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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第十七章:魔力保有種狩り
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第五節 王城、廊下にて



 全力走行で突っ込むニア。

「うわああああああああ!!」

 そして木霊す少年の絶叫。



 彼女が侵入したのと同じ穴から、即座にセツナも学校内へ。

 ジェット噴射で加速し、ニアの顔面へ飛び蹴りを放つ。

「ぎいああああああああ!!」

 暴れる身体を両手で受け止める。


 アンドロイドの筋力……。それと同程度の数値が算出された。

 受け止めるのが精一杯である。ともかく今は少年の方を向く。

「逃げて……!」

 彼は悲鳴を上げながら逃げ去った。


 ニアが自由な右手を横に振る。

 積み木のように教室が瓦礫と化す。



 埒が明かないと感じたセツナは、瞬時に猫へ変形。

 落下とともに懐へ飛び込み、ニアの腹肉を噛む。

「がああああああああ!!」

 どんなに変質しても、痛みは人並みにあるらしい。





 リリアーナとフェリシィ、そして二人に抱えられたバレンもやって来た。

 そびえ立つ巨人を見て、リリアーナが目を見開く。

「ニアちゃん……!!」

「あれがアタシより歳下……!? ウソでしょ!?」

 本来であればかわいらしい……。それこそ人形のようにクリクリとした黒い瞳の持ち主である。

 今や鮮血に染まったかのようだ。


 人間を見境なしに殺す……。リリアーナが知っているニアではない。

 リリアーナは徐にジェイドムーンとレイピアを取り出す。


「いま助けて……!」

『いけません!!』

 猫化したセツナがなぜか否定した。

「どうして!?」

『元に戻せば、命が朽ち果てるかもしれない……! コゲさんの時と同じです!』




 リリアーナの精神を一気に無力感が蝕む。

 助けようとしてそれが逆効果となった。同様の状態をニアにも植え付けられているということだ。

「そん……な……」


 フェリシィがスリングショットを構える。

「じゃあどうしろってぇ!?」

 猫がエルフ少女の肩に着地する。

『なんとか動きを止めなければ……!』

 この巨体を殺さずに動かなくさせる方法となると、現状では限られている。



 リリアーナは上を向き、あることに気づく。

 教室の天井中央部に穴が空いている。


 そこに何か煌めきが見える。

 公共施設では珍しいことではない。あれは、火災を探知した際に発動するよう調整されたラピスフィアだ。消火のために豪雨のような雨が降り注ぐ。



 ならばと、リリアーナはそこへ風の魔法を撃ち込む。

 その部分を指差して叫ぶ。

「フェリシィちゃん、あそこに!」


 言われたとおり、少女は炎の弾を放つ。

 天井へぶつかる前に、陶土弾に巻き付いていた炎が円状に広がっていく。


 火力が徐々に増幅されていき……爆発。

 この衝撃により天井が崩落する。

 ニアの身体下半分を包み込む、大型の破片が降り注ぐ。

「ぐがあああああ!!」

 炎を感知して水の魔法が作動する。近くの小火は激しさを増す前に消火されていく。


 今のままでも重量のある拘束だが、より動きを制限させたい。

 そのため、降り注いでいる水を利用する。リリアーナは、既に握っていたジェイドムーン、さらにポーチからラピスフィアも取り出し、同時に光らせる。

 まず風の魔法により、辺りに散らばっている水をなるべく大きな塊にまとめる。複数分あればあるほどいい。


 そして次はラピスフィアの番だ。

 あまり訓練していなかったが、氷魔法を詠唱する。

 物体を凍らせる程度であれば問題はない。レイピアの先から順に小さな氷柱つららを飛ばす。

 接触した水があっという間に凍りつき、新たな重りとなって瓦礫の上に積み重なる。


 最後にリリアーナは、なるべく腕を動かせないよう、風の鎖でニアの上半身を縛る。

「ごめんね……。痛くさせちゃったよね……!」

