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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第二十一章:生き地獄
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第七節(了) 自宅兼ラボにて

-----




 帝国の黒曜機関という組織は、王国に絶対的な敗北の意識を植え付けるため、強力な魔力砲塔を作成していた。

 敵の手に渡れば危険だとは思わなかったのだろうか。あまりにもたやすく魔女に奪われ、複製された。



 魔女は既に、それら砲塔を世界各地の魔力貯蔵庫に設置し、起動させていた。

 全てが、世界の中心とされる地点に向けて光を放射している。



 いくつもの光の線が一点に集まり、神々しい光景に見える。

 魔女は、世界の中心に置いた陸地にて、ぼんやりと眺めていた。



 帝国を襲撃したついでに、魔女はその国の皇帝……。

 ダガン=ファイ=アーガランドを誘拐した。

 彼は今、足元に力なく崩れている。無理もない。



 肉体が粒子へと分解されつつある真っ最中だからだ。

 彼だけでなく、この世界で現存している生命体、全てが同様の現象に見舞われている。

 これは、大気中に闇の魔力が満ち溢れた結果だ。この地上はもはや、魔力保有種だろうと常人では個体として生きることができない。



 これにより、粒子化した魂全てを回収し、活用できるようになった。

 最初からできればよかったのだが、魔女も魔力砲塔の存在を後になってから知った。強大な魔力をあらゆる座標から放出するという前提がなければ、このような行為は不可能である。



 それこそ、世界を一旦終わらせるのと同時でなければだ。

「最期に聞きたいことがあります」

 魔女の問いかけに、ダガンは震えながら見上げる。

「ネブリナって里はご存知ですよね?」



 ただ地名を聞いただけだというのに、どういったわけか。

 彼は大量の汗を流し始めた。



 黙秘を続ける彼に言う。

「あそこで王国が攻めてきたのはホントに不思議だったよ。いくら気が立っていたとはいえ、詳細な情報を現地で確認する時間はそれなりに取れたと思います。でもそれをしなかった。つまり、エルフが私の身柄をカルト教団に引き渡したっていう……」



