイクトゥスは、視線を向けた後、男を放り投げる。
女性は震えだすが、力を振り絞り、説明を続けた。
「独自のルートで、いろいろ、入手しているみたいで……。もしかしたら、あなたが欲しがっている物も、あるかと……」
イクトゥスは思案する。この世界で活動するにあたり、セルジウムは必要不可欠。
獣人の男を脅迫し、在処を聞いたのはそのためだ。
聞き終えたイクトゥスは、人間の女に接近する。
その細い腕から繰り出される打撃で、彼女の腹部を痛めつけた。
「あぐぇぇっ……!」
腹を押さえて膝をつく彼女を、イクトゥスは見下ろす。
「オレと一緒に来てもらう」




