Episode 8 運命の出会い
~語り手と語り手の竜~
…こうしてグロストは更に深い闇へと…どんどん堕ちて行ったんだ。
この時の彼は…どうだった?
とにかく酷かった…としか言いようがないのう…
彼の戦い方で何千人の兵士が犠牲になってしまったか…
本当に彼を雇ってよかったのか、この時は何度も悩んだけんのう…
でも、この翌年、彼の心に土足で入ってきて、心に変化を与えてくれる人が現れるんだよね。
あぁ、そうじゃな!彼が来て、グロストが変わったのじゃ。そしてワシもな…!
ん?ワシが嬉しそうか?
それはそれは嬉しいとも。のう?
そうだね、“彼が居るから僕も居る”わけだしね。
Episode8 運命の出会い
1年後
グロスト82歳
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平和軍では定期的に新しい入隊希望者を募っている。
グロストが5年前に受けた入隊試験。
そしてこのグロストが原因で今、平和軍の人員は大きく減少している。
そこで今回の平和軍は、めったに募集をかけることがない”後方支援隊”も募集を賭けた。
グロストが負傷者を多く出してしまうため、治癒が追いつかなくなっていたのだ。
グロストが軍を滅茶苦茶にしている。
しかしゴードスはまだ悩みの末、グロストを手放そうとしなかった。
愛想をつきかけている兵士たち。
そして相変わらず日々破壊軍を殺すことを至福とし、復讐でどんどん闇に侵されて行くグロスト。
修行の雷が日に日に量を増していく。
さて、今回、新たな入隊希望者が何人か入隊を果たしたようだ。
本部前には兵士たち。
ゴードスが前に立ち、その隣に新人の兵士が6人。
獣人の兵士が2人。人間の兵士が3人。そして竜人の兵士が1人だ。
次々と名前を呼ばれ、自己紹介をする新人たち。
今回は、6人のうち獣人2人、竜人1人が前衛。
人間3人が後方支援隊だ。
5人の紹介が終わり、最後の一人。
「中央地域出身!ウィルと言います!まだ10歳ですが、立派に後方支援隊で役目を果たしたいと思います!お願いします!!」
今回の入隊者最年少。
そしてこの平和軍最年少でもある。
彼の名前はウィル。
中央のエリアで両親と破壊軍を逃れ、逃げながら静かに暮らしていたが、破壊軍に見つかり、両親を亡くし、一人命からがら北東部、今の生物の領地まで逃げて来たそうだ。
成人していない者は極力入れないようにはしていた平和軍だったらしいが、今回は年齢の制限を撤廃した模様。
それほど、平和軍には余裕が無いのだ。
「よし、では前衛は今の兵士たちにしっかり破壊軍の特徴や戦い方を教わっておくのじゃぞ。後方支援隊の3人も後方支援隊の兵士たちに詳しく教えてもらうように。」
「「「「「「はい!!」」」」」」
「…?」
ウィルは本部の裏の空をみた。
雷が飛び交っている。
「あれは気にしなくて良い。」
ゴードスが言う。
「あっ、はい!」
この時はまだ彼は雷や音に振り返るだけだっ。
ウィルは持っている簡単な回復魔法の強化を図る為、厳しい訓練を受けることになった。
しかし、そのさなかでも戦いは発生するのだ。
「破壊軍がきたぞー!!」
「破壊軍…!」
「ウィル!ぼさっとしない!すぐに準備なさい!」
後方支援隊の人間の女性兵士、レイリーが言う。
彼女は後方支援隊の中でも古株の30代の女性であり、後方支援隊の隊長だ。
10代前半の頃から平和軍に所属している。
「は、はいっ!」
(多くの人を助けるんだ…!やるぞっ!!)
