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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第二十二章:オペレーション・クレセント・リバース
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第七節(了) 時空間にて

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 ヒナタが強制転移されたのは、落石による爆音が気になって廊下に出た時だった。

 ゆえに、休憩室まで一緒だったライラックは、ヒナタが魔女と会っていたことなど知る由もない。



 魔女との契約を結んだヒナタは、ライラックに連絡し、洞窟へ先に向かうよう伝えた。

 ヒナタが現地に到着した頃には、岩肌に埋まっている豪勢な門が、ひとりでに揺れていた。


 二つの箱を載せたフォークリフトを操縦し、ライラックのもとへと近づく。

 箱にはそれぞれ、量産機の生き物型、また転移後の世界で道具を作るための部品が詰め込まれている。しかしカナリアの鳥型に関しては、シャドウ・サーペントの荒すぎる製法により、量産ができなかった。

 フォークリフトから降りると、防護スーツに身を包んだライラックが駆け寄ってきた。

「遅いよ!! もうゲートが……」


 彼は左右に視線を動かし……わずかに目を見開く。

「妹さんは?」



 協力関係になってしまった以上、もう本当のことは話せない。

 ヒナタは引きつり笑いを浮かべた。

「まだ……。やることがあると」

「やることって……。待ってる時間は無いんだぞ!?」




 門が勢いよく開かれた。

 二人とも正面を向く。あらゆる色が点在した……異様な空間が広がっている。

 ただでさえ落ち着きのなかったライラックが、悲鳴にも似た大声を上げた。

「いや! やっぱり待って! 心の準備が足りてない!!」



 だがもはや、そのような時間を与えてはくれない。

 ヒナタよりもさらに後方……。



 予定どおりだ。魔女が出現した。

 元々、この門を開こうとしていたのは彼女なのである。現れないほうがおかしい。


 そしてその機会に乗じるために現代の研究者がここにいるのだ。

 ライラックは魚が詰まった箱を、ヒナタは猫が詰まった箱を背負う。

 想定では、魔女が門の中へと飛び込んだ後を追う予定だった。その逆となってしまったが、それ自体はなんとかなる。


 問題は、ナミダが用意した、魔女を時空間に閉じ込める作戦のほうだ。

 まだ入ったこともないその空間で、アンドロイド達による拘束がどの程度有効なのか。



 あいにく、そのプログラムを改ざんする余裕はなかった。

 できたのは、ナミダが密かに行っていたイクトゥスの思考への修正を、行われる前に復元したことくらいだ。

 家族を蘇らせたい今、あえて妹の計画を失敗させるというフェーズに入った。

 魔女を時空間に閉じ込めるなどせず、そのままの流れでアース・ワールドへと送り届けたい。


「もう行くしかない……!!」

 ともかくヒナタは、ライラックの肩を掴んで走りだす。

「ひいいいい……! も、もうヤケだあああああああ!!」

 二人は、備え付けの階段を駆け上がる。



 そして、門の中へ……。

 限りなく未知の世界へと飛び込んでいった。



 防護スーツに身を包んでいるにもかかわらず、意識が揺らぐ感覚に襲われる。

 重力は宇宙空間を彷彿とさせる浮遊具合だが、同時にどこからか吹き荒れる風圧が身体を押す。それなりの重量がある防護スーツをものともしていない。


 遅れて、前方の遥か奥にて、光が一面に広がり始めた。

 あの光の中が終着点というわけではない。扉が閉まる前に、このまま流れに乗って、推定された座標まで向かわなければならない。

 そこに到達するのは、自分と……魔女だけでいい。



 ただ、妙な点が一つ。

 過去に戻るという行為において、時空間の流れは、突入時の向きを基準に右から左へ向かうという想定されていた。

 しかし押し寄せてくる風圧はまったく逆方向を向いている。この流れに逆らわなくてもいいという説明をナミダから受けていたが、果たして本当にそうなのか。



 魔女も宙に浮かび、時空間に入ってきた。

「ひぃぃ!? 来たぁ!!」

 多くの魂を吸収していたというだけはあり、この空間内でも変わらず平常を維持している。




 それよりも驚くべきは、彼女の後方に広がる景色だ。

 先ほどまで自分たちがいた洞窟が、砂の城のように倒壊し、その上から別の地形が下りてくる。

 さらに割れた部分から見える空が、壊れた蛍光灯のように点滅を繰り返す。



 ナミダが説明したなかで気になっていたのは、魔女が『世界の記憶自体は残ったまま』だと言っていたこと。そしてそれを利用すれば、『魔力を節約できる』とも述べた。

 憶測でモノを辿るとすれば、保管していた八億年前の地形を呼び覚まし、その内に眠る記憶を逆行させた状態のまま未来へと向かう。しかし自分も世界の変容に巻き込まれるため、時空間に飛び込む必要があった。

