020_河川敷の試験
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020_河川敷の試験
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サハギン砦攻略レイド戦の興奮冷めやらぬ日、ヨリミツに呼ばれて研究室へ向かった。今度はどんなものを見せてくれるのか、ちょっとだけ楽しみだ。
研究室のあるビルの受付で待っている間、警備員のオジサンと話す。このオジサンとも顔見知りになりつつある。
「月刊シーカーを見たよ。格好良く写っていたじゃないか」
「恥ずかしい限りです。僕なんかまだまだなのに」
「若い子が頑張っている姿を見ると、オジサンも頑張らなきゃと思うよ」
月刊シーカーという雑誌があるんだけど、サハギン砦攻略レイド戦の特集が組まれていて僕の写真が載ってしまった。恥ずかしいけど、これも僕がシーカーとして少しは活躍しているんだと思うようにした。
オジサンと話していると、ヨリミツがやってきた。そのまま外に出て車に乗った。運転するのは飛行試験の時に居たアシスタントの男の子だ。彼は安住教室の学生らしい。
どこに行くのかと聞いたら、屋外で稼働試験ができるところだとヨリミツは言った。
車で一時間半ほど走った場所に到着。河川敷に造られたちょっとしたグラウンド。
安住教授と数人の学生がすでにそこに居て、準備している。
「お久しぶりです。安住教授」
「やあ、カカミ君。月刊シーカーを見たよ。活躍しているね」
僕は頭をかきながら、苦笑した。自動車の中でヨリミツに見たと言われたけど、どうやら研究室の中に持ち込んだようだ。まったく、ヨリミツには困ったものだ。
「結晶がとても面白い研究材料だと分かったことで、魔物のことや特殊能力のことを調べていたらたまたま目についただけだ」
僕が睨んだら、そっぽを向いたヨリミツがそう言った。
「あまり変なことを教授に吹き込まないでくれよ」
「俺は何も変なことを言った覚えはない」
今回の実験に使う機体は、以前より大きく変化していた。以前は色もなかったけど、今回は白地に青と赤のカラフルなものになった。
形も以前より変化していて、以前でもそれなりにスマートだったのに、今回はもっとスマートになった。洗練された形になったと言うべきかな。
「なんか格好良くなってるな」
「以前から開発を進めていたものだ。前回は生命結晶の稼動時間の確認と、指向性重力制御システムの稼働テストだ」
また新しい言葉がでてきたぞ。
指向性重力制御システムというのは、重力結晶から放出されるシステムらしい。
生命結晶からエネルギーを取り出すのは、既存の魔石からエネルギーを得るシステムを少し改造するだけで使えたらしいけど、この指向性重力制御システムは新規に開発したものらしい。
三〇分ほど待っていると、実験準備が完了したようだ。
安住教授の合図でテストパイロットの学生が、機体に乗り込んだ。前回はジャージだったけど、今回はパイロットスーツのようなものを着ている。
機動音はかなり静かで、モーターのような音がわずかに聞こえる。
その音がやや甲高くなり、スマートメタルが動き出した。前回の時は屋内だったが、今回は屋外。スマートメタルは派手な動きや、急停止、急発進を繰り返した。
一〇分を過ぎたあたりで、安住教授がエネルギー残量を確認した。
「九〇パーセントです」
「うむ、順調だね」
安住教授の視線は厳しいが、ホッとしている感じを受けた。
試験はさらに続いて三〇分、そして一時間が過ぎた。
スマートメタルはとにかく動き続けた。僕にはよく分からないけど、この動き続けることが大事らしい。
「よし、仕上げに移るぞ!」
「「「はい!」」」
ヨリミツが仕上げと言うと、学生たちが元気に返事をして、スマートメタルの動きがさらに激しいものになった。
「左膝関節部の温度が上昇しています」
あれだけ急激な方向転換やジャンプをしていたら、関節部に負担がかかるんだろうな。
「エネルギー残量は?」
「二一パーセントです」
「このまま試験を継続する」
「はい」
安住教授の判断で試験は継続になった。
そして八〇分で試験は終了した。
人間の動きに近いことができるのは、前回の試験で見た。あの時も大きな驚きがあったけど、今回はアスリートのような動きをした。
こういったロボット系のことはよく分からないけど、これほどの動きができるのかと毎回驚かされる。
「安室君は大丈夫かね?」
テストパイロットの女子大生はアムロさんというらしい。彼女はスマートメタルから下りて、ヘルメットを脱いだ。相変わらず可愛らしい子だ。
「少し疲れましたが、問題ありません。ほとんどスマートメタルがやってくれますので」
「そうか。でも、無理はいけないから、休んでおいてくれ」
「はい」
アムロさんは椅子に座ってドリンクを飲んだ。
他の学生やヨリミツは機体のチェックを始めた。
「やはり駆動部と関節がかなり発熱しています」
スマートメタルの装甲を触った学生がそう言うと、ヨリミツがトレーラーへの搬入を指示した。
トレーラーの中で機体をバラして、色々なチェックがされている。
「カカミ君。コーヒーでもどうかね?」
「あ、僕が」