 最後の憎しみを視線でぶつける。

「虚偽の情報が事前に流れていた」



 魂を取り込む過程で、人々の記憶や知識が脳内に刻み込まれることがある。

 それによって知った事実だ。彼がどう誤魔化そうともう手遅れである。



 感覚的に理解しているのだろうか。元皇帝は白状し始める。

「門を開くには……最適な人口という計算だった。情勢と照らし合わせればこちらの民を使わずとも……」

「そうですか。どういう感じかだけ知りたかったので」

「自分を蔑ろにした世界への……。復讐のつもりか……!? ははは、なんとも虚しい……」



 小心者たちは、復讐だけが動機だとすぐに決めつける。

 魔女は人差し指を下唇に当て、視線を空へ。

「うーん。創作物でよく見かける文面があって……。復讐は何も生まないっていう。あれ、今までは共感できるようでできない、って感じだったんですけど……」

 途中で両手を後ろで組む。

「本当にそうでした。なんでも悪い方向へ転がっていくばかり」



 思わぬ発言だったのだろう。今やただの初老男性は、口をぼんやりと開けている。

 からかいがいはあるが、そろそろ時間だ。

「だからもうおしまい。やっぱり逆のほうが性に合ってるなー、と思って」

「逆……?」




 魔女は、目に見えるもの全てを包み込むかのように、両腕を広げる。

「みんなが幸せでいられる世界の為に、この世界を滅ぼそうって」



 枯れ果てた声がリリアーナの耳に届く。

 ダガンは愕然とし、リリアーナの足首を掴んだ。

「頭がおかしくなったのか……? 思想と行動が矛盾している!!」



 初めてちゃんと他人に説明する。

 魔女は彼の前で膝をつき、小さな闇の空間を出現させてダガンに見せつける。




 再びダガンは言葉を失った。

 無数に立ち並ぶ銀の高層建物。台形の乗り物が空を飛び交っている……。

 彼にとって完全なる未知の世界だろうが、そこには人間の姿もある。


「これは八億年後の未来です。九十億もの人たちが生活してるんですよ」

 まだ現実を受け入れられずにいるようだった。

 あるいは耳が遠くなっているのか。耳元で声をかけてみる。

「信者の一人だったあなたなら分かりますよね? 闇の魔力でさえ、過去に戻るという行為は不可能に近い。けど九十億もの魂を消費できたら……」



 汗ばみつつも、ダガンは視線を魔女の方へと戻す。

「仕損じればどうなる!? 貴様の儚い夢が終わるどころか、我々も無駄死にだッ!!」

「あの教団で何を学んできたんですか?」


 魔女は、目を見開いて固まる彼を見つめながら、顔を引っ込めた。

「私たちには、幸福を選択する権利がある。でしょう?」

 立ち上がり、地面に刺していた剣を抜き取る。

「じゃあ、最期の一時を、お楽しみに」



 空を見上げることしかできないダガンを見下ろしながら宙に浮く。

 同じように視線を上げ、様子を確認する。



 光の線が重なる場所に魔力が集まり、あらかじめ生成していた隕石がより巨大化している。

 もう間もなく大地へ目掛けて降下するだろう。



 しかし、単純に星を破壊することが目的ではない。

 そもそもそんなことをすれば、人が生きれる環境ごと消滅し、未来も失くなってしまう。



 別の目的があった。

 この世界自体の、元々あった記憶を保持できるかどうかだ。



 全ての生命体がは、例外なく粒子へと変わり果てた。

 世界の中心に君臨する魔女のみが、その災禍から逃れた。残された魂も同様に吸収することで、メテオを理想的な状態まで昇華させられる。

 両腕を広げ、世界が終わる様を見て楽しむ。



 やがて海が、大地が、空気までもが四方に割れていく。

 それは引き金にすぎない。世界の全てが丸まるように折り畳まれる。



 全ての準備は整った。

 既に、様々な色彩が波のように揺らめく空間が、大気圏に沿って出現している。

 亜空間ホールを活用し、次元の門の中にあった別の空間と直結させたものだ。



 自分で発動させたメテオとはいえ、このままいれば自分も終焉に巻き込まれる。

 もうこの世界に用は済んだ。魔女は新たなる世界へと飛び込んでいく。




☆☆☆☆☆




 映像という媒体が黒の光景になり、そこで静止する。

 現実だとは思いたくないが、実際に起きたとしか考えられないような現実味がそこにはあった。


 リリアーナ達の口を塞いでいた鎖が外れる。

 魔女の壮絶な過去について、ようやく発言が許されたのだ。



 リリアーナは激しく息をする。汗が絶え間なく流れ落ちる。

 それは他の者も同様で、特にフェリシィは完全な放心状態だ。

