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第三節 潜水艦にて

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 合流地点を決めた後、リリアーナとセツナ、フランソワーズ親子のペアは左右に別れた。人々の避難誘導をするためである。

 残ったロゼットとライラックは、ヒナタを連れて最寄りの海沿いに到着した。


 ライラックはラピスフィアをコアに当て、目の前に潜水艦を出現させた。

 まずロゼットは、持っていた電力エネルギーの装置を、闇の力で船内へと転移させる。

 当然ながら、乗船用の階段など用意されていない。彼はヒナタの後ろ襟を掴み、小ジャンプで船体に跳び乗った。



 既に荒波によって揺れは激しい。放っておけば流されそうな勢いだ。

 陸地と船のわずかな隙間に落ちれば、そのまま溺死するだろう。普通の人間にとっては跳ぶのでさえ一苦労……。

 ライラックの顔は見る見るうちに青ざめていく。

「おい! 既に不安定じゃないかぁ!?」

「いいから跳べ!」

「ど、どうか……。転移魔法で……!」

「別に構わないが、ここから先はもっと危険な領域だ。誰かに頼りきっていると野垂れ死ぬぞ」



 何故か精神論を吹っかけられ、ライラックは歯ぎしりしつつ両拳を握る。

 こんな子供の言いなりにはならない。そんな思いゆえの抵抗だったが……。

「英雄になると意気込んでたのにウソだったのか?」



 その言葉が心に火を点け、一気に行動が早くなる。

 少し助走をつけてジャンプした。

「どおおわああ!!」

 船体に乗りかけるも、曲線の装甲で滑って掴めず。

 海へとずり落ちていってしまう。

「あぐっ!? ぎゃあああああ!!」



 彼の手首を掴む手があった。

 ロゼットは澄ました顔で引き上げてくれた。

「はぁ、はぁ……。こんな子供に諭されるなんて……!」



 思えば、再会してからの彼は、見た目と口の悪さ以外はどこか大人びているように感じられた。

「……なあ。子供なんだよな?」

 彼はしばらく見てきた後、ヒナタを肩で担ぎながらハシゴを下りていく。



 考えられることはある。大量の魔力を浴びて今の状態があるということは、大勢の魂を受け入れたのも同義である。

 仮にそれと同時に記憶や知識を受け継いでいれば……。

 ともかく、ライラックも船内に降りる。



 先に乗り込んでいたロゼットが下にいたが、何かを直視している。

 ライラックも床に付いてからそちらを見てみた。


 運転席に……誰かが座っている。

 その人物、ステラは椅子を回転させ、正面を向いた。

「はぁ〜い♪ ロゼット君は一日ぶりくらい?」

「げぇ!? こっちに来たのか……!!」

 思い返せば、この黒魔術使いは、以前もライラック誘拐時に船内へ侵入してきた。


 ロゼットは大して驚かず、鼻で笑う。

「てっきりエルフの二人を狙うのかと思ってたがな」

「あら。そんな陰湿な女に見える?」

「い、言っとくけど、泣きついてきたってもう手遅れだからな!!」

「そんなつもりないわよ。ちゃーんと邪魔しに来た」

「狙いがそれだけだとも思えないがな」



 ロゼットの指摘は鋭かったようだ。ステラがくすくすと笑う。

「新しい家族……。みんなが、ああして本能のままに生きていられるように、あたしも協力したいの」

「こいつなに言ってるんだ! 誰と誰が家族だって!?」

「操られた魔力保有種のことを言ってるんだろう」

「そのために魔女さんの手を借りる。今とても心地いい気分なの。ここにもう一人加われば……」



 目当ての人物であろう少年は、闇の霧を撒き散らして消失。

 対してステラ、狂った笑顔を天井に向ける。


 そこに亜空間ホールが発生していた。手が伸びてきて、ステラの髪を掴んで引っ張り上げる。

 しかし彼女は特に抵抗を示さず、ただ手には魔力を溜める。

「どれだけ満足か!!」


 ステラが手を押し出すと、共に二人は姿を消した。

「まさか外か……!?」

 ライラックは運転席に座る。モニターにて外の様子を確認……。

 闇同士の、カメラでは追いきれないほどの激突が始まっていた。




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 外へと抜ける少し前、ロゼットはステラを引き上げ、船内の壁へ後頭部を叩きつけてやろうとしていた。

