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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第二十一章:生き地獄
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第二節 戦慄、秘密基地前にて

 ステラは遅れて、断ち切れていた言葉を繋げた。

「最悪な鉢合わせしちゃって……」


 壮絶な状況を、リリアーナはただ見つめることしかできないでいた。

 このままではノーゼリアも危険だ。急いでネブリナへ向かおうとする。




 ピキッ、と……。

 何かにヒビが入る音が鳴った。

 リリアーナの体内からだ。

「いぎっ!? ああああああああああああ」

 体感したことのない激痛に耐えきれず、その場で倒れる。


 振り返ると、ステラが手をかざしているのが見えた。闇色のオーラをまとっている。

 彼女が何かをしているということは明白だが、いかなる攻撃なのか障害なのかは分からない。


「なに、が、ああ、あっ、あっ」

「ダーク・シード。聞いたことあるでしょう?」


 魔導技術をかじっている人間ならば、必ず耳にしたことがある言葉だ。

 他者の体内に植え付け、苦痛や怒りに反応し、その対象を闇の眷属へと変える。

 持ち主が任意のタイミングでその種を発芽させることもできる。今ステラが実行しているのはまさにそれだ。



 しかし、気づかれないように相手の体内へ入れることが難しい。

「ウ、ソ……。私は、そんなの……」

 そもそもこの十何年もの間、ステラとの直接的接触はなかったはず。

「自覚なし? じゃあ風邪みたいに空気感染しちゃったのかしら。かかった病気は早めにお薬で治さないと」



 ステラの楽しそうに笑う様と、言葉から、リリアーナは察する。

「ま、さか……!?」

 睡眠障害のために処方された薬を飲んでいた。

 安心しきっていたが、もしその中にダーク・シードが混入されていたとしたら……。



 精神が混濁するにつれ、体内の痛みも加速。

「んぎぃ!? っッッッッッ!!」

 リリアーナは全身を反らせて悶絶する。



 立ち上がることなどできない。それを分かっているから、ステラは遅い一歩一歩で近づく。

「邪魔する人はだーれもいない。おとなしく家族になりなさい」

 リリアーナの髪と瞳が、ステラのような紫色に点滅し始める。

「やだ、や、ああっ」



 もう止められない。軋む音。割れる音。

「いああああああッ! あぐッ!! ゥゥゥゥゥッッ……!!」

 白目を剥き、舌とヨダレをだらんと垂らしながら、地面にのたうち回る。



 中のダーク・シードが、完全に決壊した。

 闇の魔力が、血管や神経を通って全身に染み渡っていく。

 いくら耐性があるとはいえ、リリアーナは人間。激痛に苛まれながら、ケイレンし続けることしかできない。



 意識を失いかけるが、なんとか保ったまま息を続ける。

 髪の色は金髪に戻った。かといって身体の違和感が抜けたわけではない。

 ステラは倒れた王女の前でしゃがみ、見下ろしてくる。

「ふん。希望を取り戻しかけてたせいで、中途半端な結果になったわ」



 この場面において、最も邪悪な笑みを浮かべる。

「けど、こーいう時のために現地調達するのよね」



 鈍い足音が聞こえる。

 リリアーナはその方向を見上げ、よく見知った姿を視界に捉える。

 魔導学校時代からの仲を持つ騎士……エキュード。



 まさに一筋の光だ。身動きの取れないリリアーナにとって最高の救援。

「エ、キュード……。たす、けて……」

 必死に彼の名を呼びかける。



 しかし、これまでずっとぼやけた視界だった。

 近づくにつれて、その人影がふらついていることにようやく気づいた。




 さらに、息が獣のように荒くなっていることにも。

 おぞましい目の赤みを帯びていることにも。

 これが彼女の言う現地調達だと理解した。


「うっふふふ……。ねぇリリちゃん?」

 稀代の悪女が、耳元で囁いてきた。

「男を振るときは、もっとマシな言い方したほうがいいわよ?」



 エキュードが咆哮を上げ、疾走。

 今の彼はもはや友人ではない。止まっていれば痛い目に遭う。

 崩れ落ちそうな身体をどうにかして立ち上がらせる。



 頂点に到達したと思っていた痛みが、また一段と増した。

「うぐっ、あああ……!?」

 耐えきれずに膝をつく。


 その間に、エキュードは距離を縮めてきた。

 リリアーナの両肩を掴み、木に押し付ける。

 爪で肩の皮膚を貫こうとしてきた。

「いやあ、あぁぁ!? やめてよっ……エキュードォォッ!」



 この様子を傍観しているステラ。

「あらぁ。案外効果ないわね。あたしに洗脳されてるって気づいてるから?」

 彼女の狙いはハッキリとしている。リリアーナの内に眠る闇を、魔力としてより引き出そうとしているのだ。

 対策としては、心を無に近づける以外に方法はない。



 だが彼女は言葉で揺さぶりをかけてくる。

「でもそれって薄情よね? 君はお友達がひどい目に遭っていてもなんとも思わないろくでなし……」

 決してそうではない。むしろこの行動は、エキュードとのこれからを繋げるためのものだ。

 自分が彼女の眷属にでもなろうものなら、今までのような関係は絶対に続かなくなる……。



 その恐れを狙っていたのか。

 彼は痛みに訴えかける行動を止め、新たな牙を見せる。



 リリアーナの寝間着。その胸元を両手で掴み……。

 横に引き裂いた。


「ひっ……!?」

 そのまま一切の加減もなしにリリアーナの胸を揉みしだく。

「いやっ、あああ!?」