 宥める声をかけている間に、フェリシィがセツナに聞く。

「これ、どれくらい持つ!?」

『長く続くことを祈るだけです』

 氷に関しては、魔力で生成されたものであってもいずれ溶けてしまうだろう。



 視線を感じたのでリリアーナは振り向く。

 大通りの方にて、魔力保有種が五人ほどたむろしてこちらを見ている。

 街で暴れていた者が落ち着き、ようやく安堵できたこと。そしてその犯人が同じ魔力保有種だということで、好奇心は二重に湧き上がっているようだ。

 しかし全てが終息したわけではない。またニアが暴れだす可能性は十分にある。

 リリアーナは駆け寄り、大声で注意を呼びかける。

「みなさん離れてください!! ここはきけ──」



 一番後ろにいたのは亜人だった。

 彼が突如、横から振りかぶられた剣によって斬り裂かれる。



 血飛沫が舞う。

 無慈悲すぎる光景でスローモーションに見える。

 剣を振るったのは王国騎士だ。彼は流れるような動きでしゃがむ。



 彼の後ろから氷弾が飛んできた。

 人の胴の三倍は長さのある物体……。傍にいた魔力保有種たちの胸元へ次々と突き刺さっていく。


 リリアーナは一番前にいた魔族の男性だけを抱き寄せ、バリアを張る。

 その向こうでは、朽ち果ててしまった四人の遺体……。



「な……」

 発しかけた言葉すら混乱で止まってしまう。

 殺された彼らは何か悪いことをしていたわけではない。むしろ自分と同じように動揺していただけに見えた。


 騎士の方を向くと、元王女の姿が見えたからだろうか。

 彼らはビクビクと後ずさりし始める。

 辺りに静けさはない。リリアーナは他の方角も見回す。



 まさに地獄絵図だ。

 滞在していた王国騎士が、次々と魔力保有種を殺していっているではないか。

 逃げようとする者を背後から撃ち抜く者。屋上から突き落とす者。地面から生やした氷で串刺しにする者など。


 王国騎士団は、国の平穏を維持するために存在する組織のはず。

 ではこのような……。無実の魔力保有種を狩ることが許されていいのか。

 彼らもこの王国に住む民であるはずなのに……。



「なんでこんなことするのッッ!!」

 リリアーナは感情を爆発させた。

 レイピアから放たれる風魔法は槍のように鋭く、自分が発生させたバリアを容易く砕いた。

 破片となったそれが騎士の脇腹に刺さる。

「ぐぎゃあ!?」


 リリアーナは即座に振り返る。

 他の騎士が、翼を広げて逃げようとする亜人を捕捉していた。

 魔導具の剣身を光で伸ばし、亜人の心臓を貫こうとする。



 その前に、燃え盛る陶土弾が騎士の脇腹を抉った。

 フェリシィが撃った弾である。彼女は痛がる騎士の背中をさらに蹴り飛ばした。



 倒れた騎士の首元へ、人型に戻ったセツナが剣を突き立てる。

「騎士団がこうも腐るとは……」

 愚かな騎士は、武器を床に置いてから両手を挙げた。

「仕方ないだろ!! そういう命令だったんだ!! あんただって上から言われれば同じようにするだろう!!」

「ではやはり、この件は王国が起こしたものだと……?」



 騎士団全体に指示を出せる者は、せいぜい二人。

 父ではないという確信めいた予想がある。人の命を粗末にして万事解決とする人物ではない。


 つまりもう一人……。

 城の中に潜む悪逆は、取り返しのつかないところまできてしまったというわけだ。


 周囲ではまだ悲鳴や白煙が飛び交っている。鎮めなければならない範囲は多岐にわたる。

 セツナが発言。

「止めるように言わせてきます」

 気絶中のバレンを背負う。

「リリアーナ様はこの場を!」

 あるじが頷くと、彼女はジェット噴射で王城の方へと向かった。




-----




 あってはならない光景だというのに、レーターの表情からは笑みがこぼれた。

 王城から街の様子を見守る。いたる所で爆発が起こり、火災も発生しているだろう。

 しかしこれも革命には必要なことだと完全に割り切った。

「あぁぁぁ……。もっと前に見たかった景色じゃ!! 歪な血など抜き取り、美しい国にしてやる……!」

 


