Slime × The × Paradhin
読み切り 第2弾です!
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
時刻は朝
その少女、《リリナ・トルケイル》は心地よい伸びと共に眠りから覚めた。睡眠時間はゆうに八時間を確保でき、体調は万全である。それだけ体調に気を配った理由は一つ、今日この日が彼女にとって重要な日だからだ。
(これを目指すのは無茶だって、不純な理由だって言われたし、否定しない。
けどやっぱり諦めたくないし、今は無茶でもない。だって今の私にはこの身体があるから!!!)
そう心の中で宣言するとリリナは日頃から続けている朝の体操を始めた。身体に力を入れると、リリナの身体は水色に変色して行った━━━━━━━━
***
「どうして!? どうしてソフィアを連れて行くの!!?
その子は私の初めてできた友達なんだよ!!!」
「どうしてもこうしてもあるものか!
この御方は王国の第二王女、ソフィア・ペンドルト=グリムハーツ様に有らせられるぞ!!!
平民風情が身の程を弁えろ!!!」
「!!!」
時は10年前に遡る。
リリナには両親が居らず、物心ついた時から村の教会に預けられてそこで七年の時を過ごした。その間 実の親が居ないが故に教会で過ごす人々という《家族》はできても心を通わせる《友達》はできなかった。
そんな中、教会から初めて遠出をしたリリナは一人の少女と出会う。二人は直ぐに打ち解け、数時間もしない内に友人と呼べる関係となった。
しかしその関係は直ぐに引き裂かれる事になる。リリナに立ちはだかる黒服の男の口から出た『自分に初めてできた友達は王女である』という事実によって。当時のリリナにも自分達 平民と王族との身分の差は分かっていた。
「ささ、ソフィア様。
早くお戻りになりましょう。御家族もとても心配されておりました。お父様も城を抜け出した事には目を瞑っておくと仰っていました。
これ以上の我儘は貴方様にとっても危険です。」
黒服の男はあくまでも王家に仕える者として穏便に事を運ぶためにソフィアを城へと送ろうとした。そこにリリナへの配慮は全くと言っていい程無い。そしてそれはリリナも同じだった。
ガシッ!
「!!? き、貴様!!」
リリナの身体は勝手に黒服の男にしがみついていた。当時の彼女の頭にあったのは漸くできた友達という繋がりを失いたくないという欲求だけだった。
「お願いだよ!!
ソフィアを連れていかないで!!! ソフィアは私の、私の初めての友達なんだよ!!!!」
「ええい 執拗いぞ貴様!!!
平民如きが自惚れも大概にしろ!!!!」
「!!」
黒服の男は痺れを切らし、しがみつくリリナに向かって平手を振り上げ、強引に振りほどこうとした。
しかし、リリナに向かって放たれようとした平手打ちはソフィアによって止められた。
「ソ、ソフィア様!? 何を━━━━━━」
「あなたこそ何をしているのです クロード。
その子は私の唯一人の友達です。手荒な真似は許しません。」
「し、しかしそれでは━━━」
「心配しなくともお城には戻ります。そしてお父様にも誠心誠意謝罪もします。ですから少し時間を下さい。」
「………………………
か、畏まりました。」
クロードはソフィアに逆らう事はせず、一歩後ろに下がってソフィアを見届ける事を選んだ。
「……………リリナ、私達は友達よね?」
「な、何言ってるの!! そんなの当たり前でしょ!!!」
「もちろん私も同じ気持ちよ。だけど私は王家の人間。あなたとは一緒になれない。」
「……………!!!!」
「だけど一つだけ方法があるわ。
リリナ、あなた 王宮聖騎士になって。そして私を守る盾になって。
そうすれば、私達は一緒に居られる。」
「!!!!? ソ、ソフィア様!!!!
なにを大それた事を!!!!」
王宮聖騎士は騎士の中でも最高位の職業であり、全世界でもその称号を持つ者は一桁程度しか居ない。無論誰もがそう易々となれるようなものでは無い。
それを知っているからこそクロードは青い顔をして二人の間に割って入ろうとしたが、それもソフィアに制止された。ソフィアの表情は至って真剣だった。
「リリナ、私はいつでも待ってる。だから絶対に いつか私の所に来て。そしたら私達はまた一緒になれる。」
「………………………!!!
