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クレセント・リバース 未来の猫と大罪人  作者: 亜空獅堂
第十七章:魔力保有種狩り
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第三節 回想……教会前にて

☆☆☆☆☆




 ステラが成人になってから真っ先に手を出したのは煙草であった。

 別に味を楽しもうとしたわけではなく、依存性が高いとされながらも合法であるこの物体は、グレるのにちょうどよかったのだ。

 実際にはそこまで依存しなかったが、機嫌が悪くなった際には気持ちを紛らわせるための手段とした。



 ここ数週間、喫煙量はヘビースモーカー並みに増えた。

 自分に関することというよりは、姉に対する疑念が王城で膨らんでいることにストレスを感じている。



 その件もあり実家に帰ってきた。

 煙草の息を吐きながら、対面に座る両親へ伝える。

「お母さん、お父さん。あたしが何を言いに来たのかはもう分かるでしょう?」

「ルミナスのことか……」

「実質の被害者なのよ。ルミ姉とあたしについて、怪しんでいる輩は結構いる」


 両親は、これ以上聞きたくないのか、罰が悪そうな顔を見せる。

 とはいえ、国内での謂れについて知ってもらう必要がある。

「どう怪しんでるか聞きたい? あの姉妹は、魔力保有種なんじゃないかってね。はんっ。だとしたら、国王さまはルミ姉とヤッた瞬間、とっくに死んでるってば」



 そう、大袈裟なゴシップである……。

 胸に言い聞かせてきたが、二人の反応が気にかかる。

「ねぇ? まさかそんな……。お母さんの卵巣がおかしくなったのは、病気だからでしょう?」

「ステラ。あなたは……まだ未経験なのね?」



 ステラは椅子に寄りかかり、鼻で笑う。

「ちょっと待ってぇ? 親にそんなこと聞かれるとは思わなかった」

 確かにステラは夜の店で働いており、男と裸同士の絡み合いなど日常茶飯事だ。ただし本当に肌で触れ合う程度……。

「こっちはサービスでやってるから。いいとこ手と口くらい……」



 母親のほうが震え始める。

 娘がこんな人生を辿っていることにショックを受けているのか。ステラは気楽な表情を崩す。

「その……だらしない娘でごめん」


 元からこういった生き方しかできないと自覚していた。人に使われるのも頭を下げるのも嫌。たぶらかすほうが得意だ。

 ただ一つ心残りだったのは、自分を育ててくれた両親がどう思うかであった。



 だから何を言われようが仕方ないと思っていたが……。

「私たちは世間に知られてはいけない、裏の仕事を行うことで、王国からの支援を受けていた……。死体を……見て見ぬふり、してくれたことも……あったわね」




 家に遺体袋が置かれていた時は、姉のルミナスと共に抱き合って怯えた。

 しかしそれを胸の内に留めさえすれば、以降も家族一緒に暮らせる。あまりにも大きな理由だ。



 その時のことを引き合いに出された結果。

 母はますます嗚咽を漏らし、泣き崩れてしまった。


 さすがに情緒が弱いのではと感じた。ステラは正していた姿勢を一気にだらけさせる。

「なんだっていうの……? いろいろ聞きたいのはこっちなんですけど!」


 対して厳格めな父も、いつもより眉の傾きが弱々しい。

 ステラの行いを叱るよりも先に、ある事実を明かす。

「魔力保有種の血……。確かにそうだ」



 ……冗談ではないと思った。

 真実を知らせぬまま二人の娘を旅立たせ、事が起きてからこれである。

 ステラは軽く机を殴った。

「あり得ないわよねぇ……? あたしは自分のことを人間だと思って生きてきたんだけど!?」

「人間のほうが近いことは正しい」

「開き直ろうってわけ!?」

 どのようなつもりか、彼は謝罪の意識をまったく見せない。


 そして、一気に話が変わる。

「兼ねてからアーガランド帝国は……魔力保有種の血を使った実験を行っていたんだ。野獣などを改造して便利な道具に……」

「ちょっと待って。何の話!?」

 いきなりそんなことを言われても対応できない。


 取り残された感覚のまま……。

 ステラはさらなる衝撃を受ける。




「俺らはな、ステラ……。帝国の実験で生み出された、人間と魔力保有種のハーフ……。その末裔なんだよ」




 予想の範疇になかった答え。

 ステラは言葉を失くす……というよりかは、まだ実感が湧かない。

 そもそも何を言われたのかも整理できていない。

「じゃあ、もし世間にそれがバレでもしたら……」

「俺たちは禁忌を犯したとして、クレセントに処刑されるかもしれん……」


 母はというと、泣き続けたままだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい……。もっと早くに伝えるべきだったって分かってたのに……」