 しかしそこは闇魔力のエキスパートだ。簡単には引っかからず、戦場を変える羽目になった。


 接近状態のまま、ステラは自らの身体に闇魔力を浴びせた。上半身を雑巾のように絞る形となり、これによってロゼットの拘束から抜け出そうとする。

 対抗して、ロゼットも剣に邪気を纏わせる。彼女の無防備な足を貫こうとする。


 傘のように細くなった上半身から、ステラの両手が伸びてきた。

 剣身と接触したことで突きの軌道が変わり、船体を刺す格好となってしまった。

 そこを起点として闇魔力が放射状に噴射される。周辺にある脆い建物は次々と崩れ去ってしまう。



 合流地点はこの船だが、今は埠頭から離れるべきだと感じた。

「発進しろ!!」

 潜水艦が動き出す。おそらくロゼットの言葉を聞き入れたライラックが操縦しているのだろう。

 やや乱暴な飛び出しであり、船上の二人は体勢を崩す。


 しかしまだステラはニヤケっ面である。

「誰のおかげでその力を使えてるんだっけ?」

「入口だけだろう……!」

「つまり認めるのね……!」


 耳元で囁かれる。

「もう、あたしから逃げることはできない。本当の意味で家族になるのよ」

「生憎だが、新しい家族を作る気はないし、今さら家に帰る気も無ェ……!!」

 彼女の手を振り払い、同様の身体のねじりのまま剣を振る。

 ステラは状態を大きく身をのけぞらせ、ギリギリのところで回避。



 その間にロゼットが回り込んでいた。

 拘束として、彼女の身体にしがみつくように抱きつく。

「ええ……!?」

「俺が動くのは……。ただ一人との約束を守るためだけだ……」



 ロゼットの背中に悪魔の翼が生えていく。電流を撒き散らしながら翼を広げる。

「それはテメェじゃねえ……!!」

 大きく跳躍し、潜水艦から離れる。



 その間、ロゼットは、悪女の両脇腹に指を突き入れた。

「うぎぃぃぃぃっ……!?」

 純粋な痛みと同時に感電現象を受け、苦悶の表情を浮かべる。



 それでもすぐ笑みに変えた。

「ふ、ふふふふ……!! このまま叩き落とそうって魂胆ね!? でもいいのかしらァ?」

「なに?」

「アタシの望みに従わないってことは、こうなるってこと!!」



 すると、彼女は大口を開き……。

「キィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 鼓膜を突き破るような甲高い奇声を発した。



 魔力保有種と共に侵攻してきたということは、彼らとの連携も可能ということである。

 ヤマビコのように叫び声が返ってきた。


 上空にいる今ならば、崖の上の様子がよく見える。

 三百人はいるだろうか。彼らのゆっくりとしていた足取りが急加速した。まばらな動きであるにもかかわらず、大気の揺れが感じられる。

 空を飛べる亜人、そして四足での動きが速い獣人にいたっては、すぐに眼下の人間たちを狙える位置に入った。



 ステラは感嘆と目を輝かせる。

「ああ……! やっぱり君たちって真の家族なのね……!!」

 一方でロゼットに対しては、元の年齢に近しいシワを寄せる。

「あたしを怒らせた罪……!! どんなに改心しようとしたってねえ! 君は人に迷惑をかけることしかできない!!」

 ロゼットの心根を抉ろうとしてくる。

「君のせいでこの町の人たちは死ぬ!! 引導を渡すのはあたしの家族!! あはははははは!!」



 なにを勝手に高ぶっているのか。

 ロゼットは冷めた具合に言う。

「いいや、むしろ好都合だ」

「はぁ……?」

「ここならよく見せてやれるだろう」

 遂に獣人たちが岩壁へ爪を突き刺し、下りる準備に入る。



 時を同じくしてだ。南方から青い光が放たれた。

 それは弧線を描き、崖へと向かっていく。

 全てを突き破るような勢いだが、岩肌と接触した際には光だけが跳ね返った。


 その漂う粒々を浴びた獣人や亜人らは、目の赤さが和らいでいく。

 自分らはなぜここにいる。そうとでも言いたげな様子で首を四方に捻る。



 彼らは、暴走状態から解放されたのだ。

 光が発射された南側を向けば、ロゼットもここまでの移動に利用した装甲車が走っている。

 あの乗り物は、内部にて発動された魔法を外部に射出できる能力を持つ。中でリリアーナが、浄化の魔力を放出したのだろう。

 浄化を受けた者たちはそのたびに気絶していたというが、リリアーナの疲労が安定してきたためか、熟練度も上乗せしてより高度な治療が可能となっていた。


 車両は止まることなく進み、砲塔が横に射角をずらす。

 あらゆる岩壁を狙って浄化の魔力が放たれる。少なくとも、上からの襲撃は遮断できそうだ。



 ステラが熱情を抱いていたのは、元の彼らに対してではないだろう。

 彼女は言葉を失くし、変貌した仲間たちを黙って見つめていた。

「いいか。テメェの言う家族なんてのは紛いもの。簡単に崩れ去る飴細工みてえなもんだ……!」



 ロゼットが、剣を力強く上げる。

「今だ!!」



 号令と同時。ちょうど真下から重い振動が届いた。

 ステラには見えていなかったが、潜水艦の天井部から四角い箱が飛び出してきたのだ。

 動けないこの状況で、彼女は顔を下に向け、愕然とする。



 以前は、ロゼット自身がこの武装で痛い目を見た。

 まさか利用する側になるとは思ってもみなかった。



 打ち上げられた箱の上部が開く。ちょうど八つの穴がある。

 その数だけ、誘導型のミサイルが飛び上がった。


 ステラは拘束から逃れようと試みるも、帯電が続く限りはロゼットに力比べで勝てない。

 着弾が迫るなか、ロゼットは彼女の脇腹から指を引き抜く。

 自身だけが船の上へ転移した。


 しかし彼女にも、バリアを張れるだけの余裕はある。

 感電現象が消えた。それと同時にバリアを展開。

 爆発は起こるが、一発、二発と順調に阻止していく。

「舐めるなぁぁ……!! まだあたしは……!!」




 思いもよらぬ大量のヒビが、強固と思われていた闇のバリアに突如入った。

 南西から飛んできた青い魔力によってだ。これまでの防御が嘘のように、呆気なく破れた。


 闇の魔力を無効化させたのは、ステラが自分の子供にしたかったもう一人。

 リリアーナ=クレセントムーン。



 彼女の身体は、爆炎と破片によって抉り裂かれる。

「があああああああああ!!」

 辛うじて直撃は免れる。しかし二発分の炎はモロに浴びた。

 戦闘を続行できるような状態ではあるまい。


 黒焦げとなった半身が、まるで砲弾となったかのように空中へ舞い上がる。

 しかし指だけはカクついた動きを見せ、下着に引っ掛けていたオディアンを摘み取る。

 石の中に秘められた魔力を大量に放出。どこかへと消えていった。

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