 想定外の展開に精神が乱れる。

 セツナ以上の存在にでも出会わなければ、いや、それでも委ねなかったかもしれない純潔が、こんなかたちで蹂躙されようとしている。



「ダ、メェ……!! エキュード、は、こんなこと、しない……!!」

 リリアーナの叫びは一向に届かない。

 最悪な代弁者としてステラが返す。

「それは夢見すぎ。この子もねえ、本当はリリちゃんとグッチョグチョなことしたかったのよ。それを君が拒否したからこんなことになった」

「違、う……。絶対に違う……ッ!!」



 遮るように彼は顔を近づけてきた。

 震える息がリリアーナの顔にかかる。

 なにやら意識が眩む。この息自体に魔力が込められているのか。



 その間に、胸を弄り続けていた手が、下へと移行する。

 リリアーナの股間部へと近づけていく。

「こんな……こんなのォ……!!」

 どうにか、空いている左手で突き飛ばそうとする。



 その瞬間。

 自身の髪色が紫になった……。そのことについて知ったのはずっと後のことである。

「ダメエエエエエ!!」



 怒り、快楽、痛み、憎しみ……。

 それらが蓄積され、一つの集合体となって弾ける。



 魔導石など使っていない。しかし、距離を取るために手を伸ばそうとしていた左手から、風の魔法が湧き出る。

 単に吹き飛ばすだけの技でよかった。なのに……。




 その魔力は制御を離れた。

 緑の軌跡のところどころに闇が交じる。

 エキュードの腹部から下を、全て四散させた。



「う、あっ!? ああっあ、ああああああああ」

 彼の上半身が、絶叫を発しながら自らの肉片の上へと落ちる。

 想像もできないような痛みが襲っているのだろう。背中を擦るようにしてもがき苦しむ。



 リリアーナは目を大きく開け、絶句する。

 何が起きた。いや、分かっている。




 自分がやった。

 目の前に広がる血の海と、千切れた肉の量は、間違いなく自分の手によってこの世界にもたらされたものだ。


「あ……。ぁぁぁぁああ!? エキュードォォォ!!」

 慌てて彼の胸に手を当てる。

 図らずも鼓動を計測した。止まるどころか、間隔という存在を消すかのように加速している。

 このまま爆発する勢いだ。


 身体の半分が欠けた。その断面からは止めどなく血が溢れる。

 いくらリリアーナの治療魔法が指折りの能力とはいえ、内臓機能が半壊した状態からの復帰は極めて困難だ。

 しかし躊躇している場合ではない。慌てつつも、ポーチからジェイドムーンを取り出そうとする。



 魔導石が詰まっているはずのその場所には……。

 何も無い。中身は空。

「うそ……。な、なんでッッ!?」



 自分以外の誰も触れていない。にも関わらず消えてしまった。

 こんな小細工ができる人物はただ一人。咄嗟に彼女の方を向く。


 ステラは武器も何も持っていないはずだったが、両手に煌めきが宿っている。

 リリアーナが手持ちとしていた魔導石を、転移魔術で奪ってみせたのだ。

 あまりにも冷酷なやり口である。魔導石がなければ、ヒールの魔法など使えない……。



 いや、厳密に言えば違う。

 エキュードをこのような姿に変えたのは、自分が発動したウィンド・カッターという魔術だ。同じくリリアーナが得意とする魔法である。

 つまり、回復魔法も同じ原理で発動できるのかもだが、まだ混乱に陥っての暴発という域を超えていない。

 闇雲に発動させれば、また先ほどのように旋風を出し、かえってとどめを刺してしまうかも……。

 結局のところ、石がなければどうすることもできないというわけだ。


 しかし結論が出たとはいえ、そのためには懇願する以外に方法がない。

「返して!! エキュードが死んじゃう!!」

「あたしの家族になるって約束できる?」

「する!! だから早くッ!!」


 よく聞きもせずに了承すると、ステラがジェイドムーンを投げてきた。

 リリアーナがキャッチする。治療の準備がようやく整う……。




 手首を、瀕死の彼に掴まれる。

「リリアーナ、おうじょォ……」

 低く、あまりにも恨みがかった声。威圧される。



 エキュードの瞳は、本来の色に戻っていた。

 最悪のタイミングで洗脳術が解かれたのだ。

 流れを把握できていないのであれば、現在の惨状をもたらしたのは。



 目の前にいる王女ということになる。

「どおじで……どおじでえええええええ」


 涙を流しながら。リリアーナの肌に血を撒き散らしながら。

 彼は生命活動を失くした。




「あ……」

 震えが止まらない。

 自分の右手を顔の前まで持っていく。



 さっきまで生命を維持していた赤い液体が、手のひらにべったりと付着している。

 勘違いも何もない。これが一つの証明だ。




 自分がエキュードを殺した。

「あああああああああッッ!! ああああああああああ」

 己の頭を両手で押さえる。



 絶望の連鎖はまだ終わらない。

 ネブリナから倒壊の音が聞こえ、里のどこかが赤黒い揺らめきに染まっていく。


「ほらほらー、急がないと~?」

 気づけば、立ち上がれないほどの痛みは消え去っていた。

 エキュードの死に悲しむ暇すらくれないというのか。リリアーナはステラを睨む。

「だから、あっちには関わってないんだってば。変ないちゃもん付けてたら、もっと悲惨なことになっちゃうわよ~?」



 ……憎い。憎くて仕方がない。

 だがこの感情にしがみ続ければ、エルフの人々も亡くなってしまう……。


 視線を東に向ける。ふらつきながらも、リリアーナは走り出す。

 悪女の卑しい声は、風と共にどこかへ消えた……。

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