「そうよ……。世間様に伝わらなきゃいいだけの話。娘の将来にも関わるようなことをお母さん達は伏せて──!!」



 父と目線が交わる。

 何かを訴えかけるような強い目つきだが、その横では汗が一滴流れる。



 ステラは気づいてしまう。今日一番の大口を開ける。

「二人も……最近知ったの……!?」


 同居していた時期にそんな話が出てこなかったことも理解できる。

 ただ、判明できる機会は何度もあったはずだ。

「ご、ご先祖さまにもセックス後遺症があるんだったら、もっと早く……!!」

「俺は奴隷として飛ばされたんだ! 本当の両親のことを知らない!!」

「血の検査も……。そう、ね。今まであたし達にそんなお金無かった……」


 姉妹は両親に仕送りを与えていた。

 そのためであろう。ようやくまともな診断を受けたというわけだ。

 そして発覚してしまった……。

「ステラ達の代なら、血が薄まって、それほどの影響は……と望んでいたが、やはり……ダメか……」



 大体の状況は分かった。ステラは歯を食い縛る。

 こうなってしまったことは致し方ない。今はその事実を広めないようにすることが先決。

 とはいえ、そうなってしまう爆弾を抱えている現状だ。


「ルミ姉は……王族と結婚したわ。お腹の中には赤ちゃんもいる。ねえ、誤魔化せるのは一回っきりよ。もしその子が大きくなって、誰かと寝たりしたら!」

「ああ。だから……!」

 今まで虚勢を張っていたのか。父が頭を抱え始める。

「他種族同士の交配は禁じられている。魔力保有種の風当たりも強い……。ど、どうしたら……」

「今さら後悔しても遅いわよ!」


 ここまで脳を駆け巡らせたのは初めてである。ステラが両の指を叩き合わせる。

「ともかく……。ええ、ともかく!」

 こちらの案を誰かに聞かれるわけにはいかない。そう考えたステラは前のめりになり、父を手招き。

 耳が近づいてきたところで小声を発する。



「ルミ姉の子供に結婚はさせない。私が止める」

「できるのか!?」

「やり方なんて後から決めるわ!」

「おい無茶だろ!」

「うるさい!! これしかないでしょ!」

 もはや最低条件だ。発覚すれば、淘汰されるのは自分たちである。


「子孫が残らないか、もしくは絶滅するまで続ける」

「そのレベルだとすると……こ、殺しまで行わなければ……」



 なんとも理不尽な状況だ。魔力保有種であるというだけでこうも怯えねばならないのか。

 人間種純血主義のクレセントでなければまだマシだったろう。しかしあいにく、自分たちはその領地にいる。

 生きるために犯罪を行うという心理がようやく理解できた。



 やらなければならないと思えばやらざるを得ないのだ。

「これ以上の口外は絶対禁止。大丈夫だろうけど、とりあえずルミ姉にも釘刺しに行く」

 戸惑いが見える。父も頷きかけるがためらう。



 一方、まだ項垂れている母……。

「良いわけがない……。そ、そんなことしたらステラ、あなたが……」

「王国に捕まるって? 大丈夫よ。準備する時間はいくらでも……」

「ちょっと魔法の扱いが良いだけでしょう!?」

 身を案じている。どう考えても危険な手段だからだ。

 彼女を見て、ステラはどうするべきかと悩み……。



 頭を撫でた。母に対してだ。

 自分のせいで余計に悲しませていると思ってしまった。姉妹のどちらかが幸せならまだしも、両方とも……。


「言いそびれてたけど……」

 これまでの懺悔はせめて伝えておこうと思った。

「まともな職にも就かないで、心配ばっかりさせて……。ろくでなしの次女でごめんなさい」

 母は顔を上げてくれる。

 瞳に溜まっている涙がやけに煌めいて見える。


「ステラ……」

