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番外 護衛兼子守係2

 

「やぁ、相変わらずの閑古鳥だね」


 顔見知りが店に居座っている。

 オシロのやつは、客のいない修理屋に前触れもなくやってきた。

 情勢の話だったり、市場の話だったり、一種の情報収集をしにきたみたいだった。

 テキトーに相手をしていれば、今日唯一の客が来た。


 ポヤポヤした画家の露羽だ。

 彼女は扉を開けた姿のまま、キョトンと目を丸くした。



 間抜けで愛嬌のあるその顔に、オシロが微笑しながら声をかける。


「危険散歩常習犯の露羽さん。彼が頭を抱えていましたよ」


「あっ、オシロさん、お久しぶりです」


「ええ、どうも」


 彼女はそれに、ほあほあとした返答をした。危険散歩常習犯は否定しない。自覚だけはあるみたいだ。


 トタロウは彼女を疲れた目で見る。コイツが護衛を呼ぶのを忘れるせいで、毎度後から事件を知る。肝を冷やしたのは一度や二度じゃない。トタロウは彼女を、山で人喰いグマに嬉々として近寄っていく幼児のように思っていた。


「つい、ウッカリ」


 悪びれもしないその態度に、一周回って感心してしまう。

 確かに、わざわざトタロウを呼ぶ義務は彼女にはない。

 ただ、今の情勢で女子一人で出歩く危険性を理解していなさすぎる。出歩けるとしたら、戦闘能力の高いタイプの女子だろう。

 最近、顔見知りになった女傭兵の顔を思い出す。

 せめてアレの二分の一くらい強ければまだ安心できたのに。


「ハハ、治安悪くなってるって、理解できてないんでしょうねぇ……塩芋のお嬢様を怒らせたそうじゃないですか」


「一歩間違えば殺されていたぞ」


 忠告しても形のない雰囲気で呑気に笑っている。

 小さな悪戯がバレた子供のようだ。その顔に不安めいた色はない。


「ちょっと思春期なだけの、可愛い人でしたよ」


 挙句の果てにバカみたいなことを言う。

 塩芋組の組長の娘。強力な妖術の使い手であり、高慢でプライドが高く、能力がある厄介な女だ。


「目玉ついてるか?」


「ついてなきゃ仕事ができてません」


 トタロウはため息をついた。

 おそらく、人タラシなその性格で、彼女も虜にしてしまったのだろうと諦めの気持ち。厄介なものから好かれやすい、お伽噺の主人公みたいなやつだと心の中で、愚痴を言う。


「今日も散歩で? 良い絵は描けていますか?」


「あっ、いえ、今日は弟の成人祝いを……トタロウさんに()()()もらえないかと思って」


 画家は言葉を並べながら、依頼の物を取り出すため、バッグを漁る。前に聞いた依頼の話だろう。修理の依頼はいつぶりだったかとぼんやり考える。一月、いや二月くらい前に近所の婆さんの棚を直した気がする。無駄に高価な代物で、装飾が多い上に馬鹿でかく、面倒だった。


「直す?」


「幼い頃、祖父から頂いた品で、箪笥の肥やしになっていたのを改作しようと思って……既製品を渡しても良いんですけど、その方が心がこもっていて良いかなと」


 なるほど、とオシロは軽く頷く。トタロウはオシロと彼女が話をしているのを聞き眺めていた。その弟とやらは、彼女によるとやたら見目がよく優しくて可愛らしいという。溺愛しているようではあるが、彼女はなぜだかその弟の名を口に出したことすらなかった。


「俺は元には戻せても創り改変する(なおす)ことはできないぞ」


 受付で肘をつきながら、一応とばかりに口を開いた。

 どうせ自分でやるんだろうなと、思いあたってはいたけれど、一応。


「えぇ、えぇ、修理屋さんですものね。分かっています。戻してもらったものに、細工でもしようかなって思っているんです……これって直せますかね?」



 とんっと、彼女は受付の机の上に置いた。

 緑の布で丁寧に包まれた小さいもの。よく見れば布の中で、少し砕けている宝石が、光を浴びてそれを周囲に散りばめている。割れた瑠璃。安物ではない、大きくて色のいい石だ。

 放置されていたのか色がくすんでいる。


「直せる」


 トタロウは断言した。そも、傷跡一つ残さず元通りにして見せるのが修理専門『えんずや』の売りである。金持ちの大金百枚くらいの品や世界に一つの一品ですら綺麗に直せたこの店に、出来ないはずがなかった。

