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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第十七章:魔力保有種狩り
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第六節 混乱、城下町にて

☆☆☆☆☆




 憎しみの対象には孫娘がいた。しかし殺すわけにはいかない、王女という立場だ。

 その場合は何を失えば最も効果的か……。実に単純な方程式である。


 しかし、あまりにも刺激が強すぎたようだ。

 いま睨み合っている彼女は、いわゆる憎しみの連鎖としてこの場に現れた。

「殺したい殺したい殺したい……!! けどずーーっと我慢してきた!! 王国が沈むのと一緒に死んでもらう手筈だったのよ!!」


 ステラは手に闇の魔力を溢れさせ、レーターの顔を掴もうとする。

「けどそんなタイミングもういらないわねぇ!!」



 潰れる音とともに、ステラの膝がよろける。

「ぎぅっ……!?」

 彼女は足元を見た。


 レーターの車椅子。その車輪から、無数の鉄のトゲが生え、ステラの足を貫いていた。

 永遠に続くであろう車椅子生活ということで、反撃用の武装を展開できるように改装していたのだ。

「何の用意もしていないと……思っていたのかたわけがぁ!!」


 レーターのポケット内にある魔導石と、肘当てに収容されている木槌が光り輝く。

 車輪が勢いよく回転。ステラの足を抉り、彼女をひざまずかせた。

「がああッッ!?」

「魔力量の薄れた貴様なんぞにぃ! 殺されるワシでないわぁ!!」



 高揚感とは裏腹の事態が発生する。

 レーターは驚き、見下ろす。



 車輪が停止したばかりか、車椅子全体が紫に光りだした。

「な、なんじゃ……!?」


 焦るあまり車椅子ごと転倒。ボロボロな身体が投げ出される。

「動け! おのれぇ……!!」

 こうなった場合、何らかの魔法を使って椅子を浮かせるしかない。レーターは魔導具の木槌に触れる。



 意図していたような展開は起こらなかった。

「くすくす……。ぷー、くすくす……」

 代わりにステラが、小馬鹿に見下す笑いをしてきた。

 なんという屈辱。しかしなぜ魔法を発動できないのか。

 


「お爺ちゃんが探してたのって……」

 ステラは、亜空間ホールからまた何かを溢れ落とさせる。

 オディアンやトリプランといった魔導石が床に散らばった。

「こーいうの?」



 レーターの精神が青ざめた。

 頼みの綱である魔導石が、全て奪われていたのだ。

 ステラは適当に紫の石を摘み、足に開いた穴を塞いでいく。

「脳のシワが増えた大ボケさ〜ん? リリアーナちゃんがどういう産まれか分かっていながら、あーんな陰湿なやり方して……」


 ステラの目が切っ先のように狭まる。

「まあそうよね。リリちゃんが誰かと交わって、お相手の身体が壊れたら、立場がなくなってリリちゃんもルミ姉も路頭に迷うことになる。それが一番の展開よねぇ? うふふふふ……!」