ウィルは両親を破壊軍に奪われても、破壊軍に憎しみを抱くことはしなかった。
これ以上破壊軍による犠牲者を出したくない。
その一心で10歳という若さで平和軍に入ったのだ。
ウィルはその幼い心でしっかりと強い覚悟を持っていた。
後方支援隊に求められるは的確に、そして素早く動き、多くの前衛兵士たちをサポートすること。
「急げっ」
「もたもたすんな」
次々と負傷者が運ばれてくる。
破壊軍の武器にやられ、大量の血を流し運ばれてくる者たち。
ウィルたち後方支援隊の仕事だ。
「良いかい!?これは実践だ!失敗は許されないよ!」
後方支援隊は一斉に回復魔法を唱え始めた。
ウィルも持てる限りの回復魔法を唱えた。
ベテランの人と2人一組となり、ウィルは運ばれてきた人の傷口を癒す。
「うっ…うう…っ…あぁ……」
「大丈夫ですか!?しっかり!」
ウィルは言葉をかける。
辺りは大混乱だ。
後方支援隊の数と、負傷者の数だと、前者が圧倒的に足りないのだ。
治療が遅れて死亡する兵士も珍しくない。
「ウィル、次だ。」
レイリーが言う。
「ま、待ってください!まだ治っていないではありませんか!?」
レイリーは今治療していた兵士を見捨てる発言をした。
ウィルは納得いかずに抗議した。
「手遅れだ、死なせておけ。」
「そ、そんなっ!嫌です!」
「あっ、コラッ!」
ウィルは治療を辞めなかった。
見捨てるなんて出来ない。ウィルは助けると誓ったのだ。
「グッ…ゴホッ!!」
「っ…!」
兵士の口から吐かれる血がウィルの身体を赤く染める
「……そんな…!」
次に見たら兵士は息絶えていた。
「言ったろう手遅れだと…ぐずぐずするな、次々とまだ負傷者が居るのだぞ。」
「…はい……!」
落ち込んでいる余裕は無かった。
ここで助かる兵士はほんの少しだと後でウィルは聞かされた。
負傷した兵士の6割はグロストの攻撃に巻き込まれた兵士だと言われている。
しかし、グロストの攻撃に巻き込まれた兵士は、大体治療が間に合うケースが多い。
至近距離で食らってしまうと即死は免れないようだが…
破壊軍に直接やられた者の方が致死率が高いのだ。
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戦いが終わり、ウィルはため息をつく。
助けられなかった多くの兵士が居た。
早くも心を潰されそうになったウィルだが、その目はまだ、光を失っていない。
「初日にしてはよくやったな。」
レイリーが隣に座り、ウィルに声をかけた。
「…レイリーさん…僕は…」
「分かっている。」
レイリーはウィルの頭を叩く。
「お前は優しい奴だ。だが…ここは戦場だ。優しさだけでは何も救えない。」
「…ッ…」
「私はとうに失ったものだがな。お前は…いつまでも忘れるなよ。」
レイリーはそう言い、立ち上がる。
「…一人でも多く助けたいならば…勉強と鍛錬を怠るな。」
「…はい。」
レイリーはこれでも気を遣って話をしてくれたのだろうが、ウィルの考えを全肯定はしない。
助からない者は放っておかなければ手が回らない。これは紛れもない事実だからだ。
それでも、ウィルは諦めることは出来なかった。
1%でも可能性があるなら、奇跡でも良いからウィルは1人でも助けたかった。
中央に住んでいた時も、多くの人が助けられずに死んでいくところを見てきた。
だから、ウィルはここで、最前線で戦っている人たちを多く助けたい。その気持ちが強く出ているのだ。
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入隊から3日。
毎日のように迫りくる破壊軍とそれを支援することに追われる日々。
しかし幼くも努力をウィルは欠かさなかった。
「…破壊軍には何やら強い闇を力があるようで…破壊軍の攻撃を受けた者には…回復魔法があまり……作用…しなくなる…っと。」
ウィルは時間があるときに座ってメモ書きを何枚も取った。
「少しでも皆に近づかなきゃ…」
ウィルは立ち上がり、外の空気を吸いに行こうとした。
「……~……」
「…だ…………」
この部屋は兵士たちが使う休憩所のようなものだ。
長いテーブルがあり、そこで食事を取ったり、自由時間を過ごしたりするのだ。
その部屋の隅っこでうずくまる兵士が2人。
ウィルはよく見ると、それはウィルと一緒に後方支援隊に入った人間兵士2人だった。
「…ねぇ、どうしたの?」
ウィルが声をかけると2人は振り向いた。
その時ウィルは恐怖を少し感じた。
2人の目はうつろな目をしていて何重にも重なる隈。
「…」
「…あぁ…君か…同じ新人の…」
「な、何が…あったの…?」
ウィルは聞く。
「何があったのって…君は…あの現場を見て何も恐怖しないのか…?」
「……あんなに怖いなんて思わなかった……目の前でたくさん人が死んでいくんだ……もうやだ…」
完全に心を病んでしまった2人の新人兵士。
「…僕は…信じてるから…いつかこんな戦い終わるって…」
「……じゃぁ教えてやる…一緒に入ってきた前衛の3人。」
兵士は3本指を出してウィルに突き出した。
「皆死んじまった。それも味方にだ!噂のグロストってやつに殺された!!」
「そんな…!」
前衛の3人が死んだ知らせ。
ウィルも入りたての頃に何度か話をしたことがあり、皆、とても人が良く優しかった。
平和の為に立ち上がった勇士を味方によって打ち砕かれてしまったのだ。
「もう誰も信じない…信じないからな…」
兵士たちはまた蹲ってしまった。
「…グロスト…」
ウィルは実はまだ会ったことが無い。
戦いが終わり、死んだ兵士を供養し終わってから戻る。
その頃には前衛たちは普段の暮らしに戻っているのだ。
つまりグロストも森に居る。
だから後方支援隊のメンバーの大半はグロストと顔を合わすことはほとんどないのだ。
「…この森の奥に…」
ウィルは気になっていた。
グロストがどんな存在なのか。
彼は何故味方を巻き添えにするような戦いをするのか。
「…」
ウィルは森の真上の空を見た。
雷が見える。
噂によると修行をしているらしいが…
「雷を見ておるのかの?」
「えっ?」
ウィルは声のした方へ顔を向けた。
そこに居たのはゴードスだった。
「しょ、将軍!」(そ、そっか…!ここ本部だっけ…!)
