Episode 6 暴君の兵士
~語り手~
グロストがこの時何故力を少しだけ制御出来るようになったか。
君は分かるかい?
・・・そうだね、正解だよ。
でもこの時まだ彼は知らない。
しかしそれをこれから知る事になるんだ。
さ、次はグロストがいよいよ平和軍の入隊試験に挑戦だ。
破壊軍を殲滅するために壊さなくてはいけない壁。
彼にとっては楽勝かもしれないけど…
あれだとコミュニケーションに苦労しそうだよね。
それに当時の彼は小動物が殺されたあの時からさらに憎しみや悲しみを強く抱いてしまっている。
彼から聞いたんだけどね、この時のグロストは本当に暴君そのものだった…って言ってたね。
彼もそんな時があったらしいんだけどね。
うん、また彼が元気な時に語ってもらうことにするよ。
さ、次のページをめくろう。
Episode 6 暴君の兵士
平和軍は定期的に募集をしている。
勇士を募り、そして覚悟と決意を固めて黒い灰で覆われた焼け跡を駆け抜け、命を賭けて戦う。
ある兵士は復讐の為に
ある兵士は自分の為に
ある兵士は希望の為に
ある兵士は世界の為に
ある兵士は愛の為に
「希望者はこれだけか?それではこれより、平和軍、入隊試験を始める。」
本日もまた、様々な思いを乗せた兵士が集い、平和軍入隊試験が始まった。
ただ勇士を戦争に出すわけにはいかない。
それ相応の強さを持ち、そして死を受け入れ、ここで散ることも覚悟せねばならない。
それだけの覚悟と技量を持つ者でないと、居ても足手まといなだけなのだ。
今日の志願者は10名。
人間も居ればドラゴンも居る。
そしてグロストもそこに居た。
彼は10人目…つまり最後だった。
「まずは君たちの強さを示してもらうために、我が軍の兵士と手合わせをしてもらう。」
試験官の兵士は人間だ。立派な鉄の鎧を着ている。
手合わせの相手は戦闘に特化した動きやすいかつ、耐久力もある鎧を着ている人間、獣人、竜人、ドラゴンの兵士たち4人だ。
「人間には人間の兵士を。同じ種族の兵士と戦ってもらう。もちろんこれは手合わせだ。殺してはならない。でははじめてもらおう。まずは君からだ。」
種族バラバラの志願者たちが右端から並んでいる順番に呼ばれ、一人ずつ手合わせを始めた。
「良い、次だ。」
「お願いします。」
大体の志願者は不合格だ。
相手をしている兵士はまだ入ってそこまで時間が経っていない。
つまり新人レベルなのだ。
まだ未熟な兵士に負けてしまうようでは話にならない。
せめて対等、またはそれ以上の力はどうしても必要なのだ。
「次。」
「次。」
剣の使い手も居れば、魔法の使い手も居る。
そして早くも9名の試験が終了した。
「片付けろ。」
「は。」
9人目は刺し違えて力尽きたのだ。
試験官ももちろん刺し違えたのだ。
試験官である兵士も力尽きたのだ。
すると代わりの兵士をすぐに立たせる。
死んだ兵士と志願者はゴミのように処分される。
このようなことはわりとよくあることであり、それを哀れみすら持たないのだった。
これだけで分かったと思うが、今の平和軍は、破壊軍とそこまで変わらないのだ。
弱い者は切り捨てられ見捨てられる。
兵士同士のトラブルも尽きない。
殺し合いになることもあれば、自殺する者も居る。
協調性もまるで無く、破壊軍に無駄に殺されてしまうばかりであった。
人々は皆不安と恐怖に戦っている
精神がやられてしまうのだ。
嫌だ、帰りたい、死にたくない。
この感情が八つ当たりや不信感等、負の感情へと変わってしまうのだ。
それが今の平和軍の現状だ。
「最後、お前だ。」
最後はグロストだ。
グロストの相手をする竜人の兵士が立つ。
「でかいな…貴様、名は?」
「…グロスト…」
兵士よりもグロストの方が大きい。
グロストの眼は酷くやつれていて、隈も出来ている。
しかし鋭い眼だ、威圧感がすさまじい。
「グロストか、よかろう。では行くぞ。」
試験官の兵士は剣を構えた。
「…すぐに終わる。」
グロストは手を前に出す。
「なんだと?」
チリッ
火花が散るような音がした。
その瞬間、周りがざわっとした。
誰もが感じた漂う恐ろしい力を本能的に感じ取ったのだ。
兵士は剣に魔法をかけた。防御魔法だ。
「魔法を使うか…!だが何だ…っこの力は…?」
「……終わりだ。」
グロストの眼が一瞬だけ赤く染まる。
その瞬間白い雷と黒い雷が交差するように試験官を襲う・
「ぐあああああああああああああああああああああっ!!!?」
試験官の身体を雷が包み込む。
「ががががっ!あががががががが!!」
雷に覆われ、あっという間に黒焦げだ。
肉体を焼き切って、魂まで雷で焼き尽くしてしまった。
即死だ。
周りは悲鳴を上げる、ざわざわと騒ぎ始める兵士や残った8人の志願者たち。
「…まだ足りないか?」
