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第三節 精神世界にて

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 肉体と精神が分離している感覚がある。

 現に、存在しない真っ白な空間の中、二人は互いの身体に剣を突き刺したまま落下していく。

 いつ底に辿り着くかも分からない。そして、身にまとっていた服が消失したこの世界に、リリナは驚愕する。

「ここは……!? いや、違う。私たちの……!!」

 リリアーナがセツナの精神と接するにあたり、この世界に入り込んでいる。

 

 魔女も想定とは違うといった具合に目を剥く。

「アンドロイドの深層世界にまで辿り着いた……!? いろんな魂が混ざり合ったから……!!」



 さらに、二人の身体が光に包まれると、精神までもが分離するかたちとなる。

 リリナは、元のリリアーナとセツナに。魔女リリアーナは、彼女本人とフェリシィの姿に分かれる。


 全く狼狽えずに、エルフ少女の幻影が声を張る。

「けど、魔力が充満してるってことは、アタシ達に有利な世界ってこと!!」



 底が見えてきた。精神が四つに分裂したことにより、突き刺さっていた二つの剣が、四人の間で回転しながら落下。

 剣の先が床に当たると、波紋を打つように白の世界と獄炎の世界で真っ二つに変化した。

 呼応して、着地した四人も通常の衣服に身が包まれていく。セツナに関しては、今は懐かしきメイド服である。


 この状況について、魔女が自説を述べる。

「そっか。ロゼットくんがどうやって蘇ったのか分からなかったけど、こういうことだったんだ!! 強大な魔力同士の反発作用。あの子の場合は放出型の魔力だったから、復元された精神が外の世界で活動し始めた」