「でも、あたしがこんなぐうたらしてたのは、この日の為だったんだって今なら思う」



 幸いなことに、ステラは国の公には出ない部分で生きているようなものである。ハニートラップなども仕掛けやすい。

 またベッドルームでは、国の大物がお忍びで出向いてきたりもする。情報収集に利用しようが、殺してしまおうが……。


 逆に興奮が込み上げてきた。

 やはり自分はこういった生き方しかできないのだ。


 母は鼻をすすってから言う。

「働きなさい」

「ふふっ……」



 そう。不測の事態とはいえ、まだ笑い合えるだけの胆力は一家にあった。





 ものの三日で打ち砕かれることになるとは。

 ステラ達がいた家に、二つの惨殺死体が転がっていたのだ。


 騎士による捜査は既に終わった後。そこまで多くない数の野次馬が集まっている。

「犯人って捕まったんだっけ?」

「逃亡中。それより聞いた? ここに住んでた人たち」

「聞いた聞いた! 魔力保有種だってことを隠して住んでたって!」

「ずっと人間だと思ってたからさー。マジで怖い。なに企んでたんだろ」



 話している二人のすぐ後ろ。

 遺体となった者たちの血縁者がフードを被り、話を聞いていた。

「そりゃあ、人じゃないなんて知られたらじゃん。都合よかったんだろうね〜」

「空気感染とか無くてよかったわ〜」


 誰に何を言われようが気にしない性格。

 そのはずだったが、今はこの二人を殺したくて仕方がなかった。




-----




 初めての人殺し日和は、一日に三回も行うという大イベントであった。

 追求したのは当然のことである。なぜ低俗な会話をしていたのか、なぜ魔力保有種だからと殺されるのが当たり前なのか。



 そしていったい誰に指示されたのか。

 両親を殺したのは王国騎士であった。自分の意志ではなかったと主張してきたが、殺したのは確かだ。


 とはいえ、まったく悪びれもせず。

 むしろ愚民どもと同じように魔力保有種のことを軽蔑した。



 だから焼け焦げた遺体にしてやった。

 姉が結婚した相手が人格者であろうと、今後もこの偏見は変わらない。他種族への差別は永遠に消えないのだと改めて思い知る。



 人を殺めたという事実への恐怖はない。イライラが収まらないことに苛立ちを覚える。

 タバコを吸おうと箱を手に取る。

 もう一本も無いことに気づく。

「チッ……」

 箱を放り投げた。黒い雲を見上げる。



 雨が降りそうで降らない、というのがまた腹立たしい。

 この現場が古びた教会であるというのも皮肉だ。いるはずの神はなぜ平等に慈悲をくれないのか。

 自分が選んだ現場だと思い出してため息をついた。



「これからどうしよ……」

 殺人は最終手段だったはずだが、つい先走ってしまった。

 こうなれば次やることは隠蔽工作である。まずこの形が残ったままの遺体を完全な炭にする。

 問題はどこまで隠しとおせるかだ。三人が生きていないことなどすぐに知られる。

 仮に自分が出頭し、事情を話したところで、捕まるのは間違いない。


 正義を実行したのに自由を奪われる。

 まだ魔力保有種への風当たりは強い。同じ地に住むことすら気持ち悪がられている。今後もこういった力関係は続くに違いない。



 ……気に入らない。

 クソみたいな連中がのさばり、ただ普通に暮らしたい者が惨い目に遭う。

 これまでなんとも思っていなかった魔力保有種だが、ようやく同情できた。

 ただ、今さら肩を持つつもりはない。向こうもそう考えるだろう。

 こんな半端者に仲間だと言われても、迷惑なはず……。



「半端者……」

 小さく呟いてから遺体の方を見る。


 勉強をあまりしてこなかったステラだが、魔導技術においては熱心に本を読んできた。

