表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/170

第六節(終) ゲート前にて

-----




 縛られ、両手を後ろに組まれたルミナスは、囚人とは思えぬ外見の整いようであった。

 昨日までは髪は乱れ、服もボロボロだった。今日整えられたのは、彼女にとって最期の晴れ舞台だからだ。


 待機場所であった王城の中庭。屋内へと入るための扉が開けられる。

 夫ジーニアスと、武装した騎士たちが歩み寄ってくる。


 俯いたままのルミナスに向けて、彼は呼吸を整えてから問う。

「心の準備は?」


 何を言われようとも決めていたことだ。

 ルミナスはただ頷いた。




-----




 魔女の要塞が崩壊を迎えた後、その下へと落ちた存在が回収された。

 石化したステラだ。彼女は闇の魔力により不老と七億年の長寿を手に入れたが、その効果は解除されることとなった。


 戦いが終わって以降、アンドロイドとなったルミナスの娘は、世界の歪んだ部分を正そうと奔走した。

 その一つの結果として、未来の科学者と共同で造り出した浄化装置がある。彼女の中にある光の魔力を動力源として、闇の魔力を感知。吸収することで、この世に蔓延る闇を撤廃しようという代物である。

 只の人と成り果てたステラも、ルミナスの処刑時刻と同時に終わりを迎える手筈だ。

 彼女に関しては、際限以上の闇を受けた影響で、身体どころか精神も元には戻らず。既に処刑台へと連れられているだろう。



 最期ということで、騎士たちが指揮するもと、ルミナスは城内を一周する。

 礼服をまとった騎士、城のスタッフ達が五百名以上は並んでいる。

 こんなろくでもない異常者のために、よくここまで集まってくれたものだと、感謝とは異なる感情が生まれる。




 もう城の正面扉に到着していた。

 赤い絨毯を見つめながら、処刑台へと向かうため、日の光に出る。



 それとは違う。

 別の強い光を感じ取り、ルミナスは空を見上げる。



 その何かを視認することはできなかった。

 ただ、魔力の残影だろうか。青いいくつかの粒がルミナスの前に落ちていく。

 ジーニアスが身を寄せてくる。



「伝言を預かっている。『産んでくれてありがとう』と」



 本当にそう思ってくれているのだろうか。もう分からない。

 ただ、最後にそう言ってくれたのは、紛れもない優しさだ。

 自身の愚かさと混濁し、息を引きつらせながら、脇目も振らず咽び泣く。




 思い出が走馬灯のように過ぎる。

 幼い娘が、振り返り、大きく手を振ってくれる。

 彼女は光の中へと駆けていく。


 その背がやはり逞しく感じた。

 恐怖など今は無く、愛する娘が呼ぶ方へと一歩を踏み出す。




-----




 魔女によってアーガランド帝国が滅ぼされたことで、アンドロイドの襲撃が始まる前から続いていた魔石戦争も自然と終結。

 結局のところ、人類は自らよりも強大な存在に直面しなければ、何も変われないということが証明された。


 同じく戦争の、そして時代の中心にあったクレセント王国も、多くの混迷と問題発覚により衰退の一途をたどった。

 これからは、大国が統べる世界ではなく、小さな国々が手を取り合って未来を築いていく。そんな時代へと変わっていかなければならない。



 かつての栄光の象徴であった、王女リリアーナの肖像画……。教会の中で、国王のものの隣に飾られていた。

 それらは取り外され、代わりに、新たな時代の象徴を描いたものが飾られる。

 天を目指して羽ばたく一人の女神が、まるで世界を包み込むかのように翼をはためかせる姿……。



 彼女を愛した者たちが、一連の作業を見るために多く集まっていた。

 その中でも、身長の伸びたニアは、新たに飾られた絵を見つめ続ける。


 数日前、お別れの会として彼女のもとに向かい、お守りのペンダントをもらった。

 共にその時を迎えたかったが、感傷的になりたくないという彼女の願いを尊重し、こうして戻ってきた。


 もう二度と会えないとしても、生きるかぎり祈り続ける。

 ペンダントを包むように両手を握り合わせた。




-----




 戦いが終わって約五年。各地での復興作業も次第に落ち着きを見せ、平和が戻ってきた。

 その当人であるアマミヤ・リリナはというと、海岸沿いの崖上に腰を下ろし、膝を抱えながら波の音を聞いていた。


 いざこざが多かったクレセント大陸とアーガランド大陸の関係を、可能な限りは改善させた。

 後は、この世界に残る人々がなんとかやってくれるだろう。



 唯一この場に招いたのは、異次元へと続くゲートを共に造りあげた科学者、ライラックだ。

 彼が生き続けた時代の技術もあり、あらゆる面で人々の生活水準は向上した。服を綺麗に畳んでくれる畳み箱や、食材を均一に切るマスター包丁くんなど、便利アイテムを次々と開発している。