 気持ちよくなっていた時のこと。

 ぼふっ、と謎の音が鳴り、レーターは横っ飛びするかの如く驚いた。



 とはいえ相変わらずの現象である。人一人が入れるだけの亜空間が出現。

 そこからステラが出てきた。

「ええい、貴様か……! よくもおいそれと戻ってきて──」



 対面してすぐ、彼女は指から光を放った。

 レーターの額を撃ち抜こうとしたものだが、あまりにも露骨な挙動だったため、木槌で防御できた。


 有無を言わさずの攻撃だ。当然ながらレーターの頭に血が上る。

「何のつもりじゃ阿婆擦あばずれェ!!」

「利用価値の無くなった老害を、いつまでも生かしておくと思う?」

「まだこの国を統べれるだけの力はあるわ!! リリアーナを魔女にしたいというのなら、ワシも手を貸──」

「世界の支配者は変わった。未来から戻ってきた魔女に今度は支配される番よ」

「魔女が戻っ……!?」



 伝えられていなかった事実に硬直しかけるが、その証拠は無いのでまだ気を強く保つ。

「だ、だから……殺していい、という理由にはならんじゃろうが!!」

「殺していい理由が欲しいのね?」



 この時にようやく言葉を詰まらせた。

 彼女は最初から、自分への憤りを抱いたうえで接触してきていたのだと。

「あたしが知らなかったなんて思ったら大間違いよ」




☆☆☆☆☆




 ジーニアスが産まれてから約三十年。あの時と同じ医務室にレーターは来ていた。

 目的は、あるカルテを拝見するためだ。



 妙だとは思っていた。

 医者の発言一つによって、ジーニアスは、自身の症状を受け入れてしまったのだ。

 しかし明確なデータ無しに診断をすることこそ問題である。適当な報告であったともなれば尚更だ。



 ゆえにカルテを調べた次第だが、手が震えた。

 医学の素人でも分かる。書かれていることのほとんどがデタラメであると。

 ある意味予想どおりの展開に、このカルテを書いた女医本人を睨みつけた。

「本当に……病気か? 原因不明……。そんな稀なケースが、息子に都合よく起きるものかァァ!!」

 束ねられていた紙を激しく投げつける。

 空気に流されたがために当たりはしなかったが、相手の女医は目をつむった。


 それでもこちらの追求を否定してくる。

「た、確かな……診断です!」

「根拠は!?」

「そう言われましても……!」

「息子に実権を握らせたのは失敗だったか……。あの女をかばっているのだろう、ええ!?」



 両者とも歯を激しく鳴らす。威圧と恐怖の雑な協奏曲だ。

 この女性が嘘をついていることは明白。息子に指示されてのことだろうか。

 しかし嘘を貫き通せるだけの強さが彼女には感じられない。

 


 ならばと、自分だからできる脅迫を行う。

 レーターは前のめりになり、にちゃりと笑う。

「なぁ〜? 貴様にも家族がいるはずだ。失うのはさぞ怖いだろう? ええ?」

 女医がだんだんと俯いていく。



 あらかじめ彼女の家族を調べておいた。

 自分がそうであるように、親というものは、子供の名を出されると途端に怯んでしまうものだ。

「五歳くらいの……。んん~? アンデルセンといったかな?」

 女医の呼吸が上ずる。

「かわいい子供を見るとつい機嫌を悪くしてしまうようになってしまったぁ……。これからこのガキは、何不自由無い身体で育っていくのだろうなぁ、と……。よくもこの国にいられるなぁ?」


 愛用している木槌を机の角に叩きつける。

 女医は頭を隠してしゃがみ込んだ。

「ひいいいいいい!?」

「どうしてやろうか!? 歯か、爪か!? 膝をかち割るのもいいなぁ、ええ!?」



 三十年前のレーターを知る者からすれば信じられない変貌ぶりであろう。

 昔のレーターは『虚無』という言葉がふさわしい存在だった。しかし守る者を得た今、人間になることができたのだ。


 そして頭の中で、レーターは確信していた。

 性行為後に、片割れが機能不全となる現象。

 間違いない。息子が……。何十年と情を注ぎ込んできた愛息子が。




 魔 に 侵 さ れ た。


 ルミナスという女に魔力の血が流れているのであれば、全てに合点がいく。通常の人間は、体内に魔力が流れ込めば身体機能がおかしくなる。

 特に完全な魔力保有種との性行為であれば、人間は耐えられず、死んでしまう。


 どのようにして繁殖したのかは不明だが……。

 人間と魔力保有種のハーフ、クォーター……。もしくはそれよりも魔力の血が薄まっているかだ。


 やはり蛮族。人の生活に入り込み、生態系を破壊する……。

 かといって彼女を処するわけにもいかない。他の者に疑問を抱かれるうえ、ジーニアスにも嫌われてしまう。



 最も重い罰は死ではない。

 精神的に、じわじわと侵食するような想いをさせることだ。


 ならば、レーターが下す命令はただ一つである。

 想像しただけで含み笑いが自然と浮かんだ。

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