うんっ!!!」
リリナの返答に安心したのかソフィアはそれ以上は何も言わず、クロードと共に彼女の前から去って行った。しかし二人は共に必ずまた会えるという確信があった。
ちなみに当時のクロードはリリナはすぐに王宮聖騎士など諦めるだろうと本気にはしなかった。そして同時に使用人として働く事を望むならその時は私情を挟まずに公平な方法で採用するかどうかを決めようと思っていた。
***
「おはようございます!!!」
「おうリリナ! やはり今日は早い朝だな!」
「おはようリリナちゃん。ちゃんとあなたの分の朝ごはん 作ってるわよ。」
「はい! ありがとうございます!!」
自室を出て階段を降りたリリナを初老の男性と若い女性が迎えた。
二人は教会で孤児の面倒を見ている神父とシスター《ルリ・レッドブラッド》だ。
「気合が入っているのは良いがあまりうるさくするんじゃないぞ? まだみんな寝ている時間なんだからな。」
「そうよ? だけど本当にお別れの挨拶 しなくていいの?あなたが今日で居なくなるって事 知らない子もいるのよ?」
「いえ、良いんです! 今の私には聖騎士になるっていう目標がありますから。それに家族の皆とも一生のお別れって訳じゃありませんよ。
夢を叶えたらちゃんと戻ってきます。」
ガシッ!! 「!」
ルリがリリナの両肩を掴んだ。
「……シ、シスター……!?」
「本当に約束してよ リリナ………!!
友達の為に人生をかけて頑張る その気持ちは否定しないわ。だけど命を投げ出すような真似はもう二度としないで。きっとお友達もそんな事望んでいないわ。
何よりあなたは、一度死んでるんだから………………!!!!」
「!!!」
ルリの言葉は間違ってはいない。
今のリリナは精神は人間だが肉体は人間ではないのだ。
***
『平民風情が立場弁えろってんだよ』
『あの人でもあるまいし女が聖騎士なんかになれる訳ないだろ』
『王女様とお近付きになりたいなんて不純な動機で騎士を目指すなどと、恥を知れ恥を』
これらは全て騎士を目指して研鑽を積んでいたリリナに浴びせられた罵詈雑言だ。
本来騎士とは一部の例外を除いて全て男性がなる物であり、女性の騎士の例は限りなく少ない。そしてその殆どは『国を守る』などといった真っ当な理由から騎士を目指しており、その理屈で言えば騎士を目指すリリナは傍から見れば『不純』や『異質』という指摘は的を得ていると言えた。
それでもリリナは折れる事無く ソフィアとの再開という目標を掲げて研鑽を積んだ。
教会の人達の協力を以て 手にできた血豆が破れるまで剣を振り続け、頭に血が上るまで集中して魔法の鍛錬を積んだ。
しかし鍛錬を始めて五年が経っても剣の腕も魔法の技量も発達しなかった。それ故に当時のリリナは目に見えて焦っていた。
そしてそれがあの悲劇を起こす事になる。
***
「…………ハァッ ハァッ ハァッ………………!!!
つ、着いた…………!! ここなら、ここの魔物相手ならきっと………………!!!」
一向に騎士になる為の能力が発展せず焦っていたリリナは暴挙に出る。それは教会を出てしばらく歩いた所にある魔物が出没する森で実戦経験を積むという物だ。
現在のリリナはこの行動を愚かな行為と恥じているが当時のリリナは焦りから視野が狭くなり、もう一度ソフィアに会うにはこれしか無いと思い込んでいた。
「ハッ!! ヤッ!!! ハァッ!!!」
聖騎士になるには遠く及ばずともリリナの剣の腕はからっきしという訳では無く、実際に鼠や蜥蜴の魔物程度なら一撃で倒せる程の技量は身に付いていた。
手の平の痛みも身体の疲労も意識から切り離して無心で剣を振り続けた。そして三時間が経った頃には彼女の足元は魔物の死骸で一杯になった。
「……………………………………!!!