 布を開いてよく見る。元は三日月型だったらしいそれ。長めの鎖と接続部が見えることから、元は首飾りだったのだろう。


「装飾品の細工、できるのですか?」


「僕がイジると陳腐になっちゃうんですけどね、大して凄い機械も技能も持ってないので……まぁ、趣味の範囲で」


「多芸ですねぇ」


 本当に多芸すぎる。手が広い。水彩、油絵、壁画、シラヌイから手作りの飾り紐のついた変わった人形を貰ったとも聞いた。彫刻を彫ってみたと持ってきているのも見たことがある。


 画家というより創作家だ。


 本人曰く、水彩画が専門とのこと。確かに他の作品は出来にムラはあったが、それでも作品として完成されたものを創ることができるだけで、それは才能だと思う。


 そういえば、妖力の多いやつは、平常時、空が変に色付いて見えるなんて聞いたことがある。彼女も何か人と物事の捉え方や見え方が違うヤツなのかもしれない。


「……器用貧乏なだけです。買った方が良い贈り物になるのは確かなんですけど」


 謙遜するあたりがとても彼女らしい。

 手を掛けて大事に作られたものを贈られたら、大抵の相手は喜ぶはずだ。首飾りの一つ程度、邪魔になるものでもない。彼女のことだ、女物のデザインを男物に変えるくらい訳ないだろう。


 少し言い淀んだ後、彼女は続ける。


「これ貰った時、弟が大層羨ましがって、僕があげちゃおうとしたら、姉に甘やかすなって怒られて、結局、僕の物になったんです。でも、使わない僕よりあの子の方が大事にしそうなので、これを機に渡してしまおうと思って」


 寂しそうな表情で、過去を懐かしむ声だった。

 置いて行かれた迷子のような顔をする彼女。


「あ、コレ……瑠璃じゃないですか。幼い頃になんちゅう高価なものを」


 オシロが石に目をつけた。そうだな、瑠璃だな。トタロウは、最近なんとなく、この画家の生まれが位が高いと勘づき始めた。

 ふとした時に見せる礼儀作法がしっかりしている。金遣いは荒くないが、思い切りは良い。

 たまに見せる庶民的な面が、魅力的であり疑問でもある。


「鎖の金属は特殊鉱石か。洋街付近の小さな洞窟でしか取れないやつだな」


 彼女は一瞬、目を見開いた。

 なにか不味いことでも言っただろうかと不安になったが、杞憂だったのかすぐ元通りの中身のない笑顔に戻る。家族の話をする彼女は基本的に、中身がない。感情の中身がない。


 それを特段問い詰めるような真似はしない。

 他人の家族事情に口をつっこむのは控えている。トタロウも、その件に関しては触れられたくないからだ。


「この大きさなら精々数日で直る。受け渡しは次の散歩でいいか?」


「あっ、はい。幾らですか?」


 なんだかしおらしい彼女の様子を見ていたら、定価を告げるのが嫌になってきた。

 さて、今は別に金に困ってもいないし、護衛業の常連であるし、サービス価格で。


「銀十枚」


「えっ」


 彼女が驚くと同時に、顔面に一発拳がとんでくる。

 大して重くも速くもないその一撃を、軽々と受け止める。


「不当に値下げしないで下さい。市場が困惑する値段ですよ。適正価格!」


 適正で釣り合った取引を求めるオシロ。お前だって、彼女に割り増しで報酬与えていたじゃないかと文句を言いたくなった。


「……金一枚」


「そうならそうと言って下さい。生憎、僕、お金には困っていませんから」


 彼女は嫌な顔一つすることすらない。オシロに値段を不当に釣り上げられているとは思わないらしい。

 オシロはキッとこちらを睨み上げた。全然怖くない。


「たかが一回、されど一回の値下げで、大影響になることもあるんですよ。それでこちらの商売に何かあっては大問題です」


 俺に関係ないじゃないかと、彼の主張を不満に思う。しかしその不機嫌さは次の一言で瞬時に収まった。


「トタロウさん、優しくて甘いんですよ。素敵な面でもありますけど、自分も大事にしてくださいね」


 優しくて、甘い。確かに他人より贔屓目で見ている自覚はある。

 褒められるのも、心配されるのもむず痒い。


「……誰にでもって訳じゃない」


 トタロウはぶっきらぼうに、目を逸らした。

 オシロが視界の隅でニタニタ笑っている。

 心底殴り飛ばしたいと思ったし、実際に彼女が帰ってから一発本気で殴った。


 オシロは全治二週間の怪我をして、トタロウは慰謝料を盗られた。


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