「宇宙人はビフテキの夢を見るか」~銀河鉄道好きの元キッズの君たちに捧ぐ 宇宙エッセイ風短編~
目次
①宇宙飛ぶ食堂車
②日経おじさんと東スポおじさんの図鑑
③タコ型火星人は人類の夢を見るか
④ほら、あなたの、すぐそばに
⑤惑星Xで、きっと、大ブーム
①宇宙飛ぶ食堂車
美容室にあった読み放題のタブレット版電子書籍を見ていたら、美容師のリオさんがわたしの手元を覗き込みながら話しかけてきた。
「鎧塚さん、UFOとかに、興味あるんですか?」
ちょうど、有名なミステリー系雑誌を開いていたところだった。
「うーん、特にってわけじゃないけど」とわたしは返事をした。
「子供のころから、UFOというよりは、宇宙そのものに興味があって」
「そうなんですね」とリオさん。「いつもと同じカラーで大丈夫ですか?」
わたしはうなずいた。今日は髪を染めに来ていたのだ。リオさんは、「カラー剤作ってきますね」と店の奥に行った。
わたしが宇宙に初めて興味を持ったのは、兄が持っていた「銀河鉄道999」のマンガがキッカケだった。「銀河鉄道999」は、「機械の体をタダでくれる惑星」を目指す少年、鉄郎の冒険物語だ。元々週刊少年キングで人気のあったマンガで、やがてテレビアニメになった。その後「999」はさらに映画化されて、日本に一大ブームを巻き起こした。ゴダイゴの歌う映画の主題歌まで、ミリオンセラーになった。まだキッズだったわたしは、その主題歌を学校の帰り道に幼なじみと一緒によく口ずさんだ。サビの英語のところを、デタラメな呪文みたいにごまかしながら、機嫌よく歌っていたのを覚えている。
劇場版「銀河鉄道999」は、自分で貯めたおこづかいで初めて観に行った映画でもあった。銀河鉄道999が白い煙を噴き出し、汽笛を鳴り響かせながら、黒龍のように大空に飛び立つ姿に、心を奪われた。スクリーンを見ながら、他の子供たちと同じように、「わたしもいつか宇宙を旅してみたいなぁ」と夢見た。
「銀河鉄道999」の中で特に印象に残っているのが、本筋とは関係のない食堂車のシーンだった。999の食堂車で、鉄郎と謎の美女メーテルは、よく「ビフテキ(時代!)」を食べていた。メーテルはパンで、鉄郎はライス。そしてコーンスープも一緒にオーダーしていた。永遠に広がる宇宙の闇を孤独に切り裂きながらひた走る銀河鉄道の旅客にとって、食事は格別な喜びと楽しみだったに違いない。
「いつの日か、あんな食堂車に乗って、ごちそうをお腹いっぱい食べてみたい!」とわたしは素朴に願った。
「宇宙で食べるごはんって、いったいどんな味がするのかな」と想像してみると、とても不思議な気持ちになった。春夜の月のように優しい味なのか、ブラックホールのごとく底知れぬスゴみのある味なのか。はたまた、きらびやかな鱗粉をまき散らす彗星のしっぽみたいに長い後味を舌の上に残すのだろうか。キッズだったわたしは、「銀河鉄道999」を見ながら、果てしないロマンと旺盛な食欲を感じたのだった。
②日経おじさんと東スポおじさんの図鑑
映画を見た後、宇宙への好奇心が膨らんでいったが、親に本や図鑑を買ってほしいと正直に言うことはできなかった。父親が肝臓の病気で入院しがちで、生活がラクでないのを肌で感じていたからだ。本は小学校や地域の図書館で読むようにしていたけれど、読みたい本が行方不明だったり、長いこと貸出中になっていたりと、残念なことが多かった。いつでも読みたい本を好きな時に読めたらいいのになぁ、と心の中でつぶやいていた。そしたら二人の伯父が、それぞれ別の機会に宇宙の図鑑をわたしにプレゼントしてくれた。兄には鉄道の本をあげていた。おねだりなどしたことないのに、なぜ二人がわたしに「宇宙」の図鑑をピンポイントでくれたのか、いまだに分からない。うれしくて寝る直前まで読んでいて、母親に「目が悪くなる!」と怒られた。枕元に図鑑を置いて頬を寄せて寝ていた。