や、やった………………………………!!!! こ、これならきっと、五年後にはきっと……………………!!!!」
リリナは全身の疲労から地面に座り込んで魔物の死骸達を眺めた。そして自分の強さを再確認し、これならいつか聖騎士にも届くと喝采した。
その時、背後に規格外の魔物が居る事に気付かなかった。
「!!!!!」
リリナがその魔物の存在に気付いたのは影が自分を包み込んだ時だ。反射的に振り向きはしたが体力的にも時間的にもその魔物に対処するには不十分過ぎた。
その魔物は紛うことなき《スライム》だった。リリナがそれに驚いたのはそのスライムの大きさ、そしてそのスライムがこの森に居ない筈の魔物だったからだ。
ガシッ! 「!!!!? し、しまった!!!!」
そのスライムの触手の速度は疲労困憊のリリナの反応速度を遥かに超え、彼女の足を掴んで目にも止まらぬ速さで自身の体内へと引きずり込んだ。
(〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
い、嫌!!! なんとか、なんとかして脱出しないと……………!!!!)
リリナはスライムの体内で藻掻いたがその抵抗も虚しくスライムの攻撃は始まった。
スライムの体内から消化液が分泌され、手に持っていた剣や足の輪郭が歪んでいく。本来 この森に生息するスライムの消化液はたとえ人体に当たっても当たり所が悪くない限りは軽い火傷程度の怪我にしかならない。しかし今リリナを襲っているスライムの消化液は酸すらも比べ物にならない程強力な力で彼女の身体を蹂躙していた。
(…………………………!!!!!
い、意識が 意識が消える…………………!!!!
こんなの、こんな終わり方 嫌だ……………………!!!!
わ、私は、私はもう一度 ソフィアに…………………!!!!)
それが彼女の人間としての最期の言葉になった。リリナの身体はスライムの体内で完全に消失した━━━━━━━━━━━
***
(……………………………………………………………………………………
?
あ、あれ……………………………??)
リリナの意識は再び覚醒に至った。
直後は天に召されたのだと思ったが再び視界に入ってきたのはさっきまで居た森の中だった。違っている点を挙げるとするなら自分が積み重ねた筈の魔物の死骸達が残らず消えていた事だ。しかし、そんな事が問題ではなくなる程の異常事態を彼女は知る事になる。
「!!!!? な、何これ!!!!!」
リリナは一瞬にして二つの異常事態を認識した。
一つは両手両足の感覚が無くなっている事。そしてもう一つは自分の肌が水色になっているという事だ。彼女の肉体はスライムになってしまっていた。
***
「…………はい。あれは今でも昨日の事みたいに思い出します。」
「笑い事ではないんだぞ リリナ!!
あの時私達がどれ程心配していたか!それにスライムの姿で戻ってきたお前を介抱するのにどれ程苦労したか分かっているのか!!」
「は、はい。 それはもちろん。」
リリナは詰め寄ってくるゴルドーに軽く萎縮した。それは自分の所為で協会の人達に多大なる迷惑をかけたと自分で分かっているからだ。
突然戻ってきたスライムが本当にリリナであるかを確かめる為に幾つもの質問を浴びせた事。
リリナの状態を確かめる為にゴルドーが必死に様々な文献を読み漁った事。そして再び人間の姿と心を取り戻させる為に気が遠くなるような努力を重ねた事 など、挙げ始めたらきりが無くなる。
なお、ゴルドーが読んだ文献にはリリナの状態は《スライム人間》と呼ばれる極めて稀な状態になっている事が分かった。
本来 スライムに捕食された人間はその時点で生を終えるが稀に身体の細胞がスライムの物に変わって生き延びる例が存在する。これの問題点は人間に戻る方法が不明であり、姿を人間に見せる為には人間を捕食するしかないという点(リリナの場合は教会の人達の爪や髪を食べ続ける事で強引に解決した)、そして人間では無くなってしまった絶望と強い欲求から無差別に人間を遅いかねなくなってしまうという点だ。幸いにもリリナの場合はソフィア、そして教会の人達が彼女の心を人間に繋ぎ止めた。
「……まぁ、皆には悪いけどこの身体も悪い事ばかりじゃありませんでしたよ。この身体のおかげでまた夢を目指す事が出来たんですから。」
「この身体のおかげって、お前なぁ……………」
リリナの言葉は嘘では無い。一年以上に及ぶ過酷なリハビリを経た彼女の肉体は急成長を遂げた。
筋繊維の変化によって剣を振れば木どころか岩を両断し、魔法も水属性を獲得してみるみる内に上達した。リリナの頭にははっきりと聖騎士としてソフィアと再会する自分の姿がはっきりと浮かんだ。
