第六節(了) アーガランド帝国、跡地にて
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夢を見ることもなく、ハッと目を覚ました。
ダガンは、どこかの建物の屋根の上……。おそらく黒金塔と思われる場所で横たわっていた。
周囲を見回し……。その変わり用を目撃してしまう。
帝国のありとあらゆる建物が、火にくべられているではないか。
地上でまばらに見える影はさまざまな遺体だ。氷漬け、串刺し……。地に埋められている者もいる。
彼方此方からは砲撃音が聞こえる。帝国の軍隊が、大砲で魔力保有種の集団に応戦しているのだろう。
「おはようございます」
ダガンは慄きつつ……横を見る。
災厄の首謀者、魔女リリアーナが、余裕たっぷりの表情で立っていた。北の方角を見つめている。
「あれを見て?」
そう言われても、今の体勢では何もできない。足首を噛まれたために立つこともだ。
血まみれの足を引きずりながらもそちらの方へ向かう。
「ぬっ……!?」
一目見れば異常だと分かる動きだ。
魔力保有種がみな、王国の外……。北へ北へと歩いていく。
人間は葬り、魔力保有種は自分の配下とする……。
私怨が動機なのかと頭をよぎる。
「何が目的だ……。人間に恨みでもあるのか!?」
「今の君たちにはないよ」
「では何故だァッ!!」
裏返る声を魔女はあざ笑った。
「そうしないといけないから」
魔女は後ろを向くように視線を動かし、うんうんと頷く。
「もう。分かってるよ。今やろうとしてたところ」
誰と話しているのか……。
疑問の答えが得られるわけもなく、魔女が右手を高く掲げた。
転移術や、過去の回想を見せたときの物とは比べ物にならない……。
空を塗り替えるほど巨大な闇のホールが出現する。
そしてそこから。
縦に長い、先端が三角状の形をした何かが……ゆっくりと落ちてきた。
カナリアの肩から発射される、追尾型の爆発物と酷似しているが、その大きさは桁違いだ。
「い……いったい……」
「未来の大人たちが、見せびらかすためにがんばって作ったオモチャですよ」
魔女はテレポートで消失。
異形の兵器が、黒金塔の天井と接触する。
空気の弾ける線が見え……。
一瞬でそのエネルギーが膨張した。
ダガンが最期に見たのは、愛した妻との想起などではなく……。
灼熱の中にある白のみだった。
◇
お仕置きの末に脱出を許可されたカナリアは、ルミナスを抱えつつ北へと向かっていた。
まだ痛みが収まる気配はないが、早く逃げなければ大変な事態になる……。
木々の波打つような揺らめき。そして遅れてやってきた轟音……。
離れているはずなのにその衝撃が伝わり、行進していた魔力保有種たちは転倒を繰り返す。
ルミナスもその重い風を浴び、息切れを起こしていた。
振り返ったカナリアは、立ち込める赤の景色を目の当たりにする。
ミサイルの破裂によって生じた爆炎が、縦にも横にも広がり、帝国中を呑み込んでいく。
辛うじて生き延びていた者も、隠れていた者も、結局は助からない。みな仲良く消し炭と化す。
未来世界で核保有国から持ち出した、簡易的な水素爆弾だ。
カナリア達が生まれた世界と比べれば国の規模は小さい。とはいえ、小国を丸々吹き飛ばすほどには強烈な威力を秘めていた。
改めて人類は、魔法など無力に等しい、化け物と化すのだと思い知らされた。
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絶望の叫びが脳内で反響する。
リリアーナは何かを察知した。汗を流しつつ頭を押さえる。
腹の奥底に邪悪が入り込んだような、そんな感覚だ。
リリアーナ一行は、装甲車両に変化したセツナの中に乗っている。
主の異変を、セツナが敏感に感じ取る。
『大丈夫ですか?』
「どこかで……酷いことが起きてるような気がする……。王国じゃないどこかで……」
壁に寄りかかっているロゼットが指摘する。
「魔女様が大暴れしてるんだろうよ」
そう断定できる証拠は無いが、何かしらの確信を得ているのだろうか。
ともかく、リリアーナはロゼットの方を向き、身を乗り出す。
無愛想な顔を見た途端、ふふ、と笑ってしまった。
「なんだその顔は」
「ん? いっしょに来てくれるなんてねー、と思って」
言い返しはしてこないが顔を逸らした。
診療所が丸ごと焼き払われるという攻撃を受けながらも、今こうして目の前に彼がいる。
あの別れから本当に再会を果たせたというのは、軌跡のような巡りだ。
「生きててくれて……ほんとによかった」
エキュードの無念な想いをようやく繋ぎ止められると思った。
ロゼットは横目でリリアーナを見て……ふんと鼻を鳴らす。
「どうだかな……。俺は死んだも同然の存在」
「え……?」
「あと一回死ねば……。もう精神の原型を保てない。テメェらと話すこともできなくなる」
なにやら深刻めいたトーンで妙な発言をされた。フェリシィは首を傾げる。
「当たり前のこと言わないでよ。笑えない冗談!」
「俺は異空審問官の拠点で二度目の死を遂げた。もう俺の中には、あと一命分の魔力しか残っていない」
車内の全員がロゼットに視線を向けた。
ライラックの目が点になる。
「はあ?」
「いやいや、ロゼットくんはこうして生きて……」
無愛想な顔つきだと思っていたが、実際にはそうではなかった。
彼は深刻な表情を変えていなかったのだ。
反対に、リリアーナの笑顔が震えていく。
「生きてるん……だよね……?」
「本当にそう思ったのか?」
「っ……」
「あの砲撃を見てか?」
欠片も残らず散っていった……診療所の有り様が頭をよぎる。
「だ、だってそんな……!」
「あの日、あの瞬間。俺は強すぎる魔力を浴びて死んだ。だがこうして地に足を付けている」
身体ごとリリアーナの方へ向ける。
悍ましい現実を口にしているはずだが、彼の瞳は……まだ死んでいない。
「それが鍵だ。魔女を倒すための……最後の手段になるかもしれない」




