Episode 7 深き闇、絶望に沈みし4年間
~怠惰~
…
んあ…眠っていたのか……
世界はどうなっているか……
あん?
あんだよこれ
全然進んでないじゃねーか
ったく…懲りねぇな…この世界の奴らも…しつこいったらありゃしねぇ…
もうこの時代で終わりなのによ
~語り手と語り手の竜~
ワシも色々あっての…じゃが、ワシが何故そのような行いをしたのか
その答えは、この古文書を読んでいけばきっと分かるじゃろうて。
あいつめ、グロストのことだけでなく、ワシのことまでたくさん書いておるからな。
あいつって誰かって?
この古文書を書いた人だよ。
さ、その話もまた後にね。ありがとうわざわざ来てもらって。大変だった?
いいや、構わんよ
まだまだ、ワシも現役じゃ!
の、割には来るの遅かったけど?
無理しちゃだめだよ、もうおじいちゃんなんだから。
むー…冷たいのう。
年寄りに冷たくする罰としてワシも今からお前さんの語りをここで聞かせてもらおうかの
なんか監査役みたいで怖いなー
まぁ良いけどね。
さ、次のページをめくろう。
Episode7 深き闇、絶望に沈みし4年間
グロストが平和軍にゴードスの計らいにより入隊したその日は、黒い雲のかかった天気だった。
ゴロゴロと雲の上から音がする。
雨の気配を感じる。
「グロストー」
グロストが入隊したことを兵士たちに知らせたあと、グロストはすぐに姿を消した。
どうやらグロストは、平和軍の駐屯地…壁のそばにある平和軍の居るその場所。
その本部のすぐ裏…にある小さな森に彼は居座っているようだ。
「全く…何処に居るんじゃあやつは…」
軍を管理するドラゴンのゴードスは、グロストを探していた。
「急げ急げ!」
「破壊軍が傍まで来ているのだ!急がんか!!」
「うるせぇ!」
軍の治安は悪かった。
ゴードスが軍を管理するようになってから、マシにはなったものの、トラブルは日常茶飯事だ。
皆が死と隣り合わせなのだ。無理もないと言えばそれまでだが、まるで協調性も団結力も無い。
軍を後方から支援したり、治癒を目当てとする後方支援隊は比較的団結力があるが、前衛が全くグダグダなので、けが人もより多く出てしまう。
ゴードスは1人でも軍の兵士たちを持ち場に誘導させていた。
だがグロストが何処に居るのかが分からない。
主戦力が見つからないのであれば話にならない。
と、その時、本部の裏手の小さな森からバチッと雷の音が聞こえた。
「あそこか…何でまたあんなとこにおるんじゃ全く…」
ゴードスは呆れながら小さな森に入って、グロストを発見した。
「グロスト、仕事じゃ……どうした?」
ゴードスはグロストを見て少々驚きの顔を見せた。
グロストは蹲っていた。
小さな雷がグロストの身体から溢れていて、グロスト自身の顔色は真っ青だった。
荒い呼吸にゴードスはただごとじゃないと思った。
「グロスト、これはどうしたことじゃ…!?」
「……なんでも…ない…気にするな…」
グロストはこう言うが、なんでもないわけがない。身体一杯に汗が流れ、今にも苦しそうだ。
「なんでもないわけがないじゃろう…お前さんの力が関係しているのじゃろう?」
「グッ……貴様には関係ない……去れ……」
「そういうわけにはいかん、破壊軍が攻めてきたのじゃ。」
「破壊軍が…!?」
グロストは蹲った身体だったが、ゆっくりと体勢を戻す。
「そうじゃ、奴らは日々進化しておる、ワシは海から攻めてきた破壊軍の相手をする。じゃからお前さんは壁の向こうを任せたい。」
「…良いのか…?貴様が居なくては誰も俺を止めることは出来ない。」
グロストは苦しみながらも戦いたくてうずうずしているようだ。
破壊軍のことを考えただけでもはらわたが煮えくり返る。
今すぐ殺したい。この手で。
グロストの憎しみの気持ちが溢れる。
「案ずるな、ワシはすぐに戻る。」
「フン、やれるものならやってみろ」
グロストは大分身体が楽になったのか、立ち上がり、壁に向かって歩き始めた。
「…」
ゴードスはグロストの中に眠る力の事を考えた。
(グロストの力…あの力…白い雷と黒い雷…そして本来の竜人の魔法蓄積量を大きく超えた蓄積量…あやつの能力は未知数な所があまりにも多すぎる…)
世界の生物には、魔力を蓄積できる量が決まっている。
その生物の中でも、竜人はとにかく蓄積量が非常に弱いのだ。
本来飛行の為にある翼も、魔力の蓄積量が弱い為、普通の竜人は空を飛べないのだ。
だがグロストは何らかの作用が働いて、平然と空を飛ぶことが出来る。
グロストに眠る計り知れない力。
「…今は戦いの時じゃ。」
ゴードスは一端考えるをやめることにし、海岸に向かった。
海を渡れるように進化した破壊軍兵士を蹴散らすために。