 それは同時に、ロゼットが闇に対する反発意識を無意識に出していたということとなる。

「夢みたいな話だけど、全員をそうさせるなんて結局効率的じゃない。計画は変えずに進める!!」


 それぞれの陣営に分かれたところで、魔女は左手を挙げた。

 今この空間には、双方が蓄えた魂が充満している。



 そして、その呼びかけに応じてしまった。

 魔女の背後には、未来の世界を滅ぼした際に動員された、魔力保有種の軍団がいた。

 彼らの行方は不明だったが、やはり魔女の手によって魂だけ回収されていたのだ。

 しかも幾人か人間の姿をした者もおり、より強大な部隊となっている。

「百億の命を私は背負ってる……! 君たちのワガママなんかに負けるわけにいかない!!」



 落ちていた赤のレイピアが、魔女の手に引き寄せられる。

 フェリシィも手を掲げると、怨念となった部隊が床の中に沈んでいく。

 魔女とフェリシィが、自らの信念を口にする。

「みんなの自由のために」

「復讐のために……!!」



 消えた魂たちの動きを解析したいが、この空間においてリリアーナ達はアンドロイドではない。

 まずいと思ったリリアーナが、急いでレイピアを拾いに行く。

 深層世界であるはずなのに、原理は不明だが、剣の効力は生きている。手にしなければ、魔女相手に成すすべなどない。


 その妨害として、魔女が手を広げ、フェリシィがスリングショットを構える。

 出力は明らかに落ちているが、風と炎の魔法をそれぞれ射出してきた。リリアーナに当たりそうになる……。



 すかさずセツナが駆け寄り、リリアーナをお姫様抱っこの要領で抱き上げる。

 彼女は人間時代からの俊敏さを活かし、一跳びで回避とリリアーナの救出を同時に達成してみせた。

「ありがとうセツちゃん……!!」

「お気をつけて。真に危険なのはここから……」


 周囲一帯の床から、闇色の瘴気が大量に湧き上がる。

 気体であるはずのそれらは、人の形を模した個体となる。既に膨大な数が生み出されている。

 逃げ道は上空のみというなか、リリアーナのレイピアが、床から這い出た黒い手によって持ち去られようとしていた。



 大した武器を持ち合わせていない現状、まともに立ち向かうのは無謀である。セツナはリリアーナを抱えたまま跳躍。

 黒い瘴気たちの頭を連続で踏みつけ、脱出を図る。


 しかし、脚を掴まれたことで内側に引きずり込まれる。

「やあ!?」

 セツナの転倒で、リリアーナも床に打ち付けられた。

 闇色の手やら剣やらが迫ってくる。セツナは直ちに太ももに装備していたナイフを抜き、迫り来る手に向けて振るう。



 果敢に応戦するも、この物量の差全てへの対処はできない。依然として劣勢は変わらず。

 リリアーナの腕と脚に触手が絡みつく。

「ひっ……!」

「リリアーナ様……!」



 こちらに気を取られている間に、セツナの足が斬られる。

「うっ……!?」

 倒されつつも、身を挺するようにリリアーナの上で覆いかぶさる格好となった。

 断面やもげた部分が残るわけではなく、粒子となって飛散する。


 怨念たちは、倒れた両者を見下し、ムチのようにしならせた触手を振るってきた。

 セツナの背中に強く打ち込まれる。

「くっ……! うぅぅう……!!」

 如何なる衝撃かが、密着しているリリアーナにも伝わってくる。常人では耐えかねる激痛を味わっているはず。

 さらに、彼女の目元は覆われ、肩や脇腹がえぐられるような攻撃にも晒されていた。

 目の前で繰り広げられる拷問に、耐えかねたリリアーナが叫ぶ。

「おねがい!! 止めて、みんなぁ!!」



 その声を邪魔だと思ったのか。ある一人の瘴気が手を激しくうねらせる。

 細い四本の線がリリアーナの口の四隅に接着。こじ開けた。

 そしてもう片方の手を、槍のような五本の先端が連なる形状に変化させ……。



 リリアーナの口腔を突く。

「ごぶぅう!? ぐおっお゛ぉぉおおっぎぃッ!?」

 細い管を強引に広げられる。裂けた部分が槍と繋がったままに放置され、惨めな鳴き声しか上げることができない。

 別の手も、リリアーナの、セツナのあらゆる部分に這い寄る。全てを堪能される。




 終わりを確信した。

 深層世界の出来事とはいえ、このまま精神を蝕まれれば、外にある身体と完全に切り離されてしまう。



 同じように察したであろうセツナが、リリアーナの首後ろに腕を回す。

 せめて最期は、大好きな人を感じながら逝きたい。リリアーナも同じように応える。



 まぶたは落としていたが、金属混じりの足音が聞こえてきたことで持ち上げ直す。

 闇の色しか認識できない瘴気の中、唯一、鎧の輪郭を描いた存在が正面に現れる。



 友人にとてもよく似ている。

 最期の一瞬まで絶望で終わらせたいらしい。

 彼は背に携えた大剣を取り外し、こちらに向ける。

 幻想でしかない涙が滲む。目を細め…………。




 狭くなった視界にて、鎧のその人物が背後を向く。

「エクスプロージョン!!」

 男性の……よく聞き馴染んだ。

 詠唱を唱えながら、すぐに巨大な剣を横薙ぎに振るった。



 通常のその魔法よりも明らかに高い効力。一つの個体が内側から光ると、その光が周囲の者に触れ、また次の者へと連鎖的な発光をもたらす。

 そして爆炎を伴った破裂が起き、周囲の怨念たちが一気に焼き払われた。



 妨害が焼失したことにより、光の魔力として寄り添ってくれる者たちの支援が受けやすくなったのか。セツナの足やリリアーナの喉が修復される。

 落ち着きを取り戻したのと同時。瘴気を爆発させた鎧の幻影に色がつき始める。

 二人はそれを見上げ、目を見開く。



 ずっと心残りだった。

「あ……。あぁぁ……」

 リリアーナは涙を流す。

 彼をもっと早くに救えていたならばと何度も思い返した。

 それでもまだ見捨てずにいてくれるのか。



「エキュー、ド……!」

「お久しぶりです。リリアーナ王女」

 ミケの襲来によって命を落とした青年騎士が、魂としてだが再びリリアーナの前に舞い戻ってきた。

 爆炎の影響か、既に肩から粒子と化している。

「何故……。いや、そうか」


 疑問に思ったセツナだったが、考えてみればおかしなことではない。

 エキュードが殺された際、その魂はミケのコアに取り込まれたと考えられる。そのコアとなっていたオディアンは砕けたが、同時に内包されていた魂が魔女のもとへと行き渡った。だからこそ、今こうして同じ空間にいるわけか。