この二人の伯父さんは、同じ祖父母の子供とは思えないくらい個性が違った。年上の方の恰幅のいい銀行員のおじさんは、いつも小脇に新聞を挟んでいた。その新聞が日経新聞だと知ったのは、大人になってからだ。もう一人の筋肉質の、プロレス好きなとび職のおじさんは、優等生の兄貴に対抗するかのように東スポを愛読していた。ただ二人とも年の離れた末っ子の母を可愛がっていたらしく、わたしと兄のことも気にかけてくれていたようだ。東スポのおじさんは、「俺らの子供時代は戦争だったから、欲しい本なんて手に入らなかった。だから本は読める時に読んでおくのが一番さ」とタバコのにおいのしみついた節くれだった手で、わたしたちにやさしく図鑑を渡してくれた。
日経新聞のおじさんがプレゼントしてくれた図鑑は、教科書の延長線上にあるようなスタンダードな書籍で、冒頭から太陽と太陽系の九個の惑星について、ひとつひとつていねいに説明していた。その頃、「冥王星」はまだ、「太陽系の『惑星』のひとつ」として紹介されていた。
それからその図鑑には、天体写真がふんだんに掲載されていた。その内の三枚の天体写真に、特に目を奪われた。まばゆいほどに青白く光るプレアデス星団と、虹色に広がるリング状星雲、バラ色のガスを背景に深い暗黒が浮かび上がる馬頭星雲の三枚の写真だ。わたしの小さな二つの眼には、どれもこの世のものとは思えないくらい、荘厳な輝きを放っているように見えた。
一方、東スポおじさんのくれた図鑑は、日経おじさんのとはかなり趣が異なっていた。
まず、東スポ図鑑は宇宙全体についてではなく、アポロ十一号と月の本だった。アポロ十一号に搭乗したNASAの宇宙飛行士の訓練や船外活動をする様子、宇宙食の食べ方や宇宙船内でのトイレの仕方等について、イラストとマンガを使って解説していた。それはとても分かりやすくてよかったのだが、写真掲載はほとんどなかった。特集ページでは派手な怪獣図鑑のようなイラストばかりだった。予算が潤沢でなかったのかもしれない。
また、図鑑の中でいくつかテキトーな予言もしていた。
「一九八〇年頃には月の基地が出来て、一九九〇年位には人類は火星に到達しているでしょう」
「二〇〇〇年あたりまでには月にホテルが出来ていて、わたしたちも月旅行が楽しめるはずです」
何というか、東スポ図鑑には独特なチープ感が漂っていた。
この東スポ図鑑は、アポロ十一号が人類初の月面着陸を成功させた翌年に初めて出版された。当時、月に降り立つ歴史的な瞬間をNHKで中継したそうで、その後の日本は空前の宇宙ブームに沸いたという。東スポ図鑑も、そんな世紀のブームの熱気に浮かされてしまい、ついつい景気のいい予言をしてしまったのかもしれない。
③タコ型火星人は人類の夢を見るか
東スポ図鑑も、一応「学習図鑑シリーズ」の一冊として出版していたはずなのだが、なぜか「非科学的」とされる「宇宙人」の特集ページがあった。
「宇宙人、大集合!!」という八ページの特集では、想像上のものとして、昆虫人間みたいな触角の生えた宇宙人や、さばいている途中の内臓まる見えアンコウみたいなグロいルックスの宇宙人、三つの頭と四本の腕を持つゴリラ型宇宙人など、三十体を超すキッチュな宇宙人のイラストが満載だった。この特集の中に、かの有名な「タコ型火星人」も紹介されていた。