 その一方で、リリナが抱く懸念への対策も講じてくれた。

 ブラックホールが消失して以降、空を囲む層には、まるで魔力貯蔵庫のように膨大な魔力が蓄えられていた。一部では、その全てがいつか地上に降りかかってくるのではないかという不安も囁かれているが、世界は依然として健在だ。



 しかし、良くない事態にあるとリリナは警鐘を鳴らした。

 月に一度の頻度ではあるが、その層に蓄積された魔力が不気味に発光する現象が観測されていたのだ。

 考えられる要因を確実のものとするために、ライラック達は、アンドロイドの量産機から回収したコア、そしてイクトゥスのデータを再利用。魔女が繋ぎ止めた時間軸がどうなったのかを確認するためのゲートを造り出した。



 時間軸自体は通常の流れを刻んでいたものの、一つの問題が存在していた。

 知られていた事実ではあるが、魔女の中で胎動していた魔力は、彼女が滅ぼした全ての魂を内包していたというわけではない。ゆえに全てを復元できるわけもなく、必ず溝が生じる。

 切り離された時間軸とはいえ、始点と終点の関係は変わっていない。それが今回の発光現象と、容易に様子を覗き込める隙をもたらした。



 つまり、埋められなかった溝を埋めるために、この時間軸から元の魂を探し始めているのだ。

 この現象、ブラックホールを発生させたタイム・パラドックスに似ており、運命という呪縛に概念が固執しているかたちだ。


 魔女を信用した結果だと不満を漏らす者も当然のように湧き出るが、リリナは選択を後悔していない。

 もし何か問題が発生した際は、自分が手を打つと決めていた。



 確認用に造りあげたゲートを、人一人が通れるほどの大きさに広げてほしいとライラックに頼んだ。

 その起動スイッチを彼が押す。


 もともと扉の形をしているが、内枠をなぞるように青い瘴気をまとい始める。

 その向こう側に、闇と対峙した際に何度も目にした時空間の歪みが姿を現す。



「本当に行くんだな?」

 ここまで付き合っておきながら、彼はそう聞いてくる。

「うん」

「後戻りなんてできないし、戻ってこれる保証も……!」


 リリナは何も言わない。

 向こう側の時間軸への移動までは、ほぼ確実に成功する。しかし問題は帰還できるかどうか……。

 仮に帰還できたとしても、リリナの感覚と実際の経過時間は大きく異なる。時間の穴がある時代を巡るだけとして、リリナが体感するのは長くても五年分程度。



 しかし、実際の経過は千年単位に及ぶ。戻ってきた時には、今いる人間など当然誰もいない。

 リリナがこの地にいたことを覚えていてくれるのは、ライラックが計画している、イクトゥスの最新モデル。

 そして、まだ若いエルフ族くらいだろう。



 普段から素直な感情を口にしないライラックだが、今回もそうである。

 目元を潤ませるも、顔を背けてから口にしたのは、単なる確認だった。

「いいか!? 君らのやることは、時間の割れ目の修復! それ以上の干渉はご法度だ! そっちでもタイム・パラドックスが起きれば、こっちの世界にも影響が出かねない!」

「長々と説明してー。ホントは寂しいんでしょー?」


 いつものように絡んで見せると、彼は自身の目と目の間を摘む。

「あー、そうだねぇ!! 鬱陶しい君らと話すのが最後なんて、気分爽快だよ!!」

 ズカズカとした足取りで引き下がっていく。


 おもしろいと感じ、リリアーナの意識は思わず笑ってしまった。

 ツッコミを入れるかのようなタイミングでセツナの意識が述べる。

『別れの言葉くらい伝えるべきだったのでは?』

「いいよ~。私たちには、こーいう静かな旅立ちが似合ってると思わない?」

『ハッキリ言って、誰もそんな印象は抱いていません』

「え~?」




 去っていく足音と交錯して、別の足音が近づいてくる。

 かすかな擦れ具合から誰のものか分かるうえに、共に聞こえた猫の鳴き声が全てを確定づけた。

 リリナは少し肩を震わせつつ、振り返る。



 背も髪も、五年の月日を経て、見違えるほどに伸びた。

 野生児味があった服装も鳴りを潜め、今ではスカートや透け感のあるトップスを好むようになっている。

 お転婆だった彼女だが、里のまとめ役と同時に、人種間の隔たりを失くすための任に就くことが決まっている。