 魔女の配下となっていたようだが、こちら側に傾いてくれた。


「自分のことを……心底軽蔑したでしょう」

 リリアーナの名を使用し、勝手な行動をとったことについて言っているのだろう。

 しかしリリアーナは、力強く首を横に振らして涙を散らす。

 それに驚きつつ、エキュードは心地よく笑った。

「本当に……優しいお方だ」



 彼が気にかけているのは、『もう一人』に対してもだろう。エキュードは後ろを向いて遠くを見つめる。

 彼女がどのような表情をしているのかは見えないが、エキュードが眉間を狭めたことから、歯を食いしばっている姿が浮かんだ。



 エキュードはリリアーナ達の方に向き直り、また表情を和らげた。両手を前に伸ばす。

 セツナと共にその手を握り、立ち上がる。

「感謝を伝えに来ました。ロゼットのやつを許してくれて……。傍に置いてくれて、本当にありがとうございます」


 彼も彼で、残していった人を気にかけていたようだ。

 ロゼットは結局魂ごと消えてしまったが、この感謝を聞き、心の傷口が癒えた気がした。



 エキュードの視線はセツナの方へ。

「こんな僕からの頼みなんて……聞きたくないかもしれませんが、リリアーナ王女を……よろしくお願いします」

 セツナは迷いなく頷く。



 すると遠くにいる魔女が、極太の竜巻を発射させた。床も吹き飛ばすのではないかと思われるほどのエネルギーだ。

 エキュードはそれから目を離さず、リリアーナ達に対して手で後退するよう促す。



 セツナがリリアーナの身を持ち上げ、肩に載せる。

 間髪入れずに走り出した。

 唐突な別れに、リリアーナは、エキュードへ手を伸ばして叫ぶ。

「エキュードォォォ!!」



 竜巻と対峙する彼が、自身の剣に破裂の力を込める。

 つぶやく声が小さく聞こえる。

「よかった……。最期に、あなたを護れて……」


 吹き荒ぶ悪意に向けて剣を突き出す。

 爆ぜた光が、風の渦に亀裂を生じさせた。




----




 逞しき勇者の魂は、一瞬にして塵と化した。

 セツナが走り続けるなか、運ばれるがままのリリアーナは悲しみを堪えきれずに咽び泣いた。



 その時、新たな強襲……。

 遥か先の天から、激しいいかずちが降り注いだ。

 セツナの判断で足を止めたがために直撃は免れた。二人は上を見る。



 空間にノイズが走り、横に広い外套をまとった女体が降下してくる。

「ステラ・サンセット!?」

 ……と思われる風貌の怨念だ。

 しかしやや白目を剥いており、その他手や脚もカクついている。

「何でここに……!」


 リリアーナの疑問を解消するため、セツナが状況を読み解く。

「死んでいるわけではない。しかし、魂のみを一時的にこちらへ移動させ、無理やり援軍として引き入れた」



 ステラの怨念が両手を逆立たせると、床から闇色の剣が無数に伸び出した。

 剣たちは九十度の傾きを持ってこちらに傾き、一斉に襲いかかる。


 器用に回避するセツナ。短剣で軽くタッチすると、それだけで剣は粉々に砕けた。

 だからといって物量の差に変わりはない。いつまでも剣に背後を取られる。

「逃げられない……!」

 セツナですら音を上げるなか、一本の剣が懐へ飛び込もうとする……。



 しかし、更にその横から飛んできた火球が、剣に命中した。

 爆風を浴びるも、リリアーナとセツナは無事のまま着地。

 二人が横を見ると、そこには……。