「タコ型火星人」の元ネタは、十九世紀末に書かれたH.G.ウェルズのSF小説「宇宙戦争」だった。「宇宙戦争」は、気候が良くて、「食料」である人類がたくさんいる地球に移住するために、火星人が侵略戦争をしかけてくるという話だ。その小説の挿絵に描かれた火星人が、かの「タコ型火星人」だったのだ。「タコ型火星人」は、三本足で移動する巨大な殺戮兵器トライポッドで殺人光線を乱射しまくり、人類を皆殺しにしようとする凶悪なヤツらだ。けれども、あらためて「タコ型火星人」のイラストを見てみると、大きな二つの目と小さなおちょぼ口のある頭部から直にパスタみたいな細い足が何本も下に伸びていた。恐怖よりは滑稽さを感じる姿形だった。
さらに東スポ図鑑では、「そもそも、なぜ火星人がタコ型に描かれたのか」という興味深い謎についても解説していた。
「天体望遠鏡の性能がまだ低い時代に、火星の表面に筋状のものが観測された。するとそれを運河だと主張する人々が出てきた。彼らは次のように考えた。
『運河が建設できるような火星人は知能が高いに違いない。知性が高いということは、頭部が大きいはずだ。しかし火星の重力は小さい。それならば手足が細くても、大きな頭を支えられるだろう』
そのような考えから、火星人はタコ型に描かれるようになった」
ふうむ、なるほど、そうだったのか、と小学生のわたしは素直にうなずいた。こういった宇宙のしょうもないマメ知識を、シマリスがどんぐりを次々と頬張るように、幼い脳にぐいぐいと詰め込んではうきうきしていた。わたしは東スポ図鑑が好きだった。
④ほら、あなたの、すぐそばに
さて、今や二十一世紀に入って二十数年が経った。東スポ図鑑の予言はすべて外れた。いまだに月には基地はない。もちろんホテルも出来ていない。火星への有人飛行も達成できていない。ただ、宇宙の商業化が進んで、民間人であっても、とんでもない量のお金と健康な体を持っていたら、地上約四百キロメートルの高さを周回する国際宇宙ステーションには滞在できるようになった。
二十一世紀のわたしは手元のタブレットをスワイプして、次のページを開いた。
「UFOの基地は月の裏側にあるが、地球にも宇宙人の基地がある。すでに宇宙人はわれわれ地球人の生活に入り込んでいるのだ!」とミステリー系雑誌は、読者に対してまことしやかに語りかけていた。どうやらこの雑誌の世界では、月の裏側にUFOの基地があるのは既成事実とされているらしい。
「それ、案外ウソでもないらしいですよ」とリオさんの声。
「ん?」とわたしは顔をあげた。
リオさんがいつの間にか、カラー剤を手に戻って来ていた。
「その記事」とリオさんは視線をタブレットに落とした。
「どこの部分のところ?」とわたし。
「宇宙人はすでに地球に来ていて、わたしたちに紛れて生活しているって聞いたことあります」とリオさん。
「実際に宇宙人が地球に住んでいるっていうこと?」とわたし。
「まあ、実際のところはわかんないですけどね。証拠もないですし。でも渋谷のスクランブル交差点ですれ違う通行人の何人かは、地球人じゃないとか」とリオさん。
まあ、大都会には魑魅魍魎がうようよしているのは確かだ。ただそこに宇宙人が含まれているかどうかは何とも言えない。宇宙人がいる証拠も、いない証拠も、どちらもない。だから何とも言えないとしか言いようがない。
マンバンスタイルがよく似合うリオさんは、ユニークで話題豊富な人だ。インドでのヨガ体験や成田山の女子専用道場での断食体験といった面白い話をよくしてくれる。
「もしかしたら、電車で鎧塚さんの隣に座っている人が宇宙人かもしれないですよ」とリオさん。ふざけているのか真面目なのか、よく分からない顔をしている。
「グレイみたいなのが車内にいたら目立つでしょうよ」とわたし。