 旅を経て、長い付き合いとなり、そして最大の友となった。

 今日がその日だとは伝えていなかったのに、フェリシィ・フランソワーズは何故だかこの場にいる。

 胸元には、戦いの後で捜索して見つけたナミダの飼い猫、ミケを抱えていた。



 視線を外してみると、離れたライラックがこちらを睨んでいる。

 ふん、と鼻を突っぱねるような仕草を見せたことから、彼がフェリシィを呼んだのだと理解した。


 リリナは唇を震わせつつも、立ち上がり、なんとか気分屋な声を出した。

「ラクザコくんめ、内緒にしてたのに……」

「一緒には行けないって分かってるわよ」

「アンドロイドな私たちの特権だからね!」


 フェリシィは、自分のヘソあたりで指五本ずつをくっつけたり離したりしている。

 それを見下ろしつつ、彼女は瞳を揺らした。

「一応、原因はアタシにもあるし……。アンタ達にばっかり背負わせて……」



 何度も責任感が垣間見える言動を繰り返していた。それはこの時も変わらず。

 しかしリリナは、青い瞳に変え、あえてムフフと笑った。

 驚くフェリシィだったが、釣られて彼女も吹き出してしまう。

「……とか思ってたけど。ホントはいろんなところに行けるのが楽しみなんでしょ」

 リリナは自分の後頭部を撫でた。

「へへ~。バレたか~」



 砕けた表情から一変。

 目の色が翡翠色になったということで、セツナの意志が前面に出て、渋い表情となる。

「真剣に考えているのはセツナだけです」

「いやいや! そんなことはないけど~!?」

「未来世界のデータベースを隈なく検索して──」

「バラさないの、も~!!」


 せわしく変動する瞳の色を見て、フェリシィは首を横に傾けた。

「たぶん、大丈夫よね。アンタ達なら……」

 リリナは目を丸くさせるも、すぐに微笑み返した。



 するとフェリシィは、両腕を前に伸ばし、大きく広げてみせた。

 彼女も気難しい態度を取りがちであるが、こうして素直に感情を表してくれた。




 永遠の別れになるのが怖かった。

 だから何も伝えずに旅立とうとした。

 しかし本音を述べるのならば、誰よりも彼女に会いたかった。


 隠していた気持ちが溢れ、リリナは抱擁に応じる。

 段々と強く。フェリシィの震えが直に伝わる。



 彼女に対してだけではない。

 自分すらも勇気づけるように、そっと声をかける。

「私たちが帰る場所は……いつだってこの世界だから」


 肩にフェリシィの涙が落ちる。

 最後にもう一段階強く抱きしめ、ゆっくりと腕を解いた。





 単なる幻想か。

 それとも、強い魔力を秘めた彼女に触れた影響か。

 フェリシィの瞳には、元の二人が笑みを交わす姿が映し出されていた。

 実際は違うと分かっているが、まばたきすれば消えてしまうのではと思い、ずっと直視を続ける。


 二人はゲートと向き合う。リリアーナが腕の交差とともに伸びをする。

「さてとー! じゃあ未知なる旅路へ!」

 セツナがジト目で隣の彼女を見る。

「いちおう、目的は決まっているわけですが」

 リリアーナは両手を横に広げる。

「だから〜。どんな色の世界なのかとか、どんな乗り物があるのかな〜とか!」

 正面に向き直ったセツナがため息をつく。

「やはり旅行感覚ですか」



 感じることができる。

 この時代に生きた二人の、最後の会話。

 共に旅立つことはできないが、二人と共に生きたという事実を胸に刻みたい。

「二千年までよ!!」


 フェリシィの涙に満ちた叫びが響くと、二人は振り返った。

 青く灯る光が眩しく、きれいで、目に焼き付けておきたくて。

 それでも一度まばたきをし、ほほ笑みながら続けた。

「それ以上は……待ってあげないから」



 視界に映る姿は、リリナとしての一人に戻った。

 彼女は、光に負けない笑顔を残す。

 二人の声が重なって届く。

「「いってきます」」




 光と異空の混ざり合う地。その中へと進んでいく背中を見守る。

 どこか遠くから、鐘の音が聞こえてくる。

 祝福の音色であることを願い続ける。





--終幕--

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