 更にオディアンを握りしめる。



 憔悴しようがどうなろうが関係ないということを思い知らされる。彼女は黒魔術使いだ。

 レーターの心臓が暴れだす。何をされたのか把握する前に腹が蠢き出す。

 その壁を突き破って……。いや、違う。



 ただでさえ腐敗していた脚に伝染した。

 ちょうど左右に五本ずつの分かれ目があるが、長く太く変質。

 いびつなタコ足のように変わってしまった。

「ば、かなぁぁぁ……!!」


 腹の中で暴れ回っている闇は、続けて上半身の頂点をも変容させる。

 顔の皮膚が、形が、タコのようになってしまった。


 レーターは両手で掴んで外そうとするが、吸盤のように取れない。

 単に被せられたわけではないという事実がますます恐怖心を募らせる。



 すると廊下の奥から、王国騎士たちがぞろぞろと現れた。

 人とは思えない存在を目の当たりにしたのだ。次々に武器を構えだす。

「新手の魔力保有種か!?」

 レーターは首を横に振るが、分かってくれるはずもない。


 ステラにも敵意は向けられていたが、彼女ならば簡単に逃げおおせられる。

 彼女は手を横に振った。

「良い週末を〜」

 言い残し、闇のホールの中へと消えていった。



 勇敢な二人の騎士が、声を上げてタコ男へと向かっていく。

 死にたくないと思うのは当然だ。しかし今のレーターではどうすることも……。



 脚が独りでに逆巻く。

 まるでレーターの意志に呼応したかのように騎士の方へと伸び、先端が尖りだす。


「うぐぅい!? あっ、あ……」

 それぞれの心臓が貫かれる。

 もがきながらも白目を剥き……。彼らの命は終わった。



 危機は乗り越えられたのだ。レーターはもう止まってほしいと願う。

 しかしタコ化した脚は一向に止まる気配を見せず、勝手に城内を這い回っていく。




-----




 すすんで殺戮を実行する騎士たちが多いのは、潜在的に魔力保有種へ嫌悪感を抱いている者が一定数存在していたからだろう。

 城下町の混乱は、リリアーナ達の想定を遥かに上回っており、別の場所に向かった時には既に遺体ばかり。

 なかには、反撃を受けたのか、人間の遺体も増えてきていた。


 商店が建ち並ぶ区域にて、崩れ落ちた小屋の隅に隠れている魚人の親子を見つけた。父親が子供を抱きしめている。

 魚人の難儀なところは、大きめな頭部を隠しにくいことだ。



 ゆえに限界があった。通りがかりの騎士が二人の存在に気づく。

 狼狽える彼らに対し、剣を振り下ろそうとする。



 咄嗟にリリアーナが潜り込んだ。バリアを張り、騎士たちの攻撃を止める。

 魚人の父親が叫ぶ。

「リリアーナ王女!!」

「大丈夫……! 死なせ……ないから……!!」


 しかし、騎士たちは依然として退こうとしない。赤いオディアンを剣身に当てる。

 銀だった刃が鮮やかな赤に輝いた。エクスプロージョンの魔法によるものであり、この状態で攻撃が当たれば、内側から爆発するような衝撃をもたらすことができる。


 ダーク・シードが消失し、力が減退化した今のリリアーナでは防ぐことが難しい。

 かといって魚人の親子を見捨てるわけにも……。

 ならばとリリアーナは、相手の足元に微量の旋風を放つ。

 巻き上げた砂を相手の目の中へ入れる。

「うっ!? いだいぃ……!!」


 苦しむ相手の首筋に、今度は重い射撃が炸裂。

 フェリシィが放ったものだ。まずい倒れ方をした気もするが、目の前の危機からは逃れた。



 しかし、その射撃を目撃されていたのだろう。

 騎士の一人が、フェリシィのかぶっていた毛布を剥ぎ取る。

「こいつもエルフだぁ!!」

 自慢の耳の長さで簡単に判別されてしまった。


 フェリシィは口をあんぐりとさせつつも、すぐに空を飛び始める。弓やら魔法弾やらをかわしていく。

 このままでは撃ち落とされるかもしれない。リリアーナは空を見上げ、どのように助けるか考える。



 急に周囲の魔力保有種たちが声を張り始める。

「ただでやられるかああ!!」

 肌と筋肉が構成されていない骨人族が、自分の背骨を一本抜いて剣にする。



 彼が狙う視線の先は、状況に戸惑っている普通の人間だ。


 何をしようとしているのかすぐに理解した。リリアーナは、彼のへし折れそうな手首を掴む。

「ダメ!! 攻撃しないで!!」

「何で止めるの!?」


 周囲の魔力保有種たちが一斉にリリアーナを取り囲み始めた。

「お前はどっちの味方だ偽善者!!」

「人間だろ! 黙ってろよ!!」



 人の弱さが、怖さが、牙を剥き始める。

 臆病なのは人間だけでない。そしてその事実が、簡単に人を人殺しに変える。

 ヒナタと魔女がもたらした地獄の深淵を垣間見た。





 フェリシィは、なんとかあの地点からの逃亡に成功した。

 建物の陰に隠れ、覗き込んで状況をうかがう。



 オークのカップルが、土魔法の雨で蜂の巣にされる。

 他にも、路地に逃げ込んだ人々が火炎放射を浴びせられたり、家を大きな岩で潰されたりしている。



 これまでは怯えが勝っていたが、繰り広げられる理不尽があまりにも多く、怒りへと反転する。

 フェリシィはスリングショットを持っている手を上げ、恨めしく思う。




 ──何で殺されなくちゃいけないの?