グロストは雷を腕に流しながら言う。
「そこまでじゃ。」
「…貴様は…」
現れたのは赤いドラゴン。
グロストもよく知っている。
そう、ゴードスだ。
前に会った時とは少し雰囲気が違う。
首に何かを巻いていて、その中心に青いブローチ。
そして一番変わったのは目の色だった。
左目が青色の眼になっていたのだ。
触れなかったが、ゴードスの眼は赤い目をしていた。オッドアイではなかったはずだ。
だがゴードスの雰囲気は前とは明らかに違った。
「久しぶりじゃの、雷の竜。」
「何の用だ。」
グロストは忘れていなかった。
こいつに敗北したことを。
「そう構えるな。ワシは昔のように追い返したりはせんよ。お前さんを平和軍に入隊させようとして来てやったのじゃぞ?」
「ゴ、ゴードス将軍、しかしこいつは兵士を…」
「こやつの合否はワシが決めよう。それで良かろう?」
ゴードスは試験官の兵士に言う。
「…はっ…」
試験官は反抗することなく承諾した。
「さて、試験は終わりじゃ。不合格の者は去るのじゃ。グロストはこっちへ来い。」
ゴードスはグロストを導いだ。
「…俺は合格なのか?」
「それはワシと話をしてから決める。ほれ、はよ来んかい。」
ゴードスはグロストを手招く。
グロストはゴードスに導かれ、ある部屋へと連れて行かれた。
「…ここは…?」
「総司令官室じゃ。軍を管轄する者の部屋でな。」
「指揮官…?お前は将軍であったではないか?」
グロストは疑問を抱いた。
「将軍じゃ。じゃがの、総司令官は死んだ。今この軍はワシが管轄していると言っても過言では無い。ワシが立ち直らせようとしているところじゃ。」
「…何があった?念のために聞いておこう。」
グロストは珍しく話を聞こうとしている。
ゴードスに前のような険しさなどは何も感じないからだ。
グロストも平和軍を倒しに来たわけでは無いのだ。
「…今は黙っておいた方が良いじゃろうて。ともかく、今はワシが平和軍の全権を握っておる。よってグロスト。お前さんをどうするかはワシ次第ということじゃ。」
一応示しは着いた。
何故試験官がゴードスに一切の反抗をしなかったのかを。
彼が全権を握っているからだ。
もし何かしたら解雇されるに違いないと言う見えざる圧力がこれを生み出したのだ。
「ワシもこの数十年で色々あってな、この平和軍を立て直そうとしておるところじゃ、見たじゃろう。仲間を何も感じずに死んだからと処分する様を。あのような血も涙も無いことは破壊軍の行動と何も変わらんのじゃワシも最初はそうじゃった。じゃがこの数十年でこんな簡単なことに今更気が付いたのじゃ。じゃからワシは変える、真の意味での平和軍を作るのじゃ。」
「……くだらん。」
グロストは、吐き捨てるように言う。
「なんじゃと?」
「くだらんと言ったのだ。」
グロストはゴードスを睨む。
「仲間だと?真の意味での平和軍だと?俺にとってはどうでも良い。」
グロストはゴードスを指さす。
「俺は破壊軍と戦って、殲滅させるためにここに来た…馴れ合い、友情ごっこをするために来たのではない!!」
グロストの感情が高ぶり雷が一瞬散る。
「…お前さんならそう言うと思った。ならばお前さんをこの平和軍に入れるわけにはいかん。早々に立ち去れ。」
ゴードスの眼が変わった。
あの時と同じ鋭い目だ。
「面白い。やるのか?俺はあの時とは違うぞ。」
グロストは力を溜めている。
微弱な揺れが部屋を揺らす。
「ではこうしよう、今からワシと手合わせをせい。お主が勝てばこの軍で動くが良い。じゃが負けたら二度とここに姿を見せるな。これで手を打ってやるけんの。」
ゴードスは翼を羽ばたかせた。
「フン、良いだろう。」
グロストは力を限界の4割近くまで高めた。
お互いが羽を羽ばたかせ天井を突き破った。
「ふっ!」
グロストがまず先手を打った。
手をかざし、雷がゴードスに伸びる。
「威力は増しているようじゃな…!」
ゴードスは手で弾き飛ばそうとするが、かすってしまった。
弾き飛ばせたものが完全に飛ばせなくなっていた。グロストの力は増している。
「お、おいあれ!」
「将軍が…入隊志願者と戦って居る…!?」
この戦いは他の一般平和軍兵士たちにも見られる、想像のつかない戦いへと発展した。
空中で繰り広げられる戦い。
グロストの放たれる雷が辺りに拡散される。
ゴードスの繰り出す炎魔法も火の粉となり、周囲に拡散される。
辺りの建物にも燃え移る可能性がある。
ゴードスは周りを見て焦りを見せた。
「いかん、このままでは無関係の兵士を巻き込んでしまう。」
ゴードスは今の本部から離れるため、北東へと移動しながらグロストを誘導する。
「周りを気遣っている場合か?お前からは昔のような激しさを感じない…」
グロストはゴードスの意図を読んだ。
