ろくじゅうさん
「あの、ごめんなさい……お嬢様があんなに強情に来るとは思ってなかんですぅ」
突然のお嬢様事件の次の日。
会うのを約束したホノさんに会って早々謝られた。
とても申し訳ないと顔に書いてある。昨日からずっと彼女のこの表情しか見ていない。
「いえ、しっかりしていて、ちょっとツンデレなお嬢様。素敵でしたよ」
「つんでれ……」
ホノさんは、また変な発言をしていると言外に表した。
「普段はツンっと尖った反応をするけど、褒めるとすぐ照れて可愛くなる人の略です」
「本人に言ったら、妖術で殺されそうですから、絶対に言わないで下さいね」
それ、フラグと、僕は指摘したかった。
ところで妖術ってなんだろう。魔法で火を出したり、金縛りを起こしたりすることだろうか。
その日はお詫びにお高い煎餅屋さんで奢ってもらった。
カリッとした心地良い音と共に、良い塩梅の硬さが歯に響く。醤油の香ばしさが広がって、一個を大切に食べられる品だった。よく食べる次々手が伸びちゃうスナック菓子も美味しいのだが、こういう品も素敵だった。
お値段は銀一枚。それなりにお高いから、きっと自分のお土産に買うことはないだろう。
トタロウさんのお店に行ったら、画商のオシロさんがいた。
「危険散歩常習犯の露羽さん。彼が頭を抱えていましたよ」
「あっ、オシロさん、お久しぶりです」
「ええ、どうも」
たまたまトタロウさんのお店に来ていたらしい彼は、苦笑して僕を見た。
店主は僕を疲れた目で見ている。また一人でほっつき歩いたなと、その目は確かに語っていた。
「つい、ウッカリ」
「ハハ、治安悪くなってるって、理解できてないんでしょうねぇ……塩芋のお嬢様を怒らせたそうじゃないですか」
「一歩間違えば殺されていたぞ」
やはりこの間の一件は耳に入っていたらしい。
大袈裟なことを言う二人に、僕は空っぽの笑顔で対応する。
治安が悪くなっている実感がないのは確かだ、だって目の前で悲惨な戦いが起きているのを見たことすらない。せいぜい、ホノさんと行った爆発鑑賞散歩の時くらいなものだ。なんだったら紛争真っ只中の、洋街ですら死人の一人も見なかった。
「ちょっと思春期なだけの、可愛い人でしたよ」
「目玉ついてるか?」
「ついてなきゃ仕事ができてません」
トタロウさんはため息をついた。
彼はよくその仕草をしている気がする。それだけ僕が彼に呆れられているのかもしれない。それでも面倒を見てくれるあたり、優しい人だ。
「今日も散歩で? 良い絵は描けていますか?」
「あっ、いえ、今日は弟の成人祝いを……トタロウさんに直してもらえないかと思って」
僕は言葉を並べながら、依頼の物を取り出すため、バッグを漁る。前から依頼の話はしてあったので、トタロウさんは特段反応しない。
「直す?」
「幼い頃、祖父から頂いた品で、箪笥の肥やしになっていたのを改作しようと思って……既製品を渡しても良いんですけど、その方が心がこもっていて良いかなと」
なるほど、とオシロさんは軽く頷く。お古のリメイクで良いものかと数日悩みはした。結局、何か買ったところで、弟の給料やお小遣いなら大抵のものは買えてしまうから作ってしまおうと思ったのだ。
「俺は元には戻せても創り改変することはできないぞ」
店主らしく、受付で肘をつく彼。一応とばかりに口を開いた。
「えぇ、えぇ、修理屋さんですものね。分かっています。戻してもらったものに、細工でもしようかなって思っているんです……これって直せますかね?」
とんっと、受付の机の上に置いた。
布で丁寧に包まれたそれは、ネックレスだった。布の中で、少し砕けている宝石が、光を浴びてそれを周囲に散りばめる。トップが取れてしまっているのだ。
ちなみにコレ、モノホンの宝石。ラピスラズリってやつだ。放置してしまっていたため、そんなにピカピカしていない。