「…………いくら努力しているとはいえ私は気が進まんがな。今日の王都での試験には世界各国から志願者が集まる。スライムの身体で試験を受けるなどと 他の志願者達に申し訳が無いぞ。」
「まぁまぁ 神父様 そう言わずに。
リリナ、もう一度言うけど友達の為に頑張るのは素晴らしい事よ。だけど無茶だけはしないで。そしてあなたがスライムの身体である事は誰にも知られてはいけないわ。スライム人間を種族の一つとして認める運動は進んでいるけど宗教の中にはスライム人間を魔物と決めつけてる過激な物もある。バレたら誰に何をされるか分からない。
くれぐれも気を付けてね。」
「はい。 それはもちろん分かってます。」
ただでさえ『不純』と非難されるような理由で目指したのに、その上(勿論 努力を積んだ事を否定する気は無いが)スライムの身体という反則じみた状態で試験を受ける事に引け目を感じていない訳では無かった。だからこそリリナは試験の時は出来る限りスライムの力は使わないようにしようと心に決めた。そして同時にもう一度ソフィアと再会するという夢も捨てた訳では無い。
(そう。あれはただのきっかけでしかない。
私はスライムじゃない。人間として聖騎士になる!!!!)
***
歩いて一時間程した所に王都はある。そこを統治している王族はソフィアの家系とは別の家系だが王宮聖騎士になればどの王家の下に就くかは本人が選ぶ事が出来る。
入団試験の会場は王宮の側にある広場で年に一度行われている。17歳以上の男女(事実上 男性限定になっている)が対象になって剣の腕と魔法の技量を騎士団に示す。この試験の良い所は合格者に上限は無く一定以上の実力を示せば誰でも合格出来るという点だ。
会場には百人以上の人間が集まっていたがその中で女性はリリナだけだった。否が応でも目立ち、注目を集め 中には自分を悪く言う声も聞こえるがそんな事は問題にしなかった。今のリリナにあるのは騎士になる実力をこの場で示す事だけだ。
「鎮まれぇーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!」
『!!!』
上空から野太い女性の声が響き渡った。それが今日の騎士の入団試験の始まりを告げる合図だ。
「今日この日、民を守る盾となるべく集まった若き卵共よ!!!
我は今宵、この神聖なる騎士入団試験の監督を担う 《リオーネ・ヴァル=ルーベルム》である!!!!!」
赤褐色の髪を背中まで伸ばし 軍服に身を包んだ女が塔の上から試験生達を一喝した。
彼女は王宮聖騎士の一人である《リオーネ・ヴァル=ルーベルム》(29)。騎士の中で最上級の地位を持っているが自主的に王家の下で働く事も無ければ自分の騎士団も持たず、殆ど傭兵同然の状態となっている。
(…………あの人が王宮聖騎士の一人…………!!!
巷じゃあの人は《孤高》とか《一匹狼》なんて悪口じみた異名で呼ばれてるけど、私もあの人みたいな騎士に…………!!
その為にはここで全部 私の全部を出し切ってやる!!!)
「良いか!!!! 我々が貴様等に求める物は唯一つ!!!! 貴様等が騎士になり得る器であるか否か!!!
我こそはという者はその力量をこの場で示して見せろ!!!!!」
『オーーーーーーーッ!!!!!』
リオーネの高らかな激励の言葉に試験生達は手を挙げて高らかに応えた。
***
騎士の入団試験は《剣技試験》、《魔法試験》、そしてその二つを合わせた《実戦形式の試験》の三つで構成されている。
剣技試験は木刀を持って試験生同士が一対一で試合を行う。無論 勝利すれば試験には有利になるが勝ち方や剣さばきも加点に入り、負けたとしても防御や受け身の精度によって一定の評価は得られる。
そしてリリナもまた 木刀を持って一人の男性と相対していた。この試験の唯一の女性故か相手の男性は完全にリリナを甘く見ている。
「…………………」
(試験中の私語はヤバいって事になってるから何も言われないけど絶対 『女は帰れ』とか思われてるよね〜…………。)
唯一の女性として試験に望む以上 周囲から白い目で見られる事はリリナにとっては承知の上だ。それでも彼女がやる事はたった一つ、合格の為に(公平に)全力を出す事だ。
「それでは剣技試験、始め!!!!」
「おりゃアッ!!!!」 「!!!」
試験が始まるや否や男子試験生が剣を振り上げて突っ込んできた。リリナは攻撃の方向を予測して剣を傾け、試験生の攻撃を受ける。
(〜〜〜〜〜〜〜!! や、やっぱり重い……………!!