ウィルは驚いて姿勢を立て直した。
「そうかしこまらんでええ。それより…お前さん、ここで何を?」
「あっ、えっと…気になっているんです。…グロストって人の事…」
ウィルは正直にゴードスに言った。
「フム、あやつに関心があるとは珍しいの……良くない噂を聞いたな?」
「は、はい……味方を巻き添えにしてるって…しかも…新人の前衛たちも…殺されたって……」
ウィルは言いにくそうに言う。
「まだ緊張しておるの。」
ゴードスは顔をウィルにぐっと近づける。
ウィルは驚いた。
ウィルは人間でゴードスはドラゴンだ。
大きさも全然違う。それに立場もだ。
新人と軍の頂点だ。雲泥の差の立場が存在するが、ゴードスはどうやらあまり固くされるのを嫌うらしい。
「ワシと話すときはそんなに緊張せんでおくれ。それと将軍という呼び名もいかん。名前で呼べばよい。のう?ウィル。」
「えっ、でも…うーん……分かりました…それでいいのだったら…」
「それで良い。」
やはり敬語ではあるものの少し気が抜けたのか、かしこまったようなガチガチな喋り方ではなくなった。
「ゴードスさん、僕、納得いかないです。どうして彼はそんな戦い方をするんでしょう?」
ウィルはグロストの戦い方に疑問を覚えていた。
どうしてそんな戦いをしてしまうのか。
「まず噂は真実であることは間違いない。グロストは確かに平和軍の中でも呆れるぐらいの暴君じゃ。破壊軍を滅ぼす為ならば誰が犠牲になっても構わん…そう考えておるようじゃ。」
「…そんな人がどうして…」
「ウィル、ワシら生物には心があるのじゃ。」
ゴードスは手を胸に当てた。
「生物の心はとても弱く、脆い。グロストの心は破壊軍に対する憎しみの心や復讐心しかないのじゃ。それがこの行動に出ておるのじゃ。」
「…どうにもならないのですか…?」
ウィルは聞いた。
「…フム、ワシら生物の心を変えるためには同じ生物の心の力が必要じゃ。奴の心を理解し、そして受け入れなければならん。」
「…ゴードスさんは…」
「ワシは出来んよ。グロストのやっておることはワシとて許すつもりは無い。じゃが破壊軍を倒すために必要なのじゃ。だからここに置いてやっているのじゃ。」
ゴードスはグロストに少しばかりの敵対心を持っていた。
グロストのやっていることは許し難い行為だ。
だが軍の勝利の為に堪えている。
それに今のグロストに余計な刺激を与えると、平和軍そのものを崩壊しかねない。
堪えることが今の最善の手段だとゴードスは考えている。
「…ゴードスさん、僕は…「敵襲だ!!」
ウィルが何かを言いかけた瞬間、声がした。大きな声だ。
敵襲を知らせる声にゴードスの目つきが変わる。
先程の優しい顔は消え、鋭い目つきへと変わる。
「すまんの、話の続きは今度じゃ、お前さんも持ち場に付けぃ。」
「は、はい!」
ウィルは後方支援隊の集まる場所へ向かおうと振り向く。
「ウィル。」
ゴードスがウィルに言った。
「死ぬな。」
「…はい!」
ウィルは振り向き、ゴードスに言った。
そして再び集合場所へと走り出した。
そこでウィルはすれ違った。
森から出てきて、激しい憎悪の感情をむき出しにする“彼”に。
「…!」(この人が…?)
ウィルは急いでいた為、ただすれ違っただけだったが、走りながら、反対側を歩いて行くグロストを見ながら走った。
(とても…怖い目をしている…でも何で…)
ウィルは見ただけですぐに感じた。
この人は危険だと。
しかし
(何であの背中はこんなにも重く感じるんだろう…)
ウィルの見たグロストの背中はとても重く見えた。
とても重いものを背負っているように見えたその背中を見てウィルは思った。
「…なんとか…出来ないかな…」
ウィルは思った。グロストの背に背負っている何か。そして完全に閉ざされた光の扉、むき出しになった闇の扉から溢れる負の感情。
これらを取ることは出来ないのかを。
ウィルはこれ以上犠牲者が出ないように、まずは”中から変えていくこと”をしなくては。
10歳の幼い心が今、何かを変えようとした。
その決意がやがて、平和軍を希望の軍へと導くことをまだこの時は誰も知らなかった。
Episode8 END
~怠惰~
うーん…甘すぎたか俺。
全然変わらないじゃねーか…
それになんだこいつは…
成人にもなってねー若造に何が出来るってんだ
早く終わってくれ