 単に過去へ遡るだけならば、八億年もの年月だ。その分だけ魔力の消費量も多くなる。

 このほうが、彼女にとっては都合が良い……。後は通常の時間の流れどおり、未来へ進めばよい。



 オペレーション・ディメンションロックによれば、魔女の侵入と同時にアンドロイド達も突入する手筈である。

 その三機の射出を任されていたのはライラックだった。共同の研究者ということで、彼はアンドロイド達がどのような行動を取るかを知っている。

 本来ならばここで彼を銃殺したいところだが、あいにくスーツの強度は銃弾を跳ね返してしまう。


 ライラックは、スーツに備え付けていたあるボタンを押した。

「行け……! 科学の結晶たち!!」

 これにより、アンドロイド本体への通信を送る。



 洞窟の天井から、先の調査で造られた射出口が開く。

 猫、魚、鳥の順で、四十五度の角度で投下される。そのまま次元の門を通り抜けていく。

 彼らの侵入に魔女が気づき、背後を向く。


 小生物に擬態している彼らの目が光る。

 魚の口からはレーザービームが放たれ、鳥の口からは小型のミサイルが複数発射される。

 魔女は進行を止め、盾状のバリアを発現させ、まず光線の直撃を防ぐ。



 そのかんに彼女は、泡に包まれた猫へ目線を合わせて、優しい口調で伝える。

「ごめんね。君は先に行ってて」

 そして猫を放り投げた。

 鳴き声を上げながら、猫はヒナタ達も通り過ぎ、未来にある光へと突っ込んでいく。



 まるで入れ違いのように、猫に擬態していたミケ機が、逆方向から体に電流をほとばしらせて突進する。

 目にも止まらぬ速さで、一番後方にあるミサイル弾、その下部にしがみ付いた。接触感知による爆発をギリギリのところで食い止める繊細なタッチだ。

 そうして次なる行動は、踏み込んだことによる勢いでミサイルを爆破させ、それを利用して下へと落ちていくことだ。

 傍から見ればよく分からない動きだったろう。魔女は気にせずバリアと共に前進。

 魚と鳥を薙ぎ払い、それぞれ別の角度に吹き飛ばす。



 一連の流れを見て、ライラックが高笑いする。

「かかったなマヌケ!!」

 気づけば三匹のアンドロイド達は、上方、同一直線状、下方の立体的な配置で魔女を取り囲んでいた。



 魚と鳥の口、そして猫の両手から鎖が出現。

 前者は魔女の両腕へ、後者は両足に巻きつく。

 見かけはありふれた鎖だが、コアとなっているオディアンから発生した物質であり、簡単には千切れない。仮に破壊されたとしても十分な足止めとなる。


 これだけで拘束は完了したが、さらにセツナ機は、足裏のジェットを噴射させる。

 魔女の背後へと回り込んみ、最初からデザインされていた爪が、より鋭く伸びる。

 背中を引っ掻くように上から下へ……。



 その直前に魔女は念じていた。

 今度は猫の背後から、漆黒の雷が出現する。胴体に切り傷を与えた。

 痛覚の概念は存在しないため、ひと鳴きもしないが、負傷の影響で引っ掻き攻撃は失敗に終わった。


 さらに、巨大な手の形をした闇が、ミケ機を鷲掴みにした。

 魔女の瞳はいまだ余裕を失っておらず、不気味な輝きを放つ。

「そうだ……。どう転んだって、私の計画どおりにはなる」

 同じく変化のない猫の顔を、限界まで近づけた。

「じゃあ君にも……先に行ってもらおっか」



 するとどういうわけか、彼女は猫を、光のある方へと投げ捨てた。

 ちょうど同じ直線上にライラックがいる。


「のわあああああああ!?」

 慌てて身をよじると、背負っていたイクトゥス機の量産機が詰まった箱の肩紐をかすめていく。

 その鋭い摩擦により、箱と紐が分離した。飛んできた箱をヒナタはどうにかキャッチする。

 しかしセツナ機はというと、跳ね返る要領で上へと角度を変えた。



 その直後、とてつもない悪寒がヒナタを襲う。

 迫りくる方向を向くと……魔女がこちらを直視していた。


『聞──てるよね、ナミダ・ア──ちゃん』

 魔力を遮断するスーツを身にまとっているはずなのに……彼女の声が、部分的にだが聞こえてくる。

『私がそっちの世界に行──めには、また次元の門──かなくちゃいけない。簡単──だよ。いっぱい人が死──り、悪趣味なお供え物したら、どんどんその時が近づ──いく』


 ヒナタにとって、これが最も恐れていた展開であった。

 魔女が当初の予定どおりにアース・ワールドへ飛び込めなかったため、自分が何らかのかたちで大量虐殺を行わなければならない。


『ああ。別に心配──よ』

 まるで心を見透かすように、魔女は脳内でささやく。

『バカな大人たちのせいで殺し合いが続い──だろうから。君──のバカな人たちをそそのかすだ──いい。気楽にや──いいよ』

 いずれにせよ、あらゆる悪事を働かねばならない。



『あと、最後に一つ』

 この部分だけは、あまりにもハッキリと聞き取ることができた。

『あっちにいる私と、アンドロイドのセツちゃんは、絶対に殺さないでね』




 とここで、スーツの中でアラームが鳴り響く。

 次元の門が閉まり始めたのだ。一刻も早く、なるべく奥に向かう必要がある。

 ヒナタとライラックは重心を前へと傾ける。

 猫も体勢を立て直し、その座標へと急ぐ。魚と鳥もそれに続く。


 そして、次元の門が完全に閉まるのと同時。

 視界のあらゆる色、全てが白に染まった。




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 科学者の二人に関しては、ほぼ横並びで、推定座標から近い位置までたどり着けた。

 アース・ワールドの全く同じ場所に着地できたかというとそうではない。ヒナタはクレセント王国に近い林の中へ。ライラックは同大陸の北方荒野へと到着していた。

 推定座標とは大きくズレてしまったため、その時点で、本来の歴史どおりにセツナ・アマミヤは死んだ後であった。


 また、座標から離れた影響で、セツナ機の到着はほぼ一年遅れた。

 雷のように平原へ落下したのは、魔女に攻撃を仕掛けた際の影響がそのまま残っていたからだろう。



 そして……運命のいたずらか。

 図ったわけでもなく、猫の転移終着点は、リリアーナ王女のもとであった。

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