重い けど、これなら人間の力でもやれる!!!)
「やァッ!!!!」
ガキンッ!!!! 「!!!?」
リリナは剣を振り上げて試験生を剣ごと弾き飛ばした。そして体勢を崩して地面に倒れた試験生の喉元に木刀の鋒を突き付ける。
「……………………!!!!」
(や、やった 勝った……………!!)
「それまで!!! 勝者、リリナ・トルケイル!!!!」
その場に居た誰もが驚愕する中 リリナの入団試験は華々しい幕開けを迎えた。
***
その後もリリナは試験をそつ無くこなした。
剣技試験は全勝し、魔法試験も用意された的に自身の得意とする魔法を命中させるという物だったが、リリナはこれでも|スライムの力を使う事無く《・・・・・・・・・・・・》事無く的に命中させ文句無しの成果を上げた。
ここまでで三時間が経過し、入団試験は昼休憩に入る。各自 持参した昼食で腹を埋めて次の実戦形式の試験に望む。リリナも建物の裏で教会の人達が作ってくれた弁当を味わいながら試験に望む気持ちを整えていた。このまま行けば何の問題も無く試験を終えられる と。
そう思っていた。
「……………おい。」
「ッ!!!!?」
唐突に声を掛けてきたのはリオーネだった。
食事中に声を掛けられて豪快にむせてしまったが何とか応対する。
「エホッ ゲホッ オホッ………!!!
リ、リ、リオーネ様…………!!? ご、ご無沙汰しております…………!!!
ほ、本日は、ど、どういったご用件で…………!!!」
「貴様、あれはどういうつもりだ?」
「!!? あ、あれとは一体…………!!?」
「とぼけるな!!!
貴様、あの試験 本気ではなかっただろう!?」
「!!!!」
リリナは顔を青くさせた。
スライムの身体の事を見破られたと直感したからだ。
「この試験の場は本来 男女平等であるから貴様のような者が来る分には何の問題も無い!!!
だが 言う事に欠いてこの神聖な試験の場に手を抜いて望むとは一体どういう了見だ!!!!」
「や、止めて下さい!!
そもそも私は手なんて抜いてませんよ!! 一体何を根拠にそんな事を━━━━━━━━━━」
リオーネはこの試験において最も注目される人物であり、彼女から追求を受けるリリナも否が応でも注目を浴びる。気がつくと二人の周りには大量の人だかりができていた。
しかしそれは予期しない乱入者によって解散させられる事になる。
ドッゴォーン!!!!!
『!!!!?』
リリナとリオーネを中心とする人集りのそばに巨大な何かが物凄い速度で降り立った。何が起こったのか理解出来ない試験生達はパニックに陥って蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「…………………!!!
あ、あれは…………………!!!!」
土煙が晴れ、降り立ったそれが姿を現した。それは黒い巨大な龍だった。リリナだけでなくリオーネまで驚愕の表情を浮かべたのはその龍が極めて危険な種類だからだ。
「……リ、リオーネ様…………!!
あれってまさか………………!!!」
「ああ。そのまさかだろう。奴は《イモータルドラゴン》だ!!!!」
《イモータルドラゴン》
龍の中でも極めて危険な種類とされる魔物であり、体内にある再生核によって並の負傷であれば立ち所に治癒してしまう 冒険者だけでなく騎士の間でも危険視されている存在である。
本来 高所のみに生息しているはずのそれがどういう訳か王都に降り立った。
「小娘!!! 貴様はこの場を離れて王都全域に避難指示を出せ!!!