そしてグロストは地上から攻め、壁に集まってくる破壊軍兵士を迎え撃つ為、壁の上へと飛行した。
10mあった高い壁は更に大きく加工されていて、倍の高さ、20mになっていた。しかし破壊軍は壁を飛んでくる。
しかし、その中には誰も入れはしない。
今壁の上に立つのは、平和軍最強のドラゴン、ゴードスと張って戦える竜人グロストが居るからだ。
「…」
高い所だ。風が強く吹き付ける。すっかり伸びきった長くて赤い髪がバサバサと靡く。
何十年も鍛え続けた猛々しい黄色く固い腕や足、殺意溢れる鋭い瞳。
後ろに待機している他の兵士から見ても、何と大きな壁だろう。
その姿はどんなに高い壁よりも強固なものに見えた。
「破壊軍…たくさん居るぞ…ハハハ…!」
笑いが込み上げる。
その直後、真下から壁を越えようとする破壊軍兵士。
翼も無いのに飛んでくる破壊軍兵士。全身が鎧に包まれ、肉体が存在せず、魂だけが動く世界の生物論から外れた生物…いや、こいつらは生物などでは無い。
眼前に現れた破壊軍兵士はグロストの拳一撃で吹き飛んだ。
そして手を前に差出し、雷を溜めて…
「フキトベ…!」
周りの兵士はこの瞬間、ゾクッとした。
素人でも分かるぐらいの膨大な魔力が一瞬にして膨れ上がり、瞬く間に手から放たれた雷が破壊軍兵士の鎧を魂ごと消し去った。
「す、すげぇ…!」
「バケモンかよ……」
後方の兵士たちも破壊軍を必死に追い返すために武器を振るう。
大砲や弓矢を駆使して、壁の上から破壊軍を撃つ。
「オオオオオオオオオオオ!!!」
グロストの咆哮が響く、身体に雷を纏い、壁から飛び降りた。
「なっ!?壁から降りたぞあいつ!?」
「正気か!?」
兵士たちはグロストの予想外の行動に驚く。
グロストは地に降り立ち、壁前にはびこる闇のエネルギーを身体に纏わせた。
「アア…!…ユ快…ダ!!」
グロストの身体から真っ黒な雷が周囲に放たれる。
それは壁こそは壊れないものの、壁上までを覆い尽くした。
「があああああああ!?」
「ぎゃっ!?」
壁上に居た兵士ごと巻き添えだ。兵士たちまで命を奪われていくが、この場の破壊軍はあっという間に戦力の8割以上を失った。
残りの破壊軍兵士をその拳で徹底的に潰していく。
「兵シなド…なカまなど…いラん!!足手まトいなど…イッショニ死んでしマエ…!」
その暴君なるグロストの味方を巻き添えにした闇の雷はまるで踊るように周囲に蔓延る。
生き残った兵士たちはもはやグロストに対しては、いつか自分も巻き添えを食らって死んでしまう…という恐怖しか残っていなかった…
一方ゴードスは海岸の破壊軍を殲滅寸前まで追い込んでいた。
「将軍、もう一息です…!頑張ってください…!」
「あぁ…すまんの…」
ゴードスに顔に流れるものがあった。
それは“涙”だ。
「将軍…あなたはこの生物の理から外れた生き物でさえも、尊いと言うのですか…?」
「こうは考えたことは無いか…?」
ゴードスの魔法の火は水に代わり、激流となり兵士を水圧で押しつぶした。
「もしこの破壊軍が…“何者かの手によって魂を抜き取られ…ぬけがらの鎧を着せられ…なおかつ、今もなお、肉体と精神がまだ残っている…”としたら…お前さんはそれでも尊くないというか…?」
「……それはあまりに都合が良すぎます、仮説の話です。我々は平和軍、平和を脅かす破壊軍は倒さねばならないのです…お分かりでしょう?」
「…分かっとる…それが偽りでなかったとしても…ワシは悔しいのじゃ、このような無益な争いがいつまでも続いていることがの…」
ゴードスは破壊軍が何者なのかを前から考えていた。
その仮説が正しいとするならゴードスたち平和軍のしていることは本当に愚かなことだ。
しかし彼は戦い続けると決めたのだ。
“あの日”から。
生き物の命など、尊くもない。
そんな考えを持っていたかつての自分を戒めて彼は戦い続けるのだ。
その戒めを彼は語ろうとはしない。
自分の胸の内にだけ、秘めておこうとしている。
どんな生物も誰かを蹴落として生きてゆく。
誰かを蹴落として、生きていく。
誰かを犠牲にして、生物は生きていく。
弱者と強者が居て
そして弱者は強者の指示に従うしか術が無いのだ。
だが、弱者は一度反乱を起こすと、強者よりもずっともっと強くなる。
そしてその弱者は2通りの生き方をする。
蹴落とした強者をあざ笑い、そして自分のあるがままを行う者
蹴落とした強者の分までも背負い、生きる者
ゴードスはその中間に居た。
蹴落とした強者を背負っているが、残された弱者の意志を尊重しない。
いいや、したくても出来ないこともある。彼はそれを背負って戦っているのだ。
「ゴードス将軍、お疲れ様でした。」
「ん…おお…すまんの…」