 その分野について、少しでも調べれば必ず出てくる話がある。



 闇の魔力についてだ。禁忌として知られるこの魔法を使用した場合、魔力保有種の身体ですら蝕まれるという。

 人間にいたっては、何の対策もしなければ当然のように死ぬことになる。



 だが現状を踏まえると、ある疑問が生まれた。

 では、両方の血を持つ存在ならばどうなるのか……。




 今ある死体は、生まれてしばらく経った後だ。しかし腐敗した身体でも幾分かは闇の養分になる。

 それらを教会の中へと引きずる。


 いつか捕まるのを待つくらいならば、とことんまで闇に浸かってやる。ステラは不敵に笑む。

「半端者にも福はあるって……思い知らせてやるわ」




-----




 そこから彼女がやったことは、表面上だけ述べるならば既に知られているとおりである。

 三年もの間、闇の魔力について研究し、血の流れが異質な自分ならば取り込めるのではと模索した。

 このろくでもない世界で、真の自由と永遠を手にする唯一の手段である。



 その際に利用したのは、王国に住んでいた差別主義者……。

 無差別に人を殺していたわけではない。ステラの犯行動悸は極めて計画的であり、感情的とも言えた。

 彼らの痛みや死、血をオディアンに取り込み、この世で最も強大な魔力を手にした。



 その過程で利用した参考資料の一部は、魔導育成の長であるルミナスから借りた物だ。

 それを返すためにステラは王城を訪問した。客間の壁に寄りかかっている。

 訪問の許可など得ておらず、最近の殺人事件は誰が犯人なのかもルミナスに伝えていない。


 密かに対面した姉妹……。ステラは闇について書かれた魔導者を姉に返す。

 何に使用するのか教えていない。よってルミナスは、その表紙を凝視し続けた。


 ステラは適当な言い訳を述べる。

「研究のいっかんだから」

「ステラ……。何か良からぬことを考えているの?」

「まあ……そうねえ。ちょっとルミ姉には迷惑かけちゃうかも」

「迷惑って」


 むしろここまで発覚せずにいられていることが奇跡といった状況だ。

 当初の目的からは大きく逸れたといえる。守るべき家族を失ったことで、自暴自棄な部分も出てしまった。



 しかし何が悪いのか。ただ普通に生きたかった者を雑に捨てたのが彼らだ。

 同じような思想を持つ連中など、逆に欲望の糧となってしまえばいい。



 正義、悪……。その境目が霞んで見える。

 もはやどちらでも構わないと思った。



 扉の開く音がぎこちない。

 廊下から誰かが入ってきた。小さな人影だ。



「あっ、ステラおばちゃん!」

 ペチペチと軽い足音が駆け寄る。

 ルミナスの腹から産まれた少女、リリアーナだ。

 出会うべきではない立場だったが、城を訪れるたびに遊んでやったおかげで、完全に顔と名前を覚えられるようになった。


 ステラは笑顔で手を振りながら文句を言う。

「お姉さん、でしょ?」

「前みたときより目が赤いね!」



 彼女の鋭い感性に驚いた。

 闇の魔力を体内に蓄えることに成功した。それはつまり、身体のところどころに変化が訪れるということではある。

 しかしまだ未完遂の状態だ。目立つ変化は起きていないはず。

 彼女はそれを見抜いていた。


「どこかにぶつけたなー?」

 充血程度と思っていたらしいが、ステラは含み笑いが出てしまう。

 身をかがめ、リリアーナの頭を撫でる。

「将来有望かもね」


 姉からの不可解な視線を感じたので、ステラは立ち上がる。

「それじゃあルミ姉。またどこかで」


 姉の顔はあえて見ずに客間を後にする。

 影だらけな廊下の奥へと消えていった。

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