「いや、それが、どうやら宇宙人は変身できるらしいですよ」とリオさんはひんやりとしたカラー剤を手際よくわたしの髪に塗っていった。宇宙人は高度な科学技術で、人間の姿にトランスフォーメーションできるそうだ。そうして一見普通に社会生活を送っているように見せかけながら、秘密裡に地球を探査しているという。なんだかSFみたいな話だ。
「なんの目的で?」と、宇宙人がいる前提でリオさんの話に乗ってみた。与太話は嫌いじゃない。東スポおじさんと同じ血が流れているせいかもしれない。
「なんの目的で宇宙人は地球人に混じって生活しているの?」
「さあ……」とリオさん。
「だって、何らかの理由があるはずでしょう? わざわざ地球に潜入するための理由が……。地球を乗っ取るつもりとか?」とわたし。
「どうなんですかね。案外、動物学者みたいな目で、地球人の生態を観察しているのかもしれないですね。いつまでも同族同士で戦争していてアホな生き物だなーとか、思われているかもしれないです」
カラー剤を塗り終えたリオさんは、わたしの髪をキッチンラップでてきぱきと包んでいった。
「染まるまで、このまま少しおきますね」といってリオさんは姿を消した。
ひとり残されたわたしは、ぼんやりと、地球にいるかもしれない宇宙人について思いをめぐらした。
⑤惑星Xで、きっと、大ブーム
「地球の探査」というひと仕事が終わったら、当然、宇宙人たちは彼らの母星に戻るんだろうな、と考えた。想像しやすいように、彼らの母星を、仮に「惑星X」としてみた。無窮の宇宙の果てに存在する「地球」から、数多のリスクを乗り越えて母星に帰還してきた彼らは、同胞である惑星X星人たちからどのように迎えられるのだろう?
もし彼らが地球に最初に派遣された「第一次地球探査団」なのだとしたら、その勇気ある偉業をたたえて、盛大な凱旋パレードとか行われたりするんだろうか…?
わたしはシルバーのカラークロスを着用し透明なターバンで頭を巻かれた、そこそこギャラクシーな恰好でそんなことを空想していた。
地球での重要なミッションを果たした彼らは、きっと時代の英雄になるのだろう。
それから多くの探検家がそうするように、探査団のメンバーは、謎のベールに包まれた新惑星「地球」についての様々な情報を、惑星Xの無数の民に向けて伝える。それを聞いた市井のX星人たちは、宇宙の片隅に吹き溜まった暗闇の中で、儚げに輝く「地球」に興味津々となるだろう。それから、「地球」のメインの生命体である「人間」に対しても、関心が高まるはずだ。
「百万光年離れた、天の川銀河の太陽系に、生命が存在していた!」
「伝説の青い水の惑星『地球』は、実在した!」
「小さな胴体に、たったひとつの頭部と二本ずつの手足が接続された、驚異の生命体を発見!」
そんなニュースが、惑星X中を駆けめぐる。
そのうち、「なになぜ太陽系地球図鑑」や「宇宙の歩き方(太陽系地球編)」といった本や、「ヒューマンプラネット」といった番組が大いに人気を博し、地球における月ブームの時のように、やがて惑星Xでも社会現象になるほどの「地球ブーム」が到来するのだ。
そんな中、惑星Xのキッズたちはみんな、宇宙への憧れを大いにいだくようになるだろう。宇宙は果てしなく広いが、どこの惑星のキッズも、未知のものに対する好奇心は、はち切れんばかりに強い。「キッズ」とはそういう生き物なのだ。そしてわんぱくな宇宙人キッズは、空を見上げて夢見るのだ。
「いつか宇宙船に乗って、『地球』に行ってみたい。一度でいいから、『人間』をお腹いっぱい食べてみたいんだ!」
そんな果てしないロマンと止まらない食欲を感じながら、目みたいな器官をキラキラさせるのかもしれない。
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