「直せる」
彼は断言した。一瞬で判断できるあたり、職人の目だ。
元は三日月型だったらしいそれ。幼い頃、祖父に貰ってそのままにしていたが、ついこの間、壊した。わざとな訳が無い。
箪笥から取り出す際、取り落としてしまったのだ。
「装飾品の細工、できるのですか?」
「僕がイジると陳腐になっちゃうんですけどね、大して凄い機械も技能も持ってないので……まぁ、趣味の範囲で」
「多芸ですねぇ」
「……器用貧乏なだけです。買った方が良い贈り物になるのは確かなんですけど」
正直に言って、僕がリメイクするものよりも、既製品の方が断然出来がいい。それ用の道具を買い揃えてあるわけでも、手慣れているわけでもない素人の技だ。
ただ、このネックレスを使いたいのだ。
「これ貰った時、弟が大層羨ましがって、僕があげちゃおうとしたら、姉に甘やかすなって怒られて、結局、僕の物になったんです。でも、使わない僕よりあの子の方が大事にしそうなので、これを機に渡してしまおうと思って」
どうせみんな忘れている思い出だ。姉ももう怒りゃしないだろう。
それなら、ちゃんとしたそれようの職人にリメイクを頼めばいい。僕が手掛ける必要なんて万に一つもない。それでもやりたくなってしまったのは、僕の変で頑固な意地。プライドなんて捨ててしまったと思っていた。
「あ、コレ……瑠璃じゃないですか。幼い頃になんちゅう高価なものを」
オシロさんが石に目をつけた。彼の目利きは本物だ。
「鎖の金属は特殊鉱石か。洋街付近の小さな洞窟でしか取れないやつだな」
零れ落ちたトタロウさんの一言に目を見開く。
とんでもない話を知ってしまった。
やっぱり、我が家の知り合いに妖鏡の人が紛れ込んでいたんだろう。それが実の両親だったり、親戚だったりしたらどうしよう。
「この大きさなら精々数日で直る。受け渡しは次の散歩でいいか?」
「あっ、はい。幾らですか?」
「銀十枚」
「えっ」
さらりと口に出されたのは、安値。そんな値段でいいものなのかと疑問を持った瞬間に、耳元でひゅっと風の鳴る音。
「不当に値下げしないで下さい。市場が困惑する値段ですよ。適正価格!」
それはオシロさんが店主をぶん殴る音だった。きっちりその攻撃を受け止めて流した店主。彼はお金に関してはきっちりキッカリ管理してほしいらしい。動じない店主と少し感情的になったオシロさんの対比が少し面白い。
「……金一枚」
「そうならそうと言って下さい。生憎、僕、お金には困っていませんから」
値段は言われたものの10倍だった。値下げするにも程がある。
後でオシロさんに聞いた。トタロウさんの修理は、妖力を使って、綺麗さっぱり元通りにしてしまうことから、市場ではかなり良い値段の修理屋らしい。もともと修理技術は値段が高いので、一店舗だけ下手に値下げをして、他の店舗に影響が出たら困ると彼は言う。
ちなみにトタロウさんの修理屋は、客を選ぶ上にやる気にムラがあるため、基本的に閑古鳥が鳴いているそう。いくら腕が良くても、客を入れてもらえなきゃ仕事なんて来ない。本人的には道楽の部分があるのだろう。
「たかが一回、されど一回の値下げで、大影響になることもあるんですよ。それでこちらの商売に何かあっては大問題です」
自由競争市場とか寡占市場とか、経済で習った単語が頭に浮かんだが、何がどう影響するのかは皆目見当もつかない。商人さんは大変だなあと口の中で言葉を転がす。
「トタロウさん、優しくて甘いんですよ。素敵な面でもありますけど、自分も大事にしてくださいね」
フォローを入れた。
「……誰にでもって訳じゃない」
彼はぶっきらぼうに、目を逸らした。
ソレは図星ってことだろうか。
僕は存外、この人に贔屓にして貰っているみたいだ。
嬉しくて、顔がニヤけてしまった。