彼奴は我が相手をする!!!」
「そ、そんな 危険ですよ!!
だって リオーネ様、剣を持って無いじゃないですか!!」
「剣を持って無い だと?
戯け!! 我の剣ならここにある!!!」
「!!?」
そう言うとリオーネは何も無い空中に手をかざし、そこに赤色の魔法陣を浮かび上がらせた。その魔法陣から炎が吹き出し、リオーネの手に中心に渦巻いて細長く伸びていく。そして気付いた時には彼女の手には炎で形作られた剣が握られていた。
「………………………!!!!
(こ、これが王宮聖騎士の力………………!!!!!)」
「おいそこのドラゴンよ!!!!
どういう了見で降りてきたかは知らんが 暴れたくば我と戦え!!!
貴様の頭に昇った血をこの リオーネ・ヴァル=ルーベルムが冷ましてやろうぞ!!!!」
ドラゴンがリオーネの言葉を理解できたかは分からないがその挑発の言葉に反応し、咆哮を上げて口を開いた。口から火のブレスを放つ構えだ。
「我に対して炎で挑むとはいい度胸だな。
種族偏愛など好かんが炎だけは誰にも譲らんぞ!!!」
リオーネは手に力を込めて炎の剣を燃え上がらせたがドラゴンは構わずに炎のブレスを放った。それでもリオーネは全く動揺しない。
自分には効かないと分かっているからだ。
「それが貴様の全力か。
ならば刮目して見ろ。これが我の━━━━━」
(こ、これがリオーネ様の━━━━━━━)
「(《灼焔剣》)だ!!!!!」
ズバァン!!!!! 「!!!!?」
リオーネは全身の筋肉を稼働させてドラゴンの炎を真っ向から叩き斬った。その状態から地面を蹴ってドラゴンとの距離を詰め、目にも止まらぬ速さでドラゴンの両翼を斬り落とす。
(温いな!! 後は彼奴の再生核を抉り出して叩っ斬るだけ━━━━━━)
「きゃあああああああ!!!!」
『!!!!?』
リリナとリオーネが悲鳴の方向に視線を向けると派手な格好をした女性が小型の数匹のドラゴンに狙われていた。
(あ、あの人は確かこの入団試験を見に来てた隣の国の王女様………!!?
じゃああのドラゴン達はあのでっかいのの仲間!!?)
(失念した!!! よもやあの者が逃げ遅れるとは!!!
他の試験生 皆あの者に気付かなんだか!!! おのれ!!!)
リオーネは目の前のイモータルドラゴンを遠ざけて小型のドラゴン達を炎で撃ち落として王女を助けようとしたがドラゴンはそれを見逃さなかった。
ドドドドドッ!!!! 「!!!?」
リオーネが放った炎は小型のドラゴンの背中に展開された魔法陣に阻まれた。
(…………!!
いくら王女を巻き込むまいと威力を抑えたとはいえ我の魔法を防ぐだと…………!!?
此奴、並の魔物では無い……………………!!!)
リリナは立て続けに起こる様々な予想外の出来事に動く事が出来ずにいた。本来 この近くに居ない筈のイモータルドラゴンが現れた事ももちろんだがそのドラゴンが王宮聖騎士であるリオーネを手こずらせている事も信じられなかった。
「だ、誰か 誰か妾をお助けに!!!」
「!!!!!」
視線の先では小型のドラゴン達が今にも炎のブレスで王女を始末しようとしていた。
その言葉を聞いた瞬間、リリナは一瞬の間に様々な思考を起こし、行動を起こした。
(……私が聖騎士を目指す理由が《不純》? 平民の女だから身の程を弁えろって?
ソフィアに、友達に会いたいと思うのがそんなに悪い事!!?
なんとでも言えよ!!!! それなら、それなら私はソフィアだけじゃなくて皆を守る騎士になってやる!!!!!)
ドドドドドドドォン!!!!!
『!!!!?』
王女を狙って打たれた炎のブレスは王宮の前に現れたリリナによって防がれた。リリナは自分の正体よりもスライムの身体で王女を守る事を選択した。
「(まずはこいつらを倒さないと…………!!