「いやいや、カカミ君はお客さんだからね」
僕が椅子から立とうとすると、安住教授が止めてきた。
そこにアムロさんが「私がやります」とコーヒーを用意してくれた。
僕と安住教授は向き合う形で座った。アムロさんが用意してくれたコーヒーが入った紙コップを持ち上げ、口をつける。
「今回のこの実験は、とても良いデータが取れたよ。これもカカミ君のおかげだ、感謝するよ」
「いえ、僕は結晶を用意しただけですから」
「その結晶が、我々の研究を進めてくれた。正直言って、頭打ちのところがあったんだ」
「頭打ち……ですか?」
魔石は化石燃料に代わる素晴らしいエネルギー源だけど、それでもスマートメタルの稼動時間は短かった。
それが生命結晶のおかげで七倍のエネルギーを得られ、稼動時間を延ばすことができた。しかも、供給エネルギーが増えたことで、パワーやスピードといった性能を向上させることができた。
「指向性重力制御システムのおかげで、機体への負担も減る。素晴らしい進歩だよ」
「少しは役に立てて良かったです」
安住教授が目尻に皺を寄せて微笑み、コーヒーを飲んだ。
「この指向性重力制御システムについては、特許の申請をしている。それとトキ君は論文を書いている。その論文が発表されれば、彼が指向性重力制御システムの第一人者として世界に知られることになるだろう」
「第一人者は安住教授ではないのですか?」
僕の質問に安住教授が苦笑した。何か悪いことを聞いたのかな……。
「私はアドバイザーをしているだけで、この研究のリーダーは彼だよ」
弟子が師を越えてしまったような寂しさを、安住教授は醸し出している。
「ヨリミツの功績を奪うことくらいできますよね」
「露骨なことを言うね。やろうと思えばできるが、それ以降が続かないだろうね」
どうしてだろうかと首を傾げたら、安住教授が笑い出した。
「理由は君だよ。今現在、生命結晶も重力結晶も、カカミ君しか生産できない。私がトキ君の功績を横取りしたら、君は私に協力してくれるのかな?」
「あぁ、なるほど」
それはない。あんな奴でも僕にとっては大事な友達だから、ヨリミツを裏切った安住教授に結晶を供給するなんてことは絶対にしないだろう。
「教授。バラしが粗方終わりました。今日は撤収で良いですかね」
「ああ、撤収しようか。皆、今日はご苦労様だったね」
皆の顔は晴れ晴れとしたものに見えた。僕はただ見ていただけで時間を持て余したけど、ヨリミツや学生たちにとってはとても充実した時間だったんだと思う。
学生たちが撤収の準備をしている時、ヨリミツに指向性重力制御システムのことについて聞いてみた。だが、やっぱり難しい話を始めた。僕は学生ではないので噛み砕いて教えてくれ。
学生たちが片づけを終えたのでそこで話は終わった。僕はまったく理解できなかったけど、へーと言っておいた。
ヨリミツたちはこの実験結果をお役所に提出するらしい。同時に論文も発表すると言う。
まあ、がんばって。と言うと、半眼で見られた。なんだろうと聞いてみる。
「この研究の核はリオンだぞ」
「え、なんで僕なのさ?」
「この生命結晶や重力結晶は、今のところお前しか作れない。供給がお前しかいない以上、最重要人物はお前になる。俺のような研究者は次から次に現れるが、特殊能力はそんなに簡単にいかないからな」
「えぇぇぇ……」
「あと、俺たちはお前のことを公表はしないが、この結果が世の中に知られれば、指向性重力制御システムの最重要部分のことを世界中が調べることだろう。お前のこともいずれ知られてしまうと思うぞ」
「なんてこったぁ……」
僕の特殊能力が『結晶』で、役立たずというのはちょっと前まで有名な話だった。少なくとも清州支部に所属するシーカーのほとんどが知っているだろう。面倒な話を持ち込むなよ。
「だが、安心しろ。重力結晶もいずれは工場で生産できるようにしてみせる」
ヨリミツが爆弾発言をした。
「それは僕のやることがなくなるということかな」
「気分を悪くしたか?」
そう聞かれると、少しは悪くなったと思う。
「いいか、結晶はリオンにしか作れない」
「そうだね」
「では、リオンが死んだらどうなる?」
「………」
「お前はシーカーだ。いつ死ぬか分からない。魔物に殺されずに天寿を全うしたとしても、せいぜいあと70年だ。それ以降、誰が結晶を供給するんだ? 都合よく『結晶』持ちのレヴォリューターが生まれてくれればいいが、それを当てにはできない。だから、工場で生産できるようにしなければならないんだ」
ヨリミツの言うことは理解できた。僕しか結晶が作れない以上、僕次第でこの産業が左右されることになる。それではダメなんだと、科学者であるヨリミツは考えているんだ。
「まあ、10年で作れれば俺の才能が素晴らしいってことだし、30年なら普通、50年かかったら俺の才能がその程度だということだ。今すぐどうこうにはならない。だから、リオンの周囲は騒々しくなると思うからな」
「騒々しいのは……嫌だな」
その日は実験成功を祝してささやかなお祝いをして解散になった。
僕もシーカーとしてダンジョン探索をする日常へと戻った。
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