部下たちから食料を分けてもらうゴードス。
「いいえ、将軍が一番活躍なさっているのですから。」
「活躍…か……」
「将軍、これは戦いなのです…残念ではありますが……」
「分かっておるよ…分かっておる……」
戦いが終わり、本部に帰ってきたゴードス。
グロストは既に戦いを終えて裏の森に潜んだようだ。
「将軍、確かにあなたが軍の頂点に就いてから…グロストを雇ったことに関しても、よく思わない人も居ます。ですが…前の司令官よりはずっと良い…私は少なくともそう思っております。」
兵士はゴードスの方針を認めている。
しかし全員がそうと言うわけでは無い。
ゴードスの方針のように、全員が協調性を持ち、行動し、そして治安の安全を図るやり方を好まない者も少なからずいるのだ。
ただ戦いたいだけ。
そう、破壊軍に特別深い憎しみを抱いている者たちだ。
グロストも例外では無い、破壊軍に肉親を殺された者
破壊軍に酷く傷つけられた者
破壊軍に
全てを奪われた者
「次の戦いまで時間があるでしょう、少しお休みください。」
「……あぁ。」
「ワシは…これで良かったのかのう…リリア…」
リリア。
ゴードスが言うその名は…
その名を言うだけでゴードスの心は悲しみに閉ざされようとしてしまう。
グロストが入隊前に最後に会ったあの日から入隊までの約12年間…
その間に何が起こったのか。
グロストは知らない。
何故ゴードスが変わったのか。
それはまだ語ることは無い。
ゴードス自身が口を堅く閉ざしている限りは…
それから何年もこのような戦いが続いた。
ずっとずっと、同じように戦い、その度に少しずつ破壊軍は強くなってきている。
グロストも破壊軍の灰で闇の力がどんどん増していき、次第に顔つきも徐々にキツクなっていき、段々と暴君っぷりを増していった。
「あっ」
「げっ」
皆が嫌そうな声をあげてグロストの前から離れていく。
「それでさ…」
「グロストの奴また……」
「どけ」
「わっ!?」
「ぎゃっ!」
道を塞ぐ者は皆突き飛ばして歩いた。
「俺の邪魔をするな」
「は、はひ…」
グロストは破壊軍侵攻を妨げているだけなのに、怪我人や死人が出る。
戦いになればグロストの雷撃が味方を巻き込んでいく。
ゴードスも胸を傷めている。
グロストに変わってもらうための決断だったが、グロストの感情は余計に悪い方向に進んでいっていた。
「ぐあああああああっ!!」
「ぎゃあああっ!!!?」
今日も犠牲者が出る。
破壊軍にやられた犠牲者では無い。
グロストだ。
今や破壊軍の手による怪我人よりもグロストの攻撃に巻き込まれた怪我人の方が何倍も多いのだ。
死亡者ももちろん多く出ている
「キエロ…!」
グロストが降り立つ壁の向こうには、破壊軍の黒い灰がある。
それがグロストの身体を闇で覆っているのだ。
完全にバランスを崩したグロストの力は意図しても、しなくても確実に味方を巻き込んでしまう。
それに脅えて他の平和軍たちは戦意を喪失しかけていた。
何年これが続くのか。
何故味方に脅えなければならないのか。
その怒りの火はゴードスにも飛んだ。
グロストが入隊して4年目…グロストが81歳の時だ。
「将軍…もう限界です…!グロストをただちに解雇してください。」
「……」
ゴードスには何も言えなかった。
確かにグロストが入隊して時間が経った。
それでも“変わらない”ではなく“酷くなっている”
というのは考えを改めなければならないとはゴードスも思っていた。
しかしゴードスが出した返事は…
「駄目じゃ」
「~!なら辞めてやるよこんな軍!味方に殺される軍隊なんてお断りだ!!」
「…」
軍隊で味方に殺されるのはそう珍しいことではない。
むしろ戦争で死すのは、戦って死ぬ者よりも、狂った味方に殺されたり、餓死や病死が多いのだ。
幸い魔法の技術がそれなりにあるこの世界で、病死はまずそこまで居ない。食料もなんとか賄えている。
つまり味方に殺される。これが最も多い。
上司が突っ込んで死ねと言えば特攻して死ななければならない。
現実的に言うならば、兵士の言うことは甘えでしかないのだ。
しかしその甘さをゴードスは完全に捨てることが出来ない。
駄目とは口で言うが、心は非情に痛みを感じているようだ。
「今のワシにグロストの耳に届く言葉はかけられん…何が司令官じゃ…何も出来ておらんではないか。」
ゴードスの心も段々と脆くなっていった。
グロストにとっては激闘と破壊軍を倒す喜びと至福の4年間だっただろう。
しかしこの4年間で彼は更に深い闇へと堕ちてしまったようだ。
しかしその翌年、グロスト82歳のある日…
彼の心とゴードスの心を動かす人物がこの平和軍に入ってこようとは、まだ知る由も無かった…
Episode7 END