 二人にとって、あまりにも残酷な真実ばかりだった。



 そしてここにきて、フェリシィと初めて会った時の違和感をようやく理解する。

 かつて、別の時間軸での話だが、時系列としては今より前に二人は出会っていたのだ。

 運命的とも捉えられる出来事ではあるが、それを喜んで迎えられる余裕はどこにもない。



 魔女の前で、石化したステラが床から浮上してきた。

 紹介するように手を広げる。

「今回の器がこちら。孕んだ性質自体はお祖父さまとほぼおんなじです」


 ライラックは前のめりになって叫ぶ。

「同じものかよ!? お前が種馬にした爺さんは、こっちの世界だともう死んでるんだぞ!?」

「だから、代わりの人に流し込んだ魔力もおんなじなんだから、きっといけるんだってば」

「無責任な!!」

「どっちにしても、未来の世界でアダムとイヴって呼ばれる子どもたちが産まれることは確実」



 セツナは、震えながらも顔を上げた。

「つまりあなたは……。また全部やり直すためにこの世界も見限ると」

「やっぱり察しが良いね。怪物になっちゃったニアちゃんは私なら救えるけど……それこそ何の意味もない。世界をやり直せば、ニアちゃんもまた元の姿で生まれ変わる」

「今のを見せられたところで考え方は変わりません」

「今回は、到着する時間座標がちょっとズレちゃったからさ。それさえミスしなければ、セツちゃんも死んだりしない、幸せな世界が……」

「そのために大勢を殺す……」



 セツナの発言に、室内は沈黙と化す。

 だがそれを魔女は首を傾げ、簡単に打ち破った。

「どうせ元に戻るんだからおんなじって言ってるでしょ?」

「続きは……まだ……あるんだよね?」



 リリアーナは、消えかけていた気力を奮い起こす。

 受け入れがたくても耐えるしかない。ここで怯むこと自体が敗北に繋がると思った。

 なので、あえて自ら要求する。

「見せて。私が……未来でどういうことをしてきたのか……」


 魔女はもう一人の……。汗だくの自分を見下す。

「もちろんそのつもりだったけど……。へえ、うれしいな。興味津々だね」

「全部、知ってから……君を倒さないと……」

「その程度の理解度なんだ……。まあそうだよね。君にはセツちゃんも、フェリシィちゃんもいる」



 心に針を刺されたような気分に陥る。

 彼女は、自分との違いを的確に突いた。

「実際に失ってからじゃないと、本当のことなんて分からないよ」



 今のリリアーナは、単に虚勢を張っているだけである。

 あれほどの絶望を味わえば、正しいことの判別が難しくなるのは当然のことだ。その点については既に理解しているつもりである。


 しかし同調したいとはいっても、やったことの残酷さは同じ……。

 そして、自分の身に起きていたはずの出来事、選択なのだ。

 どうしようもない、底なし沼に足を踏み入れたような感覚がする。

 



 感情が軋むなか、カナリアだけが両脚を縦に振りながら喚く。

「もういいですよそんなのー!! 早く解放してくださいよ! 背中が痒いのー!」

 魔女以外の全員が椅子に縛り付けられたままだ。


 魔女は両手を合わせて謝罪。

「退屈させちゃったかな? ごめんね!」



 天使のような笑顔から一転し、明らかに陰を帯びた笑みに変わった。

「君の出番はここからだから」

「はい……?」




 前提として、次に見せられる映像の大半は、ある人物の記憶を基に作り出されている。




☆☆☆☆☆





 彼女は、アメリカの地に建てた自宅兼ラボで、ある研究を続けていた。

 対面には、単純な情報処理であれば二秒以内に済ませることができる機械、パソコン……。そしてその映像を映し出すモニターが置かれている。

 いずれも彼女が自作したものだ。


 メガネをかけている彼女は、キーボードを打鍵しながら、関係者と遠隔で会話を交わしている。

 耳に巻いているアクセサリのような装置から、相手の声が直接届いているのだ。骨伝導という仕組みであり、振動を通して音が耳に届く。

 この装置はマイクと連動しており、彼女が何か言葉を発すれば遠く離れた相手にも伝わる。



「で、ですから、ウチで開発した人工知能は、軍事利用できないものなんです」

 膝上には、ペットの三毛猫、ミケがのんびりと横たわっている。その頭を撫でる。

「人との触れ合いを目的としていますから……。あの、厳しい言葉をかけてしまいますが、その理念とやらは、何人を殺せばようやく果たされるものなんですか? あっ、いえ。単純に不思議だなぁと思ったもので──」