 爬虫類でありながら二足で立つ、黄灰色の竜がいた。



 リリアーナ達は、その特徴に見覚えがある。

「間に合ったかオイ!!」

 絶望の最期を迎えながらも、気にしてないと言わんばかりに荒っぽい口調を飛ばす。

 かつての仲間の一人、リザードマンのコゲが救援に来たのだ。



 そのうえ彼は、ある人間を背負っていた。

 妹のために闇へ身を投げ売った、未来の研究者……。


 彼女、ヒナタ・アラシは、人差し指を突き立てて叫んだ。

「早急にアドバイスを伝える! 今の君たちは、肉体から分離された魂。つまり魔力の一部ということでもある!」


 その簡潔な説明が、リリアーナにある気づきをもたらした。手のひらを天にかざしてから念じる。

 確かな風が広がったのを感じると、すぐさま後方に風を噴射する。

 風圧で一気に加速しただけでなく、迫っていた剣のいくつかを弾き落とすことができた。



 コゲ達の傍で着地する。リリアーナは、かつての仲間との再会に喜びの涙と笑顔を浮かべる。

 一方でセツナは、ヒナタに冷たい視線を向ける。

「あなたの望みを打ち砕くこととなります」

「いいさ。ウチも高望みしすぎた」


 剣が駄目ならばと、ステラの怨念は、雷をまとった岩石を蓄え始める。

 だが、今となっては無謀すぎる行動だ。



 魔力の制御において、リリアーナの右に出る者はいない。

 掲げた右手に光が集まっていく。

「ムーンライトォォ……」

 ステラはリリアーナの発声に驚き、まだ途中であったがメテオを発射した。



 それは、普段ならば剣を介してしか発動できない現象。

 しかしリリナと魔女、双方の剣が生み出したこの空間だからこそ可能になった。


 リリアーナは、少しの溜めのみで全てを完了させた。

 強く腕を振るって解き放つ。

「スライサァァァァァ!!」

 浄化の弧が手のひらから放たれた。



 隕石の中心を穿つようにして直撃。

 見た目の大きさだけは立派だったが、いとも簡単に粉々となった。

 しかもリリアーナ側の魔力はまだ原型を維持し、そのままの勢いで直進する。



 ステラの怨念はバリアで防御しようとしたが、それすらも貫いた。

 彼女の腹が抉り抜かれる。

「いぎああああああああああああああ!?」

 しわくちゃの皮膚が飛散した。



 一つの脅威が去った後、コゲは自分たちが来たのと同じ方角を見つめた。

「オレァまやかしだとしてもな。最期に良いもん見れたから満足だよ」

 目を凝らして見ると、三つの凹凸の少ない影が手を振っていた。


 ヒナタはコゲの頭を撫で、彼の背中から降りる。

 自由の身となった彼は、待ちに待った再会を果たすために、影たちのもとへと駆け出していった。



 その背を見送りつつ、会いたい人がいるのは彼だけではないだろうとリリアーナは考えた。

 ヒナタへ手を伸ばす。

「妹さんに会いたいはず」


 だが彼女は、首を横に振った。

「会っても頬をぶたれるだって今さら気づいたんだ」



 もう未練はないようだった。

 ヒナタの身体が粒子となり始める。

「行きたまえ」


 リリアーナはその淡い笑みを見つめながら、虚空を握りしめる。

 背を向け、セツナと共にレイピアのある方へと駆け出す。

 光が一層強まったのを視界の縁で感じた。

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