 悪いことなんて一つもしてないのに。ただ生きてるだけなのに。

 誰かの命令で、簡単に、自分たちと違うからって殺せる……。



 だったら……。

 自分たちが殺られても文句言えないわよね……。

 最初に住んでたからって、人数が多いからって。

 自分たちばっかり特別扱いして……。

 いいかげんこっちの苦しみを味わえ……。

 分からないなら……くたばって死ね──!




 フェリシィの脳裏。

 誰かが映る。ギロチンの拘束台にかけられている最中の誰か。

 その人物は、髪がピンク色で……罪人なのにドレスを着ている。




「いま……の、は……?」

 なぜその光景が映しだされたのか。

 考え始めた途端に元の意識へ戻る。ふらつきながら頭を押さえる。



 そうしているうちに、再び騎士は逃げ惑う魔力保有種を斬りつけようとしている。

 ……そうはさせない。死ぬのはそっちだ。


 フェリシィは武器を構える。

 もう相手の首をへし折ってしまっても構わない。この騒ぎなら誰にも咎められない。

 どうしようもないろくでなし達をここで……。



 対面から、膝下までの高さはある津波が押し寄せてくる。

 一見高くは見えないが、人を押し流すには十分すぎるほどだ。騎士も魔力保有種もまとめて転ばせる。

 途中ですぐに波は消えた。そのうえで、騎士たちの身体を風の鎖で拘束。

 発動者である人物が、歩道橋の上にいるフェリシィのすぐ下まで来る。


 やはりというべきか、リリアーナだった。被害を最小限に留める巧みな止め方だ。

 しかしフェリシィは痺れを切らした。

「甘いったらありゃしない……。先に手を出したのはコイツらじゃん!!」

「ど、どうしたのフェリシィちゃ──」

「やり返されても文句言えない……!! なんでコイツらは許されてアタシたちは許されないのよ、ねえ!!」



 少しは迷ってくれると期待していたが、彼女はいつまで経ってもお人好しだった。

「戦いがもっと広がって……戻れなくなっちゃう……! それだけは絶対にダメ!!」


 それどころか、彼女は極めて冷静に状況を見ている。

 途端にフェリシィは息苦しさを覚える。

 体調が悪いというよりかは精神的なものだ。胸のあたりを掴む。

「そう……よね……。アンタなら許さない……。なのに……」



 先ほど見た、ギロチンにかけられた人物が脳裏に浮かぶ。

 フェリシィの瞳から水滴が落ちる。

「分かってくれるって……思っちゃったの……」

「えっ……」


 そんなはずはないのに。いったい何故なのか。

 まるで同じ志を共有できたかと思ったのだ。



「げぶぅっ!?」

「ひぃぃぃ!?」

 殴られた音、食らった声、後追いの情けない声が順に響く。

 横を見ると、ボウガンを持った騎士が背後から殴り倒されていた。



 奇跡の生存を果たしたロゼットによる殴打だ。

 刑務所に入れられているはずのライラックも何故か腋に抱えられている。その上、囚人服からいつもの祭服に着替え済みだ。

 未来人であるその弱虫は辺りを見回す。

「な……。何が起きてるんだよォォォ!?」

 彼がこの事件に関与していないということは一瞬で分かった。


 リリアーナがそれに気づいて見上げる。

「ロゼットくん!?」

 呼ばれた彼は、尖った目つきで見下ろす。

 それにまったく臆さず、リリアーナは手を振って大喜びした。

 頰は赤くなっていないものの、彼は無視するように逆方向を向いた。



 フェリシィは、自分とロゼットの間に落ちた物体を見る。

 力なく下に撃たれたボウガン用の矢があった。

 ロゼットが介入しなければ、標的を射抜いていたであろう物だ。



 少しでも射線が上がっていれば……。

 そして自分を助けてくれたのは、かつて重たい対峙をしたロゼットである。



 彼は良い方向に変わっている……。自分とは違う。

 初めて味わう劣等感が心に広がる。

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