 好奇心が仇になったことは、彼女の経験上何度もある。

 相手の方から通話を切られてしまった。



 深いため息をつきながら手を振りかざす。

 この空間上に、立体的なホログラムが浮かび上がる。

 表示されているのは通話履歴だ。かかってきた電話番号を確認し、自慢のコンピューターに調べさせる。


 結果は二秒で表示された。モニターを見つめる。

「南米、シャドウ・サーペント所属、生物学者……。ちっ。本当に生物学者かよ」



 このような事例はよくある。

 彼女は人工知能の研究・開発を進めているのだが、その技術を粗暴な輩が欲しがるのだ。

 現給料の何百倍もの報酬をちらつかせてきたりもするが、一貫して断り続けている。



 机の端に置かれた紫の鉱石を見つめる。

「今はこっちをがんばらなきゃなのに……」

「うにゃ~」

 彼女は微笑みながら猫の体をさする。

「ん~? 大丈夫大丈夫。本当はやりたくないけどさ、成果を上げれば政府が研究資金を回してくれるんだよ。お前の友達も作れるからな~」

「にゃー!」




 クラッカーが弾けるような。

 しかし、確かな発砲音が外で轟いた。


 女性はビクッとなるも、すぐに画面へ向き合い直す。

「えっ……。なんだもう、真っ昼間から……」

 この国に移住して以降、銃声を耳にする機会は珍しくない。




 だが次は違う。

 この建物内にも伝わる小刻みな振動。

 そして今度は、連続的な、爆発のような轟音……。


 窓から外を見れば、どこか街の向こうで煙が立ち上っている。

 目を丸くせざるを得ない。ペットのミケもどこか震え気味である。



 骨伝導イヤホンから、緊急警報の音が鳴る。

 やはり異常事態だ。女性は、自宅全体に組み込まれた人工知能に対して呼びかける。

「ユニオン! テレビ!!」


 声に合わせて、少し離れた位置にあったテレビが点く。

 女性は、パソコンでもインターネットを駆使し、情報を調べ始める。

 なんらかのゲリラテロか。実際一週間前には、中東のテロ組織がアメリカの別地区で自爆テロを実行したが……。




 しかし、より規模が大きいことを目視で知る。

 窓から見える高層マンション……。ちょうど半分近くの階が、粉々と化す。

 その上階から全て崩れ落ちるという大惨事だ。まるでフィクションのような現実が、今、目の前で展開されている。



 この時点で、テロ組織の犯行ではないと推理した。

 今のような破壊を実行するには、事前に複数の爆弾を設置する必要がある。建物の解体作業と同じだ。

 そんな準備をすば、必ずどこかの段階で誰かに見つかる。例え主犯があのマンションの管理者であったとしても……。



 テレビからニュースの声が流れる。

 普段はとても落ち着いた男性キャスターだが、今回ばかりは最初から声を張り上げている。

『速報をお伝えします!! 現在、アメリカ全土……』


 その彼が、視線を、画面でいうところの左下……。

 おそらくはカンペの方に向け、一秒ほど発言を止めた。

『いえ……!! 世界全土で……暴動が発生……!?』



 このタイミングで、テレビを見ていた女性は、ある異変を察知する。

 机の上に置かれていた鉱石が……輝き始めたのだ。

『どういうことですか!? えっ……。一般市民を襲っているのは、人間離れした未知の生物など、と……情報が錯綜していま──』



 ニュースキャスターは、何かを目の当たりにし、固まってしまう。

 目と口を大開きにしたまま、逃げるように立ち上がった。

『うわっ、あああああああああああああ!!』



 一瞬、何かの影が見えたかもしれない。

 しかし映像も音声も砂嵐に切り替わってしまった。



 ……テロ組織以上の何か、という前提すら覆されようとしている。

 大国が関与しているとしても、世界全土という規模で同時に実行できるのはおかしい。


 しかもニュースキャスターは、『暴動が発生』、『未知の生物』などと報じていた。

 そんなはずはと思いながらも、女性はつい猫を抱きしめる。


 少し落ち着いた後、女性は手を払って立体の画面を表示。

 テロで調べても大した情報は見つからない。リアルタイムで情報が更新されるSNSに頼ることとする。



 ツール内検索もかけていない。ホーム画面だけで信じがたい情報が次々と表示される。

 文面だけではまだ受け止めかねる情報が多く、画像と映像付きの投稿に絞り込んだ。



 画面に映し出される異常な光景。

 岩肌の人型が一般人を擦り潰し、耳長の人物たちが手から光を放つ。


 いずれも虐殺、破壊の様相だ。

 女性は顔を真っ青にしつつ、乾いた笑いを漏らす。

「は、はは……。AI生成じゃないのかよ……」

 確認ツールを使わずとも分かる。これらは全て、現実を撮影したものだ。




 突如、窓の外で暴風が吹き荒れた。

 先ほどのマンション倒壊が影響してのことかと思っていたが、違った。



 庭に舞い降りる、炎に包まれた何かが目に入った。

 不死鳥のような揺らめきを放っていたが、地面に着陸すると炎は散った。



 音声チャットが入る。

 録音されたメッセージが、姉ヒナタから送られてきた。

『ナミダ! 家にいるのか!? すぐに避難しろ!! その地域は危険だ!!』




 やがて、飛来した物体が……。

 赤い髪の……人間であると分かる。




 彼女もこちらに気づき、微笑を浮かべる。

 家の主、ナミダ・アラシは……震えながら見合うことしかできない。

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