2人は本部から少し離れた場所まで移動しながら戦った。
お互いに遠距離攻撃をしかける。
雷と炎が交わり爆発を起こした。
「む、爆風が…」
爆風による煙でお互いの姿を確認出来なくなった。
視界を妨げられ、ゴードスは辺りに防御魔法をかけ、身を守った。
「オオオオ!」
「なんじゃと!?」
ゴードスの目の前の煙からグロストが突っ込んできたのだ。
防御魔法に拳を叩き込み、雷で粉砕した。
「まさかワシの居る場所を予測したと言うのか…?」
防御魔法が消える時の衝撃で後退するゴードスに次々と雷を纏った拳を叩き込むグロスト。
ゴードスは焦りながらも。それを受け止め、受け流した。
「貴様の気配を感じた…前ほどの闇を感じないが…僅かでも残っていれば、見つけることなど容易い!」
「闇の気配…!お前さんの持つその力と関係がありそうじゃな…!」
ゴードスは叩き込まれた拳を受け流しさらに上へ飛翔した。
ゴードスの体内から灼熱の炎が溢れ出し、右目の赤い目が強い光を放った。
「お前さんに何があったかは知らん。じゃがの、お前さんの考えて居ることは破壊軍と何も変わらん!それが分からんか!」
直径5mぐらいの大きさの灼熱の小さい太陽のような火球がグロストに向かって放たれる。
まともに食らうと火傷だけでは済まないだろう。
グロストも制御出来る範囲ギリギリの力を手に集めた。
黒い雷がグロストの両手から放たれた。
グロストの雷とゴードスの炎がぶつかり合う。
二つの力の波動が遠くの本部にも地響きとして伝わった。
「俺は破壊軍を殲滅出来るのならば悪でも構わない…それが俺があの日決めた…覚悟だ…!」
「…哀れな…分からずやじゃの。ならばその覚悟、ワシを倒して証明してみせい!」
ゴードスの眼から何かが零れた。
その瞬間、今度はゴードスの青い左目が青い輝きを放った。
「何…!」
ゴードスの炎が一瞬で水へと変化したのだ。雷は水を通す。
水は雷を吸収し、その力はグロストへと跳ね返った。
「…!」
グロストの目が変わった。
自身の命の危険に力が過剰な反応を見せた。
真っ赤に染まった眼光。力の暴走だ。
「オオオオ!!」
グロストの咆哮で眼前に真っ黒な魔法結界が出現。
水と雷の弾を何処かの空間へと吸収した。
そしてグロストは本来制御出来る力を超えた雷の弾を放とうとする。
だが、既に遅い。
既にゴードスは動いていた。
グロストの背後に周り、背中に大きな尻尾を叩きつけ、グロストは地へ不時着した。
「ガッ…!」
体制を立て直す前にゴードスはグロストの頭を地へ叩きつけた。
必死にもがき、抜け出そうとするが、ゴードスの力の前にグロストは何も出来なかった。
力も終息し、目の色も元に戻り、自我も帰ってきたようだ。
「クッ…」
「全く…恐ろしい奴じゃ…お前さんは。」
グロストは、しばらくして抵抗をやめた。
「…」
「どうした?抵抗せんのか?」
「…無駄だ、一度制御外の力を出してしまうと動けんのだ…」
グロストは平静に言うが、顔を見ればゴードスにも分かった。
多量の汗、帯電した雷を外へ排出する現象が起こっていることを見て、ゴードスは手を離した。
ゆっくりと起き上がり、座り込んだグロスト。
「…俺の敗北だ。大人しく出ていく。」
「……いや、待つのじゃ。」
グロストは無理に立とうとするが、ゴードスはグロストを座らせた。
「お前さんは何故破壊軍にそれほどの復讐心を持つ?」
ゴードスはグロストに問いかけた。
「…破壊軍に肉親を殺された…それだけだ…」
グロストは肉親をを失ったことをゴードスに言う。
「そうか…ではお前さんの考え方をお前さんの肉親は喜ぶか?」
「…」
「考えを改める必要がある。復讐などは何も生み出さんのじゃ…そして再び手にしたものを失う。やがては己の命までもを失うぞ。」
ゴードスの言うことはもっともだ。
だがグロストは…
「俺には復讐しかない。それしか残っていない。」
「……ならば…ここで変われ。お前さんは変わらねばならん。」
「…それは俺を平和軍に入れると言うことか?」
「そういうことじゃ。」
ゴードスはグロストを平和軍に入れることを決めた。
「…本当に良いのか…?俺は馴れ合いなどするつもりは無い…戦っている時にたとえ味方が居ようが巻き込むぞ。それでも俺を招くと言うのか…?」
「…酷なことじゃが、仕方あるまい。」
ゴードスは険しい顔をするが、承諾した。
「じゃが勘違いをするな。ワシはお前さんの今の考えは否定する。今のままではワシも他の兵士もお前さんを助けんぞ。」
「好きにしろ、俺は一人で戦う。軍の件は承諾した…好きに使え。」
グロストは今、平和軍の入隊を果たした。半ばゴードスの斡旋あってのことだが…
(ついに…ついに破壊軍と戦える時が来た…待っていろ…かならず貴様らの魂を全て燃やしつくしてやる…!)
(こやつは変わらねばならん…少々強引じゃが……じゃがこやつが変われば…我々は……この戦いに勝てる…かもしれん。)
ゴードスはグロストの中に秘めたる希望を信じた。
「皆、本日より平和軍の兵士として戦うグロストじゃ。」
「……」
「ホレ、挨拶ぐらいせんか。」
「フン。」
平和軍の兵士たちが集まる会合でグロストが紹介された。
兵士たちはさっきまでゴードスと戦っていたことを知っている。
人によっては昔、ここに訪れ、兵士を殺したことを知っている者も居るだろう。
「そいつ、大丈夫なんですか」
「俺たちも殺す気じゃないだろうな」
「将軍、こんな危険な奴を野放しになんて。」
兵士たちは反対の声が過半数以上だった。
「騒ぐな。」
ゴードスの一言で静寂になる。
「こやつはワシと同じく、破壊軍とまともにやりあえる力を秘めておる。少々荒っぽい暴君じゃが…軍の貴重な戦力じゃ。」
「…俺の足を引っ張るようなマネをしてみろ、その場で殺してやる。」
「黙らんか」
「っ…」
げんこつを一発グロストに食らわせるゴードス。
兵士たちはざわざわとしている。
殺すだって?
俺たち味方なのに
様々な声が飛び交う。
「すまんの、決定事項じゃ。」
ゴードスは辛そうだが、兵士たちの要求を呑もうとはしなかった。
さっそくグロストの悪名は兵士全体に渡った。
グロストが通るだけで人は恐れた。
グロストは元々なれ合うつもりが無かったので、軍の施設で身体を休めることもせず、本部裏にある小さな森に姿を潜ませた。
その中で時々雷が弾け飛ぶ。恐らく修行をしているのだろう。
平和軍は現在荒れ模様だ。
ゴードスが全権を握ってから、ゴードスの斡旋により少々治安が良くなっては来ているが、まだまだだ。
ゴードス自身も、入隊して…ただの将軍だったころと比べるとやけに落ち着いている。
あの鋭い目は消え、使えるようになっていた水魔法。
ゴードスもこの数十年で何か大きな出来事があったのだろう。
今、軍の全権を握っていることに通ずるものがある。
兵士たちもそれをしっているからゴードスに従うのだ。
ゴードスに秘められた数十年の出来事…
そしてグロストの力の制御の秘密…
グロストの存在は果たしてこの平和軍の希望になるか
それとも絶望になるか
それはまだ誰にも分からないし、希望を信じているのはゴードスただ1人だった…
Episode 6 END
~語り手の竜~
…というわけでグロストは平和軍入隊を果たしたわけだね。
え?
何で招いたのか分からない?うーん…あっ。やっほー。今日は調子どう?
そう、良かった。
じゃ、ここからは彼に語ってもらおうか。彼の事は彼が良く知っているよ。
“随分と昔の事”に興味があるのじゃな…ウム、感心、感心。
では話そうかの。
ワシもな、あの時は迷ったのじゃ。
じゃがあの時のグロストは…この時から数十年前までのワシを見ているようで嫌じゃった
そして、救ってやりたいと思ったんじゃよ。
良いか?復讐に支配された者に待つ結末は…すべてを失った男の末路なのじゃ。
ワシもグロストのことを悪く言う資格は無かったのじゃよ、本当はな。
何故ワシが全権を背負ったか…じゃがな…
“ワシが殺したんじゃよ。総司令官をな。”