スライムの腕に消化液を溜め込んで━━━━)
振るっ!!!!!」
バクンッ!!!!! 「!!!!!」
ドラゴン達はリリナの腕に飲み込まれ、あっという間に消化された。王女は目の前で起こる出来事に何も言えずに座り込んでいる。
「王女様!!! ここは危険です!!!
早く安全な場所に逃げて下さい!!!!」
「う、うむ!!!」
目の前の自分を助けてくれた女性は明らかに人間では無かったが、王女はリリナを警戒する事はせずに避難する事を選んだ。
「…………小娘、貴様よもや 《スライム人間》か……………!!?」
「……………………………
は、はい。 実はそうなんです……………。」
「…………… まぁいい 詳しい話は後だ。
小娘、貴様 名前はなんと言う!?」
「!?
リ、リリナ……、 リリナ・トルケイルです!!!」
「リリナか。
リリナよ、一つ頼まれろ。
あのドラゴンはかなり強力な個体だ。我が勝つのは造作もないがそれでは周囲にもかなり被害が出る。
故に協力を頼む。被害を最小限に抑えるべく、我の援護を貴様に頼みたい!!!」
「……………………!!!
はいっ!!!!」
リリナは目の前のイモータルドラゴンの事も考慮にはあったが、王宮聖騎士に頼られた事が素直に嬉しかった。
「リリナ!! 貴様はこいつを使え!!!」
「!? こ、これは………!!」
「騎士として便宜上 持たされている物だが飾りの剣ではないぞ。魔物の血も吸ってるし研ぎ澄ませてある。
貴様にくれてやる!!!」
「はいっ!!」
リオーネは背中から魔法陣の中から剣を引き抜いてリリナに手渡した。騎士を目指して十年を過ごしたリリナの目にもそれが優れた剣だと直感させる。
「呆けるな!!! 来るぞ!!!!」
「!!! はいっ!!」
イモータルドラゴンは咆哮を上げて二人の方向に突進を掛けた。背中の翼を斬り落とされた部分は盛り上がって今にも翼が再生しようとしている。
二人はその突進を軽々と躱し、地面に着地する一瞬で作戦を交わす。
『……………リリナ、分かっているだろうが時間は少ない。奴の翼が再生して上を取られたら被害を出さずに斃すのは困難だ。
貴様のそのスライムの身体、具体的に何が出来る?』
『この力を使うつもりは無かったのであまり鍛えてはいませんが、さっきみたいな消化液と あとバネみたいな事も出来ると思いますよ。』
『………そうか。 なら話は簡単だ。リリナ、奴を一気に屠るぞ。
作戦は━━━━━━━━━』
***
突進を躱されたイモータルドラゴンは身体を翻して二人の方向を向いた。その数十秒後には二人の策に嵌ってしまう事など知る由もない。
「!!!?」
「騎士の武器は剣だと相場は決まっているが、我はその限りでは無いぞ!!!
《灼熱掌》ッ!!!!」
ドゴォン!!!! 「!!!!」
リオーネの爆発する掌底がドラゴンの腹に直撃して吹き飛ばした。しかしリオーネの狙いはドラゴンにダメージを与える事ではなく距離を稼ぐ為だ。
ドラゴンの様子を見届ける事はせず リオーネは踵を返して後ろ方向に走り出した。その方向ではリリナが四肢を木や地面に固定して身体を大きく広げている。
「リリナ!! 悪いが加減はせんぞ!!!
土手っ腹に力込めろ!!!」
「大丈夫です!! この身体なら多少の衝撃は━━━━━━━」
ドムッ!!! 「ッ!!!」
リオーネが足からリリナの身体に飛び込んだ。
スライムの身体は腹を中心に伸びて彼女の内蔵と掴んでいる木が悲鳴を上げる。
自分の内蔵は兎も角として掴んでいる木が持ってくれる事を願うばかりだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!
だ、大丈夫です!! 私、やれます!!!」
「期待しているぞ。貴様はただ 我を発射してくれれば良い。再生核は我が狙う!!!」
(我の目には貴様の状態が熱として手に取るように分かるぞ。
貴様は今 翼を再生しようと躍起になっている。そして体内で一際 高音を放っている所がある。
再生の時に忙しなく動き熱を放つ場所、そこが貴様の再生核だ!!!!)
「やるぞォ!!!!!」
「はいっ!!!!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 オリャアッ!!!!!」
ボッヒュゥン!!!!! 「!!!!?」
リリナは身体を収縮させて剣を構えているリオーネを発射した。ドラゴンが反応する暇もなくリオーネの剣が襲い掛かる。
「貴様の命運も此処迄だ!!!!!
《灼熱剣・刺突》!!!!!」
「!!!!!」
一瞬の間にリオーネの炎の剣がドラゴンを貫通した。その剣先には蠢く肉塊が刺さっている。それがイモータルドラゴンの再生核だ。
「……………………………!!!!!」
「再生核は我が始末する!!!
貴様はドラゴンを喰え!!!!」
「はいっ!!!!」 「!!!!!」
リリナは身体を袋状に変形させてドラゴンを飲み込んだ。人間の自分を殺したかつてのスライムと同じ轍を踏むのは屈辱的だったが騎士の道には代えられない。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
………………………………」
ドラゴンは暫くの間 リリナの体内で暴れ回った後 身体を溶かされ、そしてその生涯を終えた。
「……………………!!!
や、やった 勝った……………!!! うわっ!?」
勝負を終えて緊張が解けたリリナは体勢を崩して地面に座り込んでしまった。そこにリオーネが駆け寄って手を伸ばす。
「! リ、リオーネ様……………」
「大義であったぞ リリナ。貴様のお陰で被害を最小限に抑える事が出来た。戻ってこの事を報告するぞ。
あとこれを貴様に。」
「えっ? あっ!」
リオーネの手にはリリナの服があった。
「我が隠してやるから、戻る時にはちゃんと服を着ろ。」
「……………はい…………………。」
リリナのスライムの身体の難点の一つはスライムになると服が脱げてしまう事だ。
***
イモータルドラゴンの騒動の後、ドラゴンの出現は国が総力を挙げて調査する事になり、スライム人間である事が明らかになったリリナは厳しい追求を受けた。王女の命を守った事が考慮されて、権力者の間では『最低限の人権を尊重する代わりに入団試験を不合格にする』という判決が有力になったが、リオーネと王女によってそれは覆された。
結果、リリナはスライム人間でありながら入団試験に合格し、リオーネの下で活動する事が認められた。無論 異を唱える者はごまんと居たが、その全てをリオーネが黙らせた。
そして入団試験から三ヶ月後
「団長! お茶淹れましたよ。」
「おう 悪いな。」
リリナ・トルケイルは晴れて騎士となり、リオーネはそれまでの単独活動を止めて自分の騎士団を立ち上げた。そしてリリナはその騎士団の副団長という椅子に座った。
「にしても団長のお陰ですよ。今となっては私を『努力も無しに騎士になった卑怯者』なんて言うヤツは居なくなりました。」
「何を言ってる。それもこれも貴様の手のその傷跡が証。我は無知共にそれを見せただけの事だ。」
リリナの手の指の付け根には血豆が破れた傷跡が今も残っている。他の試験生の中にもそれがある者は多くは無い。それがリリナの努力の証明の一つとなった。
「まぁ、我に出来るのはここまでだ。後は貴様の頑張り次第だ。
面前で吐いた唾は飲み込めんぞ。」
「や、止めて下さいよ! ハメ外し過ぎたって後悔しそうなんですから!」
リリナは疑いを払拭する為、国民の前で『自分はいつか王宮聖騎士になる』と宣言してしまった。それが今では彼女の黒歴史の一つになりつつある。
「リリナ、この前も言ったが我はこの世界の各地で起こっている種族差別の全てを解決したいと思っている。貴様のようなスライム人間が種族の一つと認められる事も含めてな。
そしてその象徴としてこの騎士団はあらゆる種族が対等な関係で活動する そんな騎士団にしたいと考えている。
だからこそその為に━━」
「分かってますよ! 依頼なら来てます。
王様達の警護の依頼です!」
「そうか。 なら我等の得意分野だな。
ようし、行くぞリリナ!!!」
「はいっ!!!」
自分の友達との再開はスライムの身体に阻まれているが、それでも自分の王宮聖騎士への道は順調な出だしをきった。
リリナはそう信じて次の